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コラム:冬の感染症、知っておくべきこと

冬の感染症は、ウイルスや細菌の生物学的特性、季節的な環境条件、人間の行動や免疫状態などが複合して発生・拡大する。
鼻をかむ女性(Getty Images)

日本の現状(2025年11月時点)

2025年11月時点の日本における冬季感染症の状況は、コロナウイルス流行の影響から徐々に通常の季節性パターンへ回帰する一方、近年の流行パターンの変化や一部病原体の増加が指摘されている。国立感染症研究所(NIID)および世界保健機関(WHO)が示す季節性監視データでは、2024–2025シーズン以降にインフルエンザの検出が増加している一方で、RSウイルス(RSV)やノロウイルスなども例年の冬季ピークを示す地域があると報告されている。さらに、近年はA群溶血性レンサ球菌(GAS)による咽頭炎や侵襲性感染症が増加傾向にあり、特に2023–2024年にかけて東日本を中心に注目された事象が、保健医療現場での警戒感を高めている。これらの動向は、検査態勢や報告基準の変化、社会的行動の変化(マスク着用率の低下、人流の回復)等が複合して影響していると考えられる。

冬に流行する感染症(概説)

冬季に流行する代表的な感染症は以下の通りである。これらは呼吸器系や消化管に影響するものが中心で、高齢者や乳幼児、基礎疾患を持つ人で重症化リスクが高い。

  • インフルエンザ(季節性インフルエンザ)

  • 感染性胃腸炎(主にノロウイルス、ロタウイルスなど)

  • RSV(呼吸器合胞体ウイルス)感染症

  • A群溶血性レンサ球菌咽頭炎(溶連菌感染症)および侵襲性GAS感染

  • マイコプラズマ肺炎
    以下で各疾患を詳述する。

インフルエンザ

概要と臨床像

インフルエンザウイルスはA型・B型が主流で、急な発熱、咳、咽頭痛、筋肉痛、全身倦怠感などを呈する。高齢者や小児、慢性疾患を持つ者では肺炎など重症化するリスクが高い。治療には抗インフルエンザ薬が用いられるが、抗ウイルス薬耐性ウイルスの監視が重要である。

最近の日本における状況(2024–2025シーズン以降)

2024–2025シーズンは、例年より早めに検出が増加し始めた地域があり、NIIDや各都道府県の監視報告で検出数の増加が確認されている。さらに抗ウイルス薬耐性の検出も継続的に監視されており、特定の変異(H275Yなど)に関する報告が公表されている。ワクチン接種による重症化抑制と、早期診断・抗ウイルス薬使用の適切な運用が重要である。

予防(ワクチン等)

季節性インフルエンザワクチンは毎年夏〜秋に推奨され、ワクチン効果は年齢や流行株のマッチングによるが、重症化や入院を減らす効果が示されている。最近の報告ではブースター接種も一部の集団で検討されており、2024–2025のワクチンプログラムの効果や有効性の評価が進んでいる。

感染性胃腸炎(ノロウイルス、ロタウイルス等)

概要と臨床像

ノロウイルスは冬場にピークを示す代表的な胃腸炎ウイルスで、急性の嘔吐・下痢を短期間で引き起こす。小児や高齢者、免疫低下者で脱水や合併症のリスクが高い。ロタウイルスは主に乳幼児に重症の下痢を引き起こすが、ワクチン接種によって重症例は大幅に減少している。感染経路は糞口経路が中心で、感染力が非常に強い。

日本の状況

NIIDのノロウイルス検出データや疫学報告では、冬季に検出が増加する年次パターンが繰り返されている。2024–2025期にも一部地域で例年並みまたはやや増加する傾向が見られるとの報告がある。集団発生(保育園、学校、飲食店、介護施設等)がしばしば問題となるため、施設内感染対策が重要である。

RSウイルス感染症(RSV)

