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コラム:レアアースめぐる米中対立、西側に秘策は?

レアアースをめぐる米中対立は単なる資源争奪戦ではなく、先端産業と軍事力の基盤をめぐる戦略的競争である。
中国の鉱山(shutterstock)
現状

米中対立の一つの重要な焦点がレアアース(希土類元素)をめぐる支配権である。レアアースは電気自動車(EV)の永磁体、風力発電機、スマートフォン、小型モーター、軍事用センサーや誘導装置、電子機器の重要部品に不可欠であり、21世紀の先端産業と軍事技術を支える戦略資源になっている。中国は採掘から分離、精製、磁石などの最終製品までのバリューチェーンで長らく優位に立っており、その結果、米国や欧州、日本などの西側諸国は供給リスクと技術安全保障の面から強い危機感を抱いている。近年は両国間の大規模な貿易摩擦や安全保障上の緊張と合わせ、レアアース政策や輸出管理が「地政学的な武器」として意識されており、実際に中国側の規制強化や西側の供給網再編が相次いでいる。

レアアースとは

レアアース(希土類元素)は主にランタン系(ランタン、セリウム、ネオジムなど)とイットリウムやスカンジウムを含む17元素の総称である。化学的には互いに性質が近く、分離・精製が難しいため、採掘した鉱石から最終的に工業的に使える形にするには高度な冶金・化学処理が必要である。製品用途では「軽希土類(Light REE)」と「重希土類(Heavy REE)」に分類され、永磁材料や高性能磁石に必要なネオジム(Nd)、プラセオジム(Pr)、ジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)などは特に戦略的価値が高い。こうした元素は代替が難しく、代替材料やリサイクルが進められているものの、現時点では十分に追いついていない。

生産量と世界の状況(統計)

米国地質調査所(USGS)の統計によれば、世界のレアアース生産は年によって変動するが、近年の総量は数十万トン(REO換算)規模である。近年の報告では中国の生産と精製能力が圧倒的であり、世界の採掘・精製量のうちかなりの割合を中国が占めているという数値が示されている。USGSの年次報告は生産量や保有資源、輸出入のフローを詳述しており、最新の年次版でも中国の支配的地位と新興供給国の動きを示している。

中国の優位性と圧倒的シェア

中国は採鉱での物理的な埋蔵量だけでなく、鉱石の精錬・分離能力やマグネット製造能力において長年にわたり投資と技術蓄積を行ってきた。結果として、ネオジムやジスプロシウムといった重要希土類の加工・精製工程の多くが中国国内で完結するため、単に「原石の供給国」という枠を超えたサプライチェーンの支配を実現している。この点は国際的な政策報告やメディアの分析で繰り返し指摘されており、EUや米国の政策文書でも「中国依存」が脆弱性だと明記されている。さらに、中国は廉価な生産のために長年環境規制が緩かった時期があり、低コストで精製工程を集中させることができた歴史的経緯もある。

レアアース武器化戦略(中国側の政策ツール)

地政学的緊張が高まる中、レアアースが「武器化」される懸念が高まっている。武器化とは、ある国家が輸出管理、輸出禁止、ライセンス制、国内優先政策などを用いて特定製品・素材を国際政治の交渉カードに使うことを指す。過去には2010年の中国による対日供給制限疑惑が国際問題化し、のちにWTO訴訟に発展した歴史がある。近年でも中国が特定のレアアースや磁石に対する輸出管理を強化する動きが確認されており、これは米国の対中関税や安全保障政策に対する報復手段、あるいは交渉力を高めるための道具になり得る。2025年前後にかけては、中国が特定の希土類元素や永磁体に対して輸出許可制を導入・強化し、これが市場と政策の両面で強い波紋を呼んでいる。

米国の危機感

米国政府と軍当局はレアアース依存が国家安全保障の脆弱性につながると認識している。特にハイテク兵器、精密誘導システム、レーダーや電子戦装置においては高純度の希土類が不可欠であり、供給が突然途絶すると能力維持に支障が出る。こうした懸念から、米国は「クリティカルマテリアル(重要資源)」政策を進め、国内生産能力の回復、在庫(戦略備蓄)の構築、同盟国との協力強化に取り組んでいる。エネルギー省(DOE)や国防総省(DoD)、財務省、商務省などが連携し、資金支援や投資促進の枠組みを整備している。

どうして中国優位に?(歴史的・経済的背景)

中国が優位になった理由は複合的である。第一に、中国には大規模な鉱床と長年の採掘実績がある地域が存在すること。第二に、加工・分離・精製の技術と設備に対する早期の投資が行われたこと。第三に、政策面での支援や、低廉な労働コスト、環境規制の緩さが相まってコスト競争力を確保したこと。第四に、国内での下流産業(磁石、モーター、電子部品)の集中により、垂直統合が進み「原材料→精製→部品→最終製品」までの流れが中国国内で完結するケースが多いこと。さらに、2000年代の市場成長期に多数の企業が参入し、スケールメリットと経験効果で競争力を高めた点も大きい。こうした要因が組み合わさり、結果として中国は世界市場で優位な地位を築いた。

