コラム:トランプ関税の影響を受ける国、受けない国
直接的に最も影響を受けるのは中国、EU、北米近隣国(カナダ・メキシコ)、および米向け製造輸出の大きいアジア諸国である。

第2次トランプ政権は就任後、関税政策を再び積極的に活用している。ホワイトハウスのファクトシートや関連省庁の発表によると、鉄鋼・アルミニウムに関するセクション232を再適用・引き上げし、中国をはじめとする一定輸入品目にはセクション301相当の制裁関税を増やす方針を公表している。その中には「一般的な除外措置の廃止」「下流製品への適用拡大」などが含まれる。
トランプ関税の経緯(第1次政権〜現時点まで)
2018年の第1次トランプ政権では、国家安全保障を理由に鉄鋼25%、アルミ10%の関税(セクション232)を発動し、同時期に中国を標的とするセクション301を通じて段階的に多額の追加関税を課した。これに対して中国やEU、カナダ、メキシコなどは報復関税を課し、米中の大規模な関税戦争に発展した。学術研究や米国の調査機関(USITC)報告は、これらの関税が一定の輸入削減と国内価格上昇をもたらしたが、国内消費者・企業のコスト上昇やサプライチェーンの混乱も引き起こしたと結論づけている。第2次政権では、これらのツールを「再活用・強化」する方針が示され、除外の縮小・対象品目の拡大・執行強化が進んでいる。
主な問題点(政策面・経済面・政治面)
対内外の逆効果リスク:関税は輸入品価格を引き上げ、国内インフレ圧力を強める。米国の最終消費者や中間投入材を使う企業にコスト転嫁が起き、結果として経済成長や雇用にマイナス影響を及ぼす可能性がある。IMFやNBERなどの分析は、関税は貿易の再配分や短期の雇用創出をもたらす一方、消費者負担増や総需要の縮小でマクロ的にはマイナス効果を及ぼすと指摘している。
報復・貿易戦争の拡大:対象国の報復関税は特定産業(農産物、自動車部品、製造業サプライヤー等)に重くのしかかる。報復の拡大は多国間貿易の不確実性を高め、長期の国際分業を損なう。WTO紛争処理や二国間交渉が活発化するが、解決には時間がかかる。
サプライチェーンの再編コスト:企業は「中国+1」や東南アジアへの移転を進めるが、短期的には設備投資・物流コスト・品質管理の負担が増える。世界銀行の報告は、それでも中国の重要性は依然高く、完全な代替は難しいと指摘している。
国際ルールとの摩擦:関税を安全保障(セクション232)や知的財産侵害(セクション301)を理由に課すことは、WTO上の法的争点を生む。さらに米国がWTO上級委員の任命を妨げた歴史もあり、紛争解決の制度的有効性が問われる。
影響を受ける国(直接被害が大きい国・地域)
以下は「第2次トランプ関税」が直接・大きくダメージを受ける可能性の高い国・地域のグルーピングと理由である。被害度合いは関税率、対米輸出規模、報復余地、国内の外需依存度によって判断する。
A. 中国(最も大きく影響を受ける国の一つ)
理由:第1次政権でのセクション301の主要対象は中国であり、輸出総額・品目幅ともに大きい。2025年にかけても米国は中国製品への高関税を維持・拡大する方針を示しており、直接輸出減少やサプライチェーンからの排除圧力に直面する。学術研究は、関税によって中国からの輸入シェアが低下したものの、完全代替は進まず中国のサプライチェーン上での優位は残っていると報告している。
B. EU(欧州連合)
理由:鉄鋼・アルミ製品の関税強化や下流品への拡大は、ドイツやイタリアなど製造業基地に重大な影響を与える。EUは報復措置やWTOでの紛争を通じて対抗する可能性が高い。企業サプライチェーンの相互依存度が高いため短期的な混乱が予想される。最近の報道ではイタリアなどが成長予測を下方修正しており、米国関税が一因として指摘されている。
