SHARE:

コラム:冬場の転倒事故に注意、ケガをしないために

冬季は路面の凍結、積雪、濡れた落ち葉、屋内の濡れなどにより滑りやすくなり、転倒事故が増加する。
転倒事故のイメージ(Getty Images)

日本における「転倒・転落」による年間死亡数は1万人を超えており(年による変動があるが近年1万人台で推移している)、この数は交通事故による年間死者数(概ね2,500~3,000人前後)を大きく上回る。具体的には人口動態統計(不慮の事故分類)では「転倒・転落・墜落(W00–W17)」による死亡数が1万人台で報告されており、交通事故死者数と比較すると約3倍程度の規模になる年がある。国内外ともに高齢化の影響で転倒による重症化・死亡が増加しており、世界保健機関(WHO)や国内の疫学研究でも高齢者の転倒は重大な公衆衛生課題と位置づけられている。

近年の特徴として、(1)高齢者人口の増加に伴う転倒関連死亡の増加、(2)季節変化=冬季における発生率の上昇、(3)労働現場や家庭内での滑り・つまずきによる傷害件数の増加傾向が観察される。労働災害統計でも「転倒」による休業・死傷が多く報告されており、社会的負担が大きい。

冬場に転倒事故が急増する主な理由(概説)

冬季に転倒が急増する理由は大きく分けて「環境的要因」と「人間側の要因」に分類できる。環境的要因は路面の凍結・積雪・落ち葉・泥など、接地面の摩擦が低下することで滑りやすくなる点が中心である。一方で人間側の要因は重ね着や防寒具による動作制限、荷物(買い物袋など)の増加、気温低下に伴う筋肉のこわばりや反応時間の遅延などである。これらが重なることで「転倒発生率」と「転倒後の被害の重篤度」がともに高まる。WHOや学術研究も冬季・寒冷環境での転倒リスク上昇を指摘している。

環境的な要因(滑りやすさ)
  1. 路面の凍結(ブラックアイスバーン)
    気温が0℃付近になると路面上の水分が凍結して薄い氷膜(ブラックアイスバーン)を形成し、視覚では判別しにくい状態が生じる。ブラックアイスバーン上の摩擦係数は著しく低下し、通常の靴底では十分なグリップが得られないため歩行者が滑りやすくなる。夜間や早朝、風の影響で路面が冷却される時間帯に顕著である。道路管理や自治体の凍結対策が不十分な場所では特に事故発生が増える。

  2. 積雪と圧雪
    新雪は比較的踏み込みでグリップすることもあるが、踏み固められて圧雪化すると非常に滑りやすくなり、また雪の下に凍結路面が隠れていることがある。除雪が行き届かない歩道や路肩、駐車場等での滑倒が多い。

  3. 落ち葉・泥・泥水
    落葉が濡れると滑りやすいヴェルベット状の層を作る。冬の前後や雨上がりには落ち葉上の歩行が危険になる。さらに街路の排水が悪い場所では泥や氷水がたまり、滑倒の発生源になる。

  4. 屋内の滑りやすさ(玄関・フロア)
    冬は靴底に雪や氷が付着したまま屋内に入るケースが増える。その水分がフロア上に広がり、廊下や玄関先での滑倒リスクが高まる。公共施設や店舗でもマット類の設置や注意喚起が不十分な場合、室内事故が増える。

  5. 視界の悪化・路面色の変化
    雪や暗さにより段差や障害物が判別しにくくなる。特に夜間の薄暗い路面や雪で覆われた段差はつまずきの原因になる。これら環境的要因は単独でもリスクだが、人間側の要因と重なることで事故が顕在化する。

(参考)凍結・圧雪・屋内滑りの問題点は地域の交通安全・防災資料や雪国の研究で詳細に示されている。

人間側の要因(転倒リスクの増加)
  1. 防寒着による動きの制限
    厚手のコートや多重のレイヤーは腕や胴の可動域を制限し、特にバランスをとるための素早い手の挙げ下げや腰の回転が遅くなる。これにより転倒を回避するための反応が弱まり、転倒につながる。

  2. 荷物の増加・両手が塞がる状況
    買い物袋や傘、雪かき具などを両手で持つことが多く、転倒時に手を出して受け身を取ることが難しくなる。両手が塞がると転倒後の受傷(顔面・頭部・口腔内)リスクも高まる。

  3. 歩行速度の変化と歩容の変化
    寒さや滑りやすさを警戒して歩幅を短くし、歩幅の不均衡や小刻み歩行(短歩高頻度)が増える場合がある。これ自体は安全策だが、逆に足を引きずるような歩行になりつまづきやすくなることもある。慌てて走る、急いで足を出す場面は転倒リスクを高める。

  4. 視覚・判断力の低下(暗さ・雪)
    暗くなるのが早い冬は視覚的情報が減るため足元の段差や氷の存在を見落としやすくなる。疲労や低血糖、寒冷による軽度の認知機能低下も影響する可能性がある。

