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コラム:認知症にならないために、今からできること

認知症を完全に防ぐ確実な方法はないが、複数の修正可能なリスク要因を生涯にわたって管理することで発症を遅延・減少させることが可能である。
パズルを持つ女性(Getty Images)
日本の現状(2025年12月時点)

日本は世界で最も高齢化が進む国の一つであり、「認知症」の公衆衛生上の負担が極めて大きい。政府と研究機関の推計では、65歳以上の人口における認知症有病者数は数百万人規模であり、今後数十年でさらに増加する見通しである。例えば、日本の公的推計や報道では、2025年頃に高齢者の認知症患者数は数百〜数千万に達し得ること、2040年〜2060年にはさらに割合が上昇する可能性が指摘されている。これらの増加は医療・介護資源、家族の負担、社会保障財政に重大な影響を与えるため、予防策の全国的な実装が喫緊の課題となっている。


認知症とは

認知症は記憶、判断、言語、実行機能などの認知機能が日常生活に支障をきたすほど低下する臨床症候群であり、原因は多様である。アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが主要な病型である。アルツハイマー病は認知症全体の中央値を占めるが、血管性要素や神経変性と混在することも多い。病理学的にはアミロイドやタウなどの蓄積、脳血管障害、神経細胞の変性・脱落が関与するが、臨床的には生活習慣や環境、社会的要因が発症リスクや進行に影響する点が重要である。WHOや多くの専門家が「認知症は単一の病気ではなく複合的な要因による状態」であることを強調している。


完全に防ぐ確実な方法はない

現時点(2025年12月)で、すべての認知症を完全に予防する「確実な方法」は存在しない。薬剤や介入で発症を100%防げるエビデンスはない。ただし、近年の研究と国際的な委員会の総合的評価では、複数の修正可能なリスク要因に対処することで「発症を遅らせる」「発症率を低下させる」可能性が示されている。すなわち、認知症は「避けられない運命」ではなく、リスク因子の管理とライフコースにわたる介入によって負荷を減らすことが可能であるという立場が主流である。WHOやランセット委員会も、修正可能な要因を標的にした公衆衛生戦略の重要性を述べている。


具体的に必要な対策(総論)

認知症予防は単一の介入ではなく「生涯」を通じた多面的アプローチを要する。主要戦略は以下の通りである:

  1. 中年期〜高齢期の心血管リスク管理(高血圧、糖尿病、脂質異常、肥満のコントロール)。

  2. 身体活動の習慣化(特に有酸素運動)。

  3. バランスの良い食事(地中海型、DASH、MINDダイエットに関連する要素)。

  4. 社会的参加と精神的刺激(孤立の回避、知的活動)。

  5. 感覚のケア(難聴・視力低下の早期対応)。

  6. 良質な睡眠とメンタルヘルスの維持(うつ病の治療)。

  7. 禁煙・節度ある飲酒・環境要因(大気汚染の低減等)への対処。これらはランセット委員会やWHOの勧告に沿うものである。


脳を守る「3つの習慣」

ここでは日常ですぐに取り入れやすい「3つの習慣」を提示する。これらはエビデンスに基づき、多くの研究が関連を示す要素を組み合わせたものである。

  1. 週3〜5回の適度な有酸素運動を続ける
    有酸素運動は心血管機能を改善し、脳血流を促進し、認知機能の低下を抑える可能性が高い。具体的には速歩、ジョギング、水泳、サイクリングなどを合計で週150分前後行うことが推奨される。ランセット委員会やWHOのガイドラインも身体活動の重要性を指摘している。

  2. バランスの取れた食事を習慣化する
    地中海式やMINDダイエットに含まれる、野菜・果物・全粒穀物・魚・オリーブオイル・ナッツの摂取は認知機能維持に寄与するというエビデンスがある。逆に、加工食品や過剰な飽和脂肪・糖分の摂取はリスクとなる可能性がある。食事は単独で魔法の効果を発揮するわけではないが、他の対策と組み合わせることで効果を高める。

  3. 社会参加とコミュニケーションを日常に取り入れる
    社会的孤立や低頻度の対人交流は認知症リスクと関連する。地域活動や趣味、ボランティア、家族・友人との会話など、意図的に社会的結びつきを保つことが長期的に有益である。ランセット委員会は「社会的参加」を修正可能なリスク因子として位置づけている。


適度な有酸素運動(週3〜5回)