C. カナダ・メキシコ(北米隣国)
理由:過去のセクション232では一時的に免除やクオータが適用されたが、第2次政権で除外が縮小されると、自動車部品や一次素材の供給網で影響が出る。加えて北米の自動車産業は米国市場向けの統合度が高く、関税は生産コスト上昇や対米輸出の落ち込みを招くリスクがある。
D. 新興の製造輸出国(韓国、日本、台湾、東南アジア)
理由:自動車・電機・機械部品などで米国向け輸出が大きい。特に米国が半導体や情報通信機器に関税の対象を拡大すると、これらの国々の企業が影響を受ける。除外リストの変更や基準の強化は、素材の原産地判定を厳格化し下流国に波及する。
E. 農業輸出国(米国の報復対象となる国々の報復で被害を受ける)
理由:報復関税はしばしば農産品や消費財に向けられる。米国から見れば中西部農家が被害を受ける一方、相手国の農業輸出セクターも米国市場アクセスを奪われるとダメージが大きい。過去の事例では大豆や果物などが報復対象になった。
影響を受けにくい国(被害が限定的な国)
以下の国々は相対的に影響を受けにくいと考えられる。
A. 資源輸出依存国(中東の産油国、豪州の一部など)
理由:原油・鉱物など一次産品は関税の対象になっても影響が限定的なことが多い(世界価格の影響はあるが、供給先の分散が可能)。ただし、米国が特定資源に対し政治理由で制裁的措置を取れば別である。
B. サービス輸出型国家(インドのIT・BPO、フィリピンのサービス外注など)
理由:関税は物的財の移動に対する税であり、サービス輸出は直接的には関税による打撃を受けにくい。ただし、通貨・投資・移動制限や報復措置の波及で二次的影響はあり得る。
C. 内需主導の大経済(米国自身を含むが、他に中国の内需部門やインドの内需など)
理由:外需依存度が低い国は輸入関税や輸出規制の影響を受けにくい。ただし、グローバル企業の生産分散や金融市場の混乱は透過的に影響する。
影響を相殺できる国(政策や構造でダメージを緩和可能な国)
一部の国は政策手段や構造的優位を使って米国関税のダメージを相殺できる。
A. 中国(リスクは大きいが相殺力もある)
理由:中国は大きな国内市場を持ち、為替政策・補助金・貿易促進策で輸出勢力を支えられる。さらに中国は米国以外の市場(EU、東南アジア、アフリカ)への再編を進める余地がある。世界銀行や学術研究は、中国が部分的に代替市場やサプライチェーン内での立ち位置を保持していると分析している。ただし、長期化すれば生産分野での再編コストや技術分野での制裁が深刻化するため、相殺には限界がある。
B. EU(交渉力と補填政策)
理由:EUは対米交渉力(貿易代表部を通じた交渉)や被害企業への国内支援(補助金・税制優遇)でダメージを緩和可能だが、対抗措置は米国の政策変更を促す一方、報復の連鎖を招くリスクもある。
C. 日本・韓国(高付加価値製品と供給網の強み)
理由:自動車やハイテク製品の高付加価値部門では、ブランドや技術力によって価格転嫁が可能な場合がある。また、多国籍企業の調整力を通じ生産ラインを最適化することでダメージを緩和できる。ただし、素材段階での関税はコストに直結するため限定的な相殺にとどまる。
世界経済に与える影響(成長、サプライチェーン、物価、投資)
世界成長の下押し:世界銀行やIMFのシミュレーションは、米国が大規模な追加関税を恒常化すると世界成長率に下押し圧力がかかると示している。世界銀行は2025年における米国関税シナリオで世界成長を数⼮ポイント押し下げる可能性を示唆しており、特に新興国の成長見通しが悪化するとの試算を出している。
供給網の再編と短期コスト:関税が供給網再編(中国からASEAN等へのシフト)を促進する一方、移転コスト・品質管理コスト・投資負担が短期的に企業収益を圧迫する。世界銀行の分析は、中国からのシフトは一部進行しているが、中国は依然として多くの商品でトップサプライヤー地位を維持していると指摘している。
