コラム:どうなるトランプ関税、経済成長や消費に負の影響?
関税の効果は適用範囲・例外・国際交渉の帰結に大きく依存するため、関税そのものの存在有無以上に「どう運用するか」が米国市民の経済生活にとって重要である。
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第二次トランプ政権は「相互関税」を貿易政策の中心に据え、幅広い品目と国・地域を対象に段階的に関税を引き上げた。これには全輸入に対する一律のベース関税を置き、対米貿易黒字が大きい国には追加で上乗せする方式が含まれることが多い。政権は関税で貿易不均衡を是正し、国内産業を保護すると主張しているが、実際には関税の広範な導入によって輸入価格が上昇し、企業のコストと最終消費者物価に影響が出始めている。関税徴収による歳入は増加しており、税財政にプラスに働いている一方で、経済成長や消費に負の影響が確認されているとの報告が複数ある。
経緯(政策の導入と拡大プロセス)
トランプ政権は2018–2019年の対中関税などの先例をもとに、再選後の政権で「相互関税」というより体系化された枠組みを導入した。2025年春以降、行政命令と国別・品目別の附属表を通じて関税率を順次公表し、交渉で譲歩する国には関税を低く抑える、合意しない国には高関税を課すという可変仕組みを用いた。政策は迅速な大統領権限の行使(大統領令や安全保障・緊急輸入措置の法的根拠)で実行され、通商交渉による二国間・多国間の例外・合意が随時追加されるため、企業側からは不確実性が高いと受け止められている。
マクロ経済への影響(成長・インフレ・投資)
実質GDPと成長率:複数のモデル推計と政府系機関の分析は、広範な関税引上げが米国の実質GDPを押し下げることを示している。例えば、イェール大学は2025年の一部関税だけでも同年の成長率を約0.5ポイント押し下げ、長期的にも経済規模が縮小すると推計している。CBO(議会予算局)も同様に、2025年前半に実施された関税措置が経済にマイナス効果を及ぼすと評価している。
インフレ:関税は輸入価格を直接押し上げ、企業はコスト上昇を販売価格に転嫁するため、消費者物価全体を押し上げる。PIIEや他の研究は、関税拡大が短期的にインフレ率を高め、実質可処分所得を圧迫する可能性を指摘している。中央銀行(FRB)がインフレ抑制のために金融引き締めを選べば、投資・雇用にも追加の下押し圧力がかかるリスクがある。
投資と不確実性:大規模かつ可変的な関税政策は政策不確実性を高め、企業の設備投資や長期投資を抑制する。JPモルガンなどのリサーチは、成長低下のかなりの部分が「貿易政策不確実性によるセンチメント悪化」に起因すると示唆している。
所得分布・消費者への影響
一般消費者:消費財の価格上昇は低所得層に相対的に重くのしかかる。関税はしばしば最終消費価格の一部として転嫁されるため、必需品や耐久消費財の値上がりは実質所得を削り、生活費負担を増す。研究では関税は富裕層よりも低所得層の購買力をより強く削る傾向が示されている。
企業・産業別の影響:保護対象の国内産業(例:鉄鋼、自動車部品、一部製造業)は短期的に恩恵を受ける可能性があるが、多くの産業は中間財を輸入に依存しており、コスト上昇は企業競争力を低下させる。さらに、報復関税や第三国経由の貿易回避は輸出産業に逆風を与える。CEPRなどの分析は、米国内の総福利は関税政策で損なわれるとの試算を示している。
労働市場への影響
保護される産業の雇用は短期的に維持・増加する場面があるが、消費鈍化と輸入中間財価格の上昇が広がると、他産業(小売、サービス、輸出関連)で雇用が失われる可能性がある。複数のモデルは、関税導入が雇用構造を転換させるが、純雇用効果は限定的かマイナスになる可能性を示している。
供給網および国際分業への影響
サプライチェーン再編:関税上昇は企業に生産拠点の転換や調達先の多様化を促すため、短期的混乱と長期的コスト上昇が生じる。サプライチェーンの再編には時間と投資が必要であり、その間の供給遅延やコスト増が生産と雇用に影響を及ぼす。
貿易分断と貿易転換:相互関税は米中貿易の縮小、他地域との関税調整、あるいは輸出先の変化をもたらし、世界貿易体系の再編に寄与する。モデル推計では、合意した相手国は恩恵を受け、合意しない多くの国・消費者は損をする分布的効果が出る。
財政(歳入・歳出)への影響
関税収入の増加は短期的に連邦歳入を押し上げる。税財政的には一時的な黒字効果が得られるため、政権はこれを政策資金や減税に充てることが可能だ。しかし、CBOや財政研究は、関税が経済を縮小させるため中長期的には成長減少が税収に負の影響を及ぼし得ると警告している。さらに、関税が消費を減らすことで法人税・所得税基盤も弱まるリスクがある。
