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コラム:高市政権の食料安全保障政策、「稼げる農業」推進

高市政権の食料安全保障政策は野心的で包括的だが、実効性を確保するためには財源配分の透明化、現場合意の形成、短期/長期の政策目標の整合、そして気候変動や国際市場リスクへの備えを一体的に運用することが必要である。
高市総理(AP通信)

2025年11月時点で、日本の食料安全保障は国内生産の脆弱性、国際市場の価格変動、気候変動リスク、供給網の脆弱性が同時に顕在化している。農林水産省のデータによると、令和6年度の食料自給率(カロリーベース)は約38%で横ばい、生産額ベースでは64%とやや改善した項目もあるが、主食用米や小麦、主要農産物の供給は依然として外部要因に左右されやすい状況である。国内では米価高騰や一部地域での需給ひっ迫が国民生活の負担になっており、同時に生産基盤の高齢化・担い手不足、農地の細分化といった構造的課題が残る。政府は「危機管理投資」や経済安全保障の一環として食料安全保障を重点政策に位置づけているが、実行面では与党内の政策調整や財源確保が課題になっている。

高市政権(自民・維新)の食料安全保障政策(総論)

高市政権は「危機管理投資」を掲げ、食料安全保障を経済安全保障やエネルギー安全保障と並ぶ重要分野と位置づける。内閣所信や与党の方針では、国内生産力の強化、先端技術の導入、農地の集約化、備蓄とリスク管理、国産品の海外展開を統合した政策パッケージを志向している。さらに、政権の政策運営スタンスとしては「責任ある積極財政」を基調に、初期の集中投資で生産基盤の構造転換を早期に進める方針が見られる。これにより、短期の需給改善と長期の生産力強化を両立させようとしている。

生産基盤の強化と自給率向上

高市政権の基本方針は、食料自給率の底上げを目標としつつ、供給安定性を高めるために生産基盤(担い手、設備、農地集積、資材供給網)の強化を図ることにある。具体的には以下を重視する。

  • 担い手育成・就農促進:若者や新規参入者に対する資金援助や技術支援、就農後の経営安定化対策を拡充することで担い手不足を是正する。

  • 農地の集約と規模拡大:小規模零細化した農地を集積し、大区画化・大規模化を進めることで機械化や効率的管理を可能にする。

  • インフラ投資:灌漑設備、貯蔵・流通施設、冷凍冷蔵インフラの整備を進め、流通ロス削減と需給調整力を高める。

これらは短期的にはコストがかかるが、中長期的には生産性向上と自給率底上げに資する施策であると政権は位置づけている。政策効果の検証には時間が必要で、地域差や生産物別の評価が不可欠だ。

国内生産の強化

国内生産の強化では、主食(米・小麦)と飼料・大豆・野菜・果実・畜産のバランスを取る。高市政権は、主食用米の生産調整や市場介入政策の見直し、国内飼料自給率の向上、農薬・肥料の安定供給策を並列して進める方針を示している。特に小麦や大豆の国内回帰・増産は政策の重要論点であり、農地利用の転換支援や作付補助、加工・流通設備への投資が想定される。だが、短期的な増産は気象条件や投入品価格の影響を受けやすく、補助金や価格支持などの手段と組み合わせなければ実効性が薄いという指摘がある。

資材価格高騰への支援

肥料・飼料・農機部品などの資材価格上昇が農業経営を圧迫している現状があるため、高市政権は資材費への支援を打ち出している。支援策は直接補助、低利融資、燃料・電力コスト補填、共同購入やサプライチェーン改革の支援など多角的である。加えて、国際的な価格変動リスクを緩和するための戦略備蓄や国内製造振興も検討されている。だが、財源確保と持続可能性の確保が課題であり、短期の支援と構造的なコスト低減施策の両輪が必要になる。

主食用米の生産調整(減反政策)見直し

かつての減反政策(作付け調整)については、需要と価格の急変に対応するための柔軟化が議論されている。高市政権は、過度な生産抑制が供給リスクを高めたとの反省に基づき、生産調整のルール見直しや需要に応じた機動的な作付変換を重視する方針を示している。具体的には、需給監視の強化、米粉や加工用途への転換支援、作付けの地域別最適化などが含まれる。ただし、減反の完全廃止や一斉増産を行うと価格安定策と矛盾するため、価格安定策(市場介入や備蓄政策)とのバランスを取る必要がある。時に「減産継続」や「増産転換」を巡る与党内外の議論が激しく、政策の方向性は現場の現状と強く摩擦する。

