コラム:ドンロー主義、「絶対的支配権」再確立なるか
トランプ版モンロー主義の行方は、米国の覇権の「再生」を示すのか、それとも「自己縮小」の始まりとなるのか、2026年以降の国際政治における最大級の検証課題の一つである。
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現状(2026年1月時点)
2025年12月に米国の国家安全保障戦略(National Security Strategy; NSS2025)が公表され、そこでは伝統的な外交政策枠組みからの大きな転換として、モンロー主義の復権と強化が明示された。NSS2025では、米国が西半球(Western Hemisphere)における優位性を再び確保し、域外勢力の影響力拡大を阻止するとする方針が強調されている。具体的には「モンロー主義へのトランプの系論(Trump Corollary)」が掲げられ、米国の安全保障上の核心的利益として西半球の支配的地位を位置づけている。
西半球に関する戦略的強調は、伝統的な米国外交の重点(欧州・インド太平洋を中心とした多国間協調)からの顕著な逸脱として評価されつつある。NSS2025は「アメリカ第一主義(America First)」を外交の基本原理に据え、他国の民主化支援やリベラルな秩序維持よりも、米国自身の利益と地政学的優位性の確保を優先する現実主義的な方向性を打ち出している。
さらに、実際の軍事行動として2026年初頭に米軍がベネズエラで大規模作戦を展開し、マドゥロ大統領を拘束したという前例のない介入が発生した。この軍事行動はトランプ政権の西半球政策の実行例として国際社会の注目を集め、従来の国際法的枠組みや多国間協調からの逸脱として批判と支持が交錯している。
こうした動きは、従来のモンロー主義を大幅に超越したものとして国内外で議論され、「トランプ版モンロー主義」または時に「ドンロー主義」と称される新たな外交枠組みを形成している。
トランプ政権の野望
トランプ大統領の外交政策は、第一次政権期の「America First」スローガンの延長線上にあるが、第二次政権では軍事力の積極的活用と地域支配の強化が顕著である。NSS2025は西半球に重点を置き、移民、麻薬、テロ対策を含む安全保障上の課題を、域内での支配的地位を前提に解決する方針を示している。
その背景には、米国内の政治基盤強化と地政学的ライバル(中国・ロシア)の影響力排除という複合的な戦略目標があると分析されている。NSS2025は欧州やアジアにおける「世界秩序維持」の役割を後退させつつ、西半球での米国の役割を再定義し、域外勢力の軍事的・経済的影響力の排除を目指している。
トランプ版「モンロー主義」とは
歴史的なモンロー主義(1823年)は、ジェームズ・モンロー大統領が「西半球への欧州列強の干渉を拒否する」ことを主張した外交原則である。19世紀の文脈では、ヨーロッパ列強の新植民地獲得を排除しつつ、米国は欧州事務に関与しないという二重の非介入・非干渉を掲げた。
トランプ版では、これを現代に適用する際に「米国の権益と安全保障を守るため、西半球の勢力を米国が独占する」という解釈が強調されており、単なる干渉排除ではなく、域内における支配的立場の確立と維持に焦点が置かれている。NSS2025は、域外勢力が軍事力や戦略的資産を西半球で所有・管理する能力を否定すると明記している。
この戦略は、米国の軍事・経済力を背景に、域内の政治的・経済的枠組みへの影響力行使を積極化するものと位置づけられる。地域の同盟国、友好政権の統合だけではなく、独自の軍事作戦や制裁を通じて対象国を管理する方向性が見て取れる。
西半球の覇権
NSS2025は「Western Hemisphere Policy」の章で西半球を最優先地域として扱い、米国の優位性の回復と維持を政策目標に掲げている。これは単なる防衛的措置ではなく、政治的、経済的、軍事的統制を強化する包括的な取り組みであり、伝統的な地域同盟の枠を超えた支配的戦略である。
専門家の分析では、この方針は過去のラテンアメリカ政策(キューバ危機や冷戦期の介入)とは質的に異なり、地域全体を米国の影響圏とみなし、域内の資源・戦略的資産を確保するという点でより積極的だと指摘されている。
「トランプ補論」
トランプ版モンロー主義の中核的要素として、NSSで提示された“Trump Corollary to the Monroe Doctrine”がある。この補論では、モンロー主義の精神を受け継ぎつつも、域外勢力(特に中国・ロシア)を西半球から締め出すだけでなく、米国が独自に地域政治への介入権を有すると主張する。
この補論は、従来の多国間協調外交を軽視し、単独もしくは限られた同盟枠組み内での力による支配を正当化するという点で独自性を持つ。批評家はこれを「現代版勢力圏論」と評し、19世紀の帝国主義的論理との類似を指摘している。
具体的な行動・政策
トランプ政権はNSSの方針を具現化するため、複数の具体的措置と軍事的措置を展開している。
1) 制裁強化と封じ込め
ベネズエラに対する経済制裁と海上封鎖など、資源輸出・金融取引を制限する措置が続けられている。
2) 軍事介入
2026年1月初頭、米軍はベネズエラ大統領府への空母艦載機攻撃や特殊部隊投入を実施し、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。これにより米国はマドゥロをニューヨークで裁判にかけると発表し、同国政府運営に対する直接的な影響力を主張している。
3) 戦略的資源の掌握
米国はベネズエラの原油資源へのアクセス確保を政策目的として掲げ、将来的な管理・再建計画を示しているが、これは現地の政治的正当性や法的根拠を巡って国際的な疑義を招いている。
