大爆発から1カ月・・・
ベイルートの港湾エリアで発生した大爆発から1カ月。現地の住人たちは、再建が進まないことに頭を悩ませている。
2,750トンの硝酸アンモニウムがもたらした破局的な大爆発から1カ月、ガッサン・トゥバジ氏は大きな穴の下に座り、うなだれていた。
垂れさがった石膏、ワイヤー、金属製の支柱、砕けたレンガの屋根は、1カ月前と何も変わっていないように見える。
74歳のトゥバジ氏は爆風に巻き込まれたものの、幸い命に別状はなかった。しかし、爆発後の町の情勢が彼の心臓と血液循環の病を悪化させた。
トゥバジ氏は爆発で仕事と自宅を失い、1カ月経った今もその状況は改善されていない。
同氏は通貨の価値が消滅する直前、粉々に砕け散った窓を何とか補修した。
レバノンの腐敗しきった政治は致命的な失敗を招き、国民を地獄の底に叩き落した。さらに、爆発は政治をマヒさせ、政治家たちは死にかけている国民を放置。結果、再建は一向に進まず、ボランティアたちだけが必死に復興作業を行うことになった。
トゥバジ氏の住居をチェックしたボランティアたちは、手持ちのプラスチック板で窓を仮補修し、「必ずガラスを用意する」と約束した。
汗だくになって働く若いボランティアたちの笑顔は、街に希望を与えた。しかし、彼らにバックアップはない。資金面の援助もない。
トゥバジ氏のアパートは夏の太陽に照らされ、室温が40度を超えることも珍しくないという。彼はボランティアの助けを待った。しかし、助けはこない。
天井が崩落した部屋の中でニュースを見ていたトゥバジ氏はABCの取材に対し、「私たちの家は地獄のように暑く、息苦しい。天井に空いた穴、窓ガラス、政府は我々から大切なものを奪い、知らぬ顔をしている」と述べた。
ベイルート港湾エリアを焦土に変えた大爆発後、大半のレバノン人家族が今も再建に苦労している。
レバノンは経済的メルトダウンを引き起こし、それに巻き込まれた人々は、住宅を補修する費用どころか、明日の食料を確保することすらままならない。
政府はシャットダウンされ、州政府もほぼ機能しておらず、人々は路頭に迷った。そして、頼みの綱の国際的な支援も腐敗にまみれた政府への対応で遅れており、危機的状況が続いている。
同国は冬と梅雨の期間が数週間しか離れておらず、援助グループは崩壊した住居の修理と再建を急がねば、さらに深刻な事態を招くと警告する。
国連の調査によると、大爆発により約20万戸の住宅、約4万戸の建物が被害を受け、そのうち3,000戸は立ち入りできないほど深刻なダメージを負っているという。
家屋の損失は爆発がもたらした深刻な影響のひとつにすぎない。そして、これは人々とは一切関係ない不祥事が招いたのである。
人々は不適切に保管されていた2,750トンの硝酸アンモニウムの爆発に巻き込まれ、全てを失った。
爆発の傷は一向に癒えず、ベイルートは多くの命と財産を奪った人災に苦しめられ、悲嘆に暮れている。
爆発の衝撃波を真正面から受けた高層ビルの死骸は、今も1カ月前の状態で放置されている。築数百年の素晴らしい歴史遺産には大きな風穴が空き、バルコニーはどこかに飛ばされてしまった。
ベイルート港近くの小さな通りは、住人と世界中の観光客から支持される素晴らしい観光スポットだった。が、今ではそこに何があったかも分からない。
今、街中を歩く住人たちは、身体のどこかに包帯を巻き、下を向いている。
ソーシャルメディア上には爆発当時の記録や映像が溢れ、ユーザーたちは持続するトラウマと痛みに悩まされている。
政府はこの痛みを受け入れるよう国民に命令し、自己犠牲の精神で助け合ってほしいと述べた。しかし、納得する者などひとりもいない。
ベイルートの街中に貼り付けられた犠牲者の写真には、「彼は殉教者ではなく犠牲者である」と書かれていた。腐敗と汚職まみれの政府の発言に耳を貸す者はいない。
