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コラム:ALS(筋萎縮性側索硬化症)について知っておくべきこと

ALSは進行性かつ致死的な運動ニューロン疾患であり、原因は複合的で未解明である。
自然のイメージ(Getty Images)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、中枢神経系の運動ニューロンが進行性に変性・消失する稀少かつ致命的な神経変性疾患である。2020年代に入り病態の理解と治療戦略の研究は進展しているが、根本的な治癒法は確立していない。既存の治療薬は病勢進行の遅延に限定される。2020年代後半には遺伝子治療薬や核酸医薬、iPS細胞関連治療など革新的治療の臨床応用が進みつつある。また、近年の研究では神経細胞間のミクロRNAやタンパク質蓄積の制御など分子メカニズムの解明が進展し、将来的な疾患修飾療法の可能性が示唆されている。


ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは

ALSは「運動ニューロン疾患(Motor Neuron Disease)」の一種であり、大脳皮質から脊髄に至る運動ニューロン(上位・下位)が選択的に変性することにより、筋力低下と筋萎縮が進行する。疾患名の由来は、ラテン語で「筋萎縮(amyotrophic)」「側索(lateral)」「硬化(sclerosis)」を指す。ALSの基本病態は、運動神経から筋肉への命令伝達の途絶であり、筋肉そのものではなく神経側の障害が本質である。感覚機能、視力、聴力、内臓機能などは通常保たれる。


主な特徴と症状

ALSは進行性で不可逆的な神経変性疾患であり、病勢は個々で異なるが、初期は局所の筋力低下から始まり、やがて全身に進行する。初発症状としては以下が挙げられる:

  • 手足の脱力、つまずきやすさ、箸や鍵の扱いが困難などの四肢症状

  • 構音(発話)障害、嚥下(飲み込み)障害

  • 呼吸筋の弱化に基づく呼吸機能低下

  • 舌萎縮、筋肉のこわばりなども共通症状

これらは時間とともに進行し、最終的には日常生活動作や呼吸・嚥下機能が失われる。意識や認知機能は比較的保たれることが多いが、約2割に前頭側頭型認知症(FTD)を伴うALSが観察される報告もある。


身体の変化

ALSでは、神経細胞の変性により筋肉が萎縮し、筋力が低下する。これは上位・下位運動ニューロン系の両方が障害されるためである。上位運動ニューロン障害は筋固縮や病的反射(バビンスキー徴候など)を生じ、下位運動ニューロン障害は筋萎縮と筋細揺動(fasciculation)を特徴とする。これらの変化により、歩行、手指操作、嚥下・発話、呼吸といった身体機能が段階的に低下する。感覚系は一般に保たれるが、特定の症例では感覚や認知機能の変化が報告されている。


球麻痺(きゅうまひ)

球麻痺型ALSは、嚥下・発話といった球部(咽頭・口腔周辺)の筋群に先行して障害が出るタイプであり、一般的に進行が速いとされる。嚥下困難により誤嚥性肺炎のリスクが増加し、栄養摂取が困難になることが生命予後に重大な影響を与える。球麻痺は病状評価と治療戦略の決定において重要である。


呼吸障害

ALSの最終段階に見られる致命的な症状は呼吸筋の衰弱である。横隔膜や肋間筋の機能低下により、十分な換気ができなくなる。人工呼吸器(非侵襲的/侵襲的)や呼吸リハビリテーションは呼吸機能の補助として重要であり、生命維持に不可欠となる。人工呼吸器を用いない場合、一般的に発症から2~5年で呼吸不全に至るとされる。


維持される機能

ALSは運動ニューロンを主に侵す疾患であるため、感覚機能、視覚、聴覚、内臓機能は通常保たれる。多くの患者は病状が進行しても意識が明瞭であるため、コミュニケーション支援や代替手段の確立が重要である。眼球運動は保たれることが多く、視線入力装置などの補助技術が有効活用される。


発症と原因(2026年時点の知見)

発症率(10万人に1〜3人程度)

世界的なALSの発症率は人口10万人当たり年間約1~3人と見積もられている。また、発症のピークは50~70歳代である。家族性ALSは全体の約5~10%であり、ほとんどは孤発性(遺伝しない)である。

原因

ALSの直接的原因は未だ不明であるが、遺伝的素因と環境因子の複雑な相互作用が示唆されている。遺伝子変異は家族性ALSに関連し、SOD1、C9ORF72、TARDBP、FUSなど多様な遺伝子異常が報告されている。孤発性ALSではこれら遺伝子以外にも複数のリスク因子が研究されている。環境因子としては喫煙、金属曝露、農薬曝露、軍務経験(Gulf War関連)などが報告されたが、いずれも決定的な証拠はない。


