コラム:砂糖が「世界最悪のドラッグ」である理由
砂糖は薬物と同列に「致死的毒性」を持つわけではないが、脳の報酬系を刺激して依存様行動を引き起こしうる点、そして人口レベルで長期にわたり生命予後や生活の質を損なう慢性疾患の主要可変リスク要因である点で、公衆衛生上の重大な脅威である。
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現状(2025年12月時点)
世界的には砂糖(ここでは主に「自由糖/added sugar/sucrose、果糖含む」)の摂取が依然として高水準であり、多くの先進国・中進国で平均摂取量がWHOの推奨値(総エネルギーの10%未満、可能なら5%未満)を超えている。加工食品や清涼飲料、調味料や惣菜の隠れた砂糖により、日常的に意識せずに高濃度の砂糖を摂取している人が多い。疫学研究は砂糖の過剰摂取と肥満、2型糖尿病、心血管疾患、歯科疾患などの増加を多数のコホートで示しており、超加工食品の増加は総合的な慢性疾患リスク上昇とも関連している。WHOは2015年の勧告で自由糖削減を提案しているが、世界規模での実効的な摂取削減は進んでいない。
砂糖が「世界最悪のドラッグ」である理由:問題の整理
「世界最悪のドラッグ」という表現は極端で論争的だが、ここでは次の二つの意味で検討する。第一に「薬物依存と比較して依存性(行動的・神経科学的特徴)が強いのか」、第二に「個人・社会に与える健康被害の規模・広がりが非常に大きいか」。これらを分けて検討する。薬理学的に見ると、砂糖はアルコールやニコチン、オピオイドやコカインと比べて単純な毒性や中毒死を直接的に引き起こすことはまれだ。しかし、慢性的な過剰摂取を通じて世界規模で肥満や心血管病、糖尿病といった致命的・高度負担な疾患の主因となりうる点で、社会的被害は甚大である可能性がある。したがって「最悪」の尺度を「依存性の強さ」と「公衆衛生上の負担」に分けて評価する必要がある。
依存性の高さ(behavioral dependence)
人間の行動面で砂糖が持つ“やめられない”特性は臨床的に観察される。摂取を減らそうとすると強い渇望(craving)や過食再発が起きる場合がある。Yale Food Addiction Scaleなどの評価法は、一部の被験者で食品(特に高脂肪・高砂糖の加工食品)に対して依存的尺度を満たす反応が見られると報告している。精神科的定義の「物質依存(依存症)」の厳密な診断基準と照らすと議論は残るが、行動上の強い固執、コントロール不能、摂取をやめると離脱に類似した不快感が現れる点は無視できない。さらに、幼少期からの高頻度摂取は嗜好形成を強く固め、成人期の過剰摂取に繋がりやすい。これらは依存性が高い食品成分としての砂糖の意味を支持する所見である。
脳の報酬系への作用(ドパミン系の変化)
砂糖は摂取時に脳内報酬系を活性化する。特に中脳-線条体ドーパミン経路(nucleus accumbensを含む)や内因性オピオイド系が反応し、快感や報酬学習が成立する。動物実験では、反復的な断続的(binge-like)糖投与がドーパミン放出の増大や受容体・ペプチドの発現変化をもたらし、薬物依存で観察されるような神経適応(sensitization、受容体ダウンレギュレーション、オピオイド系の変化)を生じることが報告されている。これにより、砂糖摂取は“wanting(欲求)”と“liking(満足)”の神経基盤に影響を与え、摂取行動の強化につながる。動物実験の詳細なレビューはAvenaらがまとめており、砂糖の断続的過剰摂取が依存様行動と神経学的変化を誘導することを示している。
渇望(craving)の発生と離脱様症状
砂糖を習慣的に大量摂取する個体(動物・人間とも)では、摂取制限時に強い渇望、不快感、気分の落ち込みやイライラ、食欲のコントロール不能が生じる報告がある。これは薬物の離脱症状に類似している点があり、砂糖に関連した“心理的依存”を示唆する。臨床研究では離脱期の身体症状は薬物ほど顕著でないことが多いが、行動的・感情的側面での苦痛は明確に記載されている。
