コラム:高市政権の地方創生政策、課題と今後の展望
高市政権の地方創生政策は「経済を主軸にして地方を再生する」という明快なビジョンを示しており、地域未来戦略本部の設置は政策実行力の強化につながる可能性がある。
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現状(2025年11月時点)
2025年10月に高市早苗氏を首相とする自民・維新連立の高市政権が発足し、内閣は経済重視の色合いを強めつつ地方創生(地域経済の活性化)を重要政策の一つに据えている。閣内には経済運営で積極財政寄りの人材や地方創生担当経験者が登用され、早期に「地域未来戦略本部」を内閣の下に設置して地方の産業振興・投資促進を司る体制を敷いた。高市内閣は「強い経済」「日本列島を強く豊かにする」ことを掲げ、地方創生をこれらの経済政策と一体化させる方針を打ち出している。
高市政権(自民・維新)の地方創生政策(総論)
高市政権の地方創生政策は、従来の「地域に人を呼び込む・暮らしを支える」枠組みから、より明確に「経済(投資・産業創出)を通じた地方活性化」に軸足を移す特徴がある。具体的には(1)地域への民間投資促進、(2)産業集積の誘導と企業誘致、(3)地場産業の付加価値向上と販路拡大支援、(4)中堅・中小企業向けの資金・経営支援――を政策の中核とする。これらを実行するための内閣直轄の司令塔として「地域未来戦略本部」を設置し、首相自らが本部長となって政策の統合と迅速な意思決定を図る構えである。
政策のポイント(要点整理)
経済優先の地方創生:雇用創出と生産性向上を最重要視し、投資呼び込みを優先する。
内閣直轄の司令塔:地域未来戦略本部を新設し、各省庁・自治体・民間の調整を一本化する。
産業集積と企業誘致:地域のポテンシャルを踏まえた産業クラスター形成を支援する。
中堅・中小企業支援:設備投資や販路開拓、デジタル化支援を重点化する方針。
「地域未来戦略本部」の設置と位置づけ
政府は2025年11月に地域未来戦略本部を閣議決定で新設した。首相を本部長とし、官房長官や地方創生担当閣僚が副本部長に就く構成で、既存の「新しい地方経済・生活環境創生本部」などを改組・発展させる形での発足である。組織のミッションは、地域の技術・ビジネス創出支援、地場産業の付加価値向上、販路開拓、産業集積の戦略的推進とされる。内閣直下での所掌にすることで、従来の縦割りや省庁間調整の遅延を短縮し、迅速な政策実行を目指す。
経済活性化への重点と具体的施策方向
高市政権は地方創生を経済再生の一部と位置づけ、以下のような施策に重点を置く傾向がある。
企業誘致と産業集積地の創出:地域の強み(素材、農林水産、エネルギー、先端製造、データセンター等)を軸に誘致パッケージを作成し、税制優遇・補助金・インフラ整備をセットで提示する。
投資促進とインフラ整備の連携:道路・港湾・電力供給・デジタル基盤等のハードと、労働力確保・研修・規制緩和等のソフトを並行させる。
地場産業の付加価値向上と販路拡大支援:加工やブランド化、海外展開支援で地域産品の単価向上を図る。
中堅・中小企業への融資・補助・DX支援:金融面での支援とともに、経営改善計画やデジタル化支援を強化する。
具体的な目標の引き継ぎ(石破政権からの継承)
高市政権の「地域未来戦略本部」は、石破茂前政権が掲げた「新しい地方経済・生活環境創生本部」の枠組みや目標を引き継ぎつつ、政策の重点配分を変える形で発足している。石破政権時代は「地域における担い手確保」「生活環境の維持」といった社会的側面も重視していたが、高市政権はこれを土台にしながらも、より経済成長に直結する投資・産業創出を前面に押し出している点で方針転換が見られる。これにより、手法は継承しつつ「目的(経済活性化)」の優先順位が上がっている。
地域を越えたビジネス展開の支援