国連は緊急資金として3億4,450万ドル(約366億円)を11月までに援助する、と加盟国に要請した。しかし、これまでに集まった資金は16.3%、5,600万ドルにすぎない。
ノルウェーのレバノン難民擁護委員会の顧問を務めるエレナ・ディコミティス氏は、避難所確保のために資金約8,450万ドルを関係各国に求めた。しかし、現時点で集まった額は190万ドルに満たない。
国連および援助グループは、資金が集まらないことに危機感を抱いている。
エレナ・ディコミティス氏:
「例年通りの気候であれば、10月から寒さと梅雨がやってくる。数万の住居が放置され、人々は途方に暮れている。レバノン政府が機能不全に陥っている今、我々が行動しなければ、彼らは死んでしまう」
生存者の人生はどのように変化したか
援助
レバノンでは、約100万人のシリア難民、そして避難所を必要とするベイルートの人々が助けを求めている。
シリア難民たちは厳しい生活を強いられており、今回の爆発に巻き込まれた者もいる。さらに、住居を失ったベイルートの人々は、明日の食料すら確保できない状況にあり、今すぐ支援を必要としている。
国際社会はレバノン政府の腐敗を厳しく非難し、援助資金は国連もしくは国際機関を通してのみ提供すべきと警告した。
多くのベイルート人は経済のメルトダウンで資金を失い、進まぬ国際社会からの援助および政府の腐敗話にウンザリしている。
レバノン通貨の価値はドルに対し暴落し、銀行は資本の流出を防ぐべく、ドル口座をロックダウンした。結果、通貨の価値は消し飛び、物が輸入されなくなり、裕福な者たちですら、住居の修理に必要な資材を確保できずにいる。
爆発で店舗を失ったスクーターセンターのオーナー、ロバート・ハッジ氏はABCの取材に対し、「釘1本手に入らない。そして、釘が1本あっても助けにならない。私たちの資産はどこかに吹き飛んでしまった」と述べた。
セーフティネットを持たないトゥバジ氏のような高齢者は特に大きな打撃を受けている。
彼は年金も社会保険も医療保険も持っていない。結果、トゥバジ氏と妻は70歳を超えても働き続けねばならないのだ。
2019年10月、壊滅的な不況とそれに続く全国的な抗議運動の影響で、トゥバジ氏は自宅に留まらざるを得なくなった。仕立て屋として働いていた妻も仕事を休み、二人は収入を失った。
当時、二人には3,000万レバノンポンド(約210万円)の蓄えがあった。しかし、その価値はわずかひと晩で6分の1以下になった。
二人は銀行から資金を回収し、ボロボロだった窓を修理した。そして、その窓は1カ月前の爆発で消し飛んだ。
8月4日。天井がなければ雨が入ってくる。隣人の自宅から爆風によって放出されたレンガがトゥバジの自宅を直撃し、壁や屋根には穴が開いている。ソファはズタズタに引き裂かれ、木製のドアは損傷したままだ。
ガッサン・トゥバジ氏
「私の手元にあった資金は紙切れになった」
「妻と話し合い、ようやく改修した窓は、爆発で消し飛んだ。私たちには何も残されていない」
爆発発生直後、トゥバジ氏はガラス片から身を守ることで精一杯だった。ゆっくり立ち上がると、全身に降りかかったそれを振り払い、歩けることを確認した。
レバノンが暴力と破壊に支配されていた時代。トゥバジ氏は何度も倒れかけたが、「国を少しでも良くしたい」と信じ戦う者の背中を追い、立ち上がったと述べた。
しかし、今回の攻撃はトゥバジ氏の牙を抜いた。
レバノン政府は国を破滅に導き、銀行を破綻に追い込んだ。レバノン内戦と同じく、今回の人災も国民に大きな苦痛を強いることになる。
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捜索活動は続いている