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コラム:米国の学校におけるスマートフォン規制の経緯、背景、問題点

米国の学校におけるスマートフォン規制は学習環境の改善、メンタルヘルスの保護、安全確保といった観点から進められてきたが、その背景には学力低下や社会不安、家庭の期待など複雑な要因が存在する。
スマートフォンを使う子供(Getty Images)
1. 時代の変化

21世紀初頭、携帯電話は主に通話や簡単なテキストメッセージのやり取りに用いられる程度であり、学校生活において大きな存在感を示してはいなかった。しかし2007年のiPhone発売以降、スマートフォンは急速に普及し、米国の若者の生活スタイルを大きく変えていった。インターネット接続、SNS、ゲーム、動画視聴といった機能が一つに集約され、スマートフォンは学業や交友関係だけでなく、自己表現や情報収集の中心的ツールとなった。その結果、学校現場でも生徒が常時スマートフォンを所持し、授業中に利用することが日常化するようになった。

この現象に対して、学校関係者や保護者は当初「便利さ」と「リスク」の両面を意識していた。緊急時に子どもと連絡が取れるという安心感がある一方で、学習への集中力低下、SNSを通じた「いじめ」、違法・有害情報への接触などの弊害も懸念された。こうした二面性が、米国におけるスマートフォン規制議論の出発点となった。


2. 規制の初期段階――2010年代前半

2010年代前半、多くの学校ではスマートフォン利用に関する明確なルールが整備されていなかった。教師が個別に注意するか、学校が校則レベルで「授業中の使用禁止」とする程度であり、取り締まりも徹底していなかった。ところが、スマートフォンを用いたカンニングや盗撮、授業妨害が増加し、さらにSNS上でのサイバーいじめが深刻化したことで、学校単位の対応が限界に達した。

また2012年頃から、教育学者や心理学者が「スマートフォン依存が学力や認知能力に悪影響を与える」と警鐘を鳴らす研究を発表するようになり、議論が広がった。ある研究では、授業中にスマートフォンを使う生徒は、使わない生徒に比べてテスト成績が顕著に低いことが示され、学校関係者は科学的根拠をもとに規制強化を検討するようになった。


3. 大規模な規制の進展――2010年代後半

2010年代後半になると、米国各地でスマートフォン規制の動きが本格化する。特に注目されたのはニューヨーク市の取り組みである。ニューヨークでは2000年代から携帯電話の校内持ち込みを禁止していたが、実際には保護者が強く反発し、ルールが形骸化していた。2015年に市長が禁止を撤廃した後も、学校ごとに独自の規制が試みられた。たとえば、授業中にスマートフォンを使用する場合は教員の許可が必要とするルールや、昼食時間や放課後に限って使用を認める制度などが導入された。

さらに、ロサンゼルスやサンフランシスコといった大都市の学区では「授業中完全禁止」を掲げる方針を打ち出し、専用のロッカーやポーチにスマートフォンを預けさせる仕組みを採用する学校も現れた。代表的なのが「ヨンダー(Yondr)」という布製のロックポーチで、生徒がスマートフォンを入れると磁気ロックがかかり、教師や管理者の解除器具がない限り開けられない仕組みだ。こうした技術的対応によって、物理的に利用を制限する動きが広がった。


4. 新型コロナウイルスと規制議論の逆流

2020年、新型コロナウイルスの世界的流行により、米国の学校は一時的に閉鎖され、多くの授業がオンライン化した。この時期、スマートフォンやタブレットは学習に不可欠なツールとなり、生徒がデジタル機器に依存する傾向はさらに強まった。教師と生徒がアプリやSNSを通じて課題を共有したり、動画通話で授業を行ったりすることは、教育の継続に必要不可欠だった。

しかしこの経験は皮肉なことに、規制議論を再燃させる要因ともなった。学校再開後、生徒たちはパンデミック期に習慣化した「常時スマートフォン利用」を続け、対面授業でも集中力を欠く様子が顕著に観察された。教師からは「授業に戻れない」「学習意欲が低下した」との声が相次ぎ、スマートフォンが教育における阻害要因として再び問題視されるようになった。


