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コラム:岐路に立つ日本の「ドラマ」業界

日本のドラマ産業は、豊かな文学・漫画・演技力・演出家を有する強みを持つ一方で、産業構造や労働環境、資金循環、海外戦略の面で改善余地が大きい。
ドラマ「SHOGUN 将軍」のワンシーン(Disney+)

2025年11月時点における日本のドラマ業界は、大きな構造変化の最中にある。従来の地上波テレビを軸とする放送モデルから、定額制動画配信サービス(SVOD)や広告付き配信(AVOD)、短尺プラットフォームを含むマルチプラットフォームへの移行が加速している。視聴者の行動変容と市場構造の変化が同時に進行する中、制作現場やビジネスモデル、クリエイティブのあり方、国際展開の戦略といった面で複数の課題と可能性が混在している。

1. ドラマ業界の現状(2025年11月)

有料動画配信サービスの利用は引き続き拡大しており、日本国内の有料配信利用者は2025年に約3,890万人と推計されるなど、テレビを補完するどころか主体化しつつある。これは視聴のオンデマンド化やマルチデバイス化が進んだ結果である。地上波側の番組制作費は依然として一定の規模を維持しているものの、局別の決算資料をみると、番組制作費の伸びが限定的であるなど、放送事業者側にも収益化と効率化のプレッシャーがかかっている。

2. テレビ放送から動画配信サービスへのパラダイムシフト

視聴が“決まった時間にチューナー前で行う”ものから、“見たい時間に、どのデバイスでも見る”というオンデマンドへと完全に変わっている。SVODプラットフォームは膨大なカタログとオリジナル作品の製作・グローバル配信能力を背景に、国内視聴者の時間を奪っている。これにより、ドラマは“放送枠での視聴率”という古い指標でのみ評価される時代ではなくなっている。加えて、短尺コンテンツや連続性の弱い視聴行動(スキップ、早送り、途中離脱)に対応するために、作品の構造やエピソード長、マーケティング手法も見直されている。

3. ビジネスモデルの変化

過去の「広告収入+スポンサー+地方局への番販(販売)」中心の収益構造は、配信時代に合わせて複雑化している。具体的には、(1)SVODとのライセンス供給や共同製作(コ・プロダクション)、(2)IPの物販・イベント・ライセンス収入化、(3)短尺やSNS連動による配信広告・プロモーションの導入、(4)海外向け権利販売や現地リメイクの着手、などが挙げられる。一方で、プラットフォーマー主導の資金・編集権介入が進むと、局や制作会社の利益率は必ずしも改善していない。制作費を投入して海外ヒットを狙う場合、十分な収益回収の設計が不可欠だが、現状はまだ未整備な部分が多い。

4. 最近の傾向(クリエイティブとジャンル)

近年は従来のラブストーリーやホームドラマに加え、サスペンス、SF、ダークファンタジー、シチュエーションコメディ、社会派ドキュメンタリー的ドラマなど多様なジャンルの試みが増えている。とくに配信向け作品は長尺の物語や視覚効果を多用する作品が増加し、制作規模の拡大や海外市場を意識した作りが目立つ。Netflixの『今際の国のアリス(Alice in Borderland)』など、原作漫画を大胆に実写化して世界的な評価を得た例は、日本発コンテンツの潜在力を示した。

5. 視聴行動の変化(定量・定性)

視聴者は「リアルタイム視聴」から「タイムシフト視聴」「フルシーズン一気見」「ショートクリップでの入り口確認」へと幅を広げている。若年層はテレビ放送よりもSNSや配信プラットフォームでの話題性を重視する傾向があり、作品の消費速度は速く、記憶の寿命は短い。これにより、作品側は早期に視聴者を引き込む「第1話の強さ」やSNSで拡散される“バズる要素”の設計を重視している。これらの動向は番組編成やプロモーション設計に直接影響している。

6. 動画配信サービスの台頭とその影響

Netflix、Disney+、Amazon Prime Video、国内のU-NEXTやHulu Japanなどのプラットフォームが市場で覇権争いを続ける中、各社はローカルコンテンツの獲得に注力している。プラットフォーマーはユーザーデータに基づく制作投資を行えるため、視聴傾向に合わせた作品を量産しやすい利点がある。その反面、配信プラットフォーム依存が強まると制作現場における編集権やコンテンツ方針の外部依存が増え、作家性や原作者意向との摩擦が生じるリスクがある。

7. 制作費と質の課題

日本の地上波ドラマの多くは1話あたり数千万円程度の制作費が一般的だとされる一方、海外配信向けの大型作になると1話あたり億単位の投資が行われる例もあるため、制作費の二極化が進んでいる。総じて言えば、制作費の低さが撮影日数の不足、人員削減、VFXや美術投資の抑制につながり、結果としてクリエイティブの幅や品質に制約をかけるケースが多い。制作費を上げれば質が上がるとは限らないが、過度に低予算で量をこなすことは質の毀損につながりやすい。

