コラム:中国の就職難問題、ワークライフバランスを重視する若者も
中国の経済は成長率目標を掲げつつも、構造的問題(少子高齢化、地方債務、住宅市場の低迷等)に直面している。
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1. 現状(2025年11月時点)
中国では近年、若年層の就業状況が国内外で大きな注目を集めている。政府が公表する「16〜24歳の都市部非学生の失業率」は、2023年6月に21.3%と過去最高水準に達したことが国内外で衝撃をもって受け止められた。その後、政府は若年失業率の公表の仕方を一時見直し、再公表を再開した段階では学生を除く数値に限定しているため、数値の解釈には注意が必要だ。2025年6月には16〜24歳(学生を除く)の都市部失業率が14.5%に低下したという報道があり、月次での増減と季節的要因を併せて解釈する必要がある。
同時に、大学卒業生の数は増加を続けている。中国教育部は2025年の全国普通高校(=大学)卒業生の規模を約1,222万人と見積もっており、若年労働力の供給が依然として大きな圧力となっている。
民間メディアや研究機関の報告を総合すると、若者の就職難は単なる一時的ショックではなく、構造的な要因による長期的な課題となっている。景気循環、産業構造の変化、教育拡大、労働市場の需要側の停滞、そして若者の働き方・価値観の変化が複合的に作用している。
2. 公務員を目指す若者たち
経済の不確実性や民間の採用抑制が続くなか、公務員(国家・地方の公务员)に対する応募が急増している。2025年採用の国家公務員試験では志願者が過去最多の340万人超に達し、採用枠に対する平均倍率は約86倍にのぼったと報じられている。過去数年間にも公務員試験の出願者数や倍率は記録的に高まっており、公務員人気の高まりは「安定志向」の強まりを示す直接的な指標となっている。
若者が公務員を志向する背景には、所得の安定性、社会保障や職場環境の良さ、雇用保護の相対的高さがある。特に景気や不動産市場の不透明感が強まると、私企業の雇用受け皿が細るため、相対的に公務員ポストの魅力が増す。また、公務員試験への集中は「安定志向」とともに、就職競争の一極集中を招き、若者の心理的負担や準備期間の長期化を発生させている。
3. 高い失業率──統計の扱いと注意点
若年失業率の数値は議論を呼ぶ。2023年の21.3%という数値は従来の時系列と比較してショッキングだったが、当該数値は従来の定義による「失業率」指標であり、以後の公表で採られた手法変更(学生の除外など)により一貫性が損なわれる局面があった。上で触れたように、2025年6月の14.5%という報道も「都市部」「学生を除く」という限定をともなっているため、農村部や就職を試みていない若者(労働力供給から外れた人々)を含めれば実態はさらに複雑である。統計の定義や母集団、調査方法の変化が、同じ「若年失業率」を見ても異なる意味を持つ点に注意が必要だ。
4. 統計方法の見直しとその影響
中国政府は2023年以降、若年失業率の公表頻度や基準を調整してきた。再開された公表は主に都市部の非学生を対象にしたものであり、全国的な若年の就業困難を正確に捕捉しているかは疑問が残る。統計の見直しは、政策評価や市場の期待形成に影響するため、専門家の間では「統計方法を透明にし、複数の指標で総合的に判断すべきだ」という指摘がある。例えば、就職希望者の求人倍率、求人票の質(正社員か短期契約か等)、就業形態別の雇用者数、未就業だが求職を断念した者の割合(失業率に含まれない)などを併せてモニタリングする必要がある。
5. 雇用のミスマッチ