高市政権は地域企業の域外展開を政策的に促進する方針で、国内外の販路拡大支援、海外拠点設立支援、共同出資やアライアンス促進、さらには国家レベルの貿易交渉との連携による自治体産品の輸出促進などを政策メニューに含める方向である。これにより、地域内の需要だけに頼らない成長モデル構築を目指す。
主な課題と懸念(総括)
高市政権の地方創生政策は「経済重視」の明確化という利点がある一方で、複数の課題と懸念が並存する。以下に主要な論点を整理する。
1) 人口減少・高齢化という根本課題への対応
日本全体の人口減少と高齢化は地域経済の需要減、労働力不足、社会保障費増大を招く根本的な制約である。投資や企業誘致で生産基盤を整備しても、地域に住み続ける若年層・子育て世代の確保や、高齢者の生活支援体制の整備なくして持続的な経済成長は困難である。したがって、雇用創出と同時に住環境・教育・医療等の生活基盤整備を並行して進める必要がある。
2) 地域格差の拡大リスク
投資は採算性や既存インフラの有無を基準に流れる性質があるため、条件の良い地域に資金と企業が集中し、条件の悪い地域が一層置き去りにされるリスクがある。政権は産業集積を支援するが、同時に二極化を是正する分配政策や、弱い地域に対する別枠の支援策を用意しないと格差拡大を招く恐れがある。
3) 中小企業への恩恵の偏り
誘致された大企業や外資が地域にもたらす雇用や税収効果は大きいが、地元中小企業がその恩恵を十分に享受できないケースもある。地場のサプライチェーン組成や人材育成、取引機会の確保など、中小企業が成長の果実を享受できる仕組み作りが不可欠である。
4) 政策目標の曖昧さと評価指標の不足
短期的に「投資を呼び込む」ことは可能だが、中長期で何をもって成功とするか(成長率、雇用者数、賃金上昇、定住率、域内付加価値等)の明確なKPI(主要業績評価指標)設定と定量評価が必要である。政策の評価が曖昧だと、公共資源の投入効率が低下する恐れがある。
5) 財源の確保と持続可能性
公共投資や税制優遇、補助金等の財源は限られている。特に人口減少下で税収の伸びが期待しづらい状況では、投資効果の高い施策への選別、民間資金の呼び込み、公的資金のレバレッジ(官民ファンド等)の活用が求められる。拡張的な財政運営を行う場合は、中長期の財政持続性をどう担保するかが問われる。
問題点(総括)
高市政権のアプローチは「投資主導・成長優先」で一気に地域経済を刺激する可能性を持つが、人口構造の制約、格差拡大、地域間での成果の偏在、目標の定量化不足、財源問題という五つの構造的問題を抱える。特に「投資を呼び込めば地方は自動的に潤う」という前提は過度に楽観的であり、実務レベルでの中小企業支援や生活基盤強化、教育・保育・医療等の社会インフラ整備とセットで進める必要がある。
具体的な対策の方向性
以下は政策効果を高めるための具体的な方向性である。
明確なKPI設定とモニタリング体制の導入:投資額だけでなく、域内付加価値増、正社員雇用数、賃金水準、若年層定住率などの指標を定め、半年〜年次で公開・評価する。
地域ごとの「戦略的投資パッケージ」作成:自治体と民間が共同で事業計画を作成し、国はインフラ・税制・補助金で支援。採算性が低い地域には別枠の社会的投資を確保する。
中小企業のサプライチェーン参加を義務付けるインセンティブ:誘致企業に対して地元部品調達比率を高める優遇措置を設定し、地元中小の成長を促す。
官民ファンドでリスクを分散しつつ長期投資を誘導:公的資金を活用した共同出資でインフラや産業投資の初期リスクを下げる。
人材確保・定着のための生活支援:保育・教育・医療の充実に加え、住宅支援や地域でのキャリア形成支援を組み合わせる。
これらは「投資+生活基盤+中小企業支援」を統合することで政策の持続性と効果を高める方向性である。
