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コラム:災害関連死を防ぐために必要なこと

災害関連死は,災害そのものの死だけでなく,避難生活と生活環境変化による健康悪化による死亡を含む重要な問題である。
東日本大震災の被災地(Getty Images)
日本の現状(2025年12月時点)

日本は地理的条件として世界でも有数の地震・台風・津波・豪雨・土砂災害のリスクを抱える災害多発国である。このため災害死だけでなく,災害後に発生する災害関連死が大きな社会問題となっている。2024年に発生した令和6年能登半島地震では,災害関連死が約364人に上ると内閣府防災情報が報告しており,直接死を上回る関連死の影響が見られた(2025年5月時点資料)。政府は「災害関連死ゼロ」を目標に掲げつつも,避難所環境,医療体制,法制度面での対応強化が求められている(国立国会図書館調査資料)。

高齢化が進展する日本社会においては,災害関連死の大部分が高齢者や持病を持つ層で生じており,日本の総合的な防災・福祉政策との連携の重要性が高い。


災害関連死(避難生活中の体調悪化による死亡)とは

災害関連死とは,災害そのものによる建物倒壊・津波などの「直接死」ではなく,災害発生後の避難生活等における身体的・精神的負担や医療支援不足によって健康状態が悪化し死亡する事象を指す。内閣府は,災害弔慰金支給に関する法律に基づき,「災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡したもの」と定義している。精神疾患による自殺も含まれることが明記されている。

災害関連死は災害発生直後だけでなく,数週間〜数か月後に増加する傾向があり,特に高齢者にとっては環境変化・ストレス・持病悪化などが重なり発生することが研究でも示されている。


災害関連死を防ぐために必要なこと(総論)

災害関連死の予防には,発災前の準備から発災後の避難生活支援・環境改善・医療・福祉支援・共助・公助・法制度整備までを包括した総合的対応が不可欠である。具体的には以下のようなアプローチが挙げられる。

  1. 発災前のリスク評価と地域防災計画の整備

  2. 災害時の情報提供・避難行動支援

  3. 避難所環境の改善(食事・睡眠・排泄・衛生)

  4. 被災者の健康維持支援・持病管理

  5. 医療体制・公的支援の迅速な展開

  6. 法制度に基づく支援の充実

  7. 地域コミュニティによる“共助”

  8. 長期的復興と生活再建支援

総じて「避難後も安心して暮らす」ための施策展開が災害関連死削減に直結する。


最新の取り組み

2025年の国土強靱化計画には,災害関連死予防のために避難所環境改善や医療・福祉支援の強化が明記されている。特に,避難所環境改善(TKB:トイレ・キッチン・ベッド)などの物理的環境整備が政策課題として掲げられている。

また自治体レベルでも福祉避難所の指定や医療支援チームの配置強化などが進んでおり,実際に東北地方などで避難所運営訓練や高齢者対応避難所の準備が行われている。


避難所の環境改善「TKB48」の実現

災害関連死を防ぐための避難所の基本的な生活基盤として,TKB48の確保が重要である。これは以下を指す。


T(トイレ)

衛生的なトイレ環境は感染症予防や脱水防止に重要である。避難所では多くの人が共有トイレを使用するため,清掃と十分な設備配置が不可欠である。簡易トイレや障害者・高齢者対応のトイレ設置も求められる。清潔な環境は身体的負担を減らし関連死リスクを低減する。


K(キッチン)

栄養バランスのとれた食事提供と安全な調理・食材管理は体力維持・免疫力向上に寄与する。特に持病のある人や高齢者向けの食事調整,アレルギー対応食の確保が課題となる。


B(ベッド)

十分な睡眠は体調維持・免疫機能に寄与する。床に雑魚寝する環境では体力消耗や感染リスクが増大し高齢者の脆弱性を高める。段ボールベッドなどの簡易ベッドを多数確保することが推奨されている。


被災者自身の健康維持と行動

避難者自身ができる災害関連死予防行動もある。代表的なものとして以下が挙げられる。


エコノミークラス症候群の予防

長時間同じ姿勢でいると深部静脈血栓症が発生しやすく,エコノミークラス症候群に至ることがある。避難所内でもこまめな体の運動と適度な水分補給が重要である。


積極的な水分補給

脱水は血栓形成や循環器系疾患・熱中症などを誘因するため,こまめな水分補給は災害関連死予防の基本である。


持病の薬の確保

持病を持つ人は常用薬の確保を優先し,災害時に不足しないよう日ごろから備えることが求められる。また,薬手帳を常に携行し,仮の医療機関でも正確な治療が受けられるようにする。


法制度・自治体による支援の拡充(2025年最新動向)


法改正による支援拡大

2025年通常国会では被災者支援制度に関する法改正が進み,災害救助法等に福祉サービス提供の規定追加や被災者援護団体の登録制度創設などが行われている(災害救助法改正案資料)。これにより福祉支援の法的基盤が強化された。


自治体による備蓄強化

自治体は食料・水・衛生用品の備蓄を強化し,災害後少なくとも72時間〜1週間の物資確保を進めている。これにより支援ギャップと関連死リスクを低減する。


共助の重要性

地域住民同士の助け合い(共助)は災害関連死予防において不可欠である。近隣住民が健康状態を相互に確認したり,共同で物資を共有したりすることで,高齢者等の孤立死や見過ごしを防止できる。