5. 背景にある社会的要因

スマートフォン規制が加速する背景には、いくつかの社会的要因がある。

第一に、学力低下への危機感である。全米教育進捗調査(NAEP)や州ごとの学力テストで、生徒の読解力や数学力が低下傾向にあることが報告されている。その原因の一部として「デジタル機器による注意力分散」が指摘され、保護者や教育委員会が規制を支持するようになった。

第二に、メンタルヘルス問題の深刻化である。疾病対策センター(CDC)の調査によると、10代の若者における不安症や抑うつ症状は2010年代以降急増しており、その一因としてSNS利用が関与しているとされる。特にインスタグラムやティックトックの利用が、若者の自己肯定感の低下やいじめの温床となっている点が問題視されている。学校現場はこうしたリスクから生徒を守るため、スマートフォン利用を制限する動きを強めている。

第三に、安全保障上の懸念もある。米国では学校での銃乱射事件が頻発しており、保護者は子どもと即時に連絡を取れる手段を求める一方で、当局は緊急時の混乱を避けるためスマートフォン使用を制限したいと考える。このジレンマは規制議論を複雑にしている。


6. 規制の具体的な方法

現在、米国の学校で採用されている規制方法は多様である。

  1. 授業中禁止型
    授業中のみスマートフォンを使用禁止とし、休み時間や昼食時は使用を認める方式。比較的柔軟だが、教師の監督負担が大きい。

  2. 全面禁止型
    登校から下校までスマートフォンを一切使用させず、ロッカーやポーチに保管させる方式。効果は高いが、生徒や保護者からの反発も強い。

  3. 選択的使用型
    教育目的に限って使用を認める方式。たとえば調べ学習やデジタル教材の閲覧に限って解禁するが、境界が曖昧で運用が難しい。

  4. 技術的制御型
    ヨンダーのような専用ポーチや、校内Wi-Fiの接続制限、アプリブロックなどを組み合わせる方法。物理的・技術的に制御することで教師の負担を軽減できるが、コストがかかる。


7. 問題点と批判

規制には一定の効果がある一方で、多くの問題点も指摘されている。

第一に、生徒の自主性や権利の制約という問題である。高校生以上になると、スマートフォンは単なる娯楽道具ではなく、学習やアルバイト、家庭の事情への対応など生活必需品となっている。全面的な禁止は生徒の自由を過度に制限するとの批判がある。

第二に、社会的格差の拡大である。裕福な家庭ではスマートフォン以外にタブレットやパソコンを持たせることができるが、貧困層ではスマートフォンが唯一のデジタル学習ツールである場合が多い。そのため、スマートフォン規制が教育格差を広げる可能性がある。

第三に、実効性の問題である。生徒が隠れてスマートフォンを使用する「抜け道」を完全に防ぐことは困難であり、規制がかえって教師と生徒の対立を深めることもある。さらに、学校外では生徒が制限なくスマートフォンを利用するため、規制だけでは根本的な依存傾向を改善できないとの指摘もある。

第四に、緊急時対応の懸念がある。学校で事件や事故が発生した際、スマートフォンを持つ生徒が即時に通報したり情報を拡散したりすることが、被害の軽減に役立った事例もある。したがって、全面禁止は安全面で逆効果となり得る。


8. 今後の展望

今後の米国におけるスマートフォン規制は、「全面禁止」から「適切な利用の指導」へとシフトしていく可能性が高い。すでに一部の教育委員会では「デジタル・シチズンシップ教育」を導入し、生徒にスマートフォンの健全な使い方を教える試みが進んでいる。これは、単純な禁止ではなく、情報リテラシーや自己管理能力を育むことを重視するアプローチである。

また、技術の進歩によって教育向けアプリや学習管理システムが普及すれば、スマートフォンは「規制の対象」から「学習のツール」へと再評価される可能性もある。ただし、そのためには教師が適切に活用できる研修や教材開発が不可欠であり、教育政策レベルでの投資が求められる。


9. 結論

米国の学校におけるスマートフォン規制は学習環境の改善、メンタルヘルスの保護、安全確保といった観点から進められてきたが、その背景には学力低下や社会不安、家庭の期待など複雑な要因が存在する。規制は一定の効果を持つものの、権利制約や教育格差といった問題点も孕んでおり、単純な解決策は存在しない。結局のところ、スマートフォンは現代社会で不可欠な道具である以上、学校における最終的な課題は「禁止」ではなく「適切な利用をどう教えるか」という教育的取り組みに収斂していくと考えられる。

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