コラム:認知症にならないために...今からできること
認知症は完全に避けられるとは限らないが、取り組み次第で発症リスクを下げたり、発症後の進行を遅らせたり、生活の質を保つことができる。
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認知症とは
認知症とは、記憶、思考、判断、言語、見当識(時間・場所・人物の認識)などの認知機能が低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす一連の症候群である。単一の病名ではなく、さまざまな原因疾患(脳の病変)によって引き起こされる症候群の総称である。認知症は進行性のものが多く、症状の重さによって介護や支援の必要性が高まる。
認知症の種類
代表的な認知症の種類と特徴を列挙する。
アルツハイマー型認知症:もっとも頻度が高く、記憶障害の初期出現が特徴である。脳内にアミロイドβやタウと呼ばれる異常タンパクが蓄積することが関係する。
血管性認知症:脳血管障害(脳梗塞や出血など)を基盤として発生し、症状は梗塞の部位や範囲に依存して変動する。段階的に悪化することがある。
レビー小体型認知症:幻視や散発的な意識障害、パーキンソン症状(動作緩慢、振戦など)を伴うことがある。
前頭側頭型認知症(FTD):人格変化や社会的行動の異常、言語障害が目立つことが多い。
その他にアルコール性認知症、パーキンソン病に伴う認知症、薬剤性・代謝性による二次的な認知障害などがある。診断は臨床所見、神経心理検査、画像検査、必要に応じて血液検査や髄液検査で補助される。
加齢によるもの忘れとの違い
加齢に伴う「もの忘れ」と認知症は区別が必要である。加齢による記憶変化は、情報の一部を思い出しにくくなる、名前が出にくいといった軽い変化で、日常生活の独立性は保たれる。一方、認知症では次のような点が認められる:新しい情報を学べない(記憶の固定化障害)、時間や場所が分からなくなる、家事や金銭管理など日常的な機能が低下する、性格や行動が顕著に変わる、複数の認知機能に広く障害がある。早期発見のためには本人・家族が違和感を持ったときに専門医に相談することが重要である。
治療法
現在のところ完全に「認知症を治す」ことはできないが、病型やステージによって有効な治療・管理法が存在する。主なものを挙げる。
薬物療法:アルツハイマー型に対してはコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、リバスチグミンなど)やNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)などが症状進行の緩和に用いられる。血管性認知症では脳血管リスク因子の管理が中心となる。新たな治療薬や病態修飾薬の研究も進んでいるが、すべての患者に効果があるわけではない。
非薬物療法:認知訓練、作業療法、運動療法、音楽療法、回想療法などが症状の改善や生活の質(QOL)維持に役立つ。環境調整(見通しの良い住環境や適切な指示表示)や介護者教育も重要である。
合併症管理:うつ病、不眠、感染、脱水、薬剤の副作用などを適切に管理すると認知機能の悪化を防ぐ助けになる。
治療は多職種連携(医師、看護師、臨床心理士、作業療法士、介護職など)で行われるべきである。
認知症対策(予防と早期対応の全体像)
認知症対策は個人レベルの生活習慣改善だけでなく、地域・社会・政策レベルでの取り組みが不可欠である。世界保健機関(WHO)やADI(Alzheimer’s Disease International)は、予防のために生涯を通じたリスク因子管理と社会的支援の強化を提言している。WHOは世界的に認知症が主要な死因および障害原因の一つであることを指摘している。
生活習慣の改善(認知症予防に有効な具体策)
近年の疫学研究や専門委員会の総合的評価により、複数の修正可能なリスク因子が同定されている。生涯を通じた多面的介入が効果を持つ可能性が示されている。代表的なものを年齢段階別・項目別に整理する。
教育と生涯学習
若年期の教育水準は将来の認知症リスクに影響するとされる。学校教育や成人になってからの学習・認知的刺激(読書、語学学習、楽器演奏など)は認知予備能を高めると考えられている。聴覚ケア(難聴の補正)