ベネズエラへの介入(マドゥロ大統領拘束作戦)
ベネズエラ介入は、NSS2025の西半球戦略を具現化した事例として象徴的である。米国は麻薬密輸や安全保障上の脅威を理由に介入を正当化したが、実際には大統領拘束と資源アクセスが主たる目的であるとの批判も強い。
専門家の分析では、この介入は国際法上の正当性が疑問視され、国際社会での分断と反発を招いている。また、介入後のベネズエラの政治的不安定性や治安悪化が懸念され、長期的な安定化策が不透明だとの指摘がある。
領土的野心
トランプ政権内には、グリーンランドやパナマ運河など戦略的資産への関与拡大を示唆する発言や動きが見られる。これらは公式戦略文書には明確に盛り込まれていないが、トランプ大統領自身や側近の発言から、領土的支配・影響力拡大への欲求が示唆されており、伝統的な勢力圏理論との類似を指摘する分析もある。
越境犯罪・不法移民対策
NSS2025では、西半球における麻薬・越境犯罪・不法移民を米国安全保障の核心的課題と位置づけ、域内での取り締まり強化と協力体制の強化を掲げている。ただし、その政策はしばしば他国主権との緊張を生む方向で実施されているという批判がある。
日本や世界への影響
トランプ版「モンロー主義」は米国の外向け外交戦略の再定義であり、世界秩序にも影響を及ぼす可能性がある。
まず、日本を含む同盟国には安全保障負担の増加圧力が強まっているという指摘がある。NSS2025では、米国が西半球に注力する一方、インド太平洋地域では同盟国に防衛費負担増加を求める姿勢が強まっている。
世界的には、米国の多国間枠組み軽視や一方的な行動が、同盟関係の信頼低下や地域秩序の不安定化を引き起こすとの懸念が広がっている。これは欧州やアジアの安全保障構造にも波及する可能性がある。
同盟国への負担増
NSS2025は西半球でのプレゼンス強化を最優先とするあまり、欧州やアジアにおける直接的な米国の関与を縮小する方向性を示している。このため、NATOや日米安全保障体制において、同盟国の防衛負担増が求められる状況がみられるとの指摘がある。
多国間枠組みの軽視
トランプ政権は多国間主義や国際機関への依存を批判し、国家主権と単独的行動を優先する姿勢を示している。これは国連や地域機構との連携を希薄化させ、国際協調を基盤とする従来の秩序観を揺るがす可能性がある。
今後の展望
トランプ版「モンロー主義」は、短期的には西半球での米国の影響力を高める可能性があるが、長期的な地域安定や国際法の尊重という観点からの持続可能性は疑問視されている。地域諸国は米国との関係を再検討しており、中国や他のグローバルサウスとの連携強化を進める動きも見られる。
まとめ
トランプ版「モンロー主義」は歴史的なモンロー主義を基盤としつつも、域内の覇権確立と単独的介入を正当化する現実主義的枠組みとして再構築されている。NSS2025に象徴される政策は、西半球の支配的地位確立という明確な目標を掲げ、軍事力・経済力・外交上の圧力を組み合わせた包括的な戦略として実行されている。だが国際法や多国間協調を軽視する側面は国際社会での反発を招き、同盟関係や地域秩序に新たな緊張をもたらしている。
参考・引用リスト
Brookings Institution, Making sense of the US military operation in Venezuela, Jan 2026.
Global Affairs, What Trump's Attack on Venezuela Means for the Region and the World, Jan 2026.
ABC News, Trump's 'Donroe Doctrine' seeks influence over Western Hemisphere, Jan 2026.
Council on Foreign Relations, Venezuela and Beyond: Trump’s ‘America First’ Rhetoric Masks a Neo-Imperialist Streak, Jan 2026.
Atlantic Council, Experts React: The US just captured Maduro. What’s next?, Jan 2026.
The Guardian, US military seizes Venezuela oil tanker under Trump sanctions, Jan 2026.
The Guardian, Catholic cardinals warn US foreign policy under Trump risks global suffering, Jan 2026.
The Guardian opinion, Americans disapprove of Trump's foreign policy, Jan 2026.
United States White House, National Security Strategy 2025, Dec 2025.
防衛研究所 解説, 第2次トランプ政権の国家安全保障戦略, Jan 2026.
日本国際問題研究所, Trump 2.0's Vision for the Western Hemisphere, Jan 2026.
- 野村総合研究所, 米国国家安全保障戦略とトランプ版モンロー主義, Jan 2026.
- JRI エコノミストコラム, 米国のベネズエラ攻撃と米国国家戦略NSSから考える, Jan 2026.