治療と最新動向

現在、ALSの根治治療は存在しない。治療は主に病勢進行の遅延と症状緩和を目的とする。主要な承認薬としては以下がある:

  • リルゾール:グルタミン酸拮抗作用により生存期間をわずかに延長する効果が報告されている。

  • エダラボン:酸化ストレスを抑える作用があり、機能低下の進行抑制が示された。点滴および経口薬が承認されている。

  • メコバラミン筋注:早期・軽症例で機能低下を遅延する可能性が示されている。

  • トフェルセン:SOD1関連ALSに対する核酸医薬で承認され、原因特異的治療の第一歩となった。


最新の研究

近年のALS研究は分子病態の解明と革新的治療法の探索を中心に進む。神経細胞に蓄積する異常タンパク質(例:TDP-43)の病態関連が注目され、miRNAを用いた神経保護・再生研究が動物モデルで有望な結果を示している。

また、遺伝子治療、iPS細胞を用いた再生療法、核酸医薬などの臨床試験が世界各地で進行している。これらは将来的に病勢修飾を可能にする治療候補となる。


ケア

ALS患者のケアは、単なる薬物療法だけではなく多職種連携による包括的ケアが必要である。嚥下・構音障害に対しては嚥下訓練や食事形態調整、栄養管理、必要に応じて胃瘻造設が検討される。呼吸管理では夜間人工呼吸補助、気管切開・人工呼吸器装着などが行われる。さらに、コミュニケーション支援、リハビリテーション、心理・社会的支援がQOL改善に寄与する。


今後の展望

2026年時点で、ALSの治療戦略は根本治療の確立には至っていないものの、遺伝子標的療法や分子レベルの病態修飾研究の進展により将来的な治療法の開発が期待される。臨床研究・国際共同試験の増加により新規治療薬の実用化が加速する可能性がある。また、AIやバイオマーカーを用いた早期診断技術は、治療開始時期の最適化に貢献するだろう。


まとめ

ALSは進行性かつ致死的な運動ニューロン疾患であり、原因は複合的で未解明である。発症率は10万人当たり約1〜3人であり、発症後数年で呼吸不全に至ることが多い。既存の治療は進行遅延に限定されるが、遺伝子治療や核酸医薬など革新的治療の研究が進む。包括的なケアが患者QOL向上に不可欠であり、今後の分子病態研究と臨床応用がALS治療の鍵となる。


参考・引用リスト

  1. 健康長寿ネット「筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは」.

  2. 横浜市立大学附属病院「筋萎縮性側索硬化症(ALS) 疾患情報」.

  3. PubMed「The epidemiology of amyotrophic lateral sclerosis」.

  4. 難病情報センター「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」.

  5. PubMed Central「Amyotrophic lateral sclerosis: a clinical review」.

  6. CDC「About Amyotrophic Lateral Sclerosis (ALS)」.

  7. 難病情報センター「ALS治療研究」.

  8. 国立病院機構 宇多野病院「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」.

  9. Reuters Health Rounds ニュース「ALS研究 クローズアップ」.


ALSの原因究明に向けた取り組み・研究

1. 遺伝子レベルの病態解析と共通病因の探索

ALSの原因は単一ではなく、複数の遺伝因子と細胞内現象が複雑に絡み合う多因子疾患である。1993年に最初の原因遺伝子であるSOD1遺伝子が同定されて以来、20種類以上の関連遺伝子が見つかっている。家族性ALSの約30%にSOD1変異が存在するとの日本人集団研究があるなど、遺伝的背景の解明が進展している。これらの知見は遺伝子治療など原因特異的戦略の基盤となる。

近年の研究では、異なるALSの病因が共通の遺伝子発現異常に収束する可能性が示されている。東北大学グループは、関連タンパク質の機能喪失が“UNC13A”という遺伝子の発現低下につながり、複数の病態を統合的に理解する重要な手がかりとなることを報告している。これはALS病態を統一的に理解する上で有望な方向性である。

2. iPS細胞技術と細胞モデルによる病態研究

iPS(人工多能性幹)細胞技術を用いて、患者由来運動ニューロンを再現する研究が進展している。これによりALSの病態を生体に近い細胞レベルで観察できるモデル系が確立した。特定化合物が運動ニューロン死を抑制するなど、薬剤スクリーニングや作用機序解析の強力なプラットフォームが形成されつつある。これらの研究は新規治療候補の発見につながる。

3. 分子病態の統合的理解と病因の多様性

ALSでは、運動ニューロンの異常タンパク質蓄積(例:TDP-43, FUS)や、RNA代謝の破綻、オートファジー・ミトコンドリア機能の低下など、複数の細胞内プロセスの破綻が報告されている。これらはいずれも神経細胞の恒常性維持機構の崩壊に結びつき、病因と病勢進行の関係を解く鍵とされる。国際的なレビューでも、ALS研究は「多様な分子プロセスの統合的理解」を目標に進んでいる。