8. 多様なジャンル化と実験的作り

配信の特性を活かして、従来のテレビに向かない実験的なジャンルや表現(例えば長尺エピソード、過激な表現、異色の視点)が試される機会が出てきた。これにより一部の作品は国際的にも受け入れられるが、ヒットを得るには脚本の強度と丁寧な制作、適切なマーケティングが不可欠である。

9. 海外展開へのシフト(現状と課題)

海外で成功した日本ドラマの代表例としては、「今際の国のアリス(Alice in Borderland)」「SHOGUN 将軍」や映画化・リメイクを含めた事例があるが、韓国ドラマのような系統的な世界的ヒット連鎖を日本はまだ確立していない。韓国ドラマが国際市場を席巻した理由として、(1)短めのシーズン設計(12〜16話など)による完結性、(2)高い制作クオリティとプロダクション統制、(3)国を挙げたマーケティングと配信パートナーの積極的支援、(4)SNSを活用したグローバルなプロモーション戦略、などが挙げられる。日本側は個別ヒットは出せても、産業としての組織的な海外展開戦略と投資の連携が遅れている点が指摘される。

10. 主な問題点(一覧)
  1. 制作体制と労働環境の問題(長時間労働・低報酬・下請け構造)

  2. 極端に短い制作期間(撮影・編集・VFXの時間不足)

  3. 原作軽視や作家権利の軽視(「セクシー田中さん」問題など)

  4. タレント重視のキャスティング(原作や脚本よりも“顔”を優先)

  5. ビジネスモデルと戦略の課題(国内収益に依存、海外展開の消極性)

  6. 低予算体質(質の向上を阻む資金不足)

  7. 過去の成功体験からの脱却の遅れ(既存フォーマット礼賛)

  8. 視聴者の変化と乖離(視聴率指標依存の弊害と多様化への対応遅れ)
    これらは相互に関連しあって悪循環を作っているため、個別対応ではなく産業全体の構造改善が必要である。経団連+1

11. 制作体制と労働環境の問題(詳細)

制作現場ではフリーランスの非正規扱いが多く、長時間労働や過酷なシフトが常態化しているとの指摘が業界団体や経済団体から上がっている。下請け構造の中で末端スタッフの労働条件が脆弱であること、契約書を交わさない慣行、報酬や休息の確保が不十分である点が人材流出や働きがいの低下を招いている。国や業界は制作現場の適正化に向けた制度設計やガイドラインを進めてはいるが、現場の実態改善にはまだ時間がかかる。

12. 極端に短い制作期間が生む弊害

放送枠に合わせたタイトなスケジュールは、撮影日数や編集時間を圧迫し、クオリティ管理や安全管理を犠牲にする場合がある。短納期は事故やミスの増加、出演者やスタッフの負担増につながり、結果として、作品の品質低下やクリエイターの離職を招くことがある。制作工程の前倒しやプリプロの強化、または放送側と制作側のスケジュール再設計が不可欠だ。

13. 「セクシー田中さん」問題に象徴される原作軽視

2024年に問題が顕在化した『セクシー田中さん』を巡る一連のトラブルは、原作者や作家性を軽んじる業界慣行が現代的に致命的な摩擦を生むことを示した。原作の意図や作家の健康・意見を十分に考慮しない拙速な制作判断が社会的批判を招き、業界に「原作者に対するリスペクトと適切な関係性」が求められる契機となった。この事例は、権利処理や契約の在り方、倫理的配慮の重要性を再認識させる事件であった。

14. タレント重視のキャスティングと原作・脚本軽視

視聴者獲得の短期効果を狙い、人気タレントや俳優の“顔”で企画を引っ張る手法が続いている。キャスティングにより初動で視聴者を集められるが、脚本や演出の弱さをタレント力で補うのは限界がある。長期的なブランド価値や海外市場を見据えた作品作りには、脚本・演出・原作尊重の姿勢が不可欠である。

15. ビジネスモデルと戦略の課題

放送局中心の旧来の収益分配構造は、配信時代にそぐわない部分が多い。たとえば、デジタル配信の収益性をどう制作現場に還元するか、権利分配をどう合理化するか、プラットフォーマーと制作会社の間で長期的な共同投資を促す仕組みを作るか、などの問題が未解決である。結果として、制作側はリスクを取った投資を避け、既存の安全なフォーマットに頼りがちになる傾向がある。

16. 海外展開への消極的姿勢とその原因

日本コンテンツは言語・文化的な壁、翻訳や字幕の品質、海外プラットフォームとの継続的な関係構築の遅れなどにより、韓国ほど体系的に海外展開を進められていない。さらに、国内市場が一定の規模で儲かるケースがあるため、リスクの高い海外投資に踏み切りにくいという事情もある。海外展開の成功確率を上げるためには、制作段階から国際受容性を考慮した脚本設計やマーケティング、そして翻訳・ローカライズへの投資が必要である。

17. 低予算体質と制作費の課題(深掘り)

