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コラム:世界の山火事が地球温暖化に与える影響

対策には予防的土地管理、早期検出・消火能力、地域コミュニティ対策、そして何より化石燃料排出削減を中心とする長期的な気候緩和策の両立が必要である。
2022年8月16日/アルジェリアとチュニジアの国境近くで発生した山火事(Getty Images)
現状:山火事の頻度・規模と最近の傾向

近年、世界各地で大規模で長期間燃え続ける山火事(森林火災・草地火災・泥炭地火災など)が増加し、従来とは異なる季節や地域で発生する例が多く報告されている。北米、南米(アマゾン)、オーストラリア、地中海沿岸、シベリア・北極圏、アフリカのサバンナや東南アジアの泥炭地などで大規模火災が繰り返され、特に近年の極端気象(熱波・干ばつ)と結びついている。観測衛星や地上モニタリングに基づく解析では、火災による年間排出(炭素・CO₂等)と燃焼面積の年ごとの変動が顕著である。例えばCAMS(Copernicus Atmosphere Monitoring Service)は、2021年の世界的火災の総炭素排出を概算し、大きな影響を報告した。


地球温暖化と山火事の関係

地球温暖化は山火事の発生確率と強度を高める主要な要因の一つである。気温上昇は植生の蒸発散を促し土壌水分を低下させるため、燃えやすい条件を拡大する。また、長期的な乾燥化やシーズンの延長、極端気象(熱波、強風、異常な乾燥)により着火後の火勢が速くなり、消火の困難さが増す。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告では、気候変動が火炎活動に与える影響が確認されており、人為的な土地利用変化と相まって火災リスクを増大させると評価している。さらに高緯度域の気温上昇はツンドラや北方森林の脆弱性を高め、これまで火災リスクが低かった地域でも大規模火災が発生している。

逆に、山火事そのものも気候システムに影響を及ぼす。燃焼によるCO₂・CH₄などの温室効果ガス放出、黒色炭素(すす)やエアロゾルによる放射強制力の変化、植生の炭素吸収能力の損失といった複数経路を通じて、地球温暖化を駆動または増強する可能性がある。


温室効果ガスの排出量(火災由来の排出)

山火事は短期間で大量の温室効果ガスを大気中に放出するため、年ごとに見れば気候影響が無視できない水準に達する年がある。衛星観測とモデル推計を統合するデータセット(Global Fire Emissions Database: GFED、Copernicus CAMS、GWISなど)は、地域・年ごとの火災由来排出を定量化している。CAMSは2021年の世界の野火による炭素排出の推定値(概算)を示しており、年ごとに大きく変動することを示した。

近年の具体例として、2023年に起きたカナダ等の大規模森林火災は非常に大きな炭素放出をもたらした。NASAの研究は、2023年の極端な森林火災で約6.4億トンの炭素(Mt C)が放出されたと推定し、これは化石燃料による年次排出と比較して大きな量であると指摘している。炭素(C)量をCO₂換算すると約2.3ギガトン(Gt CO₂)に相当する。これらの火災は世界の年間火災排出のかなりの割合を占めたと報告されている。

さらに、火災はCO₂だけでなく、メタン(CH₄)や一酸化炭素(CO)、揮発性有機化合物(VOCs)、黒色炭素(BC)などを放出する。最近の研究では、従来のモデルが見積もる火災由来CH₄を過小評価している可能性が示され、再評価によると、火災由来のCH₄排出は従来推計より二割強高い可能性があるとの報告も出ている。これにより短期的な温暖化効果がさらに強まる恐れがある。


影響(気候・大気・生態系・健康・社会経済)
  1. 気候への影響
    火災によるCO₂やCH₄の放出は地球全体の温室効果を強める方向に作用する。火災が大規模かつ頻発すると、植生の炭素吸収能力が低下し、さらに土壌や泥炭の炭素が解放されることで長期的な大気中炭素濃度上昇につながる可能性がある。高緯度域の火災は永久凍土の融解を促し、そこに蓄積された炭素が追加的に放出されるというフィードバックも懸念される。