経済活性化・産業創出への注力(実務的手段)
経済活性化に直結する施策として以下を推奨する。
産業クラスター支援プログラムの創設:産学官連携・企業連合体への長期支援を行い、共同研究・人材育成・販路開拓をパッケージ化する。
スマートインフラとグリーン投資の優先:再エネ導入、電動化、データセンター等のインフラを整備し、地域の産業基盤を近代化する。
地方版イノベーション拠点の整備:都市圏にあるようなアクセラレーターやVC(ベンチャーキャピタル)の地方展開を支援し、地域ベンチャーの資金調達環境を改善する。
企業誘致と産業集積地の創出(具体策)
企業誘致は単なる工場建設補助ではなく、付加価値の高い投資を呼び込む必要がある。具体的には、土地・電力・物流の確保、地域人材の研修・リスキリング、税制インセンティブ、行政手続きのワンストップ化などを組み合わせた「地域投資パッケージ」を提示する。さらに誘致後は地元中小との連携促進を契約条件や補助の前提とすることで、地域内経済の連鎖効果を高めるべきである。
投資促進とインフラ整備の連携
投資を呼び込むためには、電力や通信といった基礎インフラの確保が不可欠である。特に再生可能エネルギーの地産地消や、デジタル基盤(光ファイバー、5G/6G対応)、港湾・空港・道路の整備を投資計画と同時に進めることで、企業にとっての参入障壁を下げる効果がある。また、インフラ整備は雇用創出にも直結するため地域経済への即効性が期待できる。
「地域未来戦略本部」による司令塔機能の強化
本部は内閣直下の強みを生かし、省庁横断の意思決定を迅速化する役割を果たすべきである。具体的には、(1)複数省庁に跨る許認可のワンストップ化、(2)資金配分の再編と優先順位設定、(3)自治体と民間の定期的な政策協議テーブルの設置、(4)全国のベストプラクティスの集約と横展開の制度化、を推進することが望ましい。これにより、現場での遅延や手戻りを小さくすることが可能になる。
中堅・中小企業への支援の具体化
地方経済の基礎は中小企業であるため、以下の施策が重要である。
設備投資補助と税制優遇:生産性向上投資に対する加速償却や税額控除を検討する。
DX(デジタルトランスフォーメーション)支援:クラウド導入や生産管理システムの導入補助で生産性を高める。
人材育成:地域産業にマッチした職業訓練や大学・職業訓練校との連携プログラムを強化する。
金融支援:返済条件の緩和や低利融資、共同出資型のファンドで成長資金を供給する。
人口関連目標の継承と具体化(石破路線の接続)
石破政権が掲げた「担い手確保」「生活環境の維持」といった目標は高市政権でも基盤として継承されているが、経済重視の枠組みのなかでこれらをどう具体化するかが課題である。具体化の手段としては、若年層・子育て世代の定住促進策(住宅支援、保育所拡充、教育環境の改善)、シニア層の就労・地域参加促進(社会的企業や地域サービス産業への就労支援)などが考えられる。これらを投資誘致と連動させることで、地域経済の循環を強化する必要がある。
今後の展望とまとめ
高市政権の地方創生政策は「経済を主軸にして地方を再生する」という明快なビジョンを示しており、地域未来戦略本部の設置は政策実行力の強化につながる可能性がある。とくに投資促進、産業集積、中小企業支援に注力する姿勢は即効性が期待できる一方で、人口構造の制約や地域間格差、財源問題といった構造的課題に対する配慮を欠くと成果の偏在と短期的効果に終わる危険がある。したがって、政策の持続可能性を担保するためには、(1)明確な定量目標とモニタリング、(2)中小企業と住民生活を結ぶ補完策、(3)弱い地域への別枠支援、(4)財政の効率的運用と官民連携の深化、を同時に推進することが不可欠である。これらを実行できれば、高市政権は地方創生を通じた全国的な経済底上げを実現するチャンスを持つことになる。
