コラム:冬のスリップ事故に注意、「3つの余裕」が重要
冬のスリップ事故は、物理的路面条件とヒトの運転行動・装備環境との相互作用によって発生する。
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日本の現状(2025年12月時点)
日本における交通事故全体の傾向をみると、年間の交通事故件数・死者数は長期的には減少傾向にあるものの、2023年にはコロナ禍以後で初めて死亡事故が増加に転じる傾向となった。2023年の交通事故発生件数は約30万7千件、死者数は約2,678人であり、前年から増加している実績がある。これは高齢者ドライバーの割合が多いという構造的要因も影響していると指摘されている。
冬季に限定した統計は警察庁等が公開する月次統計などで確認できるが、冬季の交通事故全体統計が可視化されている年度データを個別に検索する必要がある。各月の統計では、季節を通じた事故件数・死亡事故件数・負傷者数の動向が示されており、これに含まれる冬季事故のうちスリップ事故は気象条件に関連する重要な事故類型として位置づけられている。
日本は南北に長い国土を有し、北海道・東北・山間部など雪氷の影響を受けやすい地域がある一方、関東以西の都市圏でも冬季の早朝・夜間に路面凍結が発生することがある。このため、冬季の路面環境およびスリップ事故に対する交通安全施策が重要視されている。
冬のスリップ事故に注意(総論)
冬のスリップ事故とは、路面が雪や氷、溶けた水分が再凍結した路面環境でタイヤの摩擦力が著しく低下し、車両制御が困難になり発生する交通事故をいう。スリップは単に路面にタイヤが滑る現象ではなく、制動距離の増大、ハンドル操作への反応低下など、通常走行では発生しない車両挙動を生む重大な危険である。これらは冬季気象要因(積雪・凍結・気温差)が直接的な原因であることが多数の専門家研究や交通安全機関の指摘によって明らかになっている。
冬季交通事故の大きな特徴として、スリップ事故の発生頻度は気象条件と密接に連動しており、特に雪降り直後や凍結が進む時間帯(早朝・夜間)に多発する傾向がある。
スリップを引き起こす主な原因
スリップ事故の発生機序を理解するには、物理的メカニズムとヒト・車両要因の双方を考慮する必要がある。
「水の膜」の発生
路面に積雪や降雨がある場合、一時的に雪や雨が水になり、気温が低下するとその水膜が路面に薄い氷の層として残ることがある。この薄い氷層は視覚的には濡れた路面に見えるが、実際にはブラックアイスバーンと呼ばれる極めて滑りやすい凍結路面となる。ブラックアイスバーンは見た目で判断が難しく、通常のブレーキ制動距離の数倍まで停止距離を延長させることが実験的に示されている。
「急」のつく操作
冬道では急なアクセル操作、急ブレーキ、急ハンドルは摩擦力の限界を超えることがあり、車両は容易にスリップ状態になる。特にABSやESCなどの安全装置が装備された車両であっても、急操作では制動や姿勢制御が困難になる可能性があるため、緩やかな操作が重要である。
ノーマルタイヤでの走行
専門機関の調査によれば、ノーマルタイヤ(夏タイヤ)で雪・氷路面を走行することは極めて危険であり、スタッドレスタイヤやスノーチェーンなど冬用装備の装着が推奨されている。ノーマルタイヤは冬道で十分な摩擦力を発揮せず、特に制動距離が長くなるため事故のリスクが高まる。
特に注意すべき路面状況
冬道のスリップリスクは単に雪が降っている路面だけに限らず、多様な状況で発生する。
ブラックアイスバーン
ブラックアイスバーンは透明な氷層であり、路面が濡れているように見えるにもかかわらず氷結している非常に危険な状態である。北国だけでなく都市部の橋梁・トンネル出入口でも発生し、ドライバーの認識を大きく誤らせる。