  2. 大気質と健康への影響
    火災は大量の微粒子(PM2.5)を発生させ、遠方まで拡散する。PM2.5は呼吸器・循環器への急性・慢性被害をもたらし、短期的な死亡率・病院受診率の増加を引き起こす。最新の疫学的解析やモデル推計は、気候変化により将来の火災煙による死亡・疾病負荷が増加する可能性を示している。米国では2050年に年間数万人規模の追加的な火災煙関連死亡が発生するという研究もある。

  3. 生態系と生物多様性
    火災は植生構造や土壌微生物、多様な生物の生息環境を変化させる。短期的に植生が回復しても、繰り返し燃えることで植生の回復力が低下し、森林が草地や低木地に転換する転換(ベジテーションの状態変化)が起き得る。これにより生態系サービス(炭素貯留、水循環、土壌安定性など)が減少する。

  4. 経済・社会的影響
    火災は資産・住居の損失、避難・保険コスト増、労働力喪失、観光・輸送の混乱をもたらす。加えて健康被害による医療費増と労働生産性の低下が生じる。さらに火災は気候政策の達成にも悪影響を与え、森林を吸収源として期待していた国の削減努力を相殺する可能性がある。


被害の規模(数値的概観)

火災由来の排出や被害は年により大きく変動する。衛星ベースのデータや総合解析は、世界の野火排出が数百万〜数十億トン規模のCO₂相当で年度変動することを示す。例えば、CAMSは2021年にグローバル火災で総炭素排出が1760メガトン(Mt C:百万トンの炭素)に相当すると報告した(値は年や算出法で変わる)。一方、2023年は極端で、カナダ火災だけで数億トンの炭素放出が観測され、世界全体の火災排出が通常年を大きく上回った。これらは単年度でも化石燃料由来排出の相当分を上回ることがあるが、長期平均で見ると化石燃料排出の方が大きい。


各国の排出量(推計)と地域差

火災由来排出は地域特性(植生タイプ、気候、土地利用、管理状況)によって大きく異なる。JRCのGWIS(Global Wildfire Information System)やGFEDのデータでは、国・地域別の年別火災排出・燃焼面積が提供されている。熱帯林(アマゾン、コンゴ盆地、東南アジアの泥炭地)やサバンナ地帯、北方林、乾燥地帯で排出が集中する年がある。さらに、ある年には一国の火災排出がその国の化石燃料排出を上回るケースが報告されており、例えば極端な年におけるカナダやロシア、ブラジルの事例が挙げられる。国別データと長期トレンドはGWISやGFEDの国別プロファイルで確認できる。


各国の対応(政策・管理)

各国は山火事対策として複数の政策ツールを用いている。具体的には以下のような対策がある。

  1. 予防・土地管理

    • 燃料負荷(落ち葉・枯れ枝など)を減らすための森林施業、間伐、草地管理、牧草管理を行う。

    • 伝統的な焼畑や地元コミュニティの燃焼慣行を管理することで制御不能な火災を防ぐ。

  2. 早期警報と監視

    • 衛星検出(MODIS、VIIRS等)と地上観測を組み合わせ、火災の早期検出と被害評価を行う。CAMSのような監視サービスは各国の状況把握に貢献している。

  3. 消防能力の強化

    • 地上消防隊、空中消火、装備・人員の訓練、国際協力の枠組み(支援協定)などを整備する。

  4. 復興と植林・再生

    • 火災後の植生回復支援、土壌保全、泥炭地の再湿潤化など。

  5. 気候政策との統合

    • 国の温室効果ガス削減計画(NDC)や森林保全計画に火災管理を組み込む動きがあり、国際機関や研究機関の支援を受けながら、火災リスク低減が気候適応・緩和策と結び付けられている。

国ごとの取り組みは資金力・技術力・管理体制の違いに左右され、特に開発途上国や広大な森林を抱える国では対策資源が不足しがちである。


「人間の排出量(化石燃料等)より多い?

