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コラム:止まらぬ円安、どうする日銀

2025年11月時点の円安は、日米金利差、米国の金融政策の変化、市場センチメント、そして日本固有の貿易・成長構造といった複合要因の産物である。
高市総理(Bloomberg)

現状(2025年11月)

2025年11月8日現在、ドル/円相場はおおむね153円台前半で推移しており、年初からの円安基調が継続している。市場参加者の目線では、150円台を超える水準が定着しかねない懸念がある。日本銀行は2025年10月末の金融政策決定会合でも政策の大幅転換は行わず、補完当座預金制度適用利率(いわゆる政策金利相当)を0.5%前後に据え置いている一方で、長短金利運営や国債買入れの方針に調整を加えるなど、段階的・慎重な対応にとどめている。米国は足元で金融政策の局面を移しつつあり、短期金利の水準や市場の織り込みが日米金利差に影響している。これらの動きが複合して円安圧力を高めている。

円安が止まらない主な理由(概観)

円安が続いている背景は単一要因ではなく、複数の要因が互いに絡み合っている。主要な要因は(1)日米金利差の拡大、(2)米国側の金融政策の方向性と市場の期待、(3)日本側の金融緩和継続、(4)日本の経常・貿易収支の構造変化、(5)市場センチメントや投機的フロー、(6)地政学・国際商品価格変動、(7)マクロ的な成長見通しの差、の七点に集約できる。以下、各要因を詳細に説明する。

日米金利差の拡大

通貨は金利差によって投資キャリー(利回りの高い通貨への資金移動)が発生しやすい。米国の短期金利(フェデラルファンドの実効金利)は2025年秋頃までの動きを見ると、市場の期待と実際の政策運営が不透明であるものの、長期間にわたってインフレ抑制のために高水準に据えられてきた歴史がある。実効金利や短期金利の水準が日本の政策金利(0.5%前後)に比べて高止まりしていることで、ドルの金利優位が継続しやすく、結果として円売りドル買いの圧力が持続している。フェデラルファンドの実効利回りは2025年11月初旬で約3.8%台となっており、日米の政策金利差は依然として大きい状態にある。金利差が大きいほど、為替市場ではキャリートレードやヘッジ戦略の圧力が強まりやすい。

米国の金融引き締め(利上げ)とその転換点

過去数年間の米国はインフレ抑制を優先して利上げを行ってきたが、2025年には成長や雇用の動向に応じて政策スタンスに変化が見られる。10月下旬には市場や報道で、米国の追加利上げ余地や利下げへの転換可能性が議論された。実際に2025年秋時点でFRBのスタンスやフォワードガイダンスに変化が現れており、短期的な利下げ観測も市場に入り始めているが、実効金利水準の差は依然として日米間で大きく残っている。こうした「利下げ期待が出始めても水準差が残る」状況が、円の下落をすぐに止めるほどの強い逆流を作っていない。

日本の金融緩和の継続(低金利)と日銀のスタンス

日本銀行は2025年を通じても長期にわたる金融緩和からの「急激な転換」を避ける姿勢をとっている。物価や賃金の動向を注視しつつ、経済回復を確かなものとするために政策金利の大幅引き上げを行わない方針を示しており、国債の買入れ計画や市場操作(長短金利操作)を段階的に修正するものの、引き締め的なショックを与えないよう慎重に振る舞っている。日銀が利上げを急がない限り、金利差は縮小しづらく、円安の圧力は続く。実際に2025年10月30日の声明・金融政策報告でも大きな利上げは見送られており、政策の据え置きが確認されている。

構造的な貿易赤字と経常収支の変化

日本は資源輸入国であり、エネルギーや原材料価格の変動に敏感である。輸入価格が上昇すると、貿易収支は赤字化しやすい(あるいは黒字幅が縮小する)。2025年のデータでも日本の通関ベースの貿易収支は赤字が続いている月があり、貿易赤字が円に下押し圧力をかける要因となっている。貿易赤字が続くと、外貨を売って円を買う需要が減少し、円の需給が緩むため円安に繋がりやすい。さらに、直接投資や証券投資などのキャピタルフローがどのように入るかによっても為替は左右される。近年はエネルギー構造やサプライチェーンの変化もあり、貿易収支が安定的な黒字に戻る見通しが立ちにくいという指摘がある。

日本の競争力や将来性への懸念

長期的な投資を行う国際投資家の見方では、労働人口の減少、高齢化、賃金上昇の遅れなどが日本経済の成長ポテンシャルを制約する要因と見られることがある。成長見通しが相対的に弱い国の通貨は投資家のリスク評価で割安になりやすく、通貨安を誘導する側面がある。加えて、企業収益の国際比較や技術投資の面で「伸びしろ」に関する不確実性が残ると、外貨建てでの資産形成を優先する動きが強まり、円需要の強化につながりにくい。これらは構造要因として円の弱さを説明する。

