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減量薬をアプリで入手できる時代が来る?市場拡大目指す製薬会社

GLP-1薬はセマグルチドや類似成分を含み、食欲抑制と体重減少効果が高いことから注射製剤が世界的に普及した。
2025年12月15日/米カリフォルニア州、スマートフォンを操作する女性(ロイター通信)

米国を中心に肥満治療薬として普及しているGLP-1受容体作動薬の市場が、消費者主導の「ライフスタイル商品」へと変貌しつつある。従来は医療機関を通じた処方が主だった体重減少薬だが、製薬大手ノボノルディスクやイーライリリーが注射剤に加えて経口薬の投入を控える中、テクノロジー企業や遠隔医療サービス、SNSマーケティングとの結び付きが強まっている。こうした動きは肥満治療から個人の健康・美容の一部として薬を位置付ける消費者市場の拡大を示している。

GLP-1薬はセマグルチドや類似成分を含み、食欲抑制と体重減少効果が高いことから注射製剤が世界的に普及した。注射剤「ウゴービ(Wegovy)」や「ゼップバウンド(Zepbound)」は週1回投与が一般的であるが、これに加えて毎日服用する錠剤タイプが登場すると、消費者にとって利便性が大幅に向上する見通しだ。ノボノルディスクの経口ウゴービ錠剤は2026年初頭に米国市場に投入される予定で、競合するイーライリリーの経口薬「オルフォルグリプロン(orforglipron)」も規制当局の承認を目指している。

新しい経口薬は針への抵抗がある利用者や、特定の期間だけ体重管理を希望する層にも受け入れられる可能性がある。業界関係者は、これまで医療従事者が介在していた処方プロセスが遠隔診療やスマートフォンアプリを通じて簡易化され、“GLP-1アプリ”が銀行アプリや天気予報アプリの隣に並ぶ未来を描いていると語る。利用者はアプリで服薬リマインダーや生活習慣改善のアドバイスを得ながら、体重管理を日常生活の一部として取り入れるようになるという。

製薬会社はこの消費者市場の拡大戦略に積極的に対応している。両社とも米国での現金支払い向けに月額約149ドルからのスタータープランを設け、保険適用外でも購入しやすくする計画だ。ノボノルディスクは高用量帯の価格を明らかにしていない一方、イーライリリーは一定の価格上限を設ける意向を示している。また、政府の公的医療保険プログラムであるメディケアやメディケイドがカバーを拡大する見込みもあり、アクセスの広がりが期待される。

一方で、医療専門家の間では懸念もある。遠隔診療やSNS広告を通じて医師の管理をほとんど介さずに薬を利用する消費者が増えれば、副作用や適切な服薬管理の欠如など健康リスクが高まるとの指摘だ。特にSNSプラットフォームでは有名人やインフルエンサーがGLP-1薬を紹介することで、肥満治療という医療行為が「生活の質向上」や「理想の体型獲得」といったライフスタイル商品のように扱われる傾向が強まっている。

マーケティング戦略も変化しており、ティックトックやRedditなどのプラットフォーム上でユーモアやミームを交えた広告が行われると同時に、専門的な医療情報と一般的な健康情報との境界が曖昧になっている。広告研究者は、GLP-1薬の宣伝が「健康習慣の販売」に近づきつつあり、伝統的な医療広告規制を回避する手法が増えていると分析している。

こうした動きは肥満需要を掘り起こす可能性があるが、同時に医療上の適正利用や長期的な安全性の確保といった課題を残している。医療と消費者市場の融合が進む中で、GLP-1薬の未来は単なる治療薬から、個人の健康管理ツールとして広く受け入れられる新たな領域へとシフトしている。

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