概要と臨床像

RSVは乳幼児の下気道感染(気管支炎・肺炎)の主要原因であり、特に生後数か月の乳児で重症化しやすい。一方で高齢者にも重症化のリスクがある。近年、RSVの流行シーズンが従来の晩秋〜冬から変動し、夏季に流行のピークが生じる年も観察されるなど、季節性の変化が指摘されている。

日本の流行の変化

研究やサーベイランス報告では、パンデミックの間にRSV報告が激減した後、社会制限の緩和に伴い非通常のタイミングで大きな流行が発生した事例が記録されている。感染制御や新しい予防法(モノクローナル抗体の予防投与やワクチン開発)の導入が検討されている。

A群溶血性レンサ球菌咽頭炎(溶連菌感染症)

概要と臨床像

A群溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)は咽頭炎(いわゆる溶連菌性咽頭炎)を引き起こすほか、皮膚感染や侵襲性感染(敗血症、壊死性筋膜炎、溶連菌性トキシックショック症候群)を起こす可能性がある。咽頭痛、発熱、扁桃の白苔、頸部リンパ節腫脹などが典型であり、ペニシリン系抗生物質が第一選択である。

最近の動向と懸念

2023年以降、日本ではGAS関連疾患の増加が複数報告され、M1 UK系統など特定系統の検出が注目された。2024年以降も比較的高い検出が続いた地域があり、メディアや国際誌が警告を出した。これらの増加はコロナ対策の緩和後に生じた免疫的「ギャップ」や社会的接触の回復が一因とされる。侵襲性感染の増加は医療現場と公衆衛生上の課題となっている。

マイコプラズマ肺炎

概要と臨床像

マイコプラズマ・ニューモニエ(Mycoplasma pneumoniae)は、若年者に多い非定型肺炎の原因微生物で、発熱や咳(しつこい空咳)を呈する。治療にマクロライド系が用いられることが多いが、近年マクロライド耐性菌の増加が報告されているため、治療選択の注意が必要である。

日本の状況

近年、日本では地域差はあるがマクロライド耐性マイコプラズマの報告が増えており、2024–2025年にかけて、成人症例の臨床報告や耐性率の報告が学会誌に提示されている。臨床現場では診断の迅速化と耐性を念頭に置いた薬剤選択が求められる。

冬に感染症が流行しやすい理由(メカニズム)

冬季に感染症が流行しやすい理由は複合的で、物理環境(温度・湿度)、ウイルスの生存特性、ヒトの行動様式、そして宿主側の免疫応答の季節変動などが関与する。

ウイルスの活性化・環境での安定性

多くの呼吸器ウイルス(インフルエンザウイルスや一部のコロナウイルス、ノロウイルス等)は低温や低湿度の環境で環境中での安定性が高まりやすいことが実験的に示されている。低相対湿度において飛沫中のウイルスが乾燥しても感染性を長く保持すること、またエアロゾル中でのウイルス生存時間が延びることが報告されている。これにより屋内での空気感染や近接での飛沫感染のリスクが上昇する。

空気の乾燥

冬季は暖房使用により室内相対湿度が低下しがちである。低湿度はウイルスの生存に有利であるだけでなく、鼻腔や気道上皮の粘膜バリア機能や線毛運動を低下させ、ウイルス侵入に対する第一防御線が弱まることが示唆されている。換気と加湿のバランスが重要である。

人の密集・行動変化

寒さを避けるために屋内での活動や集会が増え、学校・職場・公共交通機関での密集が進むことで接触機会が増加する。特に冬休みや年末年始などの人流の変化が地域間のウイルス伝播を促進する。社会的行動の回復(マスク着用率の低下等)も影響する。

免疫力の低下(季節性)

一部の研究は、ビタミンDの季節変動や寒冷ストレス、睡眠・運動パターンの変化が免疫機能に影響を与える可能性を示唆している。冬季は日照時間が短くビタミンD合成が低下することがあり、これが呼吸器感染症の感受性に関連する可能性がある。これに関しては因果関係の確定は難しいが、季節性の免疫応答変動が感染感受性の一因と考えられる。

予防と対策(個人・家庭・施設レベル)