若年層の就職難は単純な「ポスト不足」だけでなく、学歴やスキルと求人側のニーズの間に大きなミスマッチがある。企業はデジタルスキルや実務経験、職場適応力を求める一方で、大学側は理論中心あるいは「大衆化された学問」に偏るケースがあり、卒業生は需要に直結する実践的スキルを欠くことがある。結果として、求人は存在するが適合する人材が不足する「構造的失業」が生じる。産業別には製造業や不動産関連での求人減少が目立つ一方、サービス業や医療介護、ICTの一部分野では人手不足が続くといった業種間の不均衡もある。
6. 主な原因(需要側・供給側に分けて)
以下に、学術・シンクタンク・メディアが指摘する主な原因を需要側と供給側に分けて整理する。
需要側(雇用側)の要因
景気減速と企業の採用抑制。内需低迷や輸出不振が企業の雇用意欲を低下させる。
不動産市場危機による関連産業の雇用縮小。不動産は中国経済の重要な雇用源であり、同分野の低迷は波及効果を生む。
一部ハイテク企業への規制や政府介入により、成長分野の採用が鈍化した局面がある。
企業の採用形態の変化(契約・派遣・インターン的な短期採用の増加)で、若者にとって安定した正規雇用の入口が狭くなっている。
供給側(労働者側)の要因
高等教育の急拡大に伴う新規卒業生の大量供給。2022〜2025年にかけて毎年1000万超の大学卒業生が労働市場に供給される。
卒業生の職業期待と実際の求人のミスマッチ。高学歴層のホワイトカラー志向により、製造・サービスの現場仕事への志向が弱い。
地域的なミスマッチ。都市部への人口集中と地方の求人不足、あるいは地方での賃金低迷により、若者が希望する地域での雇用が形成されない。
若者の就業準備不足(インターン経験、実務スキル、職業観の未整備)。
7. 景気減速と雇用機会の不足
中国の経済は成長率目標を掲げつつも、構造的問題(少子高齢化、地方債務、住宅市場の低迷等)に直面している。これにより企業の投資や採用が慎重になり、新規雇用の創出が停滞している。特にサービス業や若者が志向するホワイトカラー分野での採用が伸び悩むと、就職活動中の若者は供給過剰と相まって厳しい状況に置かれる。メディアや専門家は、実体経済の回復が弱いままでは若年雇用の改善は限定的だと指摘している。
8. 高等教育の拡大と人材供給の増加
2000年代以降、中国は高等教育の拡大政策を継続してきた結果、大学進学率は大幅に上昇し、卒業生数は短期間で急増した。2025年の卒業生は約1,222万人と見積もられており、これは労働市場への大規模な供給圧力を生む。大学側は学生数の拡大に対応して教育のスケールを拡大してきたが、質の担保や産業ニーズとの整合性確保が追いついていないとの指摘がある。これにより、一部では高学歴人材が「就職できない」状況が発生している。
9. ホワイトカラー志向と職業選好の変化
中国の都市部若者にはホワイトカラー職志向が根強い。親世代の期待や社会的地位の観念、都市の生活コストを踏まえた所得期待などが影響し、特に新卒世代は「安定で高待遇のオフィスワーク」を求める傾向が強い。しかし、企業側が求めるのは即戦力や柔軟なスキルであり、初期キャリアでの現場経験を重視しない傾向は若者と企業のニーズに齟齬を生む。これはミスマッチ拡大の一因となっている。
10. 不動産不況と産業構造の影響
不動産セクターの低迷は建設、関連金融、耐久消費財など広範な産業に波及している。不動産投資や政府の関連支出の低下は地域経済の停滞を招き、地方や二線三線都市での新規雇用創出が鈍化する。これにより、若者の一次的な就職先が減るだけでなく、関連消費の低下がサービス業の採用にも影響を与える。国際メディアは不動産問題が中国経済の雇用回復を抑える大きなリスクだと指摘している。
11. 社会現象と若者の選択──「寝そべり族」と「柔軟な就業」