国際関係・地政学的影響
通商摩擦の激化は外交関係を悪化させ、同盟国との間でも協調が難しくなる。EUや日・韓、メキシコなど主要パートナーは報復や交渉戦略の見直しを行い、地域的分断や貿易協定の再交渉を招く。これにより、地政学的リスクや経済的不確実性が増大する。
問題点(政策遂行上・経済的に懸念される点)
計算根拠の脆弱性:相互関税の算定が「対米貿易黒字」に基づく単純なルールに頼る場合、実際の貿易構造や付加価値連鎖を無視することになる。タックス・ファウンデーションなどの指摘によると、そのような単純指標は誤った保護や無駄なコストを生む恐れがある。
負担の不均衡:関税費用は最終的には消費者と輸入を多く使う企業が負担するため、国民経済全体の福利を損ないやすい。特に低所得層と中小企業が大きなダメージを受けやすい点が問題である。
報復リスクと貿易戦:相互関税が他国の報復を誘発すると、米国の輸出産業が直接的被害を受ける。CEPRやPIIEの試算は、場合によっては米国の純福利が大幅に低下し得ることを示している。
法的・制度的問題:行政裁量で関税引上げを行う手法は、国際貿易ルールやWTOルールとの摩擦を生み、法的な紛争や制裁につながる可能性がある。
データに基づく主要数値(2025年9月時点の注目点)
関税による追加歳入見積もりは、複数の算定で数千億ドル規模に上る(2025年の年間ベースでおおむね1600〜1700億ドルとする推計が存在する)。ただし、この数字は政策の範囲と適用方法で大きく変動する。
ある試算では、2025年の主要関税措置のみで同年の米成長率が約0.5ポイント押し下げられるとされ、長期的には経済規模が数百億ドル単位で縮小する可能性が示されている。
分配的影響の実例・産業別例
自動車・部品産業:高関税は自動車部品の輸入コストを上げ、完成車価格の上昇につながる。結果として販売低迷や生産調整が起き、中間財を供給する中小部品メーカーに負担が集中する。
農業・輸出:農産品は関税の直接対象になりにくいことがあるが、報復関税や世界的な需要低下で輸出価格が下がると農家は被害を受ける。歴史的に貿易戦は農業セクターに波及しやすい。
政策的選択肢と対応策(米国政府・民間セクター・市民の視点別)
政府(短中期):
ターゲットを絞った関税と例外規定の導入により、悪影響を緩和する。合意に基づく二国間交渉で関税撤廃や段階的緩和を織り込むことで不確実性を軽減する。
関税増収を用いた低所得対策(現金給付や消費補助)を組み合わせ、低所得層への逆進性を緩和する。
政府(中長期):
産業政策と労働市場政策を連動させ、労働者再訓練や地域支援を強化して構造転換の痛みを緩和する。
WTOや多国間枠組みを活用し、報復リスクを最小化するための外交的解決を追求する。
企業:サプライチェーンの多様化、代替素材の導入、価格転嫁の戦略的判断、国内での付加価値向上投資などで耐性を高める。中小企業は政府支援制度の活用が重要になる。
市民(消費者・有権者):短期的な価格上昇に備えた家計管理と、政治的には政策の透明性・説明責任を求めることが重要である。関税の分配的影響を認識し、議論に参加することが民主主義的対応となる。
リスクと不確実性(留意点)
モデル依存性:経済効果の推計はモデルと仮定に大きく依存する。部分的な関税や例外措置が多数ある場合、実効的影響は試算より小さくなる可能性もある。
政策の時間軸:短期・中期・長期で影響が分かれ、即時の歳入増と長期の成長減少が同時に起こる可能性があるため、単年度の予算効果では評価できない。
国際報復と金融市場反応:報復関税や国際資本の動き(リスク回避で米資産を売る等)は、予想外に大きな影響を与えるリスクがある。PIIEはこれを重要な下方リスクとして挙げている。
まとめ(主要な含意)
相互関税は短期的に連邦歳入を増やし、一部国内産業を保護する利得をもたらす。しかし、複数の公的・学術的評価は、広範な関税引上げが米国の実質成長を押し下げ、消費者価格を上昇させ、低所得層や輸入中間財を多く使う企業に不利に働くとしている。
政策の分配的影響と報復リスクは無視できず、中長期では経済的コストが歳入増を上回る可能性がある。したがって、関税政策を採るならばターゲティング、透明性、補完的な国内政策(再訓練、所得補償、サプライチェーン支援)を併用する必要がある。
最後に、関税の効果は適用範囲・例外・国際交渉の帰結に大きく依存するため、関税そのものの存在有無以上に「どう運用するか」が米国市民の経済生活にとって重要である。長期的な国益を考えるならば、単純な保護主義だけでなく、教育投資や産業競争力の強化、国際協調の組み合わせが不可欠である。