動物実験での結果(依存性・行動変化の証拠)
ラットを用いた複数の研究により、食餌操作(断続的な糖液アクセス)で以下のような現象が観察されている。摂取量の増加(binge-like consumption)、感受性増大(dopaminergic sensitization)、オピオイド受容体の変化、麻薬への交差感受性(ある条件でアンフェタミン等への反応性変更)などである。これらは薬物依存で見られる神経化学的・行動的変化と類似している。動物モデルはヒトにそのまま転写できない限界はあるが、神経回路の基礎的メカニズムは一致する部分が多く、砂糖が脳の報酬系を強く刺激する事実を支持している。
広範な健康被害(疫学的エビデンス)
疫学的研究やメタ解析は、追加糖や砂糖入り飲料の多量摂取が肥満、2型糖尿病、脂質異常症、非アルコール性脂肪肝、歯科疾患、さらに心血管疾患の一部リスク上昇と関連することを示している。特に砂糖甘味飲料は満腹感が得られにくくエネルギー過剰摂取に直結しやすく、体重増加の主要因の一つになっている。大規模コホートの追跡解析では、追加糖が総エネルギーに占める割合が高い群で心血管疾患リスクが上昇する報告がある。こうした慢性疾患群の罹患率・死亡率増加は個人の健康損失のみならず、医療費・生産性低下という社会的負担を生み出す。
砂糖の過剰摂取は現代社会における多くの慢性疾患の根本原因のひとつ
「根本原因」と断定するのは疫学的因果関係の限界から慎重を要するが、砂糖(特に加工食品・清涼飲料を通じた追加糖)は多くの代謝性疾患の主要な可変リスク要因であると評価できる。砂糖はエネルギー密度が高く、満腹感を与えにくいため総エネルギー過多を招きやすく、インスリン抵抗性や脂肪蓄積を通じて糖尿病・NAFLD・心血管疾患の病態を促進する。超加工食品の台頭により砂糖摂取は人口全体で増加し、生活習慣病の流行を加速していることから、「根本的要因のひとつ」と表現するのが妥当である。
生活習慣病との関連(因果メカニズムの解説)
砂糖の消費は血糖スパイク、反復的な高インスリン状態、インスリン抵抗性の進展、肝内脂肪合成の促進(特に果糖の代謝経路による)、慢性炎症の増幅、血中中性脂肪上昇などのメカニズムを通じて動脈硬化リスクや代謝不全を促進する。これらは単に体重増加だけでなく、肥満のない人でも過剰な砂糖摂取により代謝の不調が生じうる点で重要である。疫学的データは、総エネルギー摂取を統制しても砂糖源(特に液体糖)が追加的リスクを与える場合があることを示唆している。
「隠れ砂糖」の存在(食品中の見えない供給源)
現代の食品供給は多くの加工食品に砂糖が配合されており、調味料、冷凍食品、缶詰、加工肉、パン類、即席スープなど意外な食品にも砂糖が含まれている。これが「隠れ砂糖」であり、消費者はラベルの成分表示を注意深く見ない限り総摂取量を過小評価しがちである。超加工食品の摂取割合が高い国では、食事中の自由糖の大部分がこうした加工製品から来ているという報告もある。
社会的な受容と浸透度(文化・産業の影響)
砂糖は長年にわたり文化的に受け入れられ、甘味は報酬として社会的儀礼ややすらぎ、祝い事と結びついてきた。加えて食品産業は砂糖を配合することで製品嗜好性を高め、消費を促進する経済的利益を得ている。外食産業や広告、学校給食、スナック文化は子供を含む広い層に高砂糖食品を浸透させており、規制や啓発が追いついていない現実がある。産業利害が規制の遅れや政策の弱さを生む要因となっている。
子供の頃からの摂取の影響(嗜好形成と一生のリスク)
乳児期・幼児期に高頻度の砂糖接触があると甘味嗜好の閾値が変化し、後年の嗜好パターンや摂取習慣に持続的な影響を与える。学校や家庭での高砂糖環境は子供の摂取量を増やし、成長期における肥満や虫歯リスクを高めるだけでなく、成人期の代謝疾患に結びつく基盤を作る。従って早期介入が重要である。
規制の難しさ(政策的・経済的障壁)
