コラム:日本の医療制度を崩壊させないために必要なこと
持続可能な医療制度の実現には、財政基盤の強化と医療提供体制の再構築が不可欠である。
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1. 現状(2025年12月時点)
1-1. 医療提供体制と高齢化
日本は長寿国家として知られ、平均寿命は世界でも最長クラスである。この背景には1961年の国民皆保険制度による広い医療アクセス拡大が寄与していると評価されている。
一方、急速な高齢化と少子化が医療制度に大きな負担をかけている。2024年の出生数は72万人弱と過去最低となり、人口減少と高齢化が一段と進行している。高齢者(65歳以上人口比率)は約30%に達し、医療と介護の需要が急増している。
高齢化により社会保障費が拡大し、2025年度社会保障給付費では医療が約43.4兆円、社会保障全体では約140兆円にのぼる。医療費はGDPの約6.9%規模に達しており、医療保険制度維持の財政負担は極めて大きい。
1-2. 医療制度構造
日本の医療制度は 国民皆保険制度による社会保険方式で、全国民が何らかの公的医療保険に加入し、同一料金で医療サービスを受けられる仕組みである。被保険者は医療費の原則3割を負担し、残りは保険給付で賄われる。
2025年のOECD統計によると、医療支出はGDP比で約10.6%に達し、予防医療分野への支出率はOECD平均と同程度である。医師数は1,000人あたり2.6人とOECD平均(3.9人)を下回る一方、看護師数は平均を上回る。医療機関リソース(病床数、医療機器数)は比較的豊富である。
1-3. 医療費動向
厚生労働省統計でも、医療費は直近数年連続で増加しており、概算医療費は令和6年度に48兆円規模まで拡大している。これは高齢者の医療利用増加や慢性疾患の増加が要因である。
医療費は今後も増加傾向が続くとされ、2040年には医療費が約80兆円に達するとの長期見通しもある。
1-4. 医療提供体制の課題
医師・看護師・介護職員の不足と偏在は全国的な課題である。特に地方では医師不足が深刻であり、診療科ごとの需要バランスの不均衡も指摘されている。
また、医療機関経営は厳しく、赤字運営の病院が多いとの指摘もある。病院の統廃合・経営統合が進んでいるとの報告もあり、地域医療提供体制の維持が危ぶまれている。
2. 日本の国民皆保険制度
2-1. 概要と歴史
国民皆保険制度は国民全員を何らかの公的保険に加入させ、均一料金で医療サービスを受けられる仕組みである。1922年の健康保険法を起点として発展し、1938年の国民健康保険法、1961年の皆保険義務化を経て現在の形となった。
この制度は「いつでも・誰でも・どこでも」医療を受けられるという普遍性を実現し、健康格差是正と社会全体の健康水準向上をもたらした。
2-2. 強みと限界
強みは以下の通りである。
国民全員が医療保障を受けられる。
医療アクセスの均一性が確保されている。
財政的なリスクを国民全体で分散できる。
しかし、限界も存在する。
医療費の増加が制度維持の負担となっている。
病気治療に重点が置かれ、予防医療の割合が十分ではない面がある。
3. 制度崩壊を防ぐために必要なこと
日本の医療制度崩壊を防ぐためには、多角的な改革と持続可能性を担保する施策が必要となる。以下に重要な分野を詳細に整理する。
4. 医療費の効率化と適正化
医療費増加を抑えつつ質を維持・向上するためには、医療提供体制の効率化と適正化が不可欠である。
4-1. 診療報酬制度の見直し
診療報酬は国が全国一律に設定する制度であり、その改定は医療の質・効率に大きな影響を与える。2026年度診療報酬改定においては、効率的で質の高い医療提供体制を構築するモデルを示す必要があるとされている。
4-2. 過剰医療の是正
不要な検査・入院・処置を減らし、本当に必要な医療に資源を振り向ける仕組み作りが求められる。それにはエビデンスに基づく医療技術評価の導入が有効である。
5. 無駄の削減
医療現場における無駄を削減することで、医療費の伸びを抑えられる。
5-1. 重複検査の防止
多くの高齢患者は複数の医療機関を受診し、重複検査が発生しやすい。電子カルテ・保険データを統合活用し、重複検査の削減を図ることで費用の節減につながる。
5-2. 過剰入院の回避
在宅医療や地域包括ケアシステムを強化し、不要な入院を減らすことで医療費を抑えると同時に、患者の生活の質を維持する。
6. 後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進
