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コラム:高市政権の対中政策、構造的なジレンマとリスク

高市政権の対中政策は、安全保障強化と経済安全保障の両面で積極的に舵を切る「現実路線」であるが、同時に外交的緊張を生むリスクを抱えている。
2025年10月31日/日本の高市早苗総理(左)と中国の習近平国家主席(AP通信)
現状(2025年11月時点)

2025年11月時点での日本の外交安保環境は、米中競争の激化、東アジアにおける軍事的緊張の高まり、サプライチェーンや半導体などの戦略的資源を巡る経済面での脆弱性という三重のプレッシャーに直面している。10月下旬に発足した高市政権は、防衛力強化と経済安全保障の両面を軸にした「現実路線」を掲げている一方で、台湾情勢に関する首相の直接的な言及が中日関係を急速に悪化させ、観光・経済交流や外交対話のテンポにも影響を与えた。報道では、首相が国会で「台湾有事は日本の存立に関わる事態になり得る」と述べたことを契機に、中国が渡航自粛や強い抗議を行い、日中間で緊張が高まっていると伝えている。

高市政権(自民・維新)の対中政策(総論)

高市政権の対中政策は、(1)安全保障の強化により抑止力を高めること、(2)経済安全保障を重視して戦略的依存を軽減すること、(3)日米同盟や地域連携を基軸にした外交的プレゼンスの強化、(4)同時に「現実的な対話チャネル」を維持して摩擦を管理するという二面性を持つ。政権の所信表明や政策文書では「危機管理投資」や「経済の強靱化」が明確に打ち出され、従来の防衛力増強と合わせて経済面でのレジリエンス強化が一つの柱として位置づけられている。政府公式サイトの所信表明でも経済安全保障や危機管理投資が強調されている。

主な特徴

高市政権の対中政策の主な特徴を整理すると以下のようになる。

  1. 「毅然とした安全保障姿勢」の掲示:公の場で中国の軍事的脅威に対する可能性を明確に指摘し、場合によっては日米同盟を含む多国間連携で対応する可能性を示唆している。

  2. 経済安全保障の重視:供給網多様化、重要技術・資源の国内回帰(あるいは同盟国とのシェアリング)を進めることで、対中依存を戦略的に低減する政策を推進する意志がある。

  3. 「現実路線」と外交努力の併用:一方で首脳レベルや外務ルートでの対話を維持し、関係悪化を緩和するための機会を確保する方針を掲げている。これは高市が就任前後に中華人民共和国の指導者と会談するなど、対話の余地を残す行動にも現れている。

毅然とした安全保障姿勢

高市政権は防衛費増額や自衛隊の能力強化を積極的に推進する方針を明示している。国内では防衛支出をGDP比で一定水準まで引き上げ、ミサイル防衛、サイバー防衛、島嶼防衛能力の強化、敵基地攻撃能力の検討などが政策議題として上がっている。首相自身の台湾に関する言及は、従来の曖昧さを薄め、状況次第では日本の安全保障上の重大性を公に認める方向を示した点で革新的である。これにより抑止力を強化する意図が国内外に明確に伝わったが、同時に緊張のエスカレーションを招くリスクもある。

経済安全保障の重視

高市政権は「危機管理投資」や重要インフラ・半導体分野への重点投資を打ち出している。サプライチェーンの多元化、外資規制の強化、重要技術の国内回帰支援、輸出管理体制の運用強化といった政策手段が検討・実施される見込みである。専門家やシンクタンクは、こうした措置が短期的には企業コストを押し上げる一方で、中長期では国家のレジリエンスを高めると評価している。

「現実路線」と外交努力

高市政権の対中アプローチは原理的には二面性を持つ。強い防衛と経済的自立を図りながらも、外交ルートでの対話や首脳交流を完全に放棄しない現実主義的な手法を採る。実際に高市首相は就任直後に習近平国家主席と会談しており、日中間で「戦略的互恵関係」や「建設的かつ安定的な関係」を確認する表現が見られた。こうした「現実路線」は、対立が激化しやすい環境下で最低限の緊張管理を図るための措置である。

日米同盟の強化

高市政権は日米同盟を外交・安全保障の中心軸と位置づけ、米国との共同訓練や情報共有、装備面での連携強化を進める意志を示している。米国との関係強化は抑止力の重要要素であると同時に、地域の多国間協力(オーストラリア、インド、フィリピン、韓国など)や自由で開かれたインド太平洋(FOIP)という枠組みでの協調を深める狙いがある。日米間での戦略的調整は、台湾や南シナ海を巡る逼迫した情勢に対処するための基本戦略である。