難聴は認知症リスクを高める要因とされ、適切な補聴器の使用や治療はリスク低減に寄与する可能性がある。血圧・コレステロール・糖代謝の管理(中年期)
高血圧、糖尿病、高LDLコレステロールなどの心血管リスク因子は認知症発症リスクと関連する。中年期からの血圧管理、脂質管理、糖代謝改善が重要である。最新の見解では高LDLコレステロールが認知症リスクに寄与するとの報告があり、中年期からの対策が推奨されている。禁煙と適度な飲酒
喫煙は血管性リスクを増加させ、認知機能低下に関係する。禁煙は中年以降でも認知リスクを下げることが示唆される。過度の飲酒も認知機能に悪影響を与える。身体活動・運動
定期的な有酸素運動や筋力トレーニングは脳血流を改善し、認知機能維持に有用である。運動はうつや肥満、糖尿病など他のリスク因子も改善する。社会的つながり・孤立対策
社会的孤立は認知症リスクを高める因子であり、友人・家族との交流、地域活動への参加が予防に役立つ。社会参加は精神的刺激や支援ネットワークを提供する。睡眠の質改善
慢性的な睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群を含む)は認知機能に悪影響を及ぼす可能性がある。適切な睡眠習慣と必要な治療が重要である。頭部外傷の予防・安全対策
転倒予防やヘルメット等による頭部外傷の回避は、将来的な認知障害予防に寄与する。視力の維持(未治療の視力障害の是正)
近年の研究で未治療の視力損失がリスク因子として注目され、視力ケア(眼科受診、適正な眼鏡・白内障手術等)が推奨されている。
これらの複数因子に同時に取り組むことが推奨され、ランセット委員会(Lancet Commission)は全体として「約40〜45%の認知症が遅らせられるか予防可能である可能性」を示唆している。
社会とのつながり(コミュニティと支援の重要性)
認知症の予防・早期対応には個人の生活習慣に加え、コミュニティの支援が重要である。地域包括支援センター、デイサービス、サロン活動、ボランティアによる見守りや移送支援、買い物支援などの地域資源は孤立を防ぎ、早期発見につながる。企業における認知症への理解や、働く世代の介護と仕事の両立支援(テレワークや柔軟な勤務制度)も社会的対応として重要である。
日本政府の対応(政策・計画と実施状況)
日本は超高齢社会であり、認知症対策が国家的課題となっている。厚生労働省は認知症および軽度認知障害(MCI)に関する推計や「認知症施策推進基本計画」などの政策文書を公表しており、将来の患者数の推計や地域での支援体制整備、啓発・差別解消、介護者支援などを柱にしている。将来推計では、2040年に認知症とMCIの合計が高齢者の約3.3人に1人に相当する規模になる可能性が示されている(認知症約584万人、MCI約613万人の推計値)。このような推計は地域医療・介護の整備や人材育成の必要性を強く示している。
政府の対策には、早期診断の促進、認知症に配慮した地域づくり(認知症フレンドリーコミュニティ)、介護保険制度を通じた支援、介護従事者の研修・確保、認知症施策に関する研究支援などが含まれる。メディアや公的広報により認知症に関する正しい理解の普及と偏見の減少を図ることも重要視されている。
自治体の対応(地域レベルの取り組み)
自治体は住民に近い位置で、認知症カフェ、見守りネットワーク、転倒予防教室、健康診査の強化、認知症相談窓口の設置、認知症サポーター養成講座などを実施している。地域ごとに資源や人口構造が異なるため、地域特性に合わせたきめ細かい施策(商店街協力、民生委員との連携、交通支援等)が進められている。自治体による事例の共有や成功モデルの普及が今後の拡大に重要である。
国際社会の対応
WHOは認知症を重要な公衆衛生課題と位置づけ、各国に対して国家戦略の策定、保健医療・介護サービスの強化、家族介護者支援、認知症データの収集を推奨している。世界的にはADIが世界アルツハイマー報告(World Alzheimer Report)を発表し、リスク低減やケア改善のための政策提言を行っている。世界的な統計では、2021年時点で約5700万人が認知症を抱えており、毎年約1000万人の新規患者が発生しているとの推計がある。国際的な協力と知見共有が各国の政策形成に資する。
問題点(現状の課題)
以下に日本および世界で指摘されている主な問題点を示す。