  5. 滑りに対する不適切な対処(重心の取り方)
    滑った際に反射的に後ろに体重を乗せる、あるいは片足を急に高く上げてバランスを崩すなど、不適切な反応が重傷化に結びつく。啓発で「正しい受け身」の取り方や「ペンギン歩き」などの具体的行動が推奨される。

国内の転倒研究では高齢者の転倒原因に「環境+行動」の複合要因が多いと報告されており、個人の行動変容が転倒予防に有効であることが示唆されている。

事故の被害が大きくなりやすい理由(医療的観点)
  1. 骨折のリスク増加(骨粗鬆症)
    高齢者、特に閉経後の女性では骨密度が低下しており、転倒が大腿骨頸部骨折や上腕骨遠位端骨折、橈骨遠位端骨折などの大きな骨折につながりやすい。大腿骨頸部骨折は入院・手術を要し、その後の機能低下や死亡リスクを高める。名古屋市などの地域調査でも75歳以上の女性における骨折割合が高いことが報告されている。

  2. 気温と身体的変化の関係(生理学的影響)
    寒冷環境では末梢血管が収縮して手足が冷え、筋出力が低下する。筋肉の反応速度(反射)が遅くなるため、バランス回復が困難になる。さらに関節や筋のこわばり(硬直)が生じやすく、柔軟な姿勢制御が阻害される。これにより転倒の発生率と転倒後の重症化率が上昇する。WHOや医学研究でも寒冷と転倒リスクの関連が示されている。

  3. 寝起きや短時間の不注意によるリスク増加
    冬は寒さでベッドから出る時にふらつきやすく、起立性低血圧や寒さによる筋緊張不足で転倒する例がある。浴室や玄関、寝室の床での転倒は特に危険であり、浴室での転倒は溺水や深刻な外傷に発展する恐れがある。

転倒・転落事故による年間の死者数(国際的・国内的データ)

世界的には毎年多数の人が転倒で死亡しており、WHOは世界でおおよそ数十万人規模の転倒関連死亡を報告している。高齢者の転倒関連死亡は増加傾向にあり、最近の学術レビューでも高齢者における転倒関連死亡は1990年代以降大幅に増加していることが示されている。国内統計では前述のとおり「転倒・転落」関連の死亡数は1万人を超える年があり、交通事故死者数(約2.5–3千人)と比べると数倍の差がある。これらの数字は高齢化とともに公衆衛生的な重要性を増している。

転倒事故を防ぐための対策(1)—— 滑りにくい環境づくり(ハード面)
  1. 屋外の路面対策
    自治体や管理者は凍結しやすい箇所の凍結防止対策(塩化カルシウム等の散布、融雪設備、早期の除雪・排雪)を実施する。歩道・階段・駐車場等には滑り止め舗装や目立つマーキングを行うことで危険箇所を減らす。夜間の照明改善も重要である。

  2. 屋内の床面対策
    玄関やビルの入口には雪や水を拭き取るマット・ブラシを設置し、床面の滑り止め処理を行う。濡れた床の即時拭き取りや「濡れ床注意」の掲示を行う。公共施設や店舗は来客導線での対策を徹底する。

  3. 住宅改修の推進
    高齢者宅では段差解消、手すりの設置、滑りにくい床材への変更、浴室の滑り止めや座位用具の導入などを行う。公的補助・介護保険制度の活用で改修支援を受けられる場合があるため、早めの相談を促す。

転倒事故を防ぐための対策(2)—— 滑りにくい履物を選ぶ(個人装備)
  1. グリップ性能のある靴底を選ぶ
    ソール素材とパターン(ラグ)が雪・氷上での摩擦に大きく影響する。スパイクやチェーンタイプではないが、深めの溝と柔らかいゴム素材のソールは低温下でもグリップ性を維持しやすい。冬用のアウトドア靴や滑り止めインソールを検討する。

  2. 靴のメンテナンスと履き替えの習慣
    屋内に入る際は雪を払ってから入る、濡れた靴底は交換または拭く習慣をつける。長時間経過して磨耗した靴底はグリップ力が落ちるため適時買い替える。

  3. 高齢者や筋力の弱い人向けの補助具
    靴底に取り付ける簡易スパイク(歩行用アイゼン)や、歩行補助具の活用を検討する。これらは正しい使い方の指導が重要で、滑りやすい場面での安全な歩行に有効である。

転倒事故を防ぐための対策(3)—— 室内環境の整備と「安全な行動」
  1. 室内の導線整備
    夜間に移動する導線(トイレ・寝室・浴室)に十分な照明を設ける。夜間センサーライトや手元灯を用いることで視認性を高める。家具やマットの位置を固定し、余計な障害物をなくす。

  2. 両手を空ける・手すりを活用する
    荷物を持たず両手を使える状態にして歩く習慣をつける。階段や傾斜地では必ず手すりを使う。買い物はリュックサック等で両手を自由にすることが望ましい。