運動の具体的な推奨は次の通りである。中等度の有酸素運動を1回30〜50分、週3〜5回(総計で週150分前後)を目安に行う。運動は以下のメカニズムで脳を保護する可能性がある。全身性の血流改善、酸化ストレスの低減、神経栄養因子(BDNFなど)の増加、インスリン感受性の改善、慢性炎症の抑制。高強度インターバルトレーニングや筋力トレーニングの併用も有益で、特に筋力低下は転倒・運動機能低下につながるため注意が必要である。臨床試験は様々だが、頻度と継続が鍵である。


バランスの取れた食事

食生活は認知症リスクに強く関連する。推奨される要素は以下である。野菜・果物を中心に、魚やナッツを定期的に摂取し、飽和脂肪・加工肉・過剰な糖質を避けること。地中海食やMINDダイエットは観察研究や介入研究で良好な認知機能・遅延効果を示唆している。さらに中年期の肥満や糖代謝異常は後年の認知リスクを上げるため、体重管理と栄養バランスを長期的に維持することが重要である。


社会参加とコミュニケーション

孤立や社会接触の頻度低下は認知症リスク要因として繰り返し報告されている。地域活動、趣味、学習サークル、ボランティア、職場での交流などは認知的負荷と社会的刺激を提供し、認知リザーブ(脳の予備力)を高めると考えられる。特に高齢期においては、移動支援やデジタル技術を活用した遠隔コミュニケーションの導入が孤立防止に寄与する。


血管の健康を維持する — 「心臓に良いことは脳にも良い」

高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙は脳血管障害を通じて認知機能低下を招く主要因である。中年期からの血圧管理、血糖コントロール、脂質管理、禁煙は脳の微小血管病変や梗塞を減らし、認知症リスクを低減する可能性がある。臨床的には、適切な薬物療法と生活習慣改善の両面から管理することが重要である。国内外のガイドラインは「心血管リスク管理が認知症予防に直結する」と明示している。


生活習慣病の管理

糖尿病や脂質異常症、肥満は認知症リスクと関連する。特に糖尿病は血糖変動や慢性的な高血糖による血管障害・神経損傷を引き起こし、認知機能低下を促進する。これらの疾患は薬物療法のみでなく、食事・運動・体重管理・禁煙など包括的な介入で管理することが必要である。一次予防(発症前の対策)と二次予防(疾患管理での重症化予防)の両方が認知症への波及を抑える。


見落としがちな予防ポイント

認知症予防で見落とされやすい項目を挙げる。

  • 難聴の放置: 中等度以上の難聴は認知症リスクの独立した因子とされ、補聴器装用によるリスク低減の可能性が議論されている。近年の大規模コホートでも難聴は長期的な認知低下と関連が示されているため、聴力検査と適切な補聴器・治療は重要である。

  • 視力低下: 2024年のランセット系の更新では「未治療の視覚障害」もリスクに追加されており、眼科受診・適切な補正が推奨される。

  • 睡眠障害: 睡眠の質や睡眠時無呼吸症候群は認知機能に影響するため、評価と治療が望ましい。

  • うつ・孤立・教育機会: 若年期からの教育・終生学習の促進、精神健康のケアは長期的なリスク低減に寄与する。


難聴のケア

難聴は認知症の重要なモディファイアブル(修正可能)因子である。疫学研究は難聴の程度に応じて認知症リスクが増加することを示しており、補聴器や環境整備による聴覚支援は社会的交流を維持し、認知的負荷を下げる可能性がある。補聴器の普及率が低い国や地域では公的支援や診療連携が必要である。最近の臨床研究は補聴器装用が認知低下を遅らせるかどうかについて議論が続いているが、放置しないこと自体が推奨される。


良質な睡眠

良好な睡眠は認知機能保持に重要である。睡眠中に脳内で老廃物の排泄が行われるという仮説(グリンパティック系の働き)が近年注目されており、慢性的な睡眠不足や断続的な覚醒は認知機能に悪影響を及ぼす可能性がある。睡眠時無呼吸症候群(SAS)は心血管リスクと同様に認知リスクとなるため、スクリーニングと治療(CPAPなど)が推奨される。


知的活動

読書、楽器、語学学習、パズル、ボランティア活動などの知的活動は認知予備力(cognitive reserve)を高め、認知症の臨床的発現を遅らせうる。ランセット委員会は教育の重要性を強調しており、終生学習は中高年以降においても有益と評価される。知的活動は単独で完全な予防をもたらすわけではないが、他の生活習慣と組み合わせることで相乗効果が期待できる。