問題点

高市政権の対中政策には複数の問題点とリスクがある。第一に、強硬姿勢と公的発言の頻度・具体性が増すほど、誤算や偶発的エスカレーションのリスクが高まる。第二に、経済安全保障の強化は短期的に企業のコスト増や投資抑制を招き、日中の貿易や投資関係に悪影響を及ぼす可能性がある。第三に、国内的には維新との連立による政策推進の速さと強度が、野党や世論の反発を生み、政治的安定を損なう恐れがある。これらは政策効果と政治的正当性の両面で慎重な運用を必要とする課題である。

外交的対立の激化

首相の台湾に関する直接的な言及は、中国側の強い反発を招き、外交的対立が顕在化した。中国は駐日大使を通じて強い抗議を行い、国営メディアや外務省ルートで日本への批判を繰り返している。さらに中国当局は自国民に対して訪日自粛を呼びかけ、観光業や消費分野での即時的な経済打撃を生む措置をとった。これに対して日本は外務省レベルで抗議し、必要に応じて外交ルートを通じた沈静化を図る対応に追われている。

「台湾有事」発言による緊張

高市首相が国会で台湾情勢に関し「存立危機事態に該当する可能性がある」と述べたことは、従来の慎重な表現とは一線を画する発言であった。この発言は国内外で大きな注目を集め、政府内外での議論と解釈の差異を露呈させた。賛成論は「現実を直視した冷静な抑止表明」と評価する一方で、反対論は「不必要な挑発」として外交的コストを指摘している。発言の直後に発生した中国の報復的措置は、政策発言が即時的に外交実務に影響を及ぼす点を示した。

中国側の報復措置

中国側は、公式声明とメディアキャンペーン、旅行警告や観光自粛呼びかけといった非軍事的圧力手段を同時に用いることで、迅速に外交的コストを日本側に課そうとした。さらに、中国の国営メディアは日本の右派的動向を歴史観や帝国主義の復活と批判し、日本国内の世論分断を狙うプロパガンダ戦術を採用している。こうした一連の措置は、軍事的衝突を直接的に招くものではないが、経済・人的交流の縮小や相互不信の深刻化を通じて長期的な関係損傷をもたらすリスクがある。

首脳会談後の態度硬化

高市首相と習近平主席の会談が行われた直後でさえ、首相の台湾に関する明確な発言は中国側の反発を招き、会談での和らげた表現が短期的な緊張の緩和に十分に効かなかった局面が観察される。これは首脳レベルの合意と国内向けの政治発言との間に乖離が生じる「ダブル・バインド」の典型例であり、外交実務上の調整を一層難しくする要因である。

構造的なジレンマとリスク

高市政権が直面する構造的ジレンマは明確である。安全保障の強化と政治的な抑止力の表明は短期的には国内支持や抑止効果を生む一方で、外交関係や経済的相互依存を損ねる可能性がある。経済分野での自立化政策は、投資や雇用、企業収益にネガティブな影響を与えうる。さらに、国内政治の分断や維新との政策連携の摩擦は、長期的な政策持続性を揺るがすリスクを孕む。これらは「力による抑止」と「経済的相互依存」という二律背反をいかに運用で均衡させるかという長期的課題を示している。

「安全保障」と「外交安定」の両立の困難さ

安全保障の強化を対外的に示すほど、外交的安定を保つことは困難になる。軍事能力の増強や同盟強化は抑止力を高めるが、相手国の安全保障ジレンマを刺激して軍拡競争を誘発する懸念がある。したがって、政策運営上は次の三つを同時に行う必要がある:①誤算を避けるための明確な戦略的コミュニケーション、②経済分野でのリスク低減措置を段階的かつ透明に実施すること、③地域や国際機関を通じた緊張緩和策を並行してすすめること。これらを怠ると、短期的な安全確保が中長期での外交孤立と経済的悪影響を招く罠に陥る。

経済的影響

中国との関係悪化は観光、輸出入、投資面で即時的な影響をもたらす。特に観光業は短期間で打撃を受けやすく、企業のサプライチェーンは中国依存度が高い分野で混乱が生じやすい。経済安全保障政策は長期的にはリスク低減に寄与するが、切り替えコスト、代替供給先の確保、国内産業再配置には時間と資金を要する。専門家は短中期の経済的負担を想定した上で、補助金や税制優遇、企業支援策を同時に整備することを勧告している。

「戦略的曖昧さ」の喪失

これまで日本が意図的に維持してきた「戦略的曖昧さ」(具体的な軍事行動や対象の記述を避け、抑止と外交回路のバランスを取る方針)は、高市政権の一部発言により薄まりつつある。曖昧さは誤算を回避するためのツールでもあったが、曖昧さの喪失は相手国に明確な反応を促し、局面によってはエスカレーションの引き金となる可能性がある。したがって、政府は説明責任と戦略的コミュニケーションを高め、発言が外交実務に与える影響を慎重に勘案する必要がある。