「稼げる農業」の推進

高市政権は農業を「稼げる産業」に変えることを政策目標にしている。高付加価値品目の育成(ブランド化、品質認証、産地直送・D2C流通)、6次産業化(加工・販売の一体化)、海外市場開拓、観光農業の振興などを通じて農家所得の向上を図る狙いだ。こうした政策は農家のモチベーション向上や若年層の就農促進につながる可能性がある一方、全量を海外輸出向けの高価格品に転換することは国内の需要構造や価格安定と矛盾するため、地産地消とのバランス調整が重要だ。

先端技術を活用した生産革命

スマート農業、遺伝子編集や品種改良、垂直農法・植物工場、AIによる生育管理など、先端技術の活用を政策の中心に据える。これにより単位面積当たりの生産性を向上させ、天候変動の影響を軽減し、労働力不足を補うことが期待されている。政府は研究開発補助、実証事業、導入補助を通じて普及を図る計画であり、民間の設備投資を促す税制優遇も検討されている。ただし、技術導入には初期投資や運用ノウハウが必要であり、中小農家が取り残されない支援設計が不可欠だ。

農地の大規模化や集約化

農地の大区画化と経営集約は効率化の鍵である。高市政権は農地中間管理機構の活用促進、法人化支援、長期リース制度の整備を通じて土地流動化を促す。しかし、地域社会の維持や小規模農家の生活保障という観点からは抵抗も大きい。地域の合意形成、適切な補償・転換支援、文化的価値の保全をどう両立させるかが現場での最大の論点になる。

天候に左右されない安定的な生産・供給体制の構築

気候変動による異常気象や病害虫リスクの増大に対し、政権は次の対策を重視する。品種改良による耐性強化、施設栽培の拡大、灌漑と排水インフラの強化、異常気象時の緊急対策マニュアルと支援スキーム、地域横断的な供給ネットワークの整備である。これらは単独の施策では不十分で、研究開発、データ共有、防災と農業政策の統合が必要だ。

輸出拡大と販路開拓

国内生産の強化と並行して輸出拡大を図るのが高市政権の政策方針だ。高品質な国産農産物のブランド化(和牛、米、果実、加工品など)を進め、FTA・EPAを活用した市場開拓支援を行う。新しい分野としては、ノングルテン米粉や機能性素材、加工品の海外ニーズを狙う動きがある。輸出拡大には品質・衛生基準の国際認証取得、物流コスト低減、貿易手続きの簡素化が重要になる。だが、輸出中心に偏ると国内供給不足・価格高騰を招くリスクがあり、需給調整策との整合性が求められる。

備蓄とリスク管理

戦略的備蓄の拡充とリスク管理体制の強化は、食料安全保障政策の基礎である。政権は主食(米、小麦等)の公的備蓄の見直し、サプライチェーンの多元化、輸入先分散、緊急時の輸入手続き迅速化を進める方針を示している。備蓄の効率的運用(回転備蓄、加工備蓄の活用)や備蓄にかかる財政コストとのトレードオフは政策設計上の課題だ。

課題

高市政権の食料安全保障政策は多面的だが、複数の課題が残る。

  1. 財源と「責任ある積極財政」との整合性:大規模な初期投資や継続的な補助をどう財源配分するかが焦点だ。政権は「責任ある積極財政」を掲げ、成長重視の投資を優先する姿勢を示しているが、長期的な財政持続可能性をどう担保するか国際・国内の市場反応を踏まえて慎重に説明する必要がある。

  2. コメ余り対策と価格安定の両立:増産志向と価格安定は時に対立する。コメの生産調整を緩めれば短期的に需給が改善する可能性があるが、過剰生産が発生すれば価格下落で農家収入を圧迫する。ブランド化や加工米粉等の需要開拓、柔軟な備蓄運用、市場介入ルールの明確化が必要になる。

  3. 少数与党下での政策運営の難しさ:自民党と維新の連立で政策合意は成立しているが、与党内でも地域利益の調整が難しい。維新側の要求や地域的要求との調整を図りつつ、国会対応や地方自治体との連携が不可欠だ。

  4. 現場の理解と協力の獲得:農家・地域社会は急速な構造変化に抵抗感を持つことが多い。大規模化や法人化、集約化には地元合意や丁寧な補償・再就農支援が必要で、現場の理解を得るための対話と実効的支援が求められる。

  5. 気候変動対応と生産基盤の強化:異常気象の頻発を踏まえたインフラ投資・品種改良・保険制度の整備が急務である。これには長期的財源と国際的な技術・知見の導入が必要だ。