日本のドラマ制作はコストを抑える文化が根強く、短期的には採算が取れても長期的なブランド形成や国際競争力の向上を阻害している。制作費を上げて質を確保する場合でも、資金回収モデル(配信権料、海外販売、グッズ化)を明確にしないと投資が難しい。公共的支援や税制優遇、制作協力金の透明化など、産業政策的な後押しが重要である。

18. 過去の成功体験からの脱却の遅れ

ヒット作の成功方程式(例えば"視聴率至上主義"や"ゴールデンタイム枠の固定化")に依存する旧来の発想は、新しい視聴習慣やプラットフォーム経済に適合しにくい。産業として変化に投資するスピードは遅く、これは韓国や欧米の先行事例と比べた際の競争劣位の一因になっている。

19. 視聴率への過度な依存と多様化への対応遅れ

地上波ドラマの評価指標が視聴率中心である限り、「時間帯に視聴者を集めること」が最優先になる。これがコンテンツの多様化を阻む要因になっている。配信時代には視聴完了率、継続視聴率、地域別視聴データなど複数の指標を駆使して作品価値を評価する必要があるが、局側や事業者側の評価体系はまだ過渡期にある。

20. 米韓に大差をつけられた経緯(要因分析)

韓国がドラマで世界的成功を収めた背景には、国家・産業レベルでの戦略的支援、プロダクションの統制力、グローバル向けマーケティングの徹底、短めで完結するシーズン設計、市場に合わせた翻訳・配信体制の早期構築がある。日本は個別の成功作を生む力はあるが、産業として継続的にヒットを量産するための制度的サポートや長期的戦略、制作現場の整備が相対的に遅れた。これが「米韓との差」や「韓流の先行」を許した要因の一つである。

21. 問題点(総括)

現状の問題点は単一のものではなく、以下の複合的要素が絡み合っている点が重要である。すなわち「資金(制作費)」「人(労働環境・人材確保)」「制度(権利処理・契約・流通)」「戦略(海外展開・マーケティング)」の四つが相互に影響し合い、どれか一つだけを改善しても根本的な解決にならない。産業全体のスキーム改善、規範づくり、そして長期的な投資が必要だ。

22. 海外で大ヒットした日本ドラマの事例と示唆

「今際の国のアリス(Alice in Borderland)」や「SHOGUN 将軍」のような成功事例は、強固な原作(人気漫画)・大胆な実写化・配信プラットフォームの世界配信・高いプロダクション価値が揃った場合に生まれる。だが、これは再現性の高いモデルではなく、作品選定・資金配分・制作管理を一体化して行う仕組みが不可欠である。また、国際ヒット後のブランド化(続編、スピンオフ、ライセンス展開)の設計も重要である。

23. 今後の展望(提言)
  1. 制作現場の適正化と待遇改善:契約の明文化、報酬体系の改善、労働時間管理の徹底、下請け構造の是正を進めることが人材確保と品質向上に直結する。

  2. 権利と原作者リスペクトの制度化:原作者や脚本家の意向尊重と、契約段階での合意形成を標準化することで「拙速な改変」や倫理問題を防ぐ。『セクシー田中さん』の教訓を具体的な契約ガイドラインに落とし込むべきだ。

  3. 中長期的投資とプラットフォーム連携:配信プラットフォームと共同で長期視点の企画投資を行い、海外展開のためのマーケティングとローカライズを計画的に実施する。単発ヒットに頼らない産業戦略が必要だ。

  4. 競争力ある制作予算の確保:質を担保するための制作費見直しや税制優遇、制作助成制度の拡充を検討する。大作と中小企画のバランスも重要である。

  5. 視聴データに基づく評価指標の導入:視聴率以外の指標(完了率、世代別滞留率、SNS拡散指数、海外視聴数など)を用いて作品評価と投資判断を行う仕組みを整える。

24. 総括

日本のドラマ産業は、豊かな文学・漫画・演技力・演出家を有する強みを持つ一方で、産業構造や労働環境、資金循環、海外戦略の面で改善余地が大きい。短期的には放送と配信の二つの世界を巧みに行き来するハイブリッド戦略が有効であり、中長期的には制作現場の適正化と投資の再設計、権利関係の透明化、海外マーケットを見据えた作品設計が必要である。個々の良質な作品は引き続き生まれているので、産業全体がこれらの構造的課題に真剣に取り組めば、再び多くの日本ドラマが国内外で再評価され、大きな成果を生み出す可能性が高い。


主要参考資料

  • ICT総研「2025年 有料動画配信サービス利用動向に関する調査」等(配信利用者数の推計など)。

  • 毎日新聞「社説:『セクシー田中さん』問題 原作軽視の体質改める時」など、2024年の報道。

  • GQ Japan 等の論考「ドラマ『セクシー田中さん』をめぐる作家性の問題」。

  • 経済産業省/映画・映像関連の報告書(制作現場の適正化、制作費に関する調査)。

  • 各局の決算説明資料(日本テレビ、TBS等)の番組制作費・人件費関連データ。

  • 英語圏メディアや業界報告(『Alice in Borderland』等のグローバル成功事例の分析)。

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