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コラム:冬場のエコノミー症候群に注意

冬場は「目に見えないリスク」が積み重なる季節である。こまめな水分、数分の歩行、足の簡単な運動、衣服選びの工夫を日常に取り入れることがVTE予防の第一歩になる。
旅客機のエコノミークラス(Getty Images)
1. 日本の現状(2025年12月時点)

日本では深部静脈血栓症(DVT)および肺塞栓(PE)の診断・治療、予防に関するガイドラインや啓発資料が整備されている。厚生労働省は一般向けの予防啓発やQ&Aを公開し、足運動や水分補給、長時間同一姿勢の回避などの予防法を推奨している。また、日本循環器学会(JCS)による診断・治療ガイドラインや各種レビューが存在し、臨床現場での標準的対応が確立されつつある。一方で高齢化社会に伴うVTE(venous thromboembolism)患者の増加や、季節変動に関する報告も散見されるため、冬季における注意喚起が重要である。


2. エコノミー症候群(静脈血栓塞栓症)とは

エコノミー症候群は一般用語で、狭い座席に長時間座って足を動かさないことで生じ得る深部静脈血栓症と、それが肺に飛んで生じる肺塞栓症を包括的に指す語である。医学用語では「静脈血栓塞栓症(VTE)」に相当する。DVTは主に下肢深部静脈(ふくらはぎ〜大腿静脈)で血栓が形成され、これが剥がれて肺動脈を塞ぐとPEとなり、生命に関わる急性事態を招く。VTEには手術、外傷、がん、妊娠・産褥期、ホルモン療法、肥満、喫煙、既往歴・遺伝的素因などの既知のリスク因子がある。


3. 冬にリスクが高まる理由 — 病態生理の視点

季節性の解析をまとめた系統的レビューとメタ解析では、一般に冬季にVTE(特にDVT)の発生率が高くなる傾向が示されている報告が存在する一方、地域や解析法によって差があるとされる。気温低下が末梢血管収縮を招き、局所の血流が低下すること、また気温低下に伴う行動変化(屋内滞在、活動量低下、暖房器具による乾燥)が複合的に作用すると考えられる。メカニズムとしては、(1)血流停滞、(2)血液凝固能の亢進(血液粘度の増加、凝固因子の変動)、(3)血管内皮の機能変化が挙げられる。系統的レビューは冬季のVTE増加を示唆しており、季節ごとの発症傾向を考慮した予防が有益である。


4. 脱水症状とその影響

冬は喉の渇きを感じにくく、加えて暖房による室内乾燥や入浴・飲酒による利尿、屋外での寒冷ストレスが脱水を助長しやすい。血液量が相対的に減少すると血液粘稠度が増し、血流の停滞や凝固能亢進につながる。特に高齢者や基礎疾患(心不全、腎機能障害、糖尿病等)のある者は脱水の影響を受けやすく、VTEリスクが相対的に高まる。厚生労働省も冬季を含めたこまめな水分補給を推奨している。


5. 活動量の低下(長時間座位・寝たきり)

運動不足は下腿筋ポンプの働きを低下させ、静脈還流を妨げる。長距離移動の航空機座席や自動車、さらに寒い日の日常的な屋内滞在・在宅時間増加、長時間のデスクワークが同様のリスクを生む。特に1時間以上連続して座り続ける習慣がある場合、かかとの上下運動や数分の徒歩などの中断が重要である。厚生労働省の啓発資料は1時間ごとの軽い運動や足指の運動を具体的に提示している。


6. 血管の収縮と血液粘稠度の変化

寒冷刺激は末梢血管収縮を引き起こし、局所血流を減少させる。血流低下は血栓形成の素地を作る(血流停滞、血管内皮傷害、凝固能亢進)。さらに寒冷下での体温低下やストレス応答は血液中の一部の凝固因子や血小板活性に影響し、総合的に凝固傾向を高める可能性が示唆されている。欧米・アジアの観察研究は季節差を支持する報告があり、日本の一部データでも季節変動が示唆されている。


7. 主な症状(一般症状、足の症状)

DVTの典型的症状は片側の下肢の腫脹、疼痛(特にふくらはぎ痛)、発赤や熱感、皮膚の色調変化、立位や歩行での症状増悪などである。だがDVTの約半数は無症候性であるとも報告され、症状が乏しい場合もある。PEに進展すると、呼吸困難、胸痛(呼吸で悪化することが多い)、頻脈、血痰、めまい・失神などが出現し、重篤な場合はショックに至る。疑わしい症状があれば速やかな医療機関受診が必要である。