予防・早期発見と治療のギャップ:症状に気づいても受診が遅れるケースが多く、早期介入の機会を逃す場合がある。地域での診療連携や啓発が不十分な地域が存在する。
人材不足:専門医、認知症ケアに熟練した介護職、リハビリ職などの人材確保が困難である。
社会的孤立と経済的負担:介護負担が家族に集中し、労働参加の阻害や経済的困窮を招くことがある。
偏見・差別:認知症に対する誤解やスティグマが存在し、患者や家族が支援を受けにくい場合がある。
地域間格差:医療・介護資源が都市部に偏在し、地方でのサービス不足が生じる。
研究と治療法の限界:病態修飾薬の開発は進んでいるが、広く有効で安全な治療が一般化するには至っていない。これにより期待と現実のギャップが生じやすい。
課題(克服すべき点)
上の問題点を踏まえ、政策・社会が取り組むべき課題を列挙する。
地域包括ケア体制の強化と医療・介護・福祉の連携推進。
予防のためのライフコースアプローチ導入(教育、職域での健康増進、中年期のリスク管理、老年期の社会参加促進)。ランセットの総括的な知見を地域保健政策に反映することが求められる。
医療・介護人材の育成と働き方改革による定着支援。
技術の活用(ICT、遠隔診療、感知技術)による見守りと早期発見の促進。
経済的・法制度面の整備(介護保険の持続可能性、認知症高齢者の意思決定支援と法的保護)。
社会全体での差別解消啓発と、認知症当事者の社会参加と意思尊重の文化構築。
今後の展望
研究面では、病態を修飾する治療薬やバイオマーカーを用いた早期診断法の進展が期待される一方で、疫学的には人口高齢化により患者数自体は増加する見込みである。WHOやADIの提言に沿い、公衆衛生的介入(教育機会の拡充、難聴の補正、心血管リスク管理、社会的孤立防止など)を組み合わせることにより、認知症発症や進行を遅らせる効果が見込まれる。実務的には、地域での実践例(認知症フレンドリーシティ、見守りサービス、介護予防プログラム等)を数多く横展開し、効果の検証を行いながら制度化していくことが重要である。国際的にもデータ共有と成功事例の交流を通じ、低・中所得国にも適用可能なコスト効率の良い介入を普及させることが求められる。
メディアと情報発信の役割
メディアは認知症の正しい理解を広める重要なプラットフォームである。信頼できる情報発信により早期受診の促進、偏見の是正、予防行動の喚起が可能となる。報道にあたってはセンセーショナルな表現を避け、根拠に基づいた情報(政府統計、学術報告、専門家の解説)を併記することが望ましい。実際、世界的メディアは「多くのケースが予防・遅延可能である」といったランセット系の報告を報じ、生活習慣改善の重要性を伝えている。
今日からできること(個人向けチェックリスト)
以下は日常で取り組みやすい項目である。継続が重要だ。
定期的な運動を行う(週に合計150分程度の中強度運動を目安に)。
バランスの良い食事を心掛ける(野菜・魚・適切なタンパク質を意識)。
禁煙する、あるいは喫煙を続けない。
飲酒は適量にとどめる。
高血圧・糖尿病・高脂血症は医療機関で適切に管理する。
聴覚・視覚の定期チェックを受け、必要な補助具を使用する。
読書、趣味、社会活動などで継続的に認知的刺激を確保する。
睡眠習慣を整え、必要なら専門医の診察を受ける。
転倒予防(住環境の改善、筋力トレーニング)を行う。
地域活動に参加し、社会的つながりを維持する。
まとめ
認知症は完全に避けられるとは限らないが、取り組み次第で発症リスクを下げたり、発症後の進行を遅らせたり、生活の質を保つことができる。個人の生活習慣改善と同時に、政府・自治体・医療機関・地域コミュニティ・メディアが協調して取り組むことが必要である。国際的な知見(WHO、ランセット、ADIなど)をローカルな政策や地域活動に反映させ、包括的に対策を拡大していくことが今後の重要な課題である。
参考・出典
WHO「Dementia」ファクトシート等。
厚生労働省「認知症およびMCIの高齢者数と有病率の将来推計」および「認知症施策推進基本計画」。
World Alzheimer Report 2023(Alzheimer’s Disease International)。
Lancet Commission「Dementia prevention, intervention, and care」(2020)および関連の更新資料。