砂糖規制はタバコやアルコール規制と同様の手法(課税、広告規制、成分表示強化、販売制限)をとることができるが、いくつかの困難がある。砂糖は多くの食品に含まれる必需的でないが広く用いられる成分であり、加工食品産業の反発、消費者の嗜好、文化的習慣、経済的利益が複合して政策実行を難しくする。さらに「砂糖のみが問題ではない」「過度な規制は個人選択を制限する」との反論も根強い。実際に清涼飲料の砂糖税などは一部国・都市で導入され効果を示しているが、全面的な砂糖削減には多面的政策と長期的コミットメントが必要である。
「世界最悪のドラッグ」という表現の妥当性と限界
この表現は衝撃的で説得力があるが、薬物依存の定義や比較尺度を曖昧にする危険がある。直接的致死性や急性毒性で薬物(例えば過剰アルコールやオピオイド)と比較すれば砂糖は異なる性質を持つ。しかし、慢性的・集団的視点で見たとき、砂糖は広汎に摂取され、その累積的健康被害と経済的負担は極めて大きい。したがって「薬物」と同様の依存性メカニズムを介して人々の行動を支配し、かつ社会全体の慢性疾患負荷を増やしている点で比喩的に「最悪のドラッグ」と呼ぶことは議論を喚起する上で有用だが、学術的には慎重な言説配置が必要である。
砂糖が持つ「依存性」と「健康被害」という負の側面の整理
要点を整理すると、(1)砂糖は脳報酬系を活性化し、反復摂取で神経適応や渇望を生じやすいこと、(2)動物モデルは依存様の行動・神経変化を示すこと、(3)疫学は過剰摂取と慢性疾患リスクの関連を示すこと、(4)社会的には摂取抑制が難しく、子供時代からの曝露が将来的リスクを高めること、(5)超加工食品により隠れた砂糖が広く供給されていること、である。これらを踏まえれば砂糖の“負の側面”は非常に多層的である。
砂糖は必須栄養素ではない
生理学的に見て、砂糖(ショ糖や加糖された食品)は必須栄養素ではない。必要なエネルギーや炭水化物は複雑炭水化物や食物繊維を含む食品から得ることができ、ビタミンやミネラルもバランス食から摂取可能である。したがって、砂糖は嗜好性や利便性により摂取されている面が強く、その過剰摂取は避けやすい要因であるといえる。
今後の展望(政策・研究・社会的対応)
個人レベルでは、ラベル読みの教育、砂糖の摂取場所(飲料中心の削減)への意識転換、家庭・学校での環境改善が必要である。公衆衛生レベルでは、砂糖税、清涼飲料の販売規制、広告制限、学校での販売禁止、成分表示の明確化、加工食品中の砂糖削減目標設定など多層的介入が有効である可能性が高い。既存のエビデンスは清涼飲料課税で消費削減が見られることを示しているが、長期的な健康アウトカム改善を示すには継続的研究と政策持続が必要である。さらに、食品産業と協働したレシピ改良や、代替甘味料の長期安全性評価も重要課題である。研究面ではヒトでの依存性メカニズムの明確化、長期介入試験、社会経済的影響評価が今後の焦点となる。
まとめ
総合すると、砂糖は薬物と同列に「致死的毒性」を持つわけではないが、脳の報酬系を刺激して依存様行動を引き起こしうる点、そして人口レベルで長期にわたり生命予後や生活の質を損なう慢性疾患の主要可変リスク要因である点で、公衆衛生上の重大な脅威である。したがって「世界最悪のドラッグ」という表現は意図的な修辞であるが、砂糖の依存性と広範な健康被害を強調するには有効だ。実効的対応には個人教育、規制、食品供給の構造改革、さらには社会文化的な嗜好の転換が必要である。科学的には動物実験の示す神経メカニズムと疫学的リスクを繋げるヒト研究をさらに進めるべきである。
(参考文献・情報源の主な出典)
WHO「Guideline: sugars intake for adults and children」(2015)。
Avena NM, et al.(2008)動物実験レビュー(砂糖の依存性に関する神経化学的エビデンス)。
Rada P, et al.(2005)ラットでのドパミン感受性化などの実験的所見。。
Yang B.ら(2022)追加糖摂取と心血管疾患リスクの関連を示すコホート解析/メタ解析。
Rico-Campà A.ら(2019)超加工食品摂取と死亡率の関連(BMJ)。