8. 足の症状の詳述(DVTの局所所見)

局所所見としては以下を確認する。

  • 片側の下腿あるいは大腿の腫脹(左右差)

  • 触診での圧痛(特に膝窩部・ふくらはぎ)

  • 表在静脈の怒張や目立ち(ただし非特異的)

  • 足背や足趾の冷感(血行不良が進んでいる場合)

  • ペインスコア(主観的疼痛増悪)や歩行困難の有無
    これらは即時に診断を確定するものではないが、臨床疑いを高める所見であり超音波(下肢静脈エコー)による評価が早期診断に有効である。


9. 重症化(肺塞栓)時の症状と緊急対応

PEは突然の呼吸困難、胸痛、血痰、めまい、失神、低血圧・ショックを呈することがあり迅速な対応が必要である。緊急時は救急外来へ連絡し、酸素投与、循環補助、速やかな画像診断(造影CTなど)、抗凝固療法や場合により血栓溶解療法が検討される。救命に直結するため、重篤な呼吸症状や意識障害が出現したら躊躇なく救急車を要請する。


10. 冬の予防対策(包括的対策)

冬季に推奨される総合的予防策は次の通りである:

  1. こまめな水分補給(脱水予防)

  2. 定期的な下肢運動(1時間に1回のかかとの上下、3〜5分の歩行など)

  3. 室内の適切な温度・湿度管理(乾燥回避)

  4. ゆったりした衣服・ベルトをきつくしないこと(圧迫回避)

  5. 長時間座位の中断、職場での立ち上がり時間の確保(在宅勤務時も同様)

  6. 飲酒・喫煙の節制(特に大量飲酒は脱水と凝固傾向を助長)

  7. リスクの高い人(過去のVTE、がん、手術後、妊娠等)は医療機関と相談して予防的措置を検討する(弾性ストッキングの使用、時に薬物予防)
    これらは行政資料や学術ガイドラインが示す基本的対策と整合する。


11. こまめな水分補給の具体的方法

水分補給のコツは「一度に大量ではなく、こまめに少量を摂る」ことである。冬は喉の渇きを感じにくいため、定期的に飲む習慣をつけることが重要である。具体例としては:

  • 1時間ごとにコップ1杯(150–200ml)程度の水またはほかの無糖飲料を摂る。

  • 暖かい飲料(温茶、白湯)も有用で、冷水が苦手な場合に継続しやすい。

  • 大量のアルコールは利尿作用で脱水を促すため、摂取を控える。

  • 高齢者や持病のある人は、利尿薬服用などで水分管理が必要な場合があるので医師と相談する。
    厚生労働省も水分補給を明確に予防策として挙げている。


12. 足の運動(家庭・職場でできる運動)

下腿筋ポンプを活性化する簡便運動を定期的に行う。具体的には:

  • かかとの上下運動(座位で20–30回/1時間ごと)

  • 足首の回旋運動(内回し・外回し各20回)

  • 足趾の屈伸を繰り返す(足先を伸ばす・曲げる)

  • 長時間座る場合は3–5分の短い歩行を1時間ごとに行う

  • 座位昇降(軽く立ち上がって膝を伸ばす)
    弾性ストッキング(圧迫ストッキング)も適応に応じて有効であり、既往のある高リスク者では医師の指導下での使用を検討する。これらは厚生労働省の啓発資料やガイドラインの推奨事項と一致する。


13. 適切な湿度管理の根拠と実践指針

屋内が乾燥すると粘膜や皮膚の乾燥だけでなく、喉の渇き感が鈍り水分摂取が減る傾向があり、結果的に脱水を助長する。冬期の室内推奨湿度はおおむね40–60%とされる(快適性と感染対策を考慮した範囲)。加湿器や室内乾燥対策を行うことで水分維持の一助となり得る。特に高齢者居住環境や職場での湿度管理は注意すべきである。


14. ゆったりした服装の重要性(圧迫回避)

脚や腰まわりを圧迫するきつい服装、きついベルトや靴下は静脈還流を阻害する可能性がある。冬の厚着は寒さ対策として重要だが、足首やふくらはぎを圧迫しないゆったりした服装を選ぶことが望ましい。特に長時間移動時や就寝時の服装に注意する。厚生労働省の資料でも「ゆったりした服装」が予防項目として挙げられている。


