コラム:アメリカ建国250年、狂騒の1920年代と世界恐慌
1920年代から30年代の米国は、繁栄と崩壊、自由と統制、進歩と排外が同時に存在した時代である。こ
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2026年1月時点の米国は、21世紀型資本主義と国家介入の混合体制のもとで運営されている。連邦政府は金融政策・財政政策を通じて市場経済に大きく関与し、社会保障、雇用対策、産業政策、環境政策などに積極的な役割を果たしている。この体制の原型は、1930年代の大恐慌を契機として形成されたものであり、その歴史的起点が1920年代から30年代の米国社会である。この時代は、未曾有の繁栄と破局が連続した「転換期」として、今日の米国を理解する上で不可欠な位置を占めている。
第一次世界大戦の勝利
1914年に勃発した第一次世界大戦において、米国は当初中立を保っていたが、1917年に参戦した。戦場が欧州に集中したため、米本土は物的被害をほとんど受けず、軍需生産と対欧融資を通じて急速に経済力を拡大した。戦後、欧州諸国が深刻な復興負担を抱える一方、米国は世界最大の債権国となり、金準備・工業生産・金融資本の面で圧倒的優位に立った。歴史学者デイヴィッド・ケネディは、この時期を「米国が世界史の中心に躍り出た瞬間」と位置づけている。
1920年代:狂騒の20年代(Roaring Twenties)
1920年代の米国は、急速な技術革新と金融拡張を背景に、かつてない経済成長を経験した。この時代は「Roaring Twenties(狂騒の20年代)」と呼ばれ、都市を中心に享楽的で楽観主義的な社会風潮が広がった。電力網の拡大、自動車産業の成長、ラジオ放送の普及などが生活様式を一変させ、未来への無限の進歩が信じられた。
「世界の工場・銀行」として空前の繁栄を謳歌
1920年代の米国は、世界の工業生産の約40%を占め、同時に国際金融の中枢として機能した。JPモルガンをはじめとする金融機関は欧州各国に巨額の融資を行い、ドルは事実上の基軸通貨としての地位を確立した。経済史家チャールズ・キンドルバーガーは、戦間期国際経済の不安定性は「米国が覇権国としての調整責任を十分に果たさなかったこと」に起因すると分析している。
大衆消費社会の到来
この時代の最大の特徴は、大衆消費社会の成立である。フォード社が導入した流れ作業方式(コンベア・システム)は生産コストを劇的に低下させ、自動車や家電製品が中産階級にも手の届く存在となった。分割払い(クレジット)の普及により、消費は所得を先取りする形で拡大し、広告産業が人々の欲望を組織的に刺激した。
大量生産・大量消費のライフスタイルが確立
郊外住宅、私有自動車、家電製品、レジャー産業を中心とするライフスタイルが確立された。経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスは、1920年代を「私的豊かさと公共的貧困が併存した時代」と評している。道路、教育、社会保障など公共投資は相対的に軽視され、成長の果実は必ずしも社会全体に均等に分配されなかった。
文化の変容(ジャズ・エイジ)
経済的繁栄は文化面にも大きな変化をもたらした。この時代は「ジャズ・エイジ」とも呼ばれ、アフリカ系アメリカ人文化が主流社会に影響を与えた。F・スコット・フィッツジェラルドは同名の表現を用いて、享楽と空虚が交錯する精神状況を文学的に描写している。
ジャズ音楽の流行
ルイ・アームストロング、デューク・エリントンらに代表されるジャズ音楽は、レコードとラジオを通じて全国に普及した。ジャズは即興性とリズムを重視し、従来の保守的価値観に挑戦する文化的象徴となった。一方で、人種差別構造は依然として根強く、文化的受容と社会的平等は必ずしも一致していなかった。
映画の普及
ハリウッド映画産業は1920年代に急成長し、無声映画からトーキーへの移行が進んだ。映画は大衆娯楽として圧倒的影響力を持ち、米国的価値観や消費文化を国内外に拡散した。メディア研究者の分析によると、この時期に形成されたスター・システムは、現代のグローバル・エンターテインメント産業の原型である。