大規模災害における対応の難しさ


支援供給の限界と初期治療の遅れ

大規模災害では道路寸断やライフライン停止が発生し,救護・物資輸送・医療提供が遅延する事態が発生する。これにより持病治療や初期治療が滞り,関連死が増加する。


道路の寸断やライフラインの停止

道路・通信・電力・上下水道の障害は避難支援の物理的制約を生み,関連死予防対応を困難にする。


医療機能の停止

病院・診療所の被災は,継続的治療体制を破壊し,慢性疾患の管理が困難となる。


公助の限界

行政による支援(公助)は重要であるが,初動の物資供給や医療支援には時間的・物理的限界が存在する。コミュニティやボランティアの支援と合わせた連携が必要である。


生活環境の激変と「肉体的・精神的疲労」

災害後の環境変化は避難生活のストレスや精神的疲労を増大させ,免疫力低下や睡眠不足につながる。


死因の内訳

災害関連死では呼吸器系(肺炎など)や循環器系(心不全・脳卒中など)の疾患が大部分を占めていることが内閣府のデータで示されている。


過酷な環境

避難所の寒暖・騒音・混雑・衛生不良は感染症や低体温症,熱中症など様々な健康リスクを伴う。


被災形態の多様化による把握の難しさ

在宅避難・車中泊・親族宅避難など,多様な避難形態があるため,関連死の把握や支援提供が難しい。


孤立のリスク

一人暮らし高齢者や要介護者は孤立することで支援が行き届かず,災害関連死リスクが高まる。


特定の疾患

持病・認知症・障害がある人は災害後の環境変化により体調悪化しやすい。


政府・自治体の対応

政府は災害関連死削減に向け,災害関連死事例集の公開・避難所改善ガイドラインの整備・医療支援体制構築を進めている。


今後の展望

今後は以下の点が焦点となる。

  1. 医療と福祉の連携による避難支援

  2. 避難所環境の標準化

  3. 高齢者・障害者向け支援充実

  4. デジタル技術を活用した健康監視

  5. 地域防災力の強化


まとめ

災害関連死は,災害そのものの死だけでなく,避難生活と生活環境変化による健康悪化による死亡を含む重要な問題である。高齢化や多様な避難形態を背景に,日本社会は災害関連死予防を社会全体で取り組む必要がある。避難所環境改善(TKB)・持病管理・水分補給・医療提供体制・法制度整備・共助支援が不可欠である。


追記:日本における大規模災害と災害関連死の歴史

日本は自然災害の多発国として多くの大規模災害を経験し,その対応の中で災害関連死という概念が社会的な課題として浮上してきた。戦前から戦後にかけては主に直接死が注目されたが,1995年の阪神・淡路大震災は関連死の典型例を社会に示した。


阪神・淡路大震災と災害関連死

1995年の阪神・淡路大震災(M7.3)は,6,000人を超える犠牲者を出し,その死者912人が災害関連死と認定された。この震災では,多くの高齢者が避難所や車中泊での生活負担・持病悪化により発症した心疾患や呼吸器疾患で命を落とした。これが災害関連死の広範な認識につながる契機となった。


新潟県中越地震

2004年の中越地震では,直接死が16人であった一方,関連死として約52人が認定された。比較的小規模な災害であっても関連死が発生することは,災害後の支援体制のあり方の重要性を示した。


東日本大震災

2011年の東日本大震災は記録的な被害をもたらし,22,000人を超える死者・行方不明者が発生した。関連死は約3,800人に上り,震災後の避難所環境・医療提供体制の脆弱性と,放射能避難による長期避難者の健康悪化など複合的要因が浮き彫りになった。関連死では呼吸器・循環器系の疾患が大きく割合を占めたことが内閣府の調査で示されている。


熊本地震

2016年に発生した熊本地震でも,直接死50人に対して災害関連死約220人が認定された。多くが高齢者であり,移動や避難生活に伴う疲労やストレス,持病悪化によるものであった。


近年の災害と関連死

2024年の令和6年能登半島地震では,直接死約228人に対して災害関連死約364人と報告され,関連死が直接死を上回る例となった。避難生活長期化やインフラ被害・医療体制遮断などが関連死増加の要因として分析されている。これは高齢化社会の影響と地域社会の変化が複合した結果である。


災害関連死の認定と社会的対応の歴史

災害関連死の認識と対応は制度的にも進展してきた。災害弔慰金法による関連死の定義と支給制度は,阪神・淡路大震災以降,徐々に研鑽され,関連死の認定基準や支給制度が整備されている。遺族には災害弔慰金が支給される仕組みとなっており,生計維持者であれば500万円,その他の場合は250万円が支給される(厚生労働省資料)。

関連死認定は自治体主導で行われるが,過去には「何日までを関連死とするか」など基準の曖昧さが問題となり,地域ごとの審査会や基準整備の必要性が指摘されてきた。こうした制度的課題は2010年代以降,法改正や運用改善につながっている。


医療・研究の視点

近年の研究では,関連死の診断と統計が医療ドキュメントに基づき正確に把握されることの重要性が指摘されている。医療機関の診断書や死亡証明書に災害影響が記載される仕組みの整備が必要であり,これにより統計と支援策策定が科学的に進められることが期待されている(Scientific Reports, 2025)。


社会的教訓と展望

日本の災害対応は,直接死の防止だけではなく,避難所環境・医療福祉支援・共助支援・法制度整備が統合された包括的な災害関連死予防制度に向かって進化している。災害関連死の歴史は単なる死亡統計の変遷ではなく,日本社会が災害の「二次的影響」を理解し,人間の尊厳ある避難生活と健康維持をどう支えるかという課題そのものである。

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