単年の極端な火災イベントでは、ある国や地域の火災由来のCO₂排出がその国の化石燃料排出を上回ることがある(例:カナダなど一部年)。また、世界全体の火災排出が一時的に高まる年には、地域によっては化石燃料排出と同等かそれを上回る年も観測される。しかし、長期平均で見ると、全世界の人為的化石燃料起源のCO₂排出量(2023年で約36.8〜37.4 Gt CO₂と推定される)は、年平均の火災由来排出をはるかに上回る。つまり「火災排出が人間(化石燃料)排出より多い」と単純に結論づけることはできず、年度・地域・事象に応じた評価が必要である。Global Carbon Projectの年次評価は、化石燃料起源排出が世界的には依然として主要な温室効果ガス源であると示している。


対策(短期的・長期的、技術的・制度的)

山火事とそれによる気候影響を抑えるためには多面的な施策が必要である。代表的な対策を以下に示す。

  1. 火災リスクの緩和(予防)

    • 森林・土地管理の改善(間伐、低木除去、牧草管理、泥炭地の湿潤化)。

    • 人為的着火の制御(野焼き規制、電力網の整備による火花抑制など)。

  2. 早期検出・消火能力の向上

    • 衛星監視とAIによる火災検出、早期通報システムの整備。

    • 地上・空中の消火資源の強化と国際協力による人員・装備の共有。

  3. 社会的対策

    • コミュニティの避難計画、住宅防火対策(防火帯の設置、火に強い材料の使用)。

    • 大気汚染被害に対する保健インフラ整備(空気清浄機支援、医療体制の強化)。

  4. 気候緩和策との連携

    • 化石燃料排出削減を通じた長期的な火災リスク低減。気候変動の抑制が火災リスクの根本的な緩和につながる。Global Carbon ProjectやIEAの報告が示すように化石燃料排出を削減することが重要である。

  5. 科学的評価と政策連携

    • 火災が気候・生態系に与える影響を長期的にモニタリングし、NDCや国際気候合意に反映させる。国際資金・技術移転を通じた能力構築が必要である。


不確実性と研究の必要性

火災由来の排出推計には衛星観測の限界、燃焼効率や燃料の量・種類の不確実性、泥炭など地下炭素の燃焼評価の難しさなど多くの不確実性が存在する。異なるモデルやデータセット(GFED、CAMS、GWIS等)で推計値が異なるため、最新の研究はこれらを統合・比較し、観測に基づく更新を続けている。例えば最近の研究は火災由来のメタン放出が従来推計より高い可能性を示し、短期的な温暖化効果の評価を見直す必要性を示唆している。継続的な衛星観測、地上検証、そしてプロセス理解の深化が欠かせない。


今後の展望
  1. 気候変動が進行するシナリオでは、火災リスクの増大・季節変化のシフト・新たな地域での火災発生が予想される。特に高緯度域と熱帯域の極端事象が気候フィードバックを介して重大な影響を及ぼす可能性がある。IPCCやCAMSの観測はこの傾向を裏付ける。

  2. 一方で、適切な土地管理、早期検出技術、国際協力、化石燃料削減の組合せにより、火災リスクの顕著な低減が可能である。再生可能エネルギーの普及や気候緩和政策の強化は、長期的に火災を増幅させる気候圧を緩和する重要な道筋である。

  3. 政策的には、火災のモニタリング・報告を強化し、国の排出算定(NDC)に火災リスクと森林吸収源の不確実性を適切に反映させることが求められる。多国間での資金支援や技術支援を通じて、火災管理能力の底上げを図る必要がある。


まとめ
  • 山火事は気候変動の進行によって発生頻度・強度が増す傾向があり、逆に大規模火災は短期的に大量の温室効果ガスを放出して気候に影響を与えるという双方向のフィードバックが存在する。

  • 火災由来の排出は年ごとに大きく変動し、極端年には特定国や世界全体において化石燃料由来排出に匹敵するか一部上回る規模になることがあるが、長期平均では化石燃料由来排出が主要な人為起源の排出源である。

  • 健康被害(PM2.5等)、生態系損失、経済的損失など多面的被害が生じるため、火災管理は気候政策・公衆衛生・生態系保全を横断する重要課題である。

  • 対策には予防的土地管理、早期検出・消火能力、地域コミュニティ対策、そして何より化石燃料排出削減を中心とする長期的な気候緩和策の両立が必要である。

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