コラム:「更年期障害」の治療・対策、知っておくべきこと
更年期障害は多彩な症状を呈し、個人差が大きいため、医療機関での評価と個別化治療が重要である。
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日本の現状(2025年11月現在)
更年期障害は中高年の健康課題として社会的関心が高まっている。厚生労働省や内閣府系の研究でも、働く世代における更年期症状の有病率や労働生産性への影響が報告されており、職場での支援や医療アクセスの整備が強調されている。2022年に実施された大規模調査やその後の分析では、20〜64歳の男女を含む調査で更年期に伴う症状が就労や生活の質に影響を与えている実態が示されている。さらに企業や研究所の調査でも、40〜50代の労働者の約4割が軽度以上の更年期症状を抱えているとの報告があり、医療機関受診や職場の支援体制整備の必要性が高まっている。
更年期障害とは
更年期障害とは、一般に閉経前後の期間にホルモン(特にエストロゲン)の低下に伴って起こる多様な身体症状と精神症状の総称である。代表的な症状には、のぼせ・ほてり(ホットフラッシュ)、発汗、不眠、動悸、めまい、疲労感、抑うつ、不安、集中力低下、関節痛や腰痛、尿失禁や膀胱過活動症状などがある。症状の強さや種類は個人差が大きく、生活背景やストレス、既往歴によっても影響を受ける。更年期の診断は年齢や症状、臨床所見、必要に応じて血液検査(FSHやエストラジオールなど)を組み合わせて行うが、診断にあたっては他の疾患(甲状腺疾患や心疾患、精神障害など)を除外することが重要である。
医療機関での治療(総論)
更年期障害の医療は「症状の評価」「原因の除外」「患者の希望に沿った治療選択」の3点が基本である。治療法は大きく分けてホルモン補充療法(HRT)、漢方療法(東洋医学的アプローチ)、向精神薬(抗うつ薬・抗不安薬など)、生活療法やセルフケア、補完代替療法(例:一部のサプリメント)などがある。日本の産婦人科や更年期専門医はガイドラインに基づいて個別化治療を実施しており、HRTを含む薬物療法の適応・禁忌、リスク説明が重視されている。診療ガイドラインや学会資料は定期的に更新され、最新のエビデンスを臨床に反映している。
ホルモン補充療法(HRT)
概要と効果
ホルモン補充療法(HRT)は、減少するエストロゲンを補充することで血管運動神経症状(のぼせ・発汗など)や睡眠障害、気分症状、尿路症状、骨粗鬆症リスク軽減などに効果を示す。多数の臨床試験や観察研究により、特に血管運動症状に関して速やかな改善が期待できることが示されている。日本産科婦人科学会や更年期関連学会のガイドラインは、適応・投与法・併用すべき薬剤(子宮がある場合は黄体ホルモンの併用)などを示しており、患者ごとのリスク評価と説明が義務付けられている。
リスクと副作用
HRTには利点がある一方で、乳がんや血栓症、心血管イベントのリスクに関する議論がある。個々の基礎リスク(喫煙、肥満、既往の静脈血栓塞栓症、乳がん家族歴など)を考慮し、投与開始前・開始中の説明と定期的なフォローが不可欠である。子宮を有する場合はエストロゲン単独投与が子宮内膜増殖を招くため、プロゲスチン(黄体ホルモン)の併用が必要である。投与経路(経口、経皮パッチ、膣製剤など)によっても副作用リスクや利点が異なるため、患者の希望や合併症に応じて選択する。ガイドラインはこれらの点を詳述している。
適用基準と個別化
HRTは「症状が生活の質を損なっている」「他の治療で効果不十分」「禁忌がない」などの条件で適応を検討する。開始年齢や閉経年からの経過年数も効果とリスクに影響するため(一般に“ウィンドウ・オブ・オプチュニティ”の概念がある)、若年で症状が強い場合は恩恵が大きいことが多い。学会は患者への十分なインフォームドコンセントと、開始後の継続評価(定期的な相談、必要な検査)を推奨している。
漢方療法(東洋医学的アプローチ)
漢方(和漢薬)は日本で広く利用されており、更年期症状に対しても一定の効果を示す研究がある。漢方薬は症状や体質(冷え、のぼせ、倦怠感、むくみなど)に合わせて処方され、倦怠感や冷え、慢性痛に対して有効性を示す報告がある。一方で効果が出るまでに時間がかかることが多く(数週間〜数か月)、症状や評価指標によっては、HRTより遅れて改善する傾向があるとの報告もある。エビデンスは臨床試験や観察研究が蓄積されており、漢方はHRTが使えない患者や副作用を避けたい患者、全身症状に対する補完療法として位置づけられている。臨床ガイドラインや専門機関のレビューでも、漢方の利用は有用な選択肢として扱われている。
向精神薬(抗うつ薬・抗不安薬など)
更年期に現れる抑うつ、不安、不眠などの精神症状や、HRTで十分に改善しない場合には、向精神薬の利用が検討される。SSRIやSNRIはうつ症状の改善に用いられ、特にSNRIsは血管運動症状の軽減にも有効とする報告がある。睡眠障害に対しては、睡眠薬や時に抗うつ薬の低用量投与が行われるが、長期使用リスク(依存、認知機能への影響等)を考慮する必要がある。DSM-5に基づくうつ病診断があれば標準的なうつ病治療を行うべきであり、更年期特有の症状と精神科的疾患の鑑別を適切に行うことが重要である。最近の専門家レビューでも、向精神薬は適応に応じて有効な選択肢であるとされている。
その他の治療・補完療法