認知症は「誰もがなりうるもの」

認知症のリスクは年齢とともに増加するため「誰もがなりうる」可能性を持つ。これはスティグマ(差別・烙印)を生む一方で、普遍的な予防・支援策の正当性を示す。早期発見や診断、コミュニティレベルの支援、認知症フレンドリーな社会設計は個人だけでなく社会全体の負担軽減につながる。近年の薬剤承認(βアミロイドを標的とする薬剤など)は臨床の選択肢を増やしたが、副作用と適用制限があるため、公衆衛生としての予防努力は依然として最重要である。


今後の展望

今後の研究と政策は以下を軸に進展する見込みである。早期バイオマーカーによるリスク層別化、病態修飾薬のさらなる評価、公衆衛生的介入(運動・栄養・教育・聴覚・視覚・睡眠対策)の大規模実装、地域包括ケアとデジタル技術の活用である。最新の報告は14の修正可能リスク因子を総合的に対処すれば世界の認知症ケースの約45%が予防・遅延可能であると示唆しており(ランセット系の追加入力)、国レベルでの戦略実装と費用対効果の評価が急務である。政策面では、予防に注力した健康教育、地域支援、医療・福祉の連携強化が求められる。


参考(主な根拠・データソース)
  • Lancet Commission: Dementia prevention, intervention, and care(2020)及びその後の更新。修正可能なリスク因子と対策の総括。

  • World Health Organization: 認知症リスク低減ガイドライン。

  • 日本に関する公的推計・レビュー(国や学術機関の政策レビューおよび報道)。

  • 難聴と認知症の疫学研究およびコホート研究(Lancet系列の研究や最近の大規模コホート)。


まとめ(要点整理)
  1. 認知症を完全に防ぐ確実な方法はないが、複数の修正可能なリスク要因を生涯にわたって管理することで発症を遅延・減少させることが可能である。

  2. 有効な対策は「身体活動」「食事」「心血管リスク管理」「感覚のケア(聴覚・視覚)」「社会参加」「良好な睡眠」「精神健康の維持」など多面的である。

  3. 日本は高齢化の進展により認知症の社会的負担が増大しており、国・自治体による予防・診療・支援政策の強化が不可欠である。


追記:生活スタイル別の「取り入れやすい具体的アクションプラン」

以下は、日常の食事、運動、睡眠、社会活動、医療管理といった生活スタイル別に「最も取り入れやすい」具体的行動計画を提示する。個々の健康状態や環境に応じて調整することを前提としているが、容易に実行できる小さな変化を積み重ねることで長期的な効果が期待できる。

1) 食事(毎日の台所でできること)

  • 目標:1食ごとに野菜を一皿(副菜)加える、週に2〜3回は魚を主菜にする。

  • 朝食:全粒パンまたは雑穀入りご飯、卵、野菜(トマトやほうれん草)、果物少量。簡単に作れるので継続しやすい。

  • 昼食:弁当を作る場合は緑黄色野菜を1品、豆製品(納豆・豆腐)を加える。外食の場合はサラダや副菜を追加する習慣をつける。

  • 夕食:白米中心になりがちな場合、雑穀を混ぜるか玄米を一部取り入れる。魚を焼いたり煮たりするレシピを2〜3種類用意してローテーションする。

  • 間食:ナッツ少量やヨーグルト、果物にする。加工菓子・清涼飲料を減らす工夫として、「毎日食べる場所に果物を見える場所に置く」などの環境調整を行う。

  • 料理の工夫:週末に野菜をまとめて切り、冷凍しておく、簡単調理の和食レシピを3つ覚えるなどで平日のハードルを下げる。

  • 減塩・油の質:調味料を減らす代わりにだしやハーブを使う。油はオリーブ油や魚の不飽和脂肪を意識する。

2) 運動(忙しくても続けられるプラン)

  • 目標:中等度の運動を週150分、週3〜5回を目標にする。

  • 朝の習慣:通勤・買い物での歩行速度を少し上げる(速歩)、エレベーターではなく可能な範囲で階段を使う。毎朝10分のウォーキングから始め、慣れたら30分に増やす。

  • 昼休み:昼休みに10〜20分歩く「散歩習慣」を作る。歩数計やスマホの歩数カウントを活用して小さな達成感を得る。

  • 家での運動:テレビを見ながら立って足踏み、スクワット10回×2セット、ストレッチを実施。オンラインの短時間エクササイズ動画を活用する。

  • 週末:公園でのウォーキング、サイクリング、プールでの軽い泳ぎを取り入れる。友人や家族と運動することで継続性が上がる。

  • 筋力トレーニング:週2回、軽いダンベルや自重トレで下肢筋力を維持する。転倒予防にも有効である。

3) 睡眠(質を上げる小さな習慣)