今後の展望

今後の展望として短期的には現状の緊張継続が想定されるが、長期的には次のシナリオが考えられる。第一に、日中双方が実利的な対話と経済面の相互依存の重要性を再確認し、段階的な緊張緩和に向かう「管理された競争」シナリオ。第二に、強硬な姿勢がエスカレートし、経済・外交の摩擦が慢性化する「持続的対立」シナリオ。第三に、外部(米国やEUなど)の関与が高まり地域的な集団的枠組みが強化されることで日本の選択肢が広がる「多国間圧力と調整」シナリオである。

政策的示唆としては、(A)日米同盟と地域協力を最大限活用して抑止と外交チャネルを併行させること、(B)経済安全保障を段階的に実施しつつ企業負担を緩和する補完措置を導入すること、(C)戦略的コミュニケーションを強化して国内外への発信を一貫させること、(D)危機発生時のエスカレーション制御メカニズム(軍事・外交の連絡手段)の整備を進めることが重要である。

まとめ

高市政権の対中政策は、安全保障強化と経済安全保障の両面で積極的に舵を切る「現実路線」であるが、同時に外交的緊張を生むリスクを抱えている。首相の台湾に関する発言に見られるように、言説と実務のバランスを誤ると短期的な外交対立や経済的損失を招く恐れがある。今後は抑止力の強化と同時に、摩擦管理のための冷静で緻密な外交運用が不可欠であり、国内外の専門家や市場の懸念を踏まえた政策の継続性と調整能力が政権の安定と国益の両立を左右するだろう。


中国との関係悪化は(1)短期的なショック(観光・消費・一部輸出の急落)をもたらし、(2)中期的にサプライチェーン再編や企業コスト上昇を通じて生産性や投資を抑制し、(3)長期的には戦略物資・高度技術の流れの制約と日米同盟依存の強化を招く。安全保障面では抑止・防衛能力強化を促す一方で、誤算やエスカレーションのリスク、地域の軍拡競争激化、情報・サイバー面での脆弱性露呈が懸念される。これらは互いにフィードバックし、経済的打撃が安全保障能力の持続可能性を損ねる「負のスパイラル」を作る可能性がある。


1) 貿易と生産(直接的な経済チャネル)

  1. 日本と中国は主要な貿易相手国であり、モノの流れが経済の生産網を支えている。2024年の対中輸出は大きな規模にのぼり(2024年の対中輸出額は約1,246億ドル台)。このため貿易摩擦や輸入規制、非関税措置は即時的に輸出・輸入数量を減らし得る。

  2. 実例:食品や農水産物の禁輸・検査強化は短期間で輸出先を失わせた(福島関連の輸入制限が2024年に日本の食品輸出構造に影響を与えた)。こうしたセクション特有のショックは特定地域や業者に集中するため、雇用・地方経済に打撃を与える。

インプリケーション:主要輸出品目(機械、化学品、食品など)で代替市場をすぐ確保できない分野は短期的ダメージが大きい。企業は在庫や保険、顧客多元化のコストを負担せざるを得ない。

2) 観光・消費(即時性が高いチャネル)

  1. 中国からの観光客は日本のインバウンド消費に大きく寄与しており、訪中側の渡航自粛や渡航注意呼びかけは観光・小売・サービスに直撃する。直近の報道で、中国政府の渡航警告に伴い、観光・小売株が急落した事例が確認されている。

  2. 観光需要急減は季節性の高い地域や高級消費財(化粧品、百貨店、高級外食)へ即時的な売上縮小をもたらす。回復には時間がかかることが多く、店舗閉鎖や雇用削減につながる可能性がある。

インプリケーション:短期的現金フローの低下に対応するための中小企業支援、観光客の多様化(東南アジア、欧米)やプロモーションの迅速な切替が必要になる。

3) サプライチェーンと半導体・先端技術(中期〜長期)

  1. 半導体・先端素材や重要部品は地理的に特定地域に集中しているため、規制(輸出管理)やファイナンシャル・オペレーショナルな分断は生産ライン停止や納期遅延を招く。米国主導の対中輸出規制および二次的影響が日本企業にも波及しているという分析がある。

  2. 一方で「部分的デカップリング」は中国側の代替努力を促し、長期的にはサプライチェーンの地図を書き換える。日本企業はサプライヤーの多元化、国内回帰、インド東南アジアへの生産シフトなどを検討せざるをえない。これらは設備投資と時間を要する。

インプリケーション:短中期では企業コストの上昇(輸送、在庫、代替調達コスト)が避けられず、グローバル競争力に影響を与える。政府は補助・減税や産業クラスター支援で移行コストを部分的に肩代わりする必要がある。

4) 投資・資本フロー(直接・間接)

  1. 政治リスクの高まりは対中投資の抑制や撤退(あるいは新規投資の他地域シフト)を促す。外国直接投資(FDI)や企業の現地再投資が減少すれば長期的な成長ポテンシャルに影響する。

