ネパール暫定首相が演説、暴動から1週間「汚職許さない」
カルキ氏は元最高裁判所長官。総選挙は26年3月5日に行われる予定だ。
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ネパールのカルキ(Sushila Karki)暫定首相は19日、就任後初めて公の場で演説し、汚職と闘い、雇用を創出し、生活水準の向上に取り組むと約束した。
オリ(Khadga Prasad Oli)前首相は今月初め、フェイスブックやX(旧ツイッター)、ユーチューブを含む大半のソーシャルメディアプラットフォームを遮断。国内で広く利用されている約20のSNSに対し、企業登録を行うよう通知した。
ティックトック、バイバーおよびその他3つのプラットフォームは国内に連絡事務所または窓口を設置し、政府への登録を済ませているため、遮断を免れた。
学生を含む多くの若者たちがこの禁止令に激怒し、抗議デモを開始。一部が暴徒化し、政府庁舎や政治家の自宅などに火を放った。
この暴動を受け、オリ氏は辞任。複数の閣僚が暴徒に襲われる恐れがあるとして、ヘリコプターでの避難を呼びなくされた。
保健省は治安部隊の取り締まりなどにより72人が死亡、2000人以上が負傷したと報告。首相官邸、最高裁判所、議会議事堂を含む官民の施設に甚大な損害が生じた。
カルキ氏は演説で、「抗議行動が起きたのは、憲法に明記された良き統治と繁栄の精神が果たされなかった結果であり、政府はこの事実を受け入れねばならない」と語った。
またカルキ氏は「腐敗の拡大やその他の失政に対する不満が引き金となったことを念頭に置き、必要な改革を行っていく」と約束した。
カルキ氏は元最高裁判所長官。総選挙は26年3月5日に行われる予定だ。
ネパールの政界における汚職問題
ネパールは南アジアの小国でありながら、政治的混乱と汚職問題に長年悩まされてきた国である。王政から議会制民主主義への移行、内戦、連邦共和制の樹立といった大きな政治転換を経験してきたが、その過程で政界の腐敗は深く根付いていった。汚職は単なる個人の不正行為にとどまらず、制度的な問題として国家運営全体を蝕んでおり、経済発展や社会正義を妨げる要因となっている。
歴史的背景
ネパールの汚職問題の根底には、長年の専制的な統治構造と、それに伴う権力集中がある。王政期には透明性の欠如と縁故主義が蔓延し、政治的忠誠を条件とした特権の付与が横行した。1990年の民主化以降、複数政党制が導入されたが、権力の奪取をめぐる政党間抗争の中で公共資源の私物化や汚職がむしろ拡大した。
さらに、1996年から2006年まで続いたマオイストの反乱(人民戦争)は国家機能を麻痺させ、戦後の復興期においても公共事業や援助資金の分配をめぐって腐敗が頻発した。2008年に王制が廃止され連邦民主共和制に移行した後も、制度の未成熟さを突く形で汚職は続いた。つまり、政体の変化そのものが汚職を是正する要因にはならず、むしろ権力構造の再編ごとに新たな不正の温床が生まれてきたといえる。
具体的事例
ネパール政界の汚職問題は、多岐にわたる分野で顕在化している。典型的なものは公共事業に関連する談合や賄賂である。道路やダム、空港など大規模インフラ建設では、政治家や官僚が契約の見返りに資金を受け取る事例が繰り返されてきた。
2023年から2024年にかけて特に注目を集めたのは「偽難民ビザスキャンダル」である。これは、政府関係者や政治家が一般市民を「ブータン難民」と偽り、米国など第三国への移住ビザを得られるよう便宜を図る代わりに賄賂を受け取った事件である。数十人の高官や政界関係者が関与したとされ、国際的な批判を浴びた。この事件は、ネパールの政界における汚職の根深さと、司法・行政機関の脆弱さを露呈するものとなった。
また、税関や国有企業における横領、不正採用も長年問題視されている。関税の抜け道を利用した密輸の黙認や、政党幹部が支持者に官職を与える「縁故採用」は日常的に行われ、国家の財源を蝕んできた。
制度的課題
ネパールの汚職問題を深刻化させているのは、監視機関の独立性と司法の信頼性の欠如である。汚職防止を目的として「汚職調査委員会(CIAA)」が存在するが、政権与党の影響を受けやすく、摘発が選別的に行われることが多い。そのため、大物政治家が本格的に処罰される例は極めて少ない。
また、司法制度自体も汚職に巻き込まれることがあり、裁判官や検察官が賄賂で判決を左右するといった疑念が絶えない。このため、国民は司法を「正義の場」ではなく「権力の道具」と見なす傾向が強まっている。こうした制度的不信が、汚職の蔓延を一層助長している。
社会と経済への影響
政界の汚職はネパールの経済発展を大きく阻害している。まず、公共投資の効率性が著しく低下する。インフラ建設の資金が中抜きされることで、道路や学校が完成しても品質が低く、数年で劣化する事例が多い。国際援助資金も不透明に流用され、貧困削減や社会サービスの改善につながりにくい。
さらに、汚職は国民の政治への信頼を失わせる。選挙のたびに票買いや資金操作が行われることで、民主主義の正統性が損なわれている。若者や有能な人材が政治に関心を持たず、国外へ流出する傾向も強まっており、いわゆる「ブレインドレイン」が進んでいる。これは経済基盤の弱体化を加速させる悪循環である。
改革の取り組み
一方で、汚職問題への対策も試みられてきた。国際通貨基金(IMF)や世界銀行は援助条件として透明性の向上を求め、政府も電子入札制度や公共会計のデジタル化を導入している。また、市民社会やメディアも汚職追及に積極的であり、SNSの普及によりスキャンダルが迅速に拡散される環境が整った。
とはいえ、既得権益層の抵抗は根強く、抜本的な改革には至っていない。特に連立政権が頻繁に交代する政治状況では、短期的な権益確保が優先され、長期的な制度改革が後回しにされがちである。
結論
ネパールの政界における汚職問題は、歴史的な権力構造と制度的欠陥に根ざした慢性的な課題である。偽難民ビザ事件のような国際的に注目されるスキャンダルは氷山の一角にすぎず、日常的な汚職が社会全体に広がっている。汚職は経済発展を妨げ、民主主義への信頼を損ない、人材流出を加速させる要因となっている。改革の努力はあるものの、政治的意志の欠如と制度の脆弱さから成果は限定的である。
ネパールの未来にとって、汚職の克服は単なる倫理的課題ではなく、国家の持続的発展と民主主義の安定に直結する問題である。真に独立した監視機関の確立や市民社会のさらなる強化が求められている。