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コラム:信頼回復なるか、H3ロケット打ち上げ失敗

H3ロケットの失敗は、日本の宇宙開発にとって重大な挫折であると同時に、構造的課題を顕在化させた転機でもある。
H3ロケット(JAXA)

2025年12月22日、日本の新型基幹ロケット H3ロケット8号機(H3 F8)が準天頂衛星「みちびき5号機(QZS-5)」を搭載して打ち上げられたものの、衛星を予定の軌道へ投入できず失敗した。これは、2023年3月の初号機以来の重大な打ち上げ失敗であり、H3に対する国内外の信頼性評価に影響を与えている。現在、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心に原因調査と再発防止策の検討が進むと同時に、後続打ち上げスケジュールの見直しが進められている。


H3ロケットとは

H3ロケットは日本の新型中型衛星打上げ機であり、従来の主力ロケットH-2AおよびH-2Bの後継機種である。JAXAと三菱重工業が共同で開発し、打ち上げコストの低減・国際競争力の強化を主要な設計目標として位置付けている。H3はモジュラー設計を採用し、第一段主エンジンに液体水素/液体酸素エンジン(LE-9)を用い、補助ロケットブースターの数を柔軟に変更することで、幅広い搭載能力に対応する。H-2Aに比べて打ち上げ費用を大幅に削減することが期待されており、国内外の商業打ち上げ市場も視野に入れた設計となっている。


H3ロケット8号機の失敗と現状

8号機(H3 F8)の打ち上げは、2025年12月22日10時51分30秒(日本標準時)に鹿児島県種子島宇宙センターから実施された。しかし、第2段エンジンの2回目燃焼が正常に行われず、早期に停止した結果: 搭載した準天頂衛星「みちびき5号機」を予定軌道に投入できず、打ち上げは失敗と断定された。これを受けてJAXAは特別タスクフォースを設置し、原因究明と再発防止策立案に着手した。

8号機の失敗は、H3初号機の失敗(2023年3月)に続く重大事象であり、H3の信頼性に対する批判や懸念が国内外で強まっている。政府の宇宙政策関係者によれば、今回の失敗は日本独自の測位衛星システム計画(準天頂衛星システム、QZSS)にも影響を与える可能性が指摘される。


失敗の概要(2025年12月22日)

2025年12月22日付けのJAXA公式発表によると、H3 F8はリフトオフ後に第1段・第2段まで正常に分離し、第2段エンジンの1回目の燃焼までは計画通り進行した。しかし、第2段エンジンの2回目燃焼が、着火直後に停止し推力立ち上がりが得られなかったため、衛星は所定の軌道に到達できなかった。この結果、「みちびき5号機」は予定軌道投入に失敗し、事実上喪失された可能性が高い。

失敗直後、文部科学省は対策本部を設置し、関係機関で状況分析と対応策協議を開始した。また、JAXAはこの事態について「関係者および国民に対して深い謝意とお詫び」を公表した。


推定原因(2026年1月20日のJAXAの報告)

2026年1月20日時点でJAXAが公表している状況によると、第2段エンジンの2回目燃焼時に予期せぬ燃焼停止が発生したこと自体は把握されているが、詳細な根本原因については調査中であり最終結論は未だ確定していない。現時点で議論されている因子には、エンジンの再着火系統の不具合、燃焼制御系ソフトウェアの異常、及び熱・圧力環境の設計範囲外での挙動など複数の技術的要因が含まれている模様である(調査段階報告)。

なおJAXAは、得られたテレメトリデータと打ち上げ前後の構造・動的挙動データを総合的に解析し、関連部材・システムの設計妥当性と実運用条件のギャップを中心に精査している段階である(報告要旨)。


影響: 貴重な測位衛星を喪失

今回の打ち上げ失敗により、準天頂衛星「みちびき5号機」は予定軌道投入に失敗し、宇宙空間での運用が不能、または事実上喪失された可能性が高い。これにより、日本の準天頂衛星システム(QZSS)の構築計画が遅延するリスクが発生した。QZSSは日本独自の高精度測位基盤であり、スマートフォン、車載機器、各種産業・国防用途に不可欠なインフラとして位置付けられている。

日本政府は、衛星を7基配置してシステムとしての完全運用を2026年3月頃に達成する計画を掲げていたが、今回の喪失とそれに伴う打ち上げ計画見直しは、この計画実現時期に不確実性をもたらしている。


信頼回復への道のり

H3ロケットの信頼回復には次の複数の段階が必要である:

  1. 原因の徹底究明:今回の失敗の技術的な根本原因を科学的に解析し、再発防止策を明確化する必要がある。

  2. 設計・製造プロセスの改善:推定される故障モードに対する設計変更や品質管理手法の強化を図る。

  3. 試験および検証の徹底:原因対策後の静的試験、燃焼試験、統合試験を強化し、信頼性向上策の有効性を確認する。

  4. 段階的実証飛行:信頼性確立には一連の成功例の積み重ねが不可欠であり、成功率の安定化が必要である。

  5. 透明性ある情報公開:原因調査報告や対応策を適切に公開することで、国際的な信頼性評価を回復する必要がある。

宇宙産業は一般に高リスク・高投資であり、多くの先進国でも失敗例を経て信頼性を向上させてきた経緯があるため、日本においても地道な改善プロセスが信頼回復の鍵となる。


原因究明と対策

原因究明については、JAXAと三菱重工業が共同で原因分析タスクフォースを編成している。分析項目は第2段エンジンの燃焼挙動、再着火機構の設計仕様、軌道投入プロファイルとの関係、及び各種センシングデータの異常値解析を含む。また、過去のH3打ち上げ実績に基づく統計的手法により再発防止策を絞り込む作業が進行中である。

対策としては、第2段エンジンのシステム冗長性の向上、制御ソフトウェアの堅牢化、及び燃焼室・推進剤供給系の耐環境設計見直しが挙げられる可能性がある。また打ち上げ施設側の監視・評価システムの強化も併せて検討されている。


今後の打ち上げ予定

H3ロケットに関しては9号機(H3 F9)の打ち上げ計画が進められてきたが、2026年初頭時点で8号機の失敗を受けて打ち上げ延期が発表されている。当初、9号機は2026年2月1日に準天頂衛星「みちびき7号機」を搭載して打ち上げられる予定であったが、調査と安全評価のため一時延期となった。

3号機については、2026年2月25日打ち上げ予定であるとする報道もあるが、公式発表時点では確定情報としては9号機延期後のリスケジュール調整中である。(打ち上げ日程は流動的であり、JAXA公式の今後の発表を確認する必要がある。)


日本の宇宙開発戦略

日本は衛星測位システムやリモートセンシング、科学衛星、国際協力プロジェクトなど多岐にわたる宇宙利用戦略を展開している。H3はその中核となる宇宙輸送基盤であり、信頼性の高い打ち上げサービスを国内外に提供することが政府方針として重要視されている。信頼性向上と国際競争力確保は、日本の宇宙産業戦略の要である。


JAXAの対応

JAXAは失敗直後から特別タスクフォースを設置し、原因分析と対策検討を進めている。また関連部局や専門家との合同会議を重ねており、その過程で得られた知見は国内の研究機関や産業界とも共有される見込みである。JAXAは今後の安全性評価報告を踏まえ、公式な原因究明報告書を公開する意向を示している。


今後の展望

H3ロケットの信頼性回復には、原因究明と対策の実施 → 成功率安定化 → 経済性・国際性評価の回復 という段階的なプロセスが必要である。日本の宇宙開発は競争の激しいグローバル市場に位置し、他国のロケットシステムと比較して高い信頼性を確立することが不可欠である。

経済産業省や文部科学省、JAXAは、H3に関連した研究開発投資を継続しつつ、官民連携の推進によって宇宙産業全体の競争力を高める方針を掲げており、信頼回復への長期的な戦略が必要とされる。


まとめ

本稿では、H3ロケット8号機の打ち上げ失敗に関する技術的背景、直近の失敗事象の概要、推定原因及びその影響、信頼回復に向けた取り組み、今後の打ち上げ予定、そして日本の宇宙開発戦略との関連を体系的にまとめた。H3は日本の宇宙輸送基盤として極めて重要であるため、原因究明と信頼回復は国内外の宇宙産業界からも強い注目を受けている(継続的な改善と実績蓄積が鍵となる)。


参考・引用リスト

  1. JAXA公式発表(2025年12月22日): H3ロケット8号機の打ち上げ失敗と特別タスクフォース設置。

  2. TV朝日ニュース: 衛星軌道投入失敗と打ち上げ状況。

  3. Nippon.com / 時事通信: H3ロケット打上げ失敗の英語報道。

  4. DG Lab Haus: H3ロケット8号機失敗の詳細。

  5. ABEMA TIMES: 機体・衛星再突入の可能性。

  6. JAXA公式プレスリリース(9号機打上げ予定): H3ロケット9号機の2026年2月1日打ち上げ計画。

  7. Sorae.info記事: 8号機失敗を受けて9号機延期。

  8. JAXA公式プレス(9号機予定詳細): 打上げ日時と予備期間。

  9. AP News 2025: 過去の成功例と国際的意義。

追記:原因分析報告書の詳細解説(技術的観点)

H3ロケット8号機の失敗に関する原因分析報告書(2026年1月20日時点の中間整理)は、「第2段エンジン再着火失敗」を直接要因としつつも、単一故障ではなく複合的要因が連鎖した可能性を強く示唆する内容となっている。これは、近年の大型液体ロケット事故に共通する特徴でもある。

