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コラム:便秘、放置しないで、命に関わることも

便秘は単なる不快感にとどまらず、痔、腸閉塞、腸穿孔、直腸脱など重篤な消化器合併症を招くことがある。
便秘のイメージ(Getty Images)

日本の現状(2025年11月時点)

日本では高齢化と生活習慣の変化に伴い便秘を訴える人が少なくない。厚生労働省の国民生活基礎調査や関連文献を総合すると、自己申告ベースの「便秘有訴率」は概ね数%から十数%程度で報告されている一方、機能性便秘や慢性便秘症の有病率は調査方法や定義により幅があり、1〜27%程度の幅で報告されている。臨床や一般住民を対象とした調査を合わせてみると、一般的には約10〜15%程度が慢性的な便秘を抱えていると推定されることが多い。女性に多く、年齢とともに増加する傾向があり、日本の高齢化社会において便秘対策の重要性は増している。

便秘とは

便秘は単に「便が出にくい」状態を指すだけでなく、排便回数の減少、便の硬さ、排便困難感、残便感など複数の症状を含む。医学的にはローマ基準(Rome IV)などが機能性便秘の診断に用いられる。慢性便秘症は症状が長期にわたる場合を指し、器質的(腫瘍や狭窄など)な原因がない機能性の便秘と、器質的疾患に起因する便秘に大別される。加えて薬剤(オピオイドなど)や内分泌代謝疾患、神経疾患、腹部手術後の癒着などが原因となることがある。

主な危険性(概説)

便秘は軽視されがちだが、長期・重度の便秘は消化器系のみならず全身に影響を及ぼし、重篤な合併症や生活の質(QOL)の低下を招く可能性がある。具体的には痔、腸閉塞(イレウス)、腸管穿孔・腹膜炎、直腸脱、栄養吸収障害、皮膚トラブル・倦怠感、さらには心血管疾患リスク増加やがんリスクとの関連を疑う報告もある。以下で各項を詳述する。

消化器系の問題

重度の便秘が続くと腸内の内容物が滞留し、腸管に過度の圧がかかる。これにより腸管運動がさらに低下する悪循環が生じることがある。便が長期間滞留すると細菌代謝によるガス・有害産物が増え、腹部膨満感や腹痛、食欲低下を招く。慢性の宿便は内視鏡検査の際に観察される粘膜変化や慢性炎症と関連することがあるため、症状が長引く場合は専門医による精査が必要だ。

痔(じ)

便秘による強いいきみや硬便の排出は、内痔核・外痔核の発症や悪化に直結する。長期間のいきみにより痔核が増大すると出血や疼痛、脱出が起き、場合によっては手術の対象となる。痔はQOLを大きく損なうため、便秘管理は痔の予防・治療の基本となる。

腸閉塞(イレウス)

便塊(糞石)や腸管のねじれ、術後癒着などにより腸閉塞が生じると、嘔吐、激しい腹痛、腹部膨満、排便・排ガスの停止といった症状があらわれ、緊急対応が必要になる場合がある。特に長年の重度便秘や高齢者では、糞石性の閉塞が発生するリスクが高まる。適切な浣腸や内視鏡的介入、場合によっては外科的治療が必要となることがある。

腸管穿孔・腹膜炎

稀ではあるが、過度に圧迫された腸管や潰瘍化した大腸が穿孔すると腹膜炎を引き起こし、敗血症や多臓器不全に進行する可能性がある。大腸穿孔は致命的になりうるため、急激な腹痛や発熱、白血球増加などの所見が出た場合は速やかに受診・精査が必要だ。文献報告では便秘や大腸の病的変化が穿孔の一因と推察される症例が存在する。

直腸脱

慢性的ないきみや直腸にかかる負荷は、直腸の下垂や脱出(直腸脱)を招くことがある。直腸脱は便失禁や残便感、粘液漏れなどを引き起こしてQOLを著しく低下させる。治療は保守的療法から手術まで症状と重症度に応じて選択される。

全身的な影響と慢性疾患のリスク

便秘が長期化すると、腸内環境(マイクロバイオーム)のバランスが変化することが示唆されている。腸内細菌叢の変化は炎症反応や代謝に影響し、生活習慣病や代謝性疾患と関連する可能性が指摘されている。最近の研究では、便秘を有する人は主要な心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中など)を含むリスクが上昇するとの報告があり、単に「排便の問題」にとどまらない全身リスクとの関連が注目されている。これらの関連は因果関係を確定する段階にはないが、便秘を生活習慣や全身状態を反映するマーカーと見なす視点が重要だ。