  2. 両国間の資本規制強化や審査厳格化(経済安全保障法制の運用強化)は、M&Aや共同研究・合弁の抑制につながり、技術移転やイノベーションの共有を阻害するリスクがある。

インプリケーション:成長分野での協業が難しくなり、日本企業は技術獲得ルートを再設計する必要がある。政府は国際共同研究の枠組みを米欧や地域諸国と拡大することで代替経路を作るべきだ。

5) エネルギー・資源・供給(重要な脆弱性)

  1. エネルギーや資源面では中国はリソース供給チェーンの重要プレイヤー(例えば一部希土類など)であり、政治的摩擦による輸出制限や輸送の遅延は日本製造業にとって直接コストとなる可能性がある。

  2. 代替調達は可能でも高コスト化しやすく、特に希少金属や特殊化学品は短期の代替が難しい。

インプリケーション:戦略的備蓄、再利用技術投資、同盟国や第三国との資源確保協定が不可欠になる。

6) 金融市場・投資家心理(短中期の波及)

  1. 地政学的緊張は市場のボラティリティを高め、円相場・株式市場・債券市場に短期ショックを与える。投資家はリスクオフで安全資産(円・国債)を選好しやすいが、日本の場合は輸出比率の高さが実体経済への逆フィードバックを強める。最新の報道でも渡航警告の直後に関連株が下落している。

インプリケーション:日本銀行・政府のフォワードガイダンスと短期的な市場安定化策(流動性供給、信用保証)が必要になる。

7) 安全保障面の影響(抑止・脆弱性・費用)

  1. 関係悪化は防衛態勢強化の正当化を強め、防衛予算の増加、装備調達、同盟(特に日米)との共同訓練・情報共有の拡大が進むだろう。一方で、防衛費の拡大は社会保障など他分野との財政競合を生むため、持続可能性の問題を招く。

  2. 軍事以外でもサイバー攻撃、経済的ハイブリッド戦(輸出規制・サプライチェーン攻撃・世論操作)が強化される恐れがある。これらへの対抗は法整備・公共・民間の連携強化、インテリジェンス投資を必要とする。

インプリケーション:安全保障支出の拡大は短期的抑止力向上を生むが、経済的疲弊が続くと長期的持続力を損なうリスクがある。経済と安全保障のバランスが重大。

8) 戦略的曖昧さの喪失と外交オプションの狭小化

  1. 日本が従来用いてきたある種の「戦略的曖昧さ」を放棄し、明確な立場表明や軍事的対応可能性を示すと、相手はそれに見合った対抗手段を準備する。これにより外交的余地が減り、交渉におけるカードが減る可能性がある。

インプリケーション:政策効果を最大化するために、発言と実務の整合、緩衝策(チャネル維持、第三国仲介)を並行して確保する必要がある。

9) 二次的・波及的社会経済コスト(失業・地方経済)

  1. 観光や輸出依存度の高い地域では短期の雇用喪失や税収減が発生する。地方の中小企業は信用不安で資金繰りが悪化しやすい。これが内需低迷を通じて全国的な景気下押し要因になる可能性がある。

インプリケーション:地域再生政策、雇用維持のための支援策、短期的な財政支援が必要。


政策的示唆(現実的な選択肢)

  1. 短期対応(緊急):観光・小売・中小企業向けのキャッシュ支援、信用保証、雇用維持補助を準備する。市場の急変には流動性供給と投資家向け説明を行う。

  2. 中期対応(構造調整):サプライチェーン多元化・国内回帰のためのターゲット補助(金属、半導体素材、重要インフラ)、産業クラスター強化、企業の再配置支援を実施する。

  3. 技術・投資政策:輸出管理・投資審査は明確な基準と透明性を持たせ、企業の予見可能性を高める。国際連携(米欧・豪印・ASEAN)で共同研究・資源確保協定を構築する。

  4. 安全保障と財政のバランス:防衛力向上は必要だが、持続可能な財政運営の枠組み(優先順位付け、長期計画)を設ける。経済的負担を軽減するため、産業界との負担共有や多国間調達を検討する。

  5. 外交の柔軟性維持:公開発言の戦略的コミュニケーションを徹底し、チャネルは維持・多様化する。第三国や国際機関を通じた緊張緩和策も並行する。


最後に:リスク評価とトレードオフ

  • 最も大きなリスクは「経済面の疲弊→社会的反発→防衛支出の財源不足」という連鎖である。対中強硬姿勢は短期的政治的利益や抑止を担保するが、経済的コストと外交の制約を伴う。したがって、政策は「段階的実施+補完措置(企業・地方支援)+国際分担」を前提に設計しなければ、抑止と経済の両立は困難になる。

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