西側諸国の対応

西側諸国は複数の対策を同時並行で進めている。欧州連合は「重要原材料(Critical Raw Materials)」政策を打ち出し、戦略的な備蓄や外部供給源の多角化、リサイクル促進、代替技術の研究開発を強化している。EUのクリティカル・ロウ・マテリアル法はサプライチェーンの多様化と投資誘導を柱にしている。また米国は国内鉱山の再稼働、精製能力の復元投資、同盟国との共同プロジェクト(特にオーストラリアや日本との協力)を進めている。国際機関やシンクタンクも供給網の脆弱性を指摘し、各国政府に対して早期の行動を促している。

供給網の多角化(戦略と実例)

供給網多角化は鉱山の新規開発だけでなく、精製・分離工程の確保、下流製品の国内回帰、リサイクルの促進、代替技術の導入など複合的施策を要求する。具体例としては、オーストラリアの鉱山企業や処理企業への投資、カナダ・米国の鉱山再開、アフリカや東南アジアでの新規プロジェクトの支援、そしてリサイクルや都市鉱山の技術開発が挙げられる。さらに、サプライチェーンの透明性向上とサプライチェーン・マップ作成も進められ、リスク箇所の特定と代替ルート準備が行われている。

オーストラリアの存在(重要性と動き)

オーストラリアはレアアースの重要な供給源かつ西側にとって戦略的なパートナーである。特にライナス・レア・アース(Lynas)のような企業は、オーストラリアの鉱山資源を活用して精製・分離を行うなど、米中対立下での代替供給源として注目されている。2020年代半ば以降、米豪間でクリティカルミネラル分野の協力強化が進み、双方の政府が投資や輸出支援、共同研究を拡大している。2025年10月には米豪がクリティカル・マイナールで大規模な協調投資を行う合意を結び、オーストラリアは西側のサプライチェーン再構築において中心的な役割を担いつつある。

その他のレアアース産出国は?

中国以外にもレアアース資源を持つ国はいくつか存在する。オーストラリア、米国(カリフォルニア州のマウンテンパス鉱山など)、ロシア、インド、ブラジル、ベトナム、マレーシア、南アフリカなどが挙げられる。ただし「埋蔵量」と「採掘・精製能力」は別問題であり、採掘可能であっても環境規制や資金、技術、許認可の壁によって即座に大量供給に転換できるわけではない。近年はこれらの国のプロジェクトに対して資金や技術支援を行い、短中期的に供給能力を高めようとする動きが活発化している。

日本政府の対応

日本は歴史的に中国依存が強かったが、2010年の対中供給制限騒動以降、レアアースの確保を国家戦略として扱うようになった。最近ではオーストラリアのライナスなどと長期供給契約を結ぶほか、国内外のリサイクル技術開発、代替材料の研究、同盟国との協力強化を進めている。さらに日本政府は企業への財政支援や輸入多角化のための外交交渉を行い、特にEV用磁石や高純度酸化物の安定調達を目指している。日本はまた、リサイクルと資源効率化を通じて「都市鉱山」活用を推進している。

米国の対応と秘策(政策・投資・同盟戦略)

米国は表向きには鉱山・精製・加工の国内回帰を推進している一方で、秘策めいた非公開のオプションも検討していると報道やシンクタンクで指摘されている。一つは、同盟国との共同出資・共同備蓄体制の構築で、米豪や米日、さらにはEUとの連携強化が進んでいる。2025年には米豪が数十億ドル規模の協力を発表するなど、資金面での裏支えが強化されている。他には、貿易制裁や対中関税を議題にした交渉でレアアース供給の安全保障をカードにする外交戦略、重要企業への助成や税優遇、そして国防調達における国内優先規定の強化などがある。これらは「短期的に供給を確保する」だけでなく、「中長期的に中国に対抗する産業基盤を創る」ことを目的としている。

問題点(実務上のハードル)

供給網の多角化には多くの困難がある。第一に、鉱山や精製設備の建設には長い時間と巨額の資本が必要である。新規プロジェクトの環境影響評価や地元合意、許認可なども時間を消費する。第二に、精製・分離技術は高度であり、人的資源や経験の蓄積が求められる。第三に、価格変動リスクがある中で商業的に採算が取れる投資を誘発するのは容易でない。第四に、短期的には代替不可能な特殊な希土類(重希土類など)への依存が残りやすい。さらに、政治的には中国の報復措置や市場操作、輸出規制強化があり、安定的な取引関係を築くのは簡単ではない。