心血管疾患(心臓病や脳卒中)のリスク増加

近年のデータや報道では、便秘が心血管系の主要イベント(MACE:主要心血管イベント)発生リスクと関連するとの報告が出ている。具体的には便秘のある群で心筋梗塞や脳卒中などの発生率が高かったという観察研究があり、便秘が心血管リスクの独立因子である可能性が示唆されている。ただし、観察研究の限界(交絡因子や因果関係の解釈の難しさ)もあり、さらなる検証が必要である。とはいえ、便秘が心血管リスクと関連し得ることを踏まえ、便秘の評価は全身リスク管理の一部として考慮すべきである。

がんのリスク

便秘と大腸がんの関連については長年議論されてきたが、疫学的エビデンスは一貫していない。いくつかの研究では便秘と大腸癌リスクの関連は明確でないと報告されており、便秘のみを理由に大腸内視鏡を行っても有意にがん検出率が上がるとは限らないとの報告がある。ただし、便秘が慢性的な炎症や特定の粘膜変化を通じて長期的に影響を与える可能性は理論的に考えられるため、持続する症状や警戒サイン(血便、著明な体重減少、貧血など)があれば内視鏡検査などの精査が推奨される。

栄養吸収の阻害

便秘により腸内容物の移動が遅くなると、食べ物の吸収に影響が出る場合がある。特に腸粘膜の状態が悪化した場合には、吸収障害を来す可能性があるほか、食欲不振や食事量の低下を通じて結果的に栄養状態が悪化することがある。高齢者の便秘は低栄養を助長する因子になり得るため、栄養管理と便秘対策は同時並行で行う必要がある。

肌荒れ・倦怠感

腸内フローラや腸管からの代謝物は皮膚や中枢に影響を及ぼすとされ、便秘による腸内環境の悪化が肌荒れや全身倦怠感を招くという報告や仮説が存在する。心理的ストレスと相互に影響し合い、慢性の不快症状が続くことで活動性や生活の質(QOL)が低下する。皮膚症状に関しては消化器専門医と皮膚科医の連携で評価することが望ましい。

生活の質(QOL)と精神面への影響

便秘は身体症状だけでなく精神面にも大きな影響を与える。慢性的な腹痛、残便感、排便困難、痔出血などは日常生活の制限や羞恥感を生み、外出や活動をためらう原因となる。睡眠障害や不安、うつ症状を伴うこともあり、QOLが低下する。便秘症患者のQOL評価では、身体的苦痛だけでなく社会的・心理的側面での低下が示されており、総合的なケアが重要となる。

QOLの低下

便秘は仕事や学業、生産性にも影響する。腹痛や不快感のために集中力が低下し、外出や人付き合いを避けるようになり、社会的孤立感を深めることがある。女性や若年層では外見や下腹部不快感を気にして生活行動が制限されることもある。

精神的なストレス

便秘自体がストレス要因となるだけでなく、ストレスや不安が便秘を悪化させるという双方向の関係がある。自律神経や腸脳相関(gut–brain axis)の観点から、ストレス管理は便秘改善に重要だ。

対策(総論)

便秘対策は多面的に行う必要がある。食生活の改善、十分な食物繊維の摂取、こまめな水分補給、腸内環境を整える食品(発酵食品・プロバイオティクス等)、適度な運動、生活習慣の改善、十分な睡眠と休息、規則正しい排便習慣、薬物療法や専門医による診断・治療の組合せが基本となる。以下で各項目を分けて具体的に述べる。

食生活の改善

野菜、果物、海藻、豆類、イモ類、全粒穀物などをバランスよく摂取することで便量が増え腸運動が促進される。脂っこい食事や加工食品、過度の糖質中心の食事は腸運動を鈍らせる可能性があるため注意が必要だ。食事は「よく噛む」ことも腸の蠕動を助ける。

十分な食物繊維の摂取

食物繊維は便秘対策の基本である。日本の食事摂取基準(2025年版)では成人に対して食物繊維の目標量が改定され、成人でおおむね18〜22g/日(年齢・性別で目標差あり)、推奨量としては概ね25g/日程度を意識することが推奨されている。現状の平均摂取量は目標を下回っていることが多く、意図的な摂取増加が必要だ。食物繊維は不溶性(便塊を増す)と水溶性(ゲル化して排便を円滑にする)があり、両者をバランス良く摂ることが望ましい。

こまめな水分補給

食物繊維を増やす場合は体内水分が不足すると便がさらに硬くなるため、こまめな水分補給が必要だ。高齢者は喉の渇きを感じにくく脱水になりやすいため、習慣的に水分をとる工夫が重要である。

腸内環境を整える食品

発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌、漬物など)やプロバイオティクス、プレバイオティクスを含む食品は腸内フローラのバランスを整え、便通の改善に寄与することがある。個人差が大きいため、自分に合う食品を見つけることが重要だ。内服プロバイオティクスや一部のシンバイオティクスは臨床試験で便秘改善が示されることもあるが、利用に当たってはエビデンスの強さや製品の品質に留意する。