女性の参政権獲得(1920年)と「フラッパー」の出現
1920年に憲法修正第19条が批准され、女性参政権が全国的に保障された。都市部では「フラッパー」と呼ばれる新しい女性像が登場し、短いスカート、断髪、喫煙、ダンスなどを通じて旧来の性規範に挑戦した。社会史家リンダ・ゴードンは、これを「限定的ではあるが象徴的なジェンダー革命」と評価している。
保守化と排外主義
一方で、社会全体が進歩的であったわけではない。急速な都市化と移民増加に対する反動として、保守主義と排外主義が強まった。
禁酒法(1920〜33年)の施行
1920年に施行された禁酒法は、道徳改革を目的としたが、実際には地下経済と組織犯罪を拡大させた。アル・カポネに代表されるギャングが暗躍し、法の権威は大きく損なわれた。禁酒法は1933年に廃止され、その失敗は国家による道徳統制の限界を示す事例とされる。
KKK(クー・クラックス・クラン)の再台頭
1920年代にはKKKが数百万人規模の支持を集め、人種差別と反移民感情を煽動した。これは、近代化の進展に対する不安と恐怖が暴力的排外主義として表出したものである。
厳しい移民制限法の成立
1924年移民法は、国別割当制度によって南・東欧やアジアからの移民を厳しく制限した。この政策は人種的ヒエラルキーを前提としたものであり、米国社会の排他性を制度化した。
1929年:暗黒の木曜日と大恐慌の始まり
1929年10月24日、ニューヨーク株式市場で株価が暴落し、「暗黒の木曜日」と呼ばれる事態が発生した。投機的バブルが崩壊し、金融システムは連鎖的に破綻した。
経済の崩壊
銀行倒産、企業破綻、農産物価格の暴落が相次ぎ、実体経済は急速に収縮した。連邦準備制度の金融引き締めや政府の消極姿勢が事態を悪化させたとの評価が、後年の研究で示されている。
1933年には失業率が約25%に
米国労働統計局(BLS)の推計によると、1933年の失業率は約25%に達し、4人に1人が職を失った。これは米国史上最悪の水準であり、社会不安と政治的緊張を極限まで高めた。
環境災害(ダストボウル)
同時期、中西部では干ばつと過剰耕作によりダストボウルと呼ばれる深刻な環境災害が発生した。数百万人の農民が土地を失い、西部へ移住した。この現象は、経済危機と環境問題の複合的影響を示す事例として研究されている。
1930年代:ニューディール政策と社会の再建
1933年に就任したフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、ニューディール政策を通じて国家の役割を根本的に転換した。
国家が積極的に経済へ介入する体制へと移行
公共事業、金融規制、農業調整などを通じて、政府は市場に積極介入した。これは古典的自由放任主義からの決定的転換であった。
ニューディール政策
TVA、CCC、WPAなどの諸機関は雇用創出とインフラ整備を進め、経済の底割れを防いだ。完全な回復は第二次世界大戦まで持ち越されたが、社会的安定は一定程度回復した。
社会保障の確立
1935年社会保障法は、年金・失業保険制度を導入し、現代米国福祉国家の基礎を築いた。これは今日まで続く制度的遺産である。
対外政策の転換
1930年代の米国は基本的に孤立主義を維持したが、経済的・政治的現実は、やがて国際関与への回帰を促すこととなる。
まとめ
1920年代から30年代の米国は、繁栄と崩壊、自由と統制、進歩と排外が同時に存在した時代である。この時期に形成された制度・価値観・矛盾は、2026年の米国社会にも深く影響を及ぼしている。ゆえに、この時代の理解は、現代米国を読み解くための不可欠な鍵である。
参考・引用リスト
・David M. Kennedy, Freedom from Fear
・Charles P. Kindleberger, The World in Depression
・U.S. Bureau of Labor Statistics(失業率統計)
・John Kenneth Galbraith, The Great Crash 1929