その他の要因(投機的ポジション、商品市況、地政学)

為替市場は基本的にはマクロ要因で動くが、短期的には投機的なポジション調整、オプションの満期・ポジションのスクイーズ、ヘッジファンドのフロー、あるいは原油や穀物など商品価格の急変が為替を揺さぶることがある。また、地政学的リスク(中東や台湾周辺など)の高まりは安全資産での需要変動を通じて円の需給に影響する可能性がある。たとえば、リスクオフであれば一時的な円買いが発生するが、長期金利差の構造が根本的に変わらなければ持続的な円高に転じるとは限らない。

どうする日本銀行(政策オプションの整理)

日銀が取りうる選択肢は大きく分けて(A)現状維持(据え置き)・修正(長短操作の調整)、(B)大幅利上げ、(C)市場介入(為替介入)への積極関与の三つがある。実務的には為替介入は財務省の管轄であり、日銀が単独で為替市場に介入することは原則的でないため、日銀は主に金利・国債買入れなどの金融政策手段で対応することになる。各オプションを評価すると以下のようになる。

(A)現状維持・小幅修正

長所:経済へのショックを避け、金融市場の安定を優先できる。短期的な混乱を回避しつつ、市場との対話で期待を調整できる。

短所:円安が加速すれば輸入物価・生活コストが上昇し、国民経済に負担がかかる。

結論:日銀は現状、この選択肢を主軸に置いていると市場は読む。

(B)大幅利上げ(金融引き締め)

長所:金利差縮小を通じて円を強化できる可能性がある。

短所:日本国内の景気回復や企業・家計の負担悪化を招くリスクが大きい。国債価格の急落や金融市場の混乱、銀行の収益性への影響も無視できない。

結論:政治的・経済的コストが高く、日銀がここへ踏み込む可能性は低いとの見方が強い。

(C)為替介入(財務省主導)

長所:短期的に相場の歪みを直接是正できる場合がある。

短所:持続的な効果を持たせるには巨額の外貨準備が必要で、また国際的な批判や通貨戦争のリスクがある。市場は近時、介入の可能性はあるが、「効果は限定的」との見方が多い。ゴールドマンや大手銀行のレポートでも、即時介入の効果に懐疑的な見解が示されている。

結論:政府(日銀含む)は介入を選択肢に残すが、効果の持続性と国際反応を慎重に考慮する必要がある。

現在の対応(日銀の実務)

日銀は2025年10月末の政策決定会合で、直ちに政策金利を引き上げることは見送ったが、国債買入れのスケジュールや長期金利の運営に関しては逐次調整を行っている。具体的には四半期ごとの国債の買入れスケジュールを見直し、競争入札の方法や買入れペースを調整することで、市場機能の正常化と金利形成の安定化を図る姿勢を示している。また、日銀は市場とのコミュニケーション(フォワードガイダンス)を通じて、将来の政策オプションを柔軟に保持する姿勢を示している。日銀の公式発表や声明文は透明性を保ちつつも、即断的な利上げは否定していないため、市場は「据え置きだが選択肢は残る」という読みをしている。

政策金利の据え置きと国債買入れの調整

政策金利を据え置く一方で、国債買入れのペースや保有ポートフォリオの管理を調整することは、日銀が実務的にとりうる柔らかい対応である。これにより長期金利の急激な変動を抑えつつ、市場金利の形成プロセスを徐々に市場寄りにシフトさせることができる。実際に日銀の四半期スケジュールでは買入れ量や競争入札の頻度が見直されており、これが長期金利の段階的な上昇圧力を生むことで、日米金利差の一部縮小に寄与する可能性がある。だが、このアプローチは即時の為替安定化策にはなりにくく、時間がかかる。

為替介入は財務省の管轄(政府との連携)

為替相場の直接介入は原則として財務省が主導する政策手段であり、日銀は必要に応じて財務省と連携し外貨準備を活用して流動性供給を行うことになる。歴史的に大規模な介入が行われた場合でも、介入単独での持続的な円高回復は難しく、合わせて政策金利やマクロ経済政策を用いた包括的対応が求められる。政府・日銀・財務省の連携は不可欠であり、国際的な説明責任(G7やIMFとの協議)も重要な要素となる。

追加利上げの可能性は(市場見通し)

日銀が将来的に追加利上げに踏み切る可能性はゼロではないが、その条件は「賃金上昇の定着」「物価上昇が持続的に2%近傍に留まること」「経済の脆弱化がないこと」など複数の要素が満たされることだ。現実には、これらの条件は段階的に整う必要があり、利上げのタイミングは慎重に判断される。市場は日銀の「次の一手」を織り込もうとするが、日銀は過去のトラウマ(インフレ抑制の失敗や過度な市場混乱)を避けるため、引き上げは段階的かつ限定的に行う可能性が高いと見ている。