適度な運動

歩行やストレッチ、腹筋運動などの適度な運動は腸管蠕動を促す。特に高齢者や座りがちな職業では日中に定期的に体を動かす習慣を持つことが重要だ。

生活習慣の改善

規則正しい食事時間、夜更かしの回避、ストレス管理、適度なアルコール摂取と禁煙などは腸の健康にも寄与する。睡眠不足や不規則な生活は自律神経を乱し便秘を誘発する。

十分な睡眠と休息

睡眠は自律神経を整え、腸管運動に影響を与える。寝不足や慢性的な疲労は便秘を悪化させるため、良質な睡眠を確保することが重要だ。

規則正しい排便習慣

朝食後は副交感神経が優位となり排便に適した時間帯であるため、朝の一定時間にトイレに座る習慣をつける(時間を決めて短時間でも座る)。便意が来たときに我慢しないことが大切だ。

小麦粉が便秘に与える影響

小麦粉自体が一概に便秘を引き起こすという明確な証拠はないが、精製された白い小麦粉製品(白パン、精製小麦粉を多く使った加工食品)は食物繊維が少なく、腸通過を遅らせる可能性がある。一方で小麦ふすま(ブラン)などの全粒小麦由来の成分は食物繊維が豊富で、排便を促進する効果が報告されている研究もある。グルテン感受性やセリアック病がある場合は小麦製品が消化や腸粘膜に影響を与えることがあるため、個人の体質に応じた対応が必要だ。したがって、「小麦を全部避ける」よりも「精製小麦製品を控え、全粒粉や食物繊維を摂る」方針が合理的である。

アルコールと喫煙にも注意

過度のアルコール摂取は脱水や消化機能の乱れを招き便秘を悪化させることがある。喫煙は腸管血流や自律神経に影響を与えうる一方で、喫煙の中止後に一時的に便秘が出る人もいる。いずれにせよアルコールと喫煙は多くの健康リスクを高めるため、節制・禁煙が望ましい。

医療的対処

生活改善で改善しない場合は医療機関での診断・治療が必要だ。便秘薬には刺激性下剤、浸透圧性下剤、膨潤性下剤、整腸剤、プロトンポンプ阻害薬とは別に腸運動改善薬やグアニレート受容体作動薬などの選択肢がある。長期に刺激性下剤だけに頼ると反動性の便秘を招くことがあるため、薬剤選択や使用期間は専門医の指導が重要だ。持続する重度便秘、血便、体重減少、貧血、急激な腹痛などがある場合は迅速な精査(血液検査、腹部画像検査、内視鏡など)が必要である。

今後の展望

日本においては、高齢化の進行とともに便秘を抱える人が増加することが予測される。研究面では腸内フローラと全身疾患(心血管疾患、代謝疾患、精神疾患)との関連解明が進んでおり、将来的にはプロバイオティクスやパーソナライズドな食事療法、腸内細菌を標的とした新しい治療が期待される。また公衆衛生的には食物繊維摂取の促進や高齢者向けの排便支援、介護現場での便秘対策が重要な課題だ。政策的には「食生活改善」や「高齢者の栄養・排便管理」を統合した取り組みが必要となる。

まとめ(要点)

  1. 便秘は単なる不快感にとどまらず、痔、腸閉塞、腸穿孔、直腸脱など重篤な消化器合併症を招くことがある。

  2. 慢性便秘はQOLを著しく低下させ、精神的ストレスや社会活動の制限を招く。

  3. 最近の研究では便秘と心血管疾患リスクの関連が示唆されており、便秘は全身リスクのマーカーとしても注目されているが、因果関係はさらなる検討が必要である。

  4. 食物繊維(目標量は成人で概ね20〜25g/日を目安に)、十分な水分、発酵食品、適度な運動、規則正しい生活習慣が基本的対策であり、必要に応じて医療機関での精査・治療が求められる。

  5. 小麦粉については、精製小麦を多用する食事は便秘を助長しうる一方で、小麦ふすまなど全粒由来の成分は便通を改善する可能性があるため、精製食品の過剰摂取を避けることが勧められる。

最後に

便秘が単発の症状で短期間で改善するならば、上記の生活改善で対応可能なことが多い。しかし、症状が持続する場合、あるいは血便・激しい腹痛・発熱・体重減少・貧血などの警告信号がある場合は速やかに医療機関を受診することが重要である。特に高齢者や基礎疾患のある人は便秘が重篤化しやすいため、早めの相談・評価を推奨する。


(参考・出典の一部:厚生労働省「国民生活基礎調査」および「日本人の食事摂取基準(2025年版)」、便通異常症診療ガイドライン・関連レビュー、便秘と心血管疾患に関する観察研究報道、腸管穿孔・腸閉塞に関する臨床報告など。)

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