コラム:米ロ核実験再開、新たな核軍拡競争の可能性
米国の核実験再開指示は国際安全保障にとって重大な転換点の可能性を孕んでいる。
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現状(2025年11月現在)
2025年10月末、米国のドナルド・トランプ大統領が「核実験の再開を命じる」旨を表明して以降、核実験の再開を巡る国際的緊張が急速に高まっている。米政府はその後、直ちに“爆発的核実験そのもの”を行う旨の最終実行を宣言しているわけではないが、実験再開に向けた準備や手続きを「直ちに再開」するよう国防・エネルギー当局に指示したと伝えられている。これに対し、国際機関や主要核保有国は懸念と反発を示しており、ロシアは報復的措置を示唆し、中国も慎重かつ強い懸念を表明している。国際的な監視体制であるCTBTO(包括的核実験禁止条約機関)は、核爆発は即座に検知可能であり、あらゆる爆発的核実験は国際的非難を招くと警告している。主要報道ではトランプ大統領の一報は2025年10月30日のSNS投稿(同日、釜山で行われた習近平との会合の直前)に端を発すると報じられており、その政治的意図と実効性を専門家が分析している。
アメリカの動向(政策・技術面)
米国では1980年代末〜1992年以降、地上での核実験は行われていない(1992年以降の実施停止)。代わりにサブクリティカル実験やコンピュータによるシミュレーション、核兵器寿命管理(Life Extension Program)などで戦力の維持を図ってきた。だがトランプ政権(再選政権)は「他国と対等の能力を確保する」必要性を強調し、物理的核実験とそれに準ずる施設・手続きを再稼働させる指示を出した。技術的には、瞬時の「実爆発」を行うためにはDOE(エネルギー省)傘下の研究所(ロスアラモス、ローレンス・リバモア等)や顕著な設備、核材料、安全手順、周辺の法的・環境的承認が必要であり、これには一定の準備期間が必要である。専門家の多数は、現時点で米国の戦略核弾頭ストックはコンピュータシミュレーションとサブクリティカル実験で維持可能であり、即時の爆発実験に技術的必要性は薄いと指摘している(専門機関の分析を参照)。
トランプ米大統領による再開指示(2025年10月末)
トランプ大統領は2025年10月末、SNSプラットフォーム上および公的発言を通じて「米国はロシアや中国に対して対等に対応するため、核実験の再開を直ちに命じる」と表明した。発言の伝達経路は一部がSNS投稿であり、これに対してペンタゴンやエネルギー省は「具体的手続きと評価をすぐに開始する」旨を公表した。報道によると、この表明は釜山での習近平主席との会談を前に行われ、外交的なショックを与える意図、交渉におけるカード作りや威嚇の意図が含まれていると見られている。大統領の声明は短時間で国際世論を刺激し、各国の警戒を喚起した。
狙いと真意(政治的・戦略的意図の分析)
表面的な狙いは「中国・ロシアと‘対等’に振る舞う」というメッセージ送付である。これには以下の複合的意図があると分析される。
抑止力の誇示:国際舞台で米国の軍事的優位を誇示し、同盟国に対する保証を強化する。特に東アジア(日本、韓国)やNATO同盟への安全保障上のシグナル送付が明白である。
交渉上のカード作り:軍備管理や経済交渉、貿易・同盟関連で有利な条件を引き出すためのブラフ(威嚇)としての利用。実際、釜山での中国側との会談直前に行われたため、交渉圧力をかける意図がうかがえる。
国内政治向けアピール:有権者層に対して強硬姿勢をアピールし、支持基盤の結集を図る。特に一部保守派や軍産複合体との関係強化を狙う可能性がある。
技術・産業再活性化の契機:核関連施設や研究・製造の再活性化を通じた雇用創出、産業政策への波及効果を期待している可能性がある。
ただし、専門家の多くは「真意は政治的なブラフと実務的検討の混合であり、即時の爆発的テスト実施には技術的・外交的コストが大きい」と警告している。
中国やロシアを牽制する意図
米国の声明は明確に中国とロシアに対する牽制の意味を含んでいる。トランプ大統領は声明で「他国がテストを行うなら米国は同等に行う」と示唆し、これは相手国に対する“抑止的威嚇”である。だが歴史的に中国とロシアは、それぞれの政治的計算の下で核実験を抑制してきた。1960〜1990年代の大量実験の時代とは異なり、現在の核実験は国際的孤立や経済的・技術的負担を招く。中国は公式には慎重な姿勢を取るだろうが、ロシアは米国の動きに対応して迅速に軍事的・外交的手を打つ可能性が高い。実際、ロシア側は米国の動きに警戒を示し、報復的措置や自国側の準備を示唆している。