危険な場所
以下は、専門家や交通安全機関が指摘する典型的な危険個所である。
吹きさらしの橋の上
橋梁上は地面との熱容量が小さく、気温低下が直接的に路面温度低下に結びつくため凍結しやすい。地表路面に比べて凍結開始温度が高く、ブラックアイスの発生リスクが高い。
日陰になるトンネルの出入口
トンネル外の寒冷な気温と内部の湿気が混在するため、特に入口・出口付近の凍結が発生しやすく、他の路面よりも高いスリップリスクをもつ。
交差点付近
積雪や路面凍結を繰り返している交差点付近では、車両の停止・発進が頻繁に行われるため、タイヤ痕が磨かれ摩擦係数が低下する場合がある。これがスリップを誘発する要因となる。
スリップ事故を防ぐための対策
効果的なスリップ事故対策には、車両装備、運転行動、交通情報の活用という三つのレイヤーがある。
適切な装備
冬季の走行ではスタッドレスタイヤまたはスノーチェーンを装着することが基本である。スタッドレスタイヤは低温下でも柔らかいゴムコンパウンドにより摩擦力を確保しやすい設計となっている。一部地域では雪・氷路面における溶けた水分の排水性やグリップ性に優れる専用タイヤの装着が義務づけられることがある。
「3つの余裕」が重要
冬道では以下の三つの「余裕」が安全走行には不可欠である。
速度の余裕
常に制動距離を確保できるよう、スピードを抑制する。制限速度は晴天路面・夏季路面で策定されており、冬季はこれを大きく下回る速度設定が必要である。
車間の余裕
前方車両との車間距離を十分に取ることで、前車スリップ等への対応余地を確保する。氷結路面では通常より多くの車間距離が必要となる。
時間の余裕
到着時間に余裕を持つことで焦りを抑え、安全運転を促進する。時間的余裕は精神面の余裕にもつながり、不要な急操作を減らす。
ブレーキ操作
凍結路面では低速であっても通常ブレーキより制動距離が延長するため、早めのブレーキ操作を心がける。ABS付き車両でも急ブレーキはタイヤのロックを防ぐが、距離を短縮するものではない。
万が一スリップした時は
スリップを感知した場合、落ち着いてハンドルを真っ直ぐに戻し、アクセルオフ・ブレーキを慎重に行い、車両の姿勢を整える。慌てた操作が車両挙動を悪化させる。
最新の気象・道路情報をチェック
出発前および走行中に気象庁や道路交通情報センター(JARTIC等)が提供する気象・道路情報を確認することで、雪・凍結のリスクを事前に把握できる。これら情報はスマートフォンアプリやカーナビ連携でリアルタイムに入手可能である。
今後の展望
自動運転技術やADAS(先進運転支援システム)の発展により、冬季路面リスクをセンサーで検知・回避する機能が進化している。また、AIによる路面状態予測モデルやドローン等によるライブ路面観測技術も研究が進んでいることが示唆されている。これらは将来的には冬季交通事故削減に寄与する可能性がある。
まとめ
冬のスリップ事故は、物理的路面条件とヒトの運転行動・装備環境との相互作用によって発生する。この事故を防ぐためには、冬用装備の徹底、速度・車間・時間の余裕といった基本的運転行動の改善、そして最新の気象・道路情報の活用という複合的対策が必要である。
追記:日本におけるスリップ事故の現状
冬季交通事故とスリップ事故の発生傾向
日本における交通事故全体は、国土交通省・警察庁統計に基づき長期的に減少傾向が続いてきたが、近年はコロナ禍後の回復に伴い交通量の増加とともに死亡事故数が若干増加傾向となっている。2023年の統計では、交通事故発生件数は約30万7千件、死者数は約2,678人となり、前年より増加している。これは1970年代のピークから見ると大幅な減少であるものの、交通安全政策の課題が残る現状を示している。
冬季(12月~2月)に限定した統計は一般統計資料で時系列的に把握する必要があるが、北海道警察等の地域データからはスリップ事故が冬季に特に多発することが示されている。北海道内では過去5年間の統計で、スリップによる死亡事故が12月に最も多く発生し、死亡事故件数が他月を大きく上回る傾向があるという報道もある。
このように、日本全体では年間の交通事故が数十万件規模で発生する中、冬季スリップ事故はその中でも独特の季節要因を伴う特殊事例として位置づけられている。
冬季気象による影響と路面環境
日本の冬季は北日本(北海道・東北)を中心に厳しい寒気や積雪・凍結が起こる地域が多い。これら地域では路面温度が連日0℃以下になることがあり、路面凍結(アイスバーン)、ブラックアイスバーンの発生が一般的である。また、本州でも気温低下により雪が降らなくても早朝・夜間に路面凍結が生じることがある。
ブラックアイスバーンとは、溶けた雪や雨が再凍結して透明な氷の層になるもので、見た目には濡れた路面に見えるためドライバーが認識しづらく、停止距離が通常の圧雪路面に比べて著しく長くなるという実験報告がある。
交通安全専門家による分析
交通安全専門家や交通ジャーナリストの分析では、冬季スリップ事故の主因は道路表面の氷雪や気温低下だけでなく、それに対するドライバーの認識不足や操作パターンが大きく寄与していると指摘されている。例えば、ある自動車ジャーナリストは、凍結路面ではスタッドレスタイヤでも摩擦力が低く制動距離が延長することや、ブレーキ・ハンドルの急操作により車両がスリップしやすいことを強調している。
また、路面が凍結しやすい場所として橋梁上、トンネル出入口、日陰や北斜面の区間が挙げられており、これらは一般路よりも凍結開始温度が高く、条件が揃えばブラックアイスバーンになる可能性が高いとされる。
スリップ事故の典型的状況と事故例
冬季スリップ事故は様々な場面で発生するが、典型的な状況として以下が挙げられる。
雪降り始め直後
新雪や濡れた雪が路面に付着し、タイヤのグリップが低下する段階に多発する。雪溶け後の早朝
日中に雪が溶けて路面に水分がある状態で夜間に気温が急低下すると、ブラックアイスバーンが形成される。交差点・カーブ
交差点では停止・発進動作が集中しやすく、カーブでは遠心力が働くため、どちらも摩擦限界に対する運転操作が重要になる。
これら状況において、制動距離不足やハンドル操作ミスが連鎖して事故につながる。
社会的・政策的対応
日本では冬季交通安全対策として、地方自治体や高速道路会社が早期冬用タイヤ装着啓発、融雪剤散布、道路除雪、路面温度・路面状態のリアルタイムモニタリングなどを行っている。例えば、NEXCO東日本は冬季に24時間体制で天候・路面状況を監視し、雪氷対策を実施する体制を構築している。
さらに、気象庁・JARTICなどが提供する道路交通情報は、リアルタイムで路面状況の変化を通知し、ドライバーが事前にリスクを把握することを可能としている。
ドライバー行動改善
スリップ事故を防ぐためのドライバー行動としては、冬用タイヤの早期装着、車間距離の確保、速度の抑制、時間的余裕の確保などが基本的な対策とされる。また、スマートフォンアプリなどで気象・道路情報を活用して走行計画を立てることが推奨されている。
まとめ
総じて言えば、冬季スリップ事故は日本の交通事故における重要な季節性要因であり、冬用装備・運転行動・情報活用の三位一体で予防対策を進める必要がある。今後、技術革新(自動化支援技術・AI路面予測等)と教育・啓発活動が一体となり、冬季交通安全の向上が期待される。
冬道ドライブ・チェックリスト
― 路面凍結・積雪リスクを想定した総合確認表 ―
Ⅰ.出発前チェック(必須)
1.地域別・時間帯別の気象確認
□ 走行地域の当日および前後1日の天気予報を確認
□ 最低気温が0℃以下になる時間帯を把握
□ 降雪の有無だけでなく、降雪後の晴天(=再凍結リスク)を確認
□ 山間部・峠・高架道路など標高差のある区間の予報を別途確認
※ 特に注意
都市部:早朝・深夜の放射冷却による凍結
日本海側・山間部:降雪量と吹雪
太平洋側:降雪後のブラックアイスバーン
2.路面凍結・積雪予測の確認
□ 気象庁「路面凍結注意情報」「大雪・低温注意報」を確認
□ 道路管理者(国交省・NEXCO・自治体)の道路気象情報を確認
□ ライブカメラ(峠・主要幹線)で実際の路面状況を視認
□ 事故多発地点・通行止め予測区間を把握
3.車両装備チェック
□ スタッドレスタイヤ装着済み(溝・製造年も確認)
□ タイヤ空気圧(低温で低下しやすい)
□ チェーン携行(装着練習済みか)
□ ウォッシャー液(寒冷地用)
□ バッテリー電圧(低温で性能低下)
□ ワイパーゴムの凍結・劣化確認
□ デフロスター・ヒーター作動確認
4.非常用・携行品
□ 防寒具(手袋・防寒靴・毛布)
□ スコップ(積雪地帯)
□ 解氷スプレー・スクレーパー
□ 非常食・飲料水
□ モバイルバッテリー
□ 懐中電灯
□ 牽引ロープ
□ 三角停止板・発炎筒
Ⅱ.走行計画チェック
5.ルート選定
□ 除雪・融雪が行き届いた幹線道路優先
□ 山道・裏道・生活道路は極力回避
□ トンネル出入口・橋梁・日陰区間を事前把握
□ 代替ルート(通行止め想定)を準備
6.時間計画(時間の余裕)
□ 通常より1.5~2倍の所要時間を想定
□ ラッシュ・夜間・早朝を避ける
□ 日没前に目的地到着を基本とする
□ 無理な日帰り・強行日程を組まない
Ⅲ.走行中チェック(常時意識)
7.速度管理(速度の余裕)
□ 制限速度は「上限」であり目標速度ではないと認識
□ 凍結・圧雪路では通常より大幅に減速
□ カーブ・下り坂・交差点手前では早めに減速
8.車間距離(車間の余裕)
□ 乾燥路の2~3倍以上の車間距離
□ 前走車がスリップした場合を想定
□ 大型車の後方走行を避ける
9.操作の基本(「急」を避ける)
□ 急発進しない
□ 急ブレーキしない
□ 急ハンドルしない
□ すべての操作を「ゆっくり・一定」で行う
10.危険路面の兆候チェック
□ 路面が黒く濡れて見える(ブラックアイスの可能性)
□ 橋の上で急にハンドルが軽くなる
□ トンネル出入口で急に滑り感を感じる
□ 交差点で車が不自然に滑っている
Ⅳ.異常時・緊急時対応チェック
11.スリップを感じた場合
□ パニックにならない
□ アクセルを戻す
□ ハンドルを切りすぎない
□ ブレーキは状況を見て慎重に
12.立ち往生・事故時
□ 後続車へ早期警告(ハザード・三角表示)
□ 車内で待機(吹雪時は特に)
□ マフラー周辺の雪詰まり確認
□ 無理に脱出を試みない
□ 早めにロードサービス・警察へ連絡
Ⅴ.到着後・駐車時チェック
13.駐車後の注意
□ ワイパーを立てる
□ サイドブレーキ凍結防止(Pレンジ併用)
□ 翌朝の除雪時間を考慮
□ 再凍結を想定して歩行時も注意
Ⅵ.総合判断チェック(最重要)
14.出発可否の最終判断
□ 「行ける」ではなく「行くべきか」を判断
□ 不要不急の移動は中止できるか
□ 天候悪化予測がある場合は延期を検討
□ 自分の運転経験・技量を過信していないか
結語
冬道ドライブにおいて最も重要なのは、技術や装備以上に「事前の判断」と「余裕」である。
チェックリストを活用することで、路面凍結・積雪という不確実性の高いリスクを「予測可能な危険」として捉え、安全な行動選択につなげることができる。
冬道では「無事故で到着すること」こそが最良の運転成果である。