冬の感染症対策は多層的アプローチ(多重防御)が有効であり、以下に主要な対策を列挙し理由を添える。

こまめな手洗い

石鹸による手洗いは感染性微生物を物理的・化学的に除去する最も基本的で効果のある手段である。系統的レビューやメタ解析は、手洗い促進が急性呼吸器感染や下痢性疾患の発生を有意に低下させることを示している。特に外出後、調理前、排便後、託児・介護の場面での手洗いが重要である。

実施上のポイント
  • 20秒以上の流水と石鹸による丁寧な洗浄

  • アルコール手指消毒薬は石鹸で落とせない状況や外出先で有効(ノロウイルスはアルコールに抵抗性がある場合があるため嘔吐物処理やノロ関連では塩素系消毒が必要)

咳エチケット

咳やくしゃみをする際はマスクで口鼻を覆う、あるいはティッシュや袖で覆って飛沫を拡散させないことが他者への感染防止に有効である。感染が疑われる場合は外出や他者接触を控えることが基本である。

適切な室内環境の維持(加湿と温度管理)

室内相対湿度を40〜60%程度に保つことが推奨される研究があり、この範囲はウイルスの空気中での安定性を下げ、粘膜防御を維持しやすい。暖房で暖めつつ加湿器を利用して極端な乾燥を避けることが望ましい。

定期的な換気

屋内で人が集まる場所では定期的な換気が重要である。寒冷期は換気回数を確保しつつ、短時間で効率的に空気を入れ替える方法(例えば5〜10分ごとに短時間の全開換気など)を実施すると、室内の二酸化炭素濃度とエアロゾル蓄積を低減できる。WHOや各国の公衆衛生ガイドラインでも換気の重要性が指摘されている。

免疫力の向上(栄養・休養・運動)

バランスの良い食事(十分なタンパク質、ビタミン、ミネラル)、適切な睡眠、定期的な適度な運動は免疫機能を支える基礎である。特に高齢者や慢性疾患患者では栄養状態の管理が重要で、必要に応じて医療機関で栄養支援を行う。ビタミンD補充は不足が疑われる場合に検討されるが、万能薬ではない点に留意する。

ワクチン接種
  • インフルエンザワクチンは重症化予防や医療負荷軽減に有効で、推奨される。高齢者、妊婦、基礎疾患のある者、医療従事者は優先接種群である。

  • 近年はRSVやノロウイルス、マイコプラズマなどに対する新しい予防法の研究が進んでおり、RSVワクチンや長効型抗体製剤の実用化が進むと予想される。公衆衛生当局の推奨に従って接種を検討する。

課題と対策(総括)

課題

  1. 監視・検査体制の強化の必要性:病原体の系統や耐性情報を迅速に把握し、公衆衛生対策に反映する必要がある。抗ウイルス薬耐性やベータラクタム系感受性の変化、GASの系統変化などは臨床対応に影響するため持続的な監視が重要である。

  2. 医療・保健の負荷:流行期に医療機関が混雑しやすく、適切なトリアージや外来体制の整備が必要である。特に高齢化社会における入院・介護施設での集団発生は深刻な問題を引き起こす。

  3. ワクチン接種率の維持・向上:インフルエンザワクチンの年間接種率や対象群への供給確保、費用負担の問題は地域差がある。新規ワクチン導入時の公的支援の有無が接種率に影響する。

  4. 情報発信と市民の行動変容:正確でタイムリーな情報提供と、市民が日常的に実行できる感染対策の啓発が継続的に求められる。誤情報や過度な恐怖を避けつつ、合理的な行動を促すコミュニケーションが必要である。

対策

  • サーベイランス強化:遺伝子解析や耐性監視を含む統合的監視システムを強化し、早期警報能力を高める。

  • 医療連携と地域防疫力の向上:一次医療〜二次医療の連携、介護施設との情報共有、外来診療の分散化(発熱外来等)を整備する。

  • 予防接種政策の見直し:高リスク群へのターゲティングと公費負担の拡充、ワクチン供給確保の仕組みを強化する。

  • リスクコミュニケーション:科学的根拠に基づく分かりやすい情報発信、学校・職場での感染対策マニュアルの周知徹底を推進する。

今後の展望

今後数年にわたり、冬季感染症対策は「サーベイランスの高度化」「予防技術の進展」「社会的行動の調整」によって質的変化を迎えると予測される。具体的には以下の点が重要となる。