第2段エンジン再着火の技術的難易度

H3第2段は、軌道投入精度を確保するため複数回の燃焼(再着火)を前提とした設計である。再着火は、地上燃焼とは異なり以下の制約条件を伴う。

  • 微小重力環境下での推進剤挙動

  • タンク内液体の偏在(スロッシング)

  • 点火器・着火系への推進剤供給の確実性

  • 熱的再始動マージンの確保

報告書では、1回目燃焼終了後から2回目燃焼開始までのコーストフェーズにおいて、推進剤供給条件が設計想定から逸脱した可能性が示されている。これは、エンジン自体の欠陥というよりも、「システム統合としての再着火信頼性」に課題があったことを意味する。


専門的な推進剤挙動解析

微小重力下における推進剤管理(PMD)

液体水素・液体酸素を用いるロケットでは、推進剤管理装置(PMD: Propellant Management Device) が極めて重要である。地上では重力により推進剤はタンク底部に自然に集まるが、軌道上では以下の問題が生じる。

  • 液体と気体が混在する二相流状態

  • 推進剤が吸入口から離れる「ガス噛み」

  • 着火時に必要な最小流量・圧力が確保できない

H3第2段では、これを防ぐための設計(バッフル構造、加圧制御、姿勢制御スラスターによる加速度付与)が施されているが、実フライト環境における挙動が地上試験と完全には一致しなかった可能性がある。

熱力学的観点からの分析

再着火時には、燃焼室・ターボポンプ・配管系が一度冷却・加熱を経験した後で再度作動する。この際、

  • 材料の熱収縮・膨張

  • 残留熱による推進剤の部分気化

  • バルブ作動タイミングの微小な遅延

といった要因が、点火失敗に直結する場合がある。報告書が示唆する「点火直後の推力立ち上がり不足」は、推進剤供給不足または燃焼不安定の典型的兆候である。


システム工学的視点からの失敗評価

H3の失敗は、単なる「エンジン故障」ではなく、設計・試験・運用の境界条件に存在したリスクの顕在化と評価できる。これは以下の3点に集約される。

  1. 設計マージンの最適化と安全余裕のトレードオフ

  2. 地上試験で再現困難な軌道上環境

  3. コスト削減要求による試験回数・試験形態の制約

H3は「低コスト化」を重要目標としており、H-2A時代よりも設計マージンが最適化(=削減)されている。このこと自体は国際的潮流に沿った合理的判断だが、初期運用段階では失敗確率を高める側面を持つ。


H3の失敗が日本の宇宙開発戦略に与える影響

国家インフラとしての宇宙輸送の脆弱性

H3は単なるロケットではなく、

  • 測位(準天頂衛星)

  • 防災・安全保障

  • 経済活動(測位・通信)

を支える国家基盤インフラである。その失敗は、単発の技術事故にとどまらず、日本の宇宙自立性に直接影響を及ぼす。

特に、政府が掲げる「自律的宇宙アクセスの確保」という戦略目標において、基幹ロケットの信頼性低下は致命的リスクとなる。

国際協力・商業受注への影響

H3は将来的に、

  • 政府衛星

  • 民間衛星

  • 国際共同ミッション

を担うことが想定されている。しかし、打ち上げ成功率は国際市場における最重要評価指標であり、複数回の失敗は保険料の上昇、契約条件の悪化、受注機会の喪失を招く。


世界市場で戦うために必要なこと

1. 技術的信頼性の「可視化」

世界市場では「安全である」よりも「成功実績が示されている」ことが重視される。必要なのは、

  • 詳細な失敗分析報告の公開

  • 再発防止策の定量的説明

  • 成功ミッションの連続実績

である。透明性の高い情報公開は、短期的には批判を招くが、長期的には信頼回復に資する。

2. 試験哲学の再構築

低コスト化と信頼性は対立概念ではないが、初期段階では試験重視が不可欠である。スペースX(SpaceX)が多数の試験失敗を公開しながら信頼を築いた例に見られるように、「失敗を前提とした学習サイクル」の導入が重要となる。

3. 官民連携と意思決定速度

世界市場では開発・改修のスピードが競争力を左右する。日本では、

  • 官主導の意思決定の遅さ

  • 失敗に対する社会的許容度の低さ

がボトルネックとなりやすい。技術者判断を尊重し、迅速な設計変更を可能とする制度設計が求められる。


最後に

H3ロケットの失敗は、日本の宇宙開発にとって重大な挫折であると同時に、構造的課題を顕在化させた転機でもある。原因は技術的に高度かつ複合的であり、短期間での完全解決は容易ではない。しかし、

  • 原因究明の徹底

  • 設計・試験思想の進化

  • 国際標準に沿った情報公開

を着実に進めることで、H3は再び日本の宇宙戦略の中核を担う可能性を持つ。

信頼回復とは、成功一回で達成されるものではなく、成功を積み重ね続ける姿勢そのものである。H3の今後は、日本が「失敗から学ぶ宇宙開発」を本当に実践できるかを問う試金石となる。

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