課題(政策的・技術的)

政策的課題は、単に鉱山を増やすだけでなく、精製能力と下流の産業基盤を同時に整備することだ。技術的課題は分離・精製プロセスの高度化、リサイクル技術の商業化、代替材料の研究、製造プロセスの効率化である。資本提供の仕組み、リスク分担の設計、国際的な協力枠組みの合意、環境と地域住民の利益配分をどう両立させるかも重要である。政策は短期的な備蓄と長期的な産業育成を同時に進める必要がある。

今後の展望(シナリオ別の見通し)

今後想定される主要シナリオは大きく三つに分けられる。第一のシナリオは「段階的多極化」――中国の優位は継続するが、西側が投資と技術革新で徐々に穴埋めを進め、リスクは低下する。第二は「経済冷戦化の深化」――米中の対立が激化し、サプライチェーンがブロック化、各陣営がそれぞれ独立した供給網を築く。この場合、コストは上昇し、世界経済に非効率が広がる。第三は「協調的管理」――多国間枠組み(例えば国際的な備蓄合意や輸出管理のルール形成)により衝突を緩和し、商取引を維持するが、現状の地政学的環境では実現が難しい。現実的には第一と第二の中間領域で推移すると考えられるが、各国の政策選択と市場の反応次第でシナリオは急速に移り変わるだろう。

具体的政策提言(短中期)

短期的には、戦略備蓄の整備、重要用途向けの優先供給枠、輸入多角化の即時実行、そして同盟国との共同調達が有効である。中期的には、国内精製能力の立ち上げ支援、リサイクルインフラの投資、代替材料の研究開発支援、環境管理を伴う持続可能な鉱山開発の推進が必要である。さらに国際的には透明性のある市場ルール作りと紛争時の臨時措置(人道的・安全保障的用途の除外ルールなど)の合意形成が望ましい。これらは経済的コストと政治的コストのバランスを考慮して設計されるべきである。

民間企業と市場の役割

政府の政策だけでなく、企業の投資判断と市場メカニズムも重要だ。最終製品メーカーは部材の多元調達を図り、長期契約や在庫戦略を取り入れてリスクを軽減するべきである。金融機関は長期プロジェクト向けのファイナンスを拡充し、リスク分散の仕組みを提供することが求められる。さらに、リサイクル企業や代替材料を手掛けるベンチャーへの投資が成長分野となり得る。市場の価格シグナルが正しく機能すれば、資源開発への資本流入が促されるが、地政学リスクが大きい場合は政府の支援が不可欠だ。

国際法・WTOの役割と限界

歴史的には2010年代に中国の輸出管理を巡るWTO提訴が行われ、2014年にWTOが中国のいくつかの輸出制限を問題視する判決を下した事例がある。しかし、WTOの手続きは時間がかかり、緊急時の迅速な救済には不向きである。また、国家安全保障を理由とした輸出管理は各国が主権に基づいて行うため、国際法や多国間ルールだけでは完全にリスクを排除できない現実がある。したがって、法的手段は重要だが、それだけに頼るのは危険である。

リサイクルと代替技術の重要性

長期的に見れば、リサイクルと代替材料の開発が供給リスク低減に最も持続的な効果をもたらす可能性がある。電気自動車や家電製品の廃棄物から希土類を回収する技術、あるいはネオジム磁石の使用量を減らす新材料や設計改良は重要だ。これらの技術は既に研究開発が進んでいるが、商業規模で経済性を確保するための支援が必要である。公的資金と市場インセンティブの組み合わせが鍵となる。

まとめ

レアアースをめぐる米中対立は単なる資源争奪戦ではなく、先端産業と軍事力の基盤をめぐる戦略的競争である。中国は長年の投資と垂直統合により支配的地位を確立しており、その優位性は短期間では覆りにくい。したがって、西側諸国は短期的対処(備蓄、同盟協力、輸出管理の見直し)と中長期的対処(精製能力の構築、リサイクル、代替材料の開発)を並行して進める必要がある。国際協力と市場メカニズムを活かしつつ、環境や地域の合意を尊重する形で供給網を再設計することが、安全保障と経済効率のバランスを取るための最良の道である。


参考出典(主な出典)

  • U.S. Geological Survey (USGS), “Rare Earths” Mineral Commodity Summaries(年次報告).

  • 世界貿易機関(WTO)紛争記録(中国の輸出制限を巡る訴訟).

  • Center for Strategic and International Studies (CSIS)、政策分析(中国の輸出規制とその影響).

  • 欧州委員会:Critical Raw Materials / European Critical Raw Materials Act(EUの政策).
  • Lynas社公式アナウンスや市場報道(オーストラリアの生産動向)

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