  1. ワクチンと長効型予防薬の普及:RSVワクチン、長期持続型モノクローナル抗体などの新規介入が実用化されれば、乳幼児や高齢者の重症化を大幅に低減できる可能性がある。導入に際しては費用対効果評価と供給体制の整備が鍵となる。

  2. 分子疫学のリアルタイム利用:次世代シーケンス(NGS)を活用した系統追跡が日常的に行えるようになれば、局所的な系統変化や耐性出現を迅速に検知し、臨床と公衆衛生対応を迅速に結び付けられる。

  3. 社会インフラと個人行動の両面アプローチ:換気・加湿など環境工学的対策と、市民の習慣(手洗い・咳エチケット・ワクチン接種)を組み合わせた多層防御戦略が標準化されることが望ましい。特に学校や高齢者施設での感染対策基準は、将来的により明確化・義務化される可能性がある。

  4. 健康格差への配慮:感染症のリスクや予防接種のアクセスは地域や所得、年齢により差が生じる。公衆衛生政策は格差是正を同時に進める必要がある。

具体的なチェックリスト(個人向け)

冬場に個人として取り組むべき項目を簡潔にまとめる。

  • 毎年のインフルエンザワクチン接種を検討する(特にハイリスク群)。

  • 外出後・調理前・排泄後は石鹸で手を洗う。アルコール消毒は携帯用として有用だが、ノロウイルス対策では塩素系消毒が必要な場面がある。

  • 咳エチケットを守る。発熱や呼吸器症状がある場合はマスク着用と外出自粛を検討する。

  • 室内は適度な湿度(概ね40〜60%)を保ち、短時間でも定期的に換気する。

  • 睡眠・栄養・適度な運動で基礎体力と免疫を支える。ビタミンD不足が疑われる場合は医療機関で相談する。

研究・政策面での留意点

  • データの透明性と迅速な公表:国・地方の監視データを迅速かつ透明に公表し、研究者・医療者・一般市民がアクセスできる体制を強化することが重要である。

  • 臨床現場と公衆衛生の橋渡し:耐性菌や新たな系統の出現が臨床治療指針に直ちに反映される仕組みを整備する。

  • 国際連携:ウイルスや細菌の系統は国境を越えるため、WHOや周辺国との情報共有と協調が不可欠である。

まとめ

冬の感染症は、ウイルスや細菌の生物学的特性、季節的な環境条件、人間の行動や免疫状態などが複合して発生・拡大する。日本では2023年以降、コロナ対策の緩和を受けた季節性感染症の再浮上や、GASなど一部病原体の増加が観察されており、監視強化と多層的な予防対策が必要である。個人レベルでは手洗い、咳エチケット、適切な室内環境の維持、ワクチン接種を組み合わせることでリスクを低減できる。公衆衛生・医療システムとしてはリアルタイム監視、ワクチン政策、情報発信、医療連携の強化が優先課題である。将来的には新たなワクチン・長効型予防薬の導入や、遺伝子解析を生かした迅速対応により、冬季感染症による負荷をさらに低減できる可能性がある。


参考文献(抜粋)

  • 国立感染症研究所(NIID):インフルエンザ・ウイルス耐性監視・定点報告など。

  • WHO:Regional respiratory viruses surveillance bulletin(2025年報告)。

  • J-STAGE等学術誌:RSVおよびマイコプラズマに関する疫学研究。

  • CDC・国際誌(Emerging Infectious Diseases等):A群溶血性レンサ球菌の最近の増加と系統変化の報告。

  • Lancet、Stanford Report等:手洗いの効果・湿度とウイルス生存の実験的検討。

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