日本におけるジェネリック医薬品の使用率はOECD平均よりやや低く、全体で約52%程度と報告されている。これを高めることは医薬品費用の抑制に有効である。
後発品への切り替え方の啓発と保険者・医療機関へのインセンティブ設計が必要である。
7. 医療技術評価の導入
医療技術評価(HTA: Health Technology Assessment)は、医療技術・薬剤の費用対効果を評価し、限られた資源を最も効果的な医療に配分するための制度である。
HTAの拡充により、どの医療資源に投資すべきか判断する仕組みを強化する。
8. 地域医療提供体制の再構築
地域ごとに医療ニーズが異なるため、地域包括ケア、連携強化、役割分担の最適化を進める必要がある。
8-1. 地域包括ケアの推進
高齢者が住み慣れた地域で医療・介護・生活支援を受けられる仕組みを整備することで、病院集中型医療から脱却する。
8-2. 地域医療構想の実行
地区医療構想を地域の実情に合わせて推進し、診療科ごとの適正配置と連携を実現する。医師や看護師の地域偏在を是正する政策を含めた地域戦略が必要である。
9. 病院から在宅・介護へ
医療と介護は高齢者支援の両輪であり、双方の連携を強化することが制度持続に重要である。
9-1. 在宅医療の強化
在宅医療の推進により、患者が病院を離れて生活環境で治療を受けられる仕組みを整備する。訪問医療、訪問看護、リハビリ支援を充実させる。
9-2. 医療・介護の連携
医療と介護の情報共有やサービス連携を強化し、重複・無駄を減らすとともに、患者中心のケアを実現する。
10. 医療機関の機能分化
急性期・回復期・慢性期医療の役割分担を明確化することで、医療資源の効率配分を図る。専門性を活かした機能的医療ネットワークは効率的な医療提供につながる。
11. 医療・介護を支える人材の確保と育成
人材不足は制度崩壊の最大のリスクの一つである。特に介護職員・看護師・医師の不足が深刻であり、2025年問題として人材確保が重要課題になっている。
11-1. 教育・研修の拡充
医療現場で求められるスキルと多様な役割を担える人材育成を推進する。専門職教育の充実および生涯学習支援が必要である。
11-2. 外国人労働者受入れの拡大
一定の条件のもとで医療・介護分野への外国人労働者受け入れを促進し、多様な人材を確保する仕組みを整備することも検討される。
12. 医師・看護師等の偏在解消
医師・看護師の都市集中と地方不足を是正するには、地域手当、リモート医療支援など様々な政策が必要である。待遇改善、働き方改革、キャリアパスの多様化が効果的である。
13. 働き方改革
医療従事者の過重労働は人材確保の妨げになる。勤務環境の改善、労働時間の適正化、ワークライフバランスの推進により、医療現場の魅力を高める必要がある。
14. 予防・健康づくりの推進
医療費抑制には病気の未然防止が極めて重要である。
14-1. 生活習慣病対策
糖尿病・高血圧などの生活習慣病対策を強化し、健康診断・保健指導の質とカバー率を高めることで医療費の重症化を防ぐ。
14-2. セルフメディケーション
国民自らが健康管理に関与する「セルフメディケーション」を促進し、予防医療の意識を高める。
15. 財源の安定化と国民負担
制度持続には財源の安定化が不可欠である。
15-1. 保険料の適正化
保険料率の調整、世代間負担の公平性を確保しつつ、現役世代への過度な負担を避ける工夫が必要である。2025年度でも保険料率は過去最高水準に達する見込みがある。
15-2. 給付と負担の見直し
医療給付の範囲と保険財源のバランスを見直し、無駄な給付の抑制と必要な負担の明確化を進める必要がある。
16. 政府の対応
政府は「骨太の方針2025」などを通じて医療・介護給付の伸び抑制と負担の抑制を図ろうとしている。診療報酬の合理化・効率化が議論され、賃金上昇と保険料負担抑制の両立が求められている。
17. 自治体の対応
自治体は地域医療構想の策定と実行、地域住民向けの保健サービス強化、在宅医療・介護連携システムの推進などの役割を持つ。
18. 医療機関に求められること
医療機関は効率的な医療提供、情報システムの統合、患者中心のケア提供、地域連携強化に向けた体制整備を進める必要がある。
19. 今後の展望
持続可能な医療制度の実現には、財政基盤の強化と医療提供体制の再構築が不可欠である。人口構造の変化に対応するため、予防医療・在宅医療・地域包括ケアを重視し、従来型の病院中心から地域連携中心のシステムへの移行が求められる。