15. 長時間のデスクワークに注意(職場対策)

在宅勤務やデスクワークの増加は座位時間の延長を招き、VTEリスクを増大させる可能性がある。職場での介入としては、1時間に数分の立ち歩きを促すリマインダー、ストレッチタイムの導入、立位用デスクの活用、職場での啓発資料配布などが有効である。産業保健の観点からも継続的な周知と環境整備が必要である。


16. こたつで寝てしまう習慣がある人の注意点

こたつでの長時間のうたた寝は、足を自由に動かしにくい姿勢や長時間同一姿勢につながりやすい。さらに、こたつ内の局所的な温熱によって血管が部分的に拡張・収縮を繰り返すなど血行に影響する可能性がある。こたつで寝る習慣がある場合は、定期的に伸びをする、立ち上がって歩く、就寝はベッドで行うなどの対策を推奨する。特に高齢者や既往歴のある人は習慣の見直しが望ましい。


17. 専門家・専門機関・メディアによるデータと評価(引用資料)

本総説で参照した主要資料は以下である:厚生労働省の一般向け啓発ページとQ&A(予防策の実践例)、JCSの診療ガイドライン、国内外の疫学研究やメタ解析、米国疾病対策センター(CDC)の臨床情報など。系統的レビューは冬季にVTE発症が増える報告を含み、国内の病院ベースの解析でも季節性の指摘がある。これらは公衆衛生上の注意喚起の根拠として妥当である。


18. 今後の展望(研究・公衆衛生・啓発)

今後の課題は次の通りである:

  1. 日本国内における大規模・多施設コホートを用いた季節性解析とリスク層別化の強化。

  2. 在宅勤務や高齢者の居住環境変化を踏まえた予防介入(リマインダー技術、ウェアラブル機器を使った下肢活動促進など)の有効性検証。

  3. 高リスク者に対する個別化された予防(弾性ストッキングの適応、薬物予防の適切な実施基準)とその安全管理。

  4. 医療者と一般住民の間で一貫した啓発メッセージを作成し、季節ごとの注意喚起を行うこと。
    公衆衛生的には、冬季のVTEリスクを踏まえた多職種連携(医療、地域包括支援、職場の産業保健)が重要となる。


19. まとめ

冬季は脱水、活動量低下、血管収縮などが複合して静脈血栓塞栓症のリスクを高める可能性がある。厚生労働省や循環器学会の推奨に沿って、こまめな水分補給、定期的な下肢運動、適切な室内環境、ゆったりした衣服、長時間座位の回避などの実践が重要である。高リスク群は医療機関と相談のうえ、さらなる予防策(弾性ストッキング、薬物予防)の検討が必要である。疑わしい症状が現れた場合は早期受診を促すことが生命予後を左右する。


追記:日本におけるエコノミー症候群の実態

はじめに

日本における静脈血栓塞栓症(VTE)は、かつては欧米に比べて有病率が低いとされてきたが、近年の診断技術の向上、高齢化、手術・がん治療の増加、生活様式の変化により報告数が増加している。ここでは日本国内の疫学的特徴、季節性の傾向、医療現場での対応、予防施策の普及状況、地域・年齢差、メディア報道の影響などを整理し、今後の課題と対策を論じる。

疫学的現状と傾向

過去の国内コホート研究や後方視的解析では、年齢上昇とともにVTEの発生率が上昇することが示されている。ある日本の解析では、症候性VTEの発生率は年齢とともに増加し、高齢者で顕著であると報告されている(例:年齢≥80で高率)。一方、地域差や報告手法の違いにより推定値には幅があるため、全国レベルでの標準化された長期追跡データが求められる。

季節性:日本における証拠

日本国内の一部研究や東京都心部の施設ネットワーク解析では、PEの入院数や特定の季節変動が示唆されている報告がある。しかし、全ての研究が一致して季節差を示しているわけではなく、地域気候、住環境、生活様式の違いが影響する可能性がある。国際的なメタ解析では冬季にVTE増加を示す結果がまとめられており、日本においても温暖でない地域や高齢集住地域で冬季リスクが相対的に高まることが考えられる。季節性の解明には、多地域・多施設を横断する標準化された研究設計が必要である。