補完代替療法としては、漢方の他に一部の植物由来製剤(大豆イソフラボンなど)、認知行動療法(CBT)、鍼治療、理学療法、骨粗鬆症予防の薬剤(ビスフォスフォネートや選択的エストロゲン受容体調節薬など)の適用が検討される。特に認知行動療法は寝つきや不安、抑うつに対して有効性が示されており、薬物療法と併用すると効果が高まることがある。ただし、サプリメントや民間療法は製剤間の品質差や安全性の問題があるため、医師と相談して用いることが推奨される。
日常生活での対策・セルフケア(総論)
医療と並行して日常生活で行えるセルフケアは更年期症状の軽減に有効である。生活習慣の改善はHRTや薬物療法の効果を高め、副作用リスクを下げる助けにもなる。以下に主要項目を解説する。
適度な運動
定期的な運動はホットフラッシュの改善、睡眠質の向上、気分改善、骨密度維持、心血管リスク低下に寄与する。週に中等度の有酸素運動を合計150分程度、あるいは高強度の運動をそれに相当する時間行うことが一般的に推奨されるほか、筋力トレーニングを週1〜2回行うことで骨と筋肉の機能を維持できる。ウォーキング、ジョギング、水泳、ヨガ、ピラティスなどが実践的で継続しやすい。運動は精神的ストレスの軽減にも寄与するため、更年期全般のセルフケアとして重要である。
バランスの取れた食事
栄養バランスの良い食事は体重管理、骨健康、心血管リスク低下に寄与する。カルシウム、ビタミンD、タンパク質を十分に摂ることは骨粗鬆症予防に重要であり、野菜・果物や全粒穀物、良質な脂肪(魚油など)を適度に摂取することが望ましい。一部の研究では大豆イソフラボンが血管運動症状にやや有効であるという報告があるが、作用は個人差が大きく、サプリメント使用は医師と相談の上で行うべきである。
十分な休養と良質な睡眠
睡眠不足は疲労感や気分障害、認知機能低下を招くため、睡眠衛生(就寝前のカフェイン制限、一定の就寝起床時間、寝室環境の整備)を実践する。就寝前のスマホや強い光の曝露を避ける、リラクゼーションを取り入れるなどの習慣も有効である。必要に応じて医療機関での睡眠評価や治療を検討する。
ストレス管理
心理的ストレスは更年期症状を悪化させる要因であるため、ストレス対処法を学ぶことが大切である。認知行動療法、マインドフルネス、瞑想、深呼吸法、対人関係の見直し、職場での合理的配慮や休職・勤務形態の調整などが有効である。職場では更年期を理由にした差別や偏見をなくすための制度整備や教育が進められている。政府系研究や企業調査でも職場支援の重要性が指摘されている。
更年期症状を効果的に管理しよう(臨床と生活の統合)
更年期障害の管理は医療(薬物療法・心理療法)と生活介入を統合して行うことが最も効果的である。具体的には以下の流れが現場で推奨される。
症状と生活への影響を詳しく評価する。
必要な検査で他疾患を除外する(甲状腺機能、貧血、糖代謝など)。
HRTの適応を検討し、リスク説明と同意を経て開始するか、漢方や向精神薬、認知行動療法を選択する。
生活習慣改善、運動プログラム、栄養指導、ストレス対処法を並行して実施する。
定期的に効果と副作用を評価し、治療計画を調整する。
この統合的アプローチは症状の多面的改善につながり、患者のQOL向上に寄与する。医療機関と連携して職場や家族も含めた支援体制を整えることが重要である。
今後の展望
更年期医療は今後さらに個別化とエビデンス蓄積が進むと予想される。具体的には以下の方向性が考えられる。
ガイドライン更新と情報発信の強化:学会や専門機関が最新の研究成果を取り入れてガイドラインを更新し、一般向け情報を分かりやすく提供する動きが続く。すでに日本の関連学会は資料や動画を公開しており、今後も情報発信が強化される見込みである。
職場での支援制度の拡充:更年期患者が働き続けられるように職場の理解と法的・制度的支援(柔軟な勤務、休暇制度、産業医の介入など)が進む。近年の調査で働く世代における症状の有病率が示されており、企業の健康経営の観点からも対策が進む見込みである。
非薬物療法と補完療法の科学的検証:漢方や認知行動療法、生活介入の効果を詳細に検証する研究が進み、より明確な適応や組み合わせ治療のエビデンスが増えることが期待される。過去の研究でも漢方の有効性を示す結果があり、今後のRCTや長期追跡研究で知見が深化する可能性が高い。
個別化医療と遺伝学的要因の解明:将来的には遺伝的背景や生活環境に基づく個別化治療(どの患者がHRTに最も恩恵を受けるか、どの漢方がどの症状に合うか等)の精度が上がる可能性がある。
まとめと実践への提言
更年期障害は多彩な症状を呈し、個人差が大きいため、医療機関での評価と個別化治療が重要である。
HRTは血管運動症状や睡眠・気分障害に対して有効であるが、リスク評価と十分な説明が必要である。子宮の有無に応じた併用療法や投与経路の選択が重要である。
漢方療法や向精神薬、認知行動療法などはHRTの代替または併用として有用であり、症状や体質に応じた使い分けが重要である。
日常生活の改善(運動、栄養、睡眠、ストレス管理)は症状軽減とQOL向上に寄与するため、医療と並行して必ず取り組むべきである。
職場や社会全体での理解促進と支援体制の整備が進んでおり、必要に応じて職場と医療をつなぐ支援を活用することが有益である。
以上を踏まえて、自身や家族が更年期症状に気づいた場合は早めに医療機関で相談し、生活習慣の見直しと適切な治療の組み合わせで症状を管理することを勧める。必要ならば産婦人科や更年期専門外来、精神科、漢方診療を併用することでより良い治療効果が期待できる。