財源の確保と「責任ある積極財政」との整合性

高市政権は政策の実行にあたり「責任ある積極財政」を掲げ、初期の集中投資で成長基盤(含む食料安全保障)を固める意図を示している。だが、投資の優先順位設定、費用対効果の検証、歳出の構造改革(低効率支出の見直し)をどう進めるかが問われる。財務省関連の資料や会議の議事資料では、農業の構造転換に向けた初動5年間の集中的投資といった文言が示されており、短期の集中投資でインフラと技術導入を図る意図が読み取れる。これを持続可能な形で回収するためには、生産性向上による税収増や経済波及効果を明確に示すことが必要になる。

コメ余り対策と価格安定の両立

コメ政策は典型的な難題だ。消費の高まりで一時的な需給逼迫が生じる局面と、長期的な需要減少(人口減・食生活の多様化)を同時に考慮しなければならない。政策選択肢としては、(1)加工用途や輸出分野の需要拡大、(2)機動的な生産調整メカニズム、(3)補償付きの備蓄・買入価格制度、(4)農家所得補償の導入・強化などがある。これらを組み合わせ、価格が過度に上下しないよう「価格安定」と「余剰削減」を同時に実現する運用ルールの整備が必要だ。現場の不安を和らげつつ、消費者負担も抑えるための政策設計が鍵になる。

少数与党下での政策運営の難しさ

自民・維新連立政権は政策決定の機敏性を目指す一方、与党内や地域利害の調整、法案成立時の票集めが課題になる。維新側の要求(例えば消費税の一時割引など経済政策の要求)が農政と交錯した場合、実務上の調整が必要になる。さらに、地方からの抵抗や自治体レベルの反発があれば現場実装は遅れる。従って中央のトップダウンと地方のボトムアップをどう組み合わせるかが成功の鍵だ。

現場の理解と協力の獲得

政策の成否は現場の受容性にかかっている。大規模化やスマート農業導入がもたらす効率化の恩恵を具体的に示し、小規模農家へのセーフティネットや再就農支援を整備する必要がある。説明責任を果たし、地域ごとの事情に応じた柔軟な支援策を行うことで、現場の協力を得る努力が不可欠だ。

気候変動への対応と生産基盤の強化

気候変動は長期的に食料供給を脅かすため、農業分野での適応と緩和を同時に進める必要がある。施策としては耐熱・耐塩性品種の育成、施設栽培の普及、土壌改良と水管理の高度化、温室効果ガス排出削減のための循環型農業の奨励などがある。これらは研究開発投資と現場実装の両面での支援が欠かせない。

国民の理解とライフスタイルの変革

食料安全保障は政府だけで完結する課題ではなく、国民の消費行動やライフスタイルの変化も重要だ。地産地消の推進、食品ロス削減、食育の充実、健康志向に基づく食材選択の促進などを通じて、持続可能な需要構造を築くことが必要だ。国民の理解を得るためのコミュニケーション戦略と教育施策が必須である。

今後の展望

高市政権の食料安全保障政策は、短期の需給安定策と中長期の生産基盤強化を同時に追求する点で一貫性がある。初期投資と規制・制度面の改革を組み合わせることで、一定の効果を上げる可能性がある。ただし、財源配分、現場の合意形成、需給調整機能の設計、国際市場との整合性を慎重に扱わなければ、期待した成果は得にくい。特にコメ政策は国民生活に直結するため、政治的敏感性が高く、慎重な政策運営が求められる。今後は実証事業の結果、公的備蓄や価格支持の運用ルール、輸出拡大の具体的成果などを注視する必要がある。


参考(主なデータ・報道)

  • 農林水産省「令和6年度食料自給率」公表(令和7年10月発表):食料自給率の現状と推移の統計。

  • 首相所信表明(高市内閣):「危機管理投資」「食料安全保障」を政策の柱に掲げる所信。

  • 朝日・赤旗等の論評・批判報道:コメ政策や生産調整に関する批判的な報道が存在し、現場や野党の反応を伝えている。
  • 財務省関連資料(農林水産参考資料):農業の構造転換と初期集中投資に関する資料。

以上のように、高市政権の食料安全保障政策は野心的で包括的だが、実効性を確保するためには財源配分の透明化、現場合意の形成、短期/長期の政策目標の整合、そして気候変動や国際市場リスクへの備えを一体的に運用することが必要である。政策の実装過程で得られる実証データによって、政策の修正・最適化が求められる。

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