医療現場での対応と課題

日本循環器学会などのガイドラインにより、DVT/PEに対する診断・治療アルゴリズムは整備されている。超音波検査、Dダイマー検査、造影CT等の利用により早期診断が可能になり、抗凝固療法(DOAC:直接経口抗凝固薬やワルファリン)、血栓回避のための機械的・薬物的介入が行われる。ただし現場では以下の課題が残る:

  • 高齢者や合併症を持つ患者における抗凝固療法の出血リスク管理。

  • 在宅医療や介護施設における予防教育の浸透不足。

  • 地域間での診療資源格差(超音波検査の即時利用など)。
    これらを改善するためには、地域医療連携、産業保健との協働、介護現場向けの簡易チェックリスト等が有効である。

予防施策の普及状況と社会的認知

厚生労働省は一般向けにエコノミークラス症候群の予防を周知しており、メディアでも断続的に特集が組まれる。政府資料や学会リーフレットは「足の運動」「水分補給」「ゆったりした服装」といった実行可能な行動を示しているが、実際の行動変容(行動を習慣化すること)には到っていないケースが多い。職場や交通機関、航空会社なども一定の啓発を行っているが、一般住民の知識と実践のギャップが残る。特に高リスク群(がん治療中、術後、長期座位を強いられる職業など)に対する個別指導や制度的支援が不十分であるとの指摘がある。

在宅・高齢者ケアにおける独自課題

日本は高齢化が進行しており、在宅療養者や要介護者が増加している。これらの集団は活動量低下や脱水のリスクが高く、施設内でのVTE予防が重要になる。介護職員や家族を対象とした教育、簡便な運動プログラム、こまめな水分補給の仕組みづくりが必要である。また、冬季においては暖房による乾燥やこたつ文化など日本特有の生活習慣が影響することがあり、文化的文脈に応じた啓発が重要である。

メディア報道と公衆の反応

メディアはVTE関連の死亡事例や航空機での注意喚起を取り上げることが多く、瞬間的には注目が高まる。しかし、継続的な行動変容へ結びつけるためには、具体的で日常的な行動指針(職場での短い運動ルーチン、家庭での水分補給のタイムテーブル等)を提示し、実行しやすくすることが重要である。行政と専門学会、メディアの連携によるリスクコミュニケーションの持続性が求められる。

今後の研究・政策への提言

  1. 全国的な診療連携データベースの整備により、年次・月次の発生動向と季節差の詳細解析を行うべきである。

  2. 在宅高齢者や介護施設を含む地域ベースの介入研究(ランダム化試験を含む)を推進し、簡便な予防介入の効果と実現可能性を検証する。

  3. 職場や交通機関での実践的な介入(リマインダー、立位デスク、休憩ルール)の標準化と普及を支援する行政プログラムを構築する。

  4. 高リスク者に対する医療連携のガイドラインを明確化し、抗凝固薬使用の適応とモニタリングを地域医療で実行可能にする。

  5. 文化的習慣(例:こたつでの長時間滞在)に配慮した具体的メッセージを作成し、リスク低減行動を生活に組み込む工夫を行う。

結語(日本の実態の総括)

日本ではVTEに関する基礎的な知識とガイドラインは整備されているが、実地での予防行動の定着、地域間・施設間の格差是正、高齢化に対応した在宅予防の強化が喫緊の課題である。冬季は特にリスクが増す可能性があり、個人の生活習慣の見直しと社会的な環境整備(職場、介護施設、公共交通機関での対策)が双方そろって初めて効果を発揮する。今後は質の高い疫学データと実地介入のエビデンスを積み上げ、国民の「日常的な予防行動」を支える仕組みづくりを進めるべきである。


参考文献(抜粋)

(本文中で用いた主要資料を列挙)

  • 厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」および関連Q&A。

  • Japanese Circulation Society: ガイドライン(肺塞栓・深部静脈血栓症 診断・治療・予防)。

  • PubMed/系統的レビュー・メタ解析(冬季にVTE増加を示唆する報告)。

  • CDC:VTE、DVT、PEの臨床情報・啓発資料。

  • 国内の病院ネットワークによる季節性解析(東京都心部のデータ等)。


最後に一言(啓発)

冬場は「目に見えないリスク」が積み重なる季節である。こまめな水分、数分の歩行、足の簡単な運動、衣服選びの工夫を日常に取り入れることがVTE予防の第一歩になる。疑わしい症状があれば速やかに医療機関を受診すること。

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