  • 目標:毎晩7時間前後の睡眠を確保し、就寝〜覚醒時間を一定にする。

  • 睡眠環境:寝室を暗く静かにして電子機器を寝る30分前から遠ざける。寝具の快適性を見直す。

  • 就寝習慣:就寝前にスマホや強い光を避け、読書や軽いストレッチ、深呼吸でリラックスする。カフェインは夕方以降避ける。

  • 睡眠障害が疑われる場合:いびきや日中の強い眠気があれば医療機関での評価(睡眠時無呼吸症候群の検査)を検討する。CPAPなどの治療が有効な場合がある。

4) 社会参加・知的活動(認知を鍛える具体策)

  • 目標:週に1回以上の社会的活動、毎日15〜30分の脳トレ的な習慣。

  • 日常:地域のサークル、趣味の教室、ボランティアに参加する。最初は月1回でも構わないが、継続を目指す。

  • 家庭で:家族や友人と定期的に会話の時間を設ける。食卓での会話を増やす、週に1回は家族で散歩をするなど。

  • 知的刺激:読書、楽器演奏、語学学習、クロスワード、プログラミング入門など新しい技能習得に挑戦する。学習は小分けにして継続しやすくする。

  • デジタル活用:遠方の家族とはテレビ電話で会話をする、オンライン講座を活用して新しい知識に触れる。

5) 感覚ケア(難聴・視力)

  • 年1回を目安に聴力・視力のチェックを入れる。難聴があれば補聴器の相談、視力低下があれば眼科受診と適切な矯正を行う。

  • 聴覚・視覚に関する問題は早期に対応することで社会参加を維持しやすくなるため、自己判断で放置しないことが重要である。補助具や環境調整(騒音の少ない場所での会話、字幕利用など)を日常的に取り入れる。

6) 生活習慣病・定期検査(医療と連携する)

  • 年1回の健康診断を欠かさない。特に血圧、血糖、脂質を定期的に確認する。異常が見つかれば生活指導と必要な薬物治療を速やかに開始する。

  • 喫煙者は禁煙プログラムを活用する。禁煙は短期的に心血管リスクを下げ、中長期的には認知リスクの低減にも寄与する。

  • 医療機関での相談:気になる記憶障害や日常生活の障害が出現した場合、早期受診を推奨する。早期診断は介入の選択肢を増やし、家族支援やケア計画の準備時間を確保する。

7) メンタルヘルス・ストレス対策

  • 日常的なストレス管理(深呼吸、マインドフルネス、趣味時間の確保)を行う。うつ症状や強い不安がある場合は専門医療の相談を行う。精神的健康は認知機能にも直結する。

8) 継続しやすい「小さな目標設定」と記録

  • 継続のコツは「小さく始める」こと。1日10分のウォーキング、夕食に野菜を1品追加する、週1回の友人との電話など達成可能な目標を設定する。

  • 達成状況は手帳やアプリで記録し、月ごとに振り返る。家族や友人と進捗を共有するとモチベーション維持につながる。

9) 地域資源の活用

  • 地域包括支援センターや保健所、自治体の介護予防プログラム、シルバー人材センター、健康教室などを活用する。自治体主催の運動プログラムや講座は費用面・継続性の点で有利である場合が多い。

実行のロードマップ(最初の3ヶ月)

  • 1週目:健康診断の予定確認・遠方ならオンラインで予約。毎朝10分の散歩を始める。週に1〜2回、野菜中心の夕食を作る。

  • 2〜4週目:ウォーキングを週3回・1回20分に増やす。週末に30分の新しい趣味(図書館での本選び、地域講座の見学)を体験する。睡眠の就寝時間を30分前倒しして固定する。

  • 2ヶ月目:聴力や視力に不安があれば検査予約。食事の棚卸し(加工食品の比率を減らす)を実施。筋力トレを週1回導入。

  • 3ヶ月目:運動・食事・睡眠・社会参加の習慣を並行して継続し、記録を振り返る。必要なら医療機関と薬物管理や生活習慣改善の方針を相談する。


効果は短期で劇的に現れるものではないが、継続による累積的な利益が期待できる。個々の介入は互いに補完し合い、たとえば運動が睡眠を改善し、睡眠改善が認知機能の保全に寄与するなどの相乗効果がある。行政・医療・地域社会の連携と個人の日常的な取り組みの双方がそろって初めて、社会全体として認知症負荷を低減できる。最後に、すべての人にとって重要なのは「できることを始める」ことであり、小さな一歩の積み重ねが将来の大きな違いを生むという点である。

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