海外経済の動向注視(米欧中の影響)

為替は国内政策だけでなく、海外経済のショックや政策転換の影響を強く受ける。たとえば、米国が利下げに踏み切れば日米金利差は縮小方向に動く可能性があるし、中国の景気回復ペースやEUの金融政策もグローバル投資マネーの配分に影響する。したがって、日銀は金融政策決定の際に、海外動向(特に米国の雇用・物価・金融政策の見通し)を細かく観察しており、これが政策の「待ち」の姿勢に繋がっている。

国際社会の反応(主要金融機関や市場の見解)

国際的な金融機関や主要メディアの分析では、短期的な為替介入の効果に懐疑的な見方が強い。また、世界的な金融緩和競争に関する懸念、あるいは通貨安を巡る政治的圧力は、国際協調の観点から慎重に扱われるべきだという論調が目立つ。たとえば大手グローバル銀行のリポートは「直ちに大規模介入をしても持続的な円高には繋がらない」と指摘しており、市場は政策の持続性と根本的要因の改善を重視する見方を示している。

日本政府の対応(政策的選択肢と現実)

政府は為替の急変動が実体経済(特に生活コストやエネルギー価格)へ与える影響を深刻に捉えているため、財務省を中心に為替動向のモニタリングや必要な場合の対応準備を行っている。だが、介入はコストや国際的な波紋を伴うため、政府はまずは市場との対話や中長期的な経済構造改善(生産性向上、労働市場改革、エネルギー政策の多様化など)を通じて根本対策を取る方針を優先する傾向がある。短期の介入は「最後の手段」として位置づけられている。

今後の展望(シナリオ別)

以下に短・中期の代表的なシナリオを示す。各シナリオは確率や時期を断定するものではなく、起こり得るケースを整理したものである。

1)「緩やかな円安継続」シナリオ(ベースケース)
日銀が現状維持を続け、米国金利がゆるやかに低下してもなお日米金利差が残る場合、円安は緩やかに続く。輸入物価の上昇は家計や企業にストレスを与えるが、国内景気は下支えされる可能性がある。対応は財務省との協調による限定的な介入や、政府の補助・支援策で乗り切るパターン。

2)「急落→短期的介入」シナリオ(ストレスケース)
地政学的ショックや金融センチメントの急変で円が急変する場合、政府(財務省)が一時的に為替介入を行い、日銀が流動性供給で後押しする可能性がある。ただし、介入単独の持続効果は限定的なため、その後は構造的対策(エネルギー政策や産業政策)を強める必要がある。

3)「日銀が段階的に利上げ」シナリオ(遠いが有効)
賃金と物価の上昇が確固たるものとなり、日銀が段階的に利上げに踏み切る場合、日米金利差は縮小し、円は本質的に強含む可能性がある。ただし、この選択は国内の経済負担と市場混乱リスクを伴うため、段階的かつ透明なコミュニケーションが不可欠になる。

政策提言(実務的なアプローチ)

短期:市場安定化を第一に、財務省と日銀が連携して(必要であれば限定的かつタイミングを選んだ)介入を視野に入れる。ただし、介入は補助的手段とし、事前に国際社会への説明を尽くす。
中期:国債買入れスケジュールや長期金利の微調整を通じて、金利形成を市場寄りにシフトさせ、日米金利差の縮小機会を活かす。透明なフォワードガイダンスで市場の期待を管理する。
長期:エネルギー政策の多様化、産業の生産性向上(R&D投資、デジタル化、人材育成)、賃金上昇の持続化を通じて基礎的条件を改善し、資本流入を安定化させる。構造改革により外貨依存や脆弱性を低減させる。

まとめ

2025年11月時点の円安は、日米金利差、米国の金融政策の変化、市場センチメント、そして日本固有の貿易・成長構造といった複合要因の産物である。日銀は即断的な利上げを避けつつ、国債買入れや金利操作で市場と協調した段階的な対応を取っている。財務省との連携のもとで介入を含むあらゆる手段を排除していないものの、持続的な円高を実現するためには短期的な金融政策だけでなく、中長期の構造改革と国際協調が欠かせない。市場は日銀・政府のメッセージを注視しており、透明性の高い説明と一貫性のある政策運営が今後の鍵となる。


参考・出典(本文で引用した主な資料)
日本銀行:金融政策関係リリース(Statement on Monetary Policy, Oct 30, 2025)等。
・米FRB:Selected Interest Rates (H.15)(2025年11月上旬の実効金利データ)。
・為替相場の市場データ(USD/JPY の2025年11月上旬水準) — Wise 等の為替履歴。
・日本の貿易収支データ(TradingEconomics 等の統計)。
・市場の見解・コメント(Bloomberg 等の報道)— 為替介入の可能性とその効果に対する大手金融機関の分析。

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