超加工食品摂取と死亡率の関連については、近年の疫学研究、とくに大規模コホート研究やメタ解析によって、一定の関連性が一貫して示されている。以下、その内容を整理して説明する。
超加工食品とは何か
超加工食品(ultra-processed foods)とは、NOVA分類で定義される食品群であり、原材料そのものよりも工業的加工工程が中心となって作られた食品を指す。具体的には、清涼飲料、菓子類、スナック菓子、即席麺、加工肉、冷凍食品、甘味付きシリアル、加糖ヨーグルト、レトルト食品などが含まれる。これらは精製糖、精製デンプン、植物油、食品添加物(香料、着色料、乳化剤、甘味料など)を多く含み、食物繊維や微量栄養素は相対的に少ない傾向がある。
疫学研究における死亡率との関連
2010年代後半以降、超加工食品摂取量と全死亡率・疾患別死亡率との関連を検討した前向きコホート研究が相次いで報告された。代表的な研究では、食事調査に基づいて参加者を超加工食品摂取量の多寡で層別化し、10年前後追跡した結果、摂取割合が高い群ほど全死亡率が有意に高いことが示されている。
これらの研究では、年齢、性別、喫煙、飲酒、運動量、総エネルギー摂取量、BMIなどの交絡因子を統計的に調整しても、超加工食品摂取と死亡率上昇の関連が残存することが多い。すなわち、単なる「食べ過ぎ」や「生活習慣の悪さ」だけでは説明しきれない独立した関連が示唆されている。
疾患別死亡との関係
全死亡率だけでなく、心血管疾患死亡、がん死亡、代謝性疾患関連死亡との関連も報告されている。特に心血管疾患については、超加工食品摂取が多い群で心筋梗塞や脳卒中の発症・死亡リスクが高い傾向が見られる。がんについても、全がん死亡や特定のがん(大腸がんなど)との関連が示唆されているが、部位別では結果にばらつきもある。
考えられるメカニズム
超加工食品摂取が死亡率を高める背景には、複数のメカニズムが想定されている。
第一に、栄養組成の問題である。超加工食品は砂糖、精製炭水化物、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、塩分が多く、食物繊維やビタミン、ミネラルが少ない。この栄養特性は肥満、インスリン抵抗性、高血圧、脂質異常症を促進し、結果として心血管疾患や糖尿病のリスクを高める。
第二に、過剰摂取を促す構造である。超加工食品は嗜好性が非常に高く、咀嚼回数が少なく、満腹感を得にくいため、総エネルギー摂取量を増やしやすい。これが慢性的なエネルギー過剰と体重増加につながる。
第三に、食品添加物や加工工程そのものの影響である。乳化剤や人工甘味料、加工中に生成される化学物質(アクリルアミドなど)が腸内環境や炎症、代謝に悪影響を与える可能性が指摘されている。ただし、この点については因果関係が完全に確立されているわけではなく、現在も研究が進められている。
第四に、食行動・食文化の変化である。超加工食品中心の食生活は、伝統的な食事パターン(野菜、豆類、全粒穀物、魚など)を置き換える形で広がり、食事全体の質を低下させる。その結果、長期的な健康リスクが累積する。
因果関係に関する注意点
重要なのは、これらの研究の多くが観察研究であり、「超加工食品が直接死亡を引き起こす」と断定できるわけではない点である。未知の交絡因子や測定誤差の可能性は残る。それでも、異なる国・文化圏・集団で同様の関連が繰り返し観察されていること、用量反応関係(摂取量が多いほどリスクが高い)が示されていることから、公衆衛生上は無視できない関連と評価されている。
まとめ
超加工食品摂取量が多い人ほど、全死亡率および心血管疾患などによる死亡率が高いという関連は、近年の疫学研究によって一貫して報告されている。その背景には、栄養組成の偏り、過剰摂取を招く性質、加工工程や添加物の影響、食事全体の質の低下といった複合的要因がある。
現時点では完全な因果関係の証明には至っていないものの、超加工食品の摂取を減らし、未加工または最小限加工の食品を中心とした食生活へ移行することは、死亡リスク低減に資する可能性が高いと考えられている。