  3. 時間に余裕を持つ・焦らない行動
    急いで歩くことは転倒リスクを高める。余裕を持ったスケジュールを心がけ、天候が悪い日は外出を控える判断も重要である。

  4. 「ペンギン歩き」の実践
    滑りやすい場所では「ペンギン歩き」(小さな歩幅で、つま先を若干外側に向け体の重心をやや前方に保つ歩き方)を実践すると安定しやすい。具体的には歩幅を短く、足裏全体で接地するようにゆっくり歩くことで滑りにくくなる。高齢者向けの指導でも推奨される簡便な技法である。

転倒事故を防ぐための対策(4)—— 集中力を保つ・状況認知の向上
  1. 足元確認の習慣化
    歩行中にスマートフォンや画面操作を行わない。特に暗い時間帯や視界不良時は足元を凝視し、危険箇所を早めに認知する。

  2. 二重の注意(視覚+聴覚)
    視界が悪いときは周囲の音や他者の様子も活用して状況を把握する。ヘッドフォンで音を遮断していると危険認知が遅れるため注意する。

  3. 連れ合い・地域での見守り
    高齢者が単独で外出する際は近所の見守りや声かけ、地域の防災・安全活動と連携することで迅速な支援が得られる。地域介入は転倒発生後のアウトカム改善にも寄与する。

「身体づくり」—— 運動と機能維持(個人の備え)
  1. 筋力トレーニング(特に下肢)
    立ち上がり・歩行に必要な大腿四頭筋、臀筋、ふくらはぎの筋力維持が重要である。スクワット、立ち上がり運動、段差昇降などを定期的に行うことで実用的な筋力を保てる。

  2. バランス能力の向上
    片脚立ち訓練、バランスボード、太極拳や体操(例:Tai Chi)が転倒予防に有効であるという研究がある。バランス練習は転倒を未然に防ぐだけでなく、転倒時に柔軟に反応する能力を高める。

  3. 柔軟性と瞬発力の保持
    冷えた筋肉は硬くなりやすいので、外出前の簡単なウォームアップやストレッチ、関節可動域を保つ運動を日課にする。速い反応を必要とする場面に備えて短距離の軽いステップ運動などで瞬発性を向上させる。

  4. 健康管理(骨密度・薬剤管理)
    骨粗鬆症の診断と治療、転倒を助長する薬(向精神薬、降圧薬等)の副作用管理、視力や足の感覚(糖尿病性神経障害等)の管理も必要で、医療機関での定期的な評価を受けることが望ましい。

実践例と地域対応のポイント

自治体・市町村レベルでは、早期除雪・凍結対策、地域ボランティアによる高齢者宅の除雪支援、公共施設での滑り止めマット配備、冬季の見守り体制の強化などが実施されている。医療・福祉連携では転倒既往者への個別評価プログラム(薬剤見直し、住環境の評価、運動処方)を行う取り組みが推奨される。労働現場では冬季の足元対策や安全教育が重要で、業種によっては冬期専用の安全装備が義務づけられる場合がある。

今後の展望
  1. データ駆動型の地域対策の推進
    転倒事故の発生地点・時間帯・被害者属性を詳細に把握し、重点的に対策を行う「ホットスポット管理」が有効である。オープンデータや地域医療データを用いた分析により効果的な資源配分が可能になる。

  2. 予防教育と実践の普及
    「ペンギン歩き」や適切な靴の選び方、屋内での手すり活用などの日常的な行動変容を促す広報・教育が重要である。学校・企業・地域の場で季節ごとの安全指導を定着させる。

  3. 医療連携の強化と早期介入
    転倒歴のある高齢者に対する包括的評価(薬剤、視力、住宅、筋力)を医療・介護が連携して実施し、個別予防計画を立てることが被害軽減に直結する。

  4. 技術的イノベーションの導入
    氷結検知センサーや凍結予報の精度向上、歩行補助ロボットやウェアラブルデバイスによる転倒検知・通報システムの普及は今後の重要なトピックである。高齢者が安全に自立して暮らせる社会を支えるための技術導入が期待される。

まとめ

・冬季は路面の凍結、積雪、濡れた落ち葉、屋内の濡れなどにより滑りやすくなり、転倒事故が増加する。
・人間側の要因(防寒着、荷物、歩行の変化、体のこわばり等)と環境要因が重なることで発生率と重症化率が上昇する。
・転倒による年間の死亡数は国内でも1万人前後であり、交通事故死者数を大きく上回る規模であるため公衆衛生上の重要課題である。
・具体的な対策は「滑りにくい環境づくり」「適切な履物の選択」「室内環境の整備」「安全な行動(ペンギン歩き、両手を空ける、手すり利用等)」「身体づくり(筋力・バランス)」の5本柱で実践することが効果的である。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします