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コラム:冬こそ筋トレに励むべき理由

季は筋トレを強化する好機である。寒冷環境による代謝亢進や季節性ホルモンの恩恵を活用し、筋量増加と代謝改善を図ることで効率的に減脂と機能向上を達成し得る。
背筋を鍛える女性(Getty Images)
日本の現状(2025年12月時点)

近年の日本における身体活動・運動習慣の実態は改善の余地が大きい。国民健康・栄養調査などの公的調査によると、運動習慣のある成人の割合は依然として目標値に達しておらず、男女や年齢層で差が存在する。具体的には日本の健康政策では歩数の増加や運動習慣の向上が継続的な課題とされている。また、令和5年(2023年)の国民健康・栄養調査では、運動習慣の有無や平均歩数に男女差・年代差が見られ、若年女性を含む一部層で運動習慣が低いと報告されている。これらの背景は慢性疾患リスクや筋力低下(サルコペニア)対策という観点からも重要である。

冬に筋トレに励むべき理由(総論)

冬季は外気温の低下、日照時間の短縮、活動量の減少などにより、体重増加や筋力低下、メンタル低下を招きやすい一方で、生理学的・行動学的な理由から「筋力トレーニング(以下、筋トレ)を強化する好機」でもある。総論として、冬に筋トレを行うことは(1)基礎代謝やエネルギー消費の向上、(2)ホルモン環境の追い風(テストステロンの季節変動等)を利用した筋肥大の機会、(3)メンタルヘルスの維持・向上、(4)将来の夏季ピークへ向けた逆算的準備、の点で合理的である。

基礎代謝が上がりやすく、脂肪燃焼に最適

寒冷環境は生体の熱産生を促進し、安静時エネルギー消費が増加することが報告されている。特に褐色脂肪組織(BAT)や寒冷誘導性の熱産生(非ふるえ性熱産生)により代謝が亢進しうることが示されている。筋トレは筋肉量を増やすことで安静時代謝(RMR)を長期的に引き上げ、寒冷刺激と組み合わせることでエネルギー消費を高める相乗効果が期待できる。したがって、冬季は寒さによる代謝活性化を活用しつつ、筋肉量を増やすことで効率的に脂肪燃焼と体組成改善を図ることが可能である。

代謝の向上/効率的なダイエット

筋肉は安静時に多くのエネルギーを消費する組織であるため、筋肥大による体組成の改善は基礎代謝の長期的上昇をもたらす。冬は活動量が減りやすく「冬太り」現象が起こりやすいが、筋トレを継続することで基礎代謝の底上げを行い、エネルギー収支のバランスを維持しやすい。さらに、寒冷環境による一時的な代謝亢進と併せることで、短期的な消費上昇も見込めるため、効率的な減脂を目標とする場合に冬季の筋トレは理にかなっている。

テストステロンの分泌とバルクアップ

男性ホルモン(テストステロン)は筋肥大や筋力向上に重要な役割を果たす。複数の研究が血中テストステロンに季節性の変動が存在することを示しており、一部の大型コホート研究や系統的解析では冬季に高値を示す傾向が報告されている。テストステロンが比較的高い時期に高負荷のレジスタンストレーニングを計画することは、筋肥大の効率を最大化する上で有利に働く可能性がある。ただし、個人差が大きく、年齢やBMI、ライフスタイルによる影響も重要であるため、計画は個別化する必要がある。

冬は筋肉の成長に不可欠なホルモンであるテストステロンの分泌量が増える/筋肥大のチャンス

前節の続きとして、季節性のテストステロン上昇は筋肥大のチャンスを提供する。実践的には、冬場に筋トレの強度(荷重・ボリューム)を段階的に上げ、筋タンパク合成を効果的に刺激するプログラミングが望ましい。栄養摂取(特に蛋白質と総エネルギー)を十分に担保することが成功の鍵である。

エネルギー源の確保

冬季は代謝が上がる反面、寒冷ストレスや活動増加によりエネルギー需要が増す。筋肥大を目指す際は適切なカロリー供給(必要エネルギー量の見積もり)と高品質なタンパク質摂取を確保することが重要である。併せて、寒さで食欲が増すこともあるため、栄養バランスを保ちつつ過度な脂質・糖質摂取を避け、タンパク質中心の食事で筋タンパク合成を支える戦略が有効である(食事摂取基準やスポーツ栄養学の推奨に従う)。

冬季うつの予防とメンタルケア

冬季は日照時間の減少や活動量減少により、気分が落ち込みやすい。身体活動はうつ症状の予防・改善に有効であるというメタアナリシスやシステマティックレビューが多数存在する。運動は神経伝達物質(セロトニン、ドーパミン、エンドルフィン等)や認知機能に良い影響を与え、睡眠の質を改善し、孤立感や無気力感を軽減する。従って、冬に習慣的に筋トレを行うことは、身体面だけでなくメンタル面の保全にもつながる。

メンタルの安定/睡眠の質の向上

筋トレは睡眠の質を高めるという報告があり、良質な睡眠は筋肉の回復とホルモン分泌(成長ホルモン、テストステロンの分泌パターン)の最適化に寄与する。冬季の活動促進として就寝前の過度な刺激を避けつつ、日中に適度な強度のトレーニングを行うことで睡眠の量的・質的改善を期待できる。

夏の「最高の体」は冬に作られる/逆算の思考

夏季に「ベストの身体」を目指す場合、逆算でトレーニング計画を立てることが重要である。筋肥大や体脂肪減少は短期間で劇的に達成できないため、冬季から春にかけて基礎作り(筋量増加、代謝改善、習慣化)を行い、夏手前で仕上げ(減脂期)に入るプランニングが合理的である。冬季にトレーニング量を増加させることで、シーズン到来時に見た目・機能両面でのピークを作りやすい。

冬の筋トレの注意点

冬季に活動を行う際はいくつかの注意点がある。主な点は以下のとおりである。

入念なウォーミングアップ(筋温の上昇)

低体温下では筋や腱の剛性が高まり、怪我のリスクが増える。入念な有酸素的なウォームアップや筋温を高める動的ストレッチ、軽負荷からの段階的な負荷増加により筋温を上げ、筋・腱の柔軟性を回復させることが怪我予防に直結する。動的ストレッチはパフォーマンスを阻害せず可動域を改善するため、冬場には特に推奨される。

動的ストレッチの導入/時間の延長/低負荷からの開始

従来の静的ストレッチのみならず、動的ストレッチや運動特異的なプレワークアウト(軽いジャンプ、バンドを使った動き、プログレッシブなセット)を導入する。ウォームアップ時間は冬季に伸ばすことを前提とし、低負荷での数セットを行って筋・神経系を順応させる。

急激な温度変化による「ヒートショック」対策

冬季は屋外→屋内や浴室での急激な温度変化による血圧変動(いわゆるヒートショック)によって高齢者などで事故が起きやすい。筋トレ後の冷えやシャワー/入浴時の急激な温度差にも注意し、脱衣所や浴室の予熱、急な温冷差を作らない工夫が大切である。室内外の温度差を緩和するための住宅内温度管理や入浴前の徐々の移行が勧められる。

室内温度の調整と適切なレイヤリング(重ね着)

トレーニング環境は安全かつ快適であるべきで、トレーニング前は体温保持のために重ね着をすること、運動開始後は適宜脱ぐことが理想である。屋外トレーニングを行う場合は風を遮るウェアやウインドブレーカー、運動後の冷え対策を忘れてはならない。

水分補給の徹底

冬は発汗が少ないために水分摂取が疎かになりがちであるが、脱水はパフォーマンス低下や筋肉クランプ、代謝低下を引き起こす。定期的な水分補給を習慣化することが重要である。

栄養とメンタルのケア

筋肥大や減脂は栄養が基盤となる。高品質なたんぱく質、必須アミノ酸、適切な総カロリー、微量栄養素(ビタミン・ミネラル)を確保すること。特に冬季はビタミンDの生成が低下するため、日照不足に起因する血中25(OH)D濃度低下を補うために食事やサプリメントの検討が推奨される。日本の食事摂取基準やスポーツ栄養学は冬季のビタミンD補給の必要性を示唆している。

休息の質

回復はトレーニング効果を左右する。冬季においても睡眠時間と睡眠の質(深睡眠)を確保し、過剰なトレーニングによるオーバートレーニングを避ける。

屋外トレーニングの安全確保

屋外で高強度トレーニングを行う場合は、滑りや凍結路面に注意し、適切なフットウェアを選ぶ。区域の明るさ、風の強さ、気温の極端な低下に対してはトレーニング内容を変える判断を行う。

今後の展望

科学的知見は日々更新されており、寒冷刺激と筋トレの相互作用、季節性ホルモン変動の個別最適化、ビタミンDと筋機能の関係などは今後さらに精緻化されるだろう。また、ウェアラブルやリモート指導、個別化栄養解析の普及が、冬季に適したトレーニングプログラムの作成を容易にする。公衆衛生的には、冬季の身体活動促進は罹患率低下や医療費削減に寄与する可能性があり、地域・職場・学校レベルでの促進策が重要である。将来の研究では、長期ランダム化比較試験や個体ごとの季節応答の大規模解析が望まれる。

まとめ

以上を総合すると、冬季は筋トレを強化する好機である。寒冷環境による代謝亢進や季節性ホルモンの恩恵を活用し、筋量増加と代謝改善を図ることで効率的に減脂と機能向上を達成し得る。加えて運動は冬季うつの予防・改善に寄与し、睡眠やメンタルの安定をもたらす。安全面ではウォーミングアップ、温度差対策、栄養・水分管理を徹底する必要がある。個別性を考慮した適切なプログラム設計と、栄養・休養の管理を組み合わせることで「夏の最高の身体」は冬に作られるという逆算的な戦略が有効である。


追記:日本における筋トレ文化の現状

はじめに

日本における筋力トレーニング(以下、筋トレ)文化はここ数十年で着実に広がっているが、欧米諸国と比べると普及率や実践形態には独特の傾向が見られる。ここでは社会文化的背景、実践の現状、ジム産業とデジタル化、若年層・高齢者の動向、政策的支援、今後の課題と展望の順で論じる。

社会文化的背景

日本では長らく「有酸素運動(ウォーキング、ジョギング等)」や健康維持を目的とした軽度の運動が重視されてきた。だが2000年代以降、フィットネスジムの多様化やボディメイク志向、SNSを介した情報拡散により、筋トレは若年層を中心に美容・健康・パフォーマンス向上の手段として定着してきた。一方で「ジムに通う」「重りを扱う」ことに対する敷居感や誤情報の流布も見られ、正しい指導とエビデンスに基づく教育が求められている。

実践の現状と統計的傾向

公的調査(国民健康・栄養調査等)をみると、運動習慣の保有割合は年代・性別で差がある。若年男性では筋トレを含む運動に取り組む割合が比較的高い一方で、若年女性や中年層には運動習慣が低い層が存在する。近年のフィットネスビジネスの拡大により、24時間型ジム、女性専用ジム、パーソナルトレーニング、オンラインレッスン等の選択肢が増え、参加のハードルが下がっているが、依然として「習慣化」には個人差が大きい。

ジム産業とデジタル化

ジム産業は多様化し、低価格大量会員型から高価格パーソナル指導型まで幅広い業態が並存する。最近ではオンライン指導、アプリベースのトレーニングプログラム、AIを活用したフォーム解析などのデジタルツールが普及しており、自宅でも質の高い筋トレを実践できる環境が整いつつある。これにより時間・場所の制約を受ける人々にも筋トレが浸透している。

若年層とボディイメージ

SNSやインフルエンサー文化の影響で、特に若年層におけるボディメイク志向が強くなっている。ボディポジティブや筋トレによる自己肯定感獲得といったポジティブ側面がある一方で、過度なダイエットや無理なトレーニングによる健康リスク(過度の減量、栄養不足、摂食障害の助長等)も懸念される。そのため専門家による教育と正しい情報発信が重要である。

高齢者と筋力維持

人口高齢化が進む日本において、サルコペニア(加齢性筋減少)対策としての筋トレは公衆衛生的な重要課題である。高齢者向けの軽負荷レジスタンス運動、地域の健康づくりプログラム、介護予防事業などで筋力維持が推奨されており、行政や医療機関による介入も増えている。筋トレは転倒予防、活動性維持、要介護リスク低減に寄与するため、地域包括ケアにおいても重要視されている。

教育・資格・専門職の整備

パーソナルトレーナーやフィットネスインストラクターの資格制度は多様で、質のばらつきが存在する。エビデンスに基づく指導を提供できる人材育成、医療職との連携、栄養・リハビリテーション領域との協働が今後の質向上の鍵である。大学や専門学校による教育プログラムの拡充も進んでいるが、実務者の能力評価と標準化は未だ発展途上である。

政策的支援と公衆衛生

日本政府・自治体は健康寿命延伸の一環として身体活動促進施策を掲げており、地域や職場での運動推進プログラムの支援、予防医療の推進などが行われている。筋トレそのものを直接的に推奨するプログラムも増加しており、高齢者や仕事世代向けの実践的ガイドライン整備が進んでいる。しかし、効果的な普及には予算配分、専門人材の育成、評価指標の整備が必要である。

倫理・安全・情報の課題

筋トレ関連情報には科学的根拠の薄い主張や過度なサプリメント推奨、過激なトレーニング法の宣伝などが紛れ込みやすい。利用者保護の観点から、事業者の透明性、トレーナーの専門性表示、虚偽広告への規制、適切な健康チェックの実施が求められる。また、特に心疾患や高血圧、代謝疾患を持つ者が自己流で高強度トレーニングを行うことはリスクを伴うため、医師や専門職との連携が重要である。

今後の展望

(1)個別化:遺伝的背景、季節性、ライフステージに応じた個別化トレーニングと栄養指導が求められる。
(2)デジタル化の深化:ウェアラブルやAIを活用したフォーム解析、負荷最適化、継続支援ツールの普及により、科学的根拠に基づく指導が一般化する。
(3)高齢者と地域連携:高齢人口の増加を背景に、地域コミュニティにおける筋トレ普及と介護予防の統合が進む。
(4)エビデンス基盤の強化:筋トレの健康効果に関する大規模コホートやランダム化比較試験、季節変動の臨床的意義に関する研究がさらに求められる。
(5)教育と規制:トレーナー教育の標準化、広告規制、医療との連携ガイドライン整備が進むことで利用者の安全と信頼が高まる。

結語

日本における筋トレ文化は拡大の途上にあり、政策的支援やデジタル技術、専門職教育の整備により一層発展する余地がある。冬季のトレーニング強化は個人の健康増進のみならず、社会的な医療負担軽減や健康寿命延伸にも寄与し得る。したがって公的機関、教育機関、産業界、医療の連携によって、安全で効果的な筋トレ文化を社会全体に広めていくことが望まれる。


参考文献(抜粋)

  • 厚生労働省関連資料(健康日本21、国民健康・栄養調査等)等。

  • テストステロンの季節変動に関するコホート研究・レビュー。

  • 寒冷暴露と代謝(褐色脂肪組織、非ふるえ性熱産生)に関するレビュー・研究。

  • 運動とうつ症状に関するメタアナリシス・システマティックレビュー。

  • 住居内温度管理とヒートショック対策に関する公的資料。

  • 日本におけるビタミンD関連の食事摂取基準・研究。

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