国内の反応(米国)
米国内では賛否が分かれている。与党支持者や一部の安全保障強硬派、軍需産業関係者は「抑止力維持のため不可欠」として支持を示す。一方で、軍事・核科学の専門家、非拡散団体、人権・環境団体は強い反対を表明している。専門家の指摘は主に次の通りである。
技術的必要性の欠如:既存のシミュレーションと非爆発的試験で弾頭の信頼性は維持可能であり、実爆発は不要であるという指摘。
法的・監督上の問題:大統領権限で即時に実爆発を行うことの合法性や、議会・市民社会のチェックが不十分である点に対する懸念。
環境・健康への影響:放射性物質の放出や周辺コミュニティへの影響に関する懸念。これらは大規模な反対運動や法的争訟を引き起こす可能性がある。
メディア報道はセンセーショナルな面もあるが、専門機関は冷静なリスク評価を求めている。
ロシアの動向
ロシア政府は米国の動きを受けて、動揺と怒りを示している。モスクワは即時の実験再開を直ちに行うとは明言していないが、同等措置の準備を指示し、外交的・軍事的圧力を強める可能性を示唆している。報道・分析では、プーチン政権は以下の選択肢を持つと見られている。
表面的な強硬姿勢の表明(声明での非難、外交的圧力)
技術的準備の指示(研究所の規模拡大、検査・再開手続きの準備)
実験再開の脅し(条件が整えば実施すると表明)
軍事行動の拡大や他分野での対抗措置(戦略的な巡航ミサイル・水上・潜水艇兵器の動員等)
国際的にロシアは「米国の行動が信頼醸成措置を破壊する」と主張し、核軍備管理体制の脆弱化を批判している。
プーチン大統領の対抗措置示唆
報道では、プーチン大統領は必要に応じて「対抗措置」を示唆したと伝えられている。具体的には、ロシア国内での核関連研究・実験の再開に向けた法的・技術的準備の指示、そして新たな軍備配備や訓練の活発化である。さらに、プーチン政権は新STARTの一時的延長提案や、代替的な二国間枠組みの提案を示すことで、相手の責任を問いつつ自国の立場を守ろうとしている。ロシアは既に2019〜2023年の間に一部条約検査体制を停止しており、信頼醸成の基盤は脆弱になっている。
関係機関への指示(米国内部)
トランプ大統領の指示を受け、国防総省(ペンタゴン)とエネルギー省(DOE)傘下の核研究機関は、実験再開の法的手続き・安全性評価・環境影響評価・国際義務の確認などの検討を急いでいる。DOE研究所は技術的能力と設備の点検を開始し、必要な補修や復旧作業を行っている。加えて、国防総省は核抑止の運用手順や配備計画の見直しを行っている。だが、これらは短期で完了するものではなく、数か月〜数年規模の準備が必要になるとの見方が有力だ。専門家は、実際の核実験を行えば国際監視によって速やかに検知され、大きな外交的コストが生じると指摘している。
CTBTへの姿勢(包括的核実験禁止条約)
米国はCTBTを署名しているが、上院での批准は行っておらず事実上「署名はあるが未批准」の立場である。トランプ政権の指示はCTBTの精神を覆すもので、国際社会からは強い非難が出ている。CTBTO事務局は、爆発的核実験が行われれば直ちに検知される体制を維持しており、実験の検知と報告についての警告を発した。CTBTの法的拘束力は批准国の数に依存するため、米国が実際に実験を再開した場合、国際的な核不拡散・非実験の常識は後退する可能性がある。国際社会の懸念は、CTBTの普遍化努力と国際的合意の後退につながる点にある。
国際的な懸念
主要国と国際機関は次の点で懸念を表明している。
軍拡競争の再燃:米国の行動は他国の追随を誘発し、検証可能な軍備管理体制の後退を招く。
核不拡散への逆行:核実験再開は核拡散抑止の努力を損ない、第三国(地域大国や非国家主体)による核武装動機を高める可能性がある。
安全保障の不安定化:透明性と検証の手段が弱まる中、誤算や誤認が増え、偶発的核衝突のリスクが高まる。
人道的・環境問題:爆発的実験は放射線被害・環境汚染の懸念を再燃させる。
国際世論は概して否定的であり、CTBTOや複数の国際専門機関が外交的解決と軍備管理対話の必要性を訴えている。
新たな核軍拡競争の可能性
米国が実験再開を実行すれば、短期的にはロシア・中国が対抗措置や自身の研究・配備を加速させるだろう。その結果、以下が想定される。
検証困難な新型弾頭・配備の増加:新しい弾頭設計が実用化されれば、配備競争が活発化する。
戦術核や低当量核の拡散リスク:戦術核の開発や運用概念の変化が引き起こされる。