近年の中国社会では「躺平(トウヘイ/寝そべり)」「内巻(過剰競争)」などのキーワードが若者の生き方や価値観を説明する概念として注目されている。躺平は必ずしも完全な労働放棄ではなく、高い競争圧に対する抵抗や消費・欲望の抑制を通じて精神的な安寧を求める態度であるという学術的解析もある。これらの若者の選択は、単なる個人の怠慢ではなく、過剰競争・長時間労働・低リターンの職場環境に対する合理的な反応であるとする研究もある。
一方で「柔軟な就業(灵活就业)」やフリーランス、プラットフォームワークへの傾斜も見られる。これらは正規雇用が不足する中で生まれた代替的な働き方であり、若者が自己裁量やワークライフバランスを重視する結果でもある。政府は一部でプラットフォーム労働の規制や社会保険の適用拡大を模索しており、雇用の多様化に対応しようとしている。
12. 政府の対策
政府は若年雇用問題に対して複合的な対策を講じている。主な措置には次のようなものがある。
公務員・公的部門の採用拡大と職業安定職の増設(ただし人気の集中という副作用もある)。
起業支援や卒業生向けの創業支援・融資制度の強化。
インターンシップ・職業教育の拡充、大学と産業界の連携強化によるスキル供給の改善。教育部などは毎年卒業生の就職支援策を発表しており、地域別のマッチングイベントやオンライン就職フェアを開催している。
地方政府による補助金・雇用創出プロジェクトやインフラ投資を通じた短期的雇用の創出。
プラットフォームワークや短期雇用に対する社会保障の適用拡大を検討し、非典型雇用者の保護を強化する取り組み。
ただし、政策効果を長期的に発揮するには、産業構造改革や内需拡大、住居市場の安定化、地方財政の健全化といったマクロの構造課題への対応が不可欠である。短期的な雇用対策だけでは根本的解決にならないというのが多くの専門家の一致した見解である。
13. 今後の展望
今後の見通しとしては、短期的に若年失業率が月次で上下する局面は続くが、恒常的な改善には構造的改革が必要だ。以下に主要な提言を示す。
統計の透明性向上と多次元指標によるモニタリング
若年の就業問題は単一指標では捉えにくいため、学生を含む/除く双方の失業率、求人倍率、就業形態別雇用者数、求職断念者割合など複数指標を併用して状況を定期的に公表することが重要だ。職業教育と産学連携の強化
大学教育の質向上と実務重視のカリキュラム、企業との共同教育プログラムやインターンシップの制度化により、卒業生の即戦力化を図ることが必要。地域分散型の雇用創出と地方政策の活性化
都市一極集中を緩和し、地方での新産業創出、テレワーク促進、地方企業の誘致を通じて地域間ミスマッチを是正する施策が求められる。不動産依存の経済構造からの脱却と内需拡大策
住宅市場の安定化策に加えて、消費喚起、サービス産業の育成、医療・介護・教育など成長分野への投資を促進すべき。柔軟な働き方の社会保障整備
プラットフォームワーカーやフリーランスを含めた社会保険制度の設計、労働法上の保護拡大、職業訓練へのアクセス確保を推進することが重要。公務員志向へのバランスある対応
公務員は若者にとって魅力的な選択肢であるが、民間とのバランスを欠くと社会的リソースの偏在を招く。公務員人気に対する説明責任を果たす一方、民間雇用の魅力向上(賃金・労働条件改善)を政策で支援する必要がある。
参考資料(主な出典)
中国国家統計局の若年失業率報道の再開と関連報道(Reuters, Global Times 等)。
中国教育部による「2025届高校毕业生预计规模1222万人」の発表。
国家公務員試験の志願者数と倍率に関する報道(共同通信・日本経済新聞などの系列報道や東洋経済の分析)。
「寝そべり族(躺平)」に関する学術研究(慶應大学系等の論文)とJETROの若年就労観に関する報告。
シンクタンクや研究報告(日本の研究機関による若年失業問題の分析、JRI等)。
国際メディアによる経済・不動産分野の分析(AP, WSJなど)。