追記:米国による「絶対的支配権」再確立の意味
トランプ版「モンロー主義」が最終的に目指しているのは、単なる影響力の優位ではなく、西半球における米国の絶対的支配権(absolute dominance)の再確立である。ここでいう「絶対的」とは、軍事・外交・経済・情報の各領域において、域内のいかなる国家も、また域外のいかなる大国も、米国の意思決定を実質的に制約できない状態を指す。
冷戦後の米国は、グローバル覇権国家でありながら、西半球においては「支配」よりも「安定」と「協調」を重視してきた。だがトランプ政権は、この姿勢そのものを誤りと認識している。すなわち、
中国の経済進出
ロシアの軍事・情報工作
左派・反米政権の自立化
麻薬・移民・犯罪ネットワークの越境化
これらはすべて、米国が西半球で支配的地位を曖昧にした結果生じた安全保障リスクであるという認識である。
このため、トランプ版モンロー主義における「再確立」とは、19世紀型の宣言的原則への回帰ではなく、21世紀型の強制的秩序形成を意味する。軍事介入、政権転換、資源管理、金融制裁、通信・港湾インフラの管理などを通じて、西半球を事実上の「米国管理圏」として再編する構想である。
絶対的支配を阻む構造的課題
しかし、米国が西半球で絶対的支配権を再確立する上では、いくつかの重大な構造的課題が存在する。
第一に、持続性の問題である。軍事介入や制裁は短期的には支配力を誇示できるが、長期的には反米感情を蓄積させる傾向がある。ラテンアメリカ諸国には、歴史的に米国介入への根深い不信感が存在しており、トランプ政権の強硬姿勢はこれを再活性化させる可能性が高い。
第二に、コストの問題である。西半球全域において軍事・治安・経済秩序を管理するには、膨大な財政的・人的資源が必要となる。トランプ政権は「海外への無駄な支出削減」を掲げる一方で、西半球には集中的な関与を求めるという矛盾を抱えている。
第三に、正統性の問題である。国際法、多国間合意、地域機構を軽視した支配は、米国自身が主導してきた戦後国際秩序と根本的に衝突する。これは、米国が「ルールの守護者」から「ルールの破壊者」へと認識されるリスクを伴う。
中国の反応と戦略的対応
中国は、トランプ版モンロー主義を自国のグローバル戦略に対する直接的挑戦と認識している。特に、中国が進めてきた「一帯一路」構想の中で、ラテンアメリカはエネルギー、鉱物、食料供給の重要地域であり、ここから排除されることは長期戦略上の大きな損失となる。
中国の反応は、正面衝突を避けつつも、以下のような間接的・構造的対抗に向かうと考えられる。
経済協力・融資・インフラ投資の「非軍事化」
国際機関における米国批判の強化
グローバルサウス諸国との連帯強調
デジタルインフラ・通信分野での影響力維持
中国は西半球で米国と軍事的に対峙する意思も能力も持たないが、経済と制度を通じて米国の支配を相対化する戦略を採る可能性が高い。トランプ版モンロー主義は、結果的に米中対立を「インド太平洋」から「西半球」にまで拡張させる契機となる。
ロシアの反応と限定的関与
ロシアにとって西半球は、中国ほどの戦略的優先地域ではない。しかし、米国の覇権拡大を象徴的に牽制する舞台としては有用である。
ロシアは以下のような反応を示す可能性が高い。
ベネズエラ、キューバなど反米国家との象徴的軍事協力
情報戦・サイバー空間での対抗
国連などでの政治的非難
ただし、ウクライナ戦争後の国力消耗を考慮すれば、ロシアの関与は象徴的・限定的なものにとどまる可能性が高い。ロシアにとって重要なのは、米国が「全地域で絶対的支配を行使できない」という印象を国際社会に与えることである。
NATOへの影響
トランプ版モンロー主義は、NATOに対して間接的だが深刻な影響を及ぼす。
第一に、米国の戦略的関心の移動である。西半球が最優先となることで、欧州防衛に対する米国の関与は相対的に低下する。これはNATO加盟国に対し、防衛費増額と自律的防衛能力強化を強く迫る結果となる。
第二に、同盟の価値観的基盤の弱体化である。NATOは単なる軍事同盟ではなく、民主主義・法の支配・多国間主義を共有する枠組みとして成立してきた。しかし、トランプ政権の単独行動主義と勢力圏思考は、この理念と緊張関係にある。
第三に、欧州の戦略的自立論の加速である。フランスやドイツを中心に、米国依存を減らす動きが強まり、NATO内部の結束は形式的には維持されつつも、実質的には弱体化する可能性がある。
総合評価
トランプ版「モンロー主義」に基づく米国の絶対的支配権再確立は、短期的には西半球における米国の優位性を回復させる可能性がある。しかしそれは同時に、
中露との地政学的対立の拡張
同盟国との価値観的乖離
国際秩序における米国の正統性低下
という長期的コストを伴う戦略でもある。
この政策は、米国を再び「唯一の覇権国家」として固定する試みであると同時に、戦後米国が自ら構築してきた国際秩序そのものを掘り崩す試みでもある。トランプ版モンロー主義の行方は、米国の覇権の「再生」を示すのか、それとも「自己縮小」の始まりとなるのか、2026年以降の国際政治における最大級の検証課題の一つである。