ミサイル防衛・宇宙軍備との差の進化:戦略兵器を補完するミサイル防衛や宇宙資産の拡張が進む。
地域的核緊張の増加:東アジア・中東などの地域で安全保障の再評価が行われ、核拡散の圧力が高まる。
専門家は、核実験再開が長期的に安全保障の安定を低下させると警告している。
新戦略兵器削減条約(新START)の期限(2026年2月)と影響
新STARTは当初2011年発効で、双方の配備上限(展開核弾頭と配備可能発射体)や査察・データ交換などの透明性措置を定めた。2026年2月には現行の期限(5年間延長の可否や再交渉を含む)が迫っており、条約の失効は米露間の最後の主要な軍備管理枠組みの喪失を意味する。両国は以前から延長や再交渉の可能性について議論してきたが、今回の米国の核実験再開指示は条約延長や協議を一層難しくする。条約が失効すれば、査察が停止し配備の透明性が低下、両国は戦略核配備の自由度を増す可能性が高い。専門誌・研究機関は、条約の期限管理と代替メカニズムの構築が不可欠だと指摘している。
問題点(法的・政治的・技術的観点)
国際法・条約との齟齬:CTBT未批准の米国が実際に実験を再開すれば、国際的信頼は致命的に損なわれる。
技術的コストと安全性:実爆発は周辺環境への影響と高度な安全管理を要するため、膨大なコストと時間がかかる。
検証と相互不信:検証手段があるとはいえ、実験再開は相手国の反応を招き、誤算リスクを上げる。
国内政治の分断:米国内の政治的分断が安全保障政策の一貫性を損なう可能性がある。
長期的非拡散努力の破壊:核不拡散体制(NPTやCTBTの普遍化)に対する打撃は、将来の拡散を誘発するリスクがある。
これらの問題点は単独ではなく複合的に影響し合い、国際安全保障の不確実性を増す。
今後の展望(短期〜中長期のシナリオ別分析)
今後の展開は複数のシナリオで考えられる。主なシナリオとその示唆は次の通りだ。
実験“ブラフ”シナリオ(低確率高被害):トランプ政権が実際の爆発実験には踏み切らず、技術的準備と政治的威嚇だけで目的を達成する。短期的な緊張は生じるが長期的な競争激化は限定的である。ただし、相手国がこれを信用せず軍拡を加速する可能性も残る。
段階的“限定的”再開シナリオ:サブクリティカル実験や「非爆発的」な実験(非核爆発)を拡大して技術的データを収集する方向。国際的非難は出るが、爆発的実験に比べると衝撃は小さい。しかし、これも軍拡の誘因になる。
全面的再開シナリオ(最悪):米国が実爆発を実施し、ロシア・中国が追随することで新たな核実験時代が再燃する。長期的に核軍拡競争が激化し、NPT体制や核不拡散努力が大きく損なわれる。国際的孤立・経済制裁・環境被害など多面的コストが発生する。
軍備管理復元シナリオ:国際的圧力と外交努力により米露中を含む主要国が対話に復帰し、新たな透明性措置や限定的合意で緊張を緩和する。これは最も望ましいが、実現には強い外交的リーダーシップと相互信頼構築が必要である。
専門家・メディアの評価(要点)
国際戦略研究所(IISS)やチャタムハウス、CSISなどのシンクタンクは、米国の核実験再開表明は「戦略的シグナル」であり、実行には多くの障害があると分析している。彼らはまた、軍備管理枠組みの脆弱化を警告している。
ジャーナリズム(Reuters、Al Jazeera、The Guardianなど)は声明の時系列と外交的影響を報じ、CTBTOは実験の即時検知と国際的な不利益を警告している。
核科学・軍事専門家は、技術的に現行のストック維持は可能であり、実爆発は科学的必要性より政治的意図が強いと指摘している。これが誤った政策決定につながるリスクを警告している。
結論:抑制と対話の必要性
2025年11月時点で、米国の核実験再開指示は国際安全保障にとって重大な転換点の可能性を孕んでいる。実際の爆発的核実験が行われれば、核軍拡競争は激化し、CTBTやNPTなど核不拡散体制は重大な打撃を受ける。現実的に最も望ましい道は、米露中を含む主要核保有国が緊張緩和に向けた対話に復帰し、透明性と検証の枠組みを再構築することである。そのためには外交的な努力、議会と市民社会の関与、専門家コミュニティの冷静な分析が不可欠である。
主要参考資料
・CTBTO/Reuters報告
・IISS分析
・Chatham House報告
・Arms Control AssociationとRUSIの新START関連記事
・CSISの技術分析、The BulletinおよびJust Securityのコメンタリー等)