4. バイオマーカー・診断技術の研究

病勢の進行を定量化するためのバイオマーカー探索が活発であり、血液・脳脊髄液中の分子指標、神経伝導や筋電図データの機械学習解析、音声変化・発話パターンからの進行予測モデルなど、ALSの早期診断・予後予測への応用研究が進んでいる。これらは治療介入のタイミング最適化に寄与する可能性がある。


最新の治験・治療戦略

ALSは進行性で根治的治療法が存在しない難病であるが、複数の治験が世界・日本で進行中あるいは完了しつつある。以下に主要なものをまとめる。

1. 遺伝子・核酸医薬による治療
  • トフェルセン(Tofersen)
     SOD1遺伝子変異を持つALS患者を対象とした核酸医薬(アンチセンスオリゴヌクレオチド)であり、SOD1 mRNAを標的に毒性タンパク質の産生を抑制する。この治療薬は2024年末に日本でも承認された。SOD1-ALS患者の進行抑制効果が期待されている。

 トフェルセンのような因子特異的治療は根本的病態修飾を目指す第一歩であり、他の遺伝子変異型ALSに対する類似手法の開発も進んでいる。

2. 既存薬の再適応・新規候補の治験
  • 高用量メチルコバラミン(Methylcobalamin)
     発症早期ALS患者を対象とした高用量ビタミンB12製剤の第Ⅱ/Ⅲ相試験(JETALS)は、機能評価スケール低下の抑制および生存期間延長の示唆を示し、発症早期での症状進行遅延効果が再確認されている。今後の保険収載展開が期待される。

  • ボスチニブ(Bosutinib)
     本来慢性骨髄性白血病治療薬として用いられるボスチニブは、iPS細胞モデルで運動ニューロン死抑制活性が示され、複数施設での臨床試験が進んでいる。初期データでは進行遅延効果が示唆されており、より大規模試験やフェーズIII試験への進展も検討されている。

  • ロピニロール(Ropinirole)
     パーキンソン病治療薬として既承認のロピニロールは、初期臨床試験(PhaseⅠ/Ⅱa)で病勢進行遅延の兆候が見られており、PhaseⅢ試験の準備中とされる。孤発性ALSにも効果の可能性があることが報告されている。

  • その他新規治験
     世界では複数の化合物について第I/II期治験が進んでいる。例としてエクスペリメンタル薬剤のAMX0114、エネルギー代謝改善を狙うTerazosin試験、精神症状改善を目的とした研究など、多様なアプローチが検討されている。これらはまだ初期段階ではあるが、将来の治療バリエーションを拡大する可能性がある。

3. 国際共同試験とプラットフォーム試験

国際的なプラットフォーム試験(複数薬剤を効率評価する試験デザイン)などを含め、世界で50以上の臨床試験が進行しているとするレビュー報告がある。しかし日本からの参加は限定的であり、海外で承認される治療薬の日本導入遅延(薬ロス)の課題も指摘されている。


日本と世界の発症状況

1. 日本の発症状況

日本におけるALSの患者数は約9,000~12,000人程度と推定されている。年間発症数は約2,300人と報じられている。多くは孤発性ALS(家族歴なし)であり、家族性は5~10%程度を占める。発症年齢は一般に中高年(50歳以上)であるが、若年発症例も報告される。病勢進行は個人差があるが、平均して数年以内に呼吸機能低下に至ることが多い。

日本国内では、臨床情報・ゲノム情報の全国共同データベース(JaCALS)などを用いた大規模臨床情報収集が進行し、疫学研究・治験デザイン改善に寄与している。

2. 世界の発症状況

世界的なALSの発症率は人口10万人当たり年間約1~3人であると推定される。欧米・アジアなど地域差はあるものの、この範囲に収まるとされる。家族性の割合は約5~10%、それ以外は孤発性である。ALSは稀少疾患であるが、その致命性と社会的負担の大きさから、国際的な研究ネットワークや患者支援体制が構築されている。


最後に

ALSの原因究明研究は、遺伝子・分子病態レベルから疾患統合モデルの構築へと進展し、iPS細胞モデルやビッグデータ・機械学習技術も活用される段階にある。一方で臨床治験は、核酸医薬の承認や高用量メチルコバラミン、ボスチニブ、ロピニロールなど多様な戦略が進行し、将来的な治療多様性の展開が期待されている。

疫学的には、日本も世界も稀少疾患であるが、臨床情報収集基盤の充実と国際共同試験への参加は、治療法確立と早期介入戦略の鍵となる。

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