インフレ圧力:輸入品に対する関税は米国内の消費者物価を押し上げるため、FRBの金融政策との摩擦を生む。2018年以降の関税導入の経験では、中間財価格と最終消費財価格の上昇を通じて家計負担が増えた。
投資と不確実性の増大:企業は貿易政策の不確実性を嫌うため、設備投資や長期契約の抑制につながる。結果として生産性向上のペースが鈍化する可能性がある。
国際裁判・WTOなどでの争いと手続き上の論点
WTO争訟の活用:関税措置はWTO上の合法性が争点となる。セクション232(安全保障)やセクション301(知的財産や技術移転問題)は、WTO協定の例外条項(GATT第21条など)に照らして適法性が争点になり得る。過去のケースでは中国やEUが米国関税についてWTOに訴えた。WTOの紛争処理機能は2019年以降運営上の問題を抱えているが、諸国は個別に上訴手続きを巡って対立している。
二国間・多国間での交渉と妥協:関税はしばしば二国間協議で妥協(除外や譲歩)を引き出す手段として用いられる。実際に過去にはカナダ・メキシコとの協議で一部除外が認められた例がある。
国内法と国際法の衝突:米国内での安全保障や産業政策を理由にした関税は、国際ルールと衝突しやすい。国際裁判で勝訴しても実効性の担保や賠償の実行は政治的交渉に依存する。
課題(被害緩和、グローバル・ガバナンスの問題)
被害緩和策の必要性:関税で被害を受ける産業や労働者に対する国内の補償・再訓練・転業支援が必要だが、財政負担や政策効率の問題がある。米国でも過去の関税によるコストの多くが消費者や下請け企業に波及したとの分析がある。
多国間ルールの再強化:WTOやG20の場を通じたルール強化や紛争解決の速やかな回復が不可欠だが、米欧中の対立は制度改善を難しくしている。制度的空白(WTO上級委員会の人員問題など)を埋めることが緊急課題だ。
途上国の脆弱性:途上国は輸出市場の喪失や輸入価格の上昇により最も脆弱である。開発金融や国際協力でのセーフティネットが重要だが、資金配分の優先順位問題が生じる。
今後の展望(短期・中期・長期のシナリオ)
以下に主要なシナリオを列挙する。
短期(6か月〜1年)
関税の即時効果として貿易フローの歪み、輸入価格上昇、企業の短期的な調整(在庫増・調達先変更)が生じる。WTOや二国間協議での対抗措置や除外協議が活発化する。世界銀行やOECDの早期下方リスク評価が出る可能性が高い。
中期(1年〜3年)
企業はサプライチェーンの再編を一定程度進める。中国依存からの部分的脱却(中国+1)が進むが、コストは上昇する。成長率への悪影響が累積し、新興国の投資・成長が鈍化する。WTOでの争訟が続くが、紛争解決の仕組みが完全に機能回復しない恐れがある。
長期(3年以上)
恒常的な高関税体制が続く場合、グローバル供給網の恒久的再編、地域ブロック化(米州・欧州・アジアの地域供給網)が一段と進む。技術分野での分断が進む可能性がある一方、貿易の非効率性が長期成長率を抑制するリスクが高まる。国際協調の回復が鍵になる。
結論(要点整理)
直接的に最も影響を受けるのは中国、EU、北米近隣国(カナダ・メキシコ)、および米向け製造輸出の大きいアジア諸国である。これらは輸出依存度と対象品目の関係から被害が大きい。
影響を受けにくいのは資源・サービス主体の国々や内需主導国だが、二次的な経路での影響は避けられない。
相殺力がある国は政策余地や代替市場を持つ大国(中国、EU、日本など)だが、相殺にはコストと時間がかかる。
世界経済全体では成長鈍化、インフレ圧力、投資抑制、供給網再編といったマクロ影響が生じ、途上国が相対的に弱い立場に置かれる。国際機関や多国間協議での対応が不可欠である。