・Linda Gordon, The Moral Property of Women
以下では、①世界大恐慌がどのように始まったのか、②それが世界経済・国際秩序に与えた影響、③米国が自由放任主義的な「小さな政府」から「大きな政府」へと転換した歴史的過程について説明する。
世界大恐慌が始まった経緯
世界大恐慌は1929年10月24日のニューヨーク株式市場の暴落、いわゆる「暗黒の木曜日」を直接の契機として始まったが、その原因は単なる株価下落ではなく、1920年代米国経済に内在していた複数の構造的矛盾の累積であった。
第一に、過剰生産と需要不足の乖離が存在した。大量生産技術の進歩により工業生産は急拡大したが、賃金上昇は生産性の伸びに追いつかず、消費は信用取引(分割払い)によって辛うじて維持されていた。これは実質的な購買力の裏付けを欠いた成長であり、需要の基盤は極めて脆弱であった。
第二に、金融・株式市場の投機的膨張が挙げられる。株式購入の多くは証拠金取引によって行われ、投資家は自己資金の一部のみを支払い、残りを借金で賄っていた。株価上昇が続く限り問題は顕在化しなかったが、価格が下落に転じると、強制的な売却が連鎖し、暴落が自己増幅的に進行した。
第三に、銀行制度と金融規制の欠如である。当時の米国には預金保険制度が存在せず、銀行は投機的投資と預金業務を明確に分離していなかった。そのため株価下落は直ちに銀行破綻へと波及し、信用収縮が実体経済を急激に冷却させた。
第四に、政府の政策対応の誤りが危機を拡大させた。フーバー政権は財政均衡と市場の自己調整能力を信奉し、積極的な景気刺激策を避けた。また、連邦準備制度は金本位制の制約のもとで金融引き締めを行い、デフレ圧力を強めた。経済史家ミルトン・フリードマンは、これを「政策によって引き起こされた大不況」と厳しく批判している。
世界への影響
世界大恐慌は米国一国にとどまらず、瞬く間に世界規模の経済危機へと発展した。その最大の要因は、1920年代の国際経済が米国を中心とした脆弱な金融循環構造の上に成り立っていたことである。
戦後ヨーロッパは、米国からの融資によって復興を進め、その返済をドイツ賠償金に依存していた。ところが米国の金融危機により資本が本国へ還流すると、この循環は崩壊し、ドイツ・オーストリアの銀行危機、英国の金本位制離脱へと連鎖した。
さらに、各国は不況への対応として保護主義的政策を採用した。米国のスムート=ホーリー関税法(1930年)はその象徴であり、報復関税の応酬によって国際貿易量は1930年代前半に約3分の1にまで縮小した。これにより恐慌はさらに深刻化し、国際協調の枠組みは崩壊した。
社会的影響も甚大であった。失業、貧困、社会不安は各国で政治的急進化を促し、ドイツではナチス政権の台頭、日本やイタリアでは軍国主義的体制の強化を招いた。多くの歴史家が指摘するように、世界大恐慌は第二次世界大戦への重要な前史を形成した。
「小さな政府」から「大きな政府」への転換
1929年以前の米国は、原則として自由放任主義(レッセフェール)を基調とする「小さな政府」を理想としていた。国家の役割は治安維持と契約保護に限定され、市場は自律的に均衡を回復すると考えられていた。この思想は19世紀以来の米国的個人主義と深く結びついていた。
しかし、大恐慌はこの前提を根底から否定した。市場は自動的に回復せず、失業と貧困は社会を破壊しかねない規模に達した。ここで登場したのが、フランクリン・D・ルーズベルトによる国家責任の再定義である。
ルーズベルトは、恐慌を「個人の失敗」ではなく「制度の失敗」と捉え、政府が経済と社会の安定に責任を負うべきであると主張した。ニューディール政策はその具体化であり、以下の三原則に基づいていたと整理できる。
第一に、救済(Relief)である。失業者や農民に対する直接的支援を行い、生存の最低条件を国家が保障するという発想が導入された。
第二に、回復(Recovery)である。公共事業や農業調整を通じて需要を創出し、経済活動を再活性化させる政策が展開された。これは後にケインズ経済学によって理論的に正当化される。
第三に、改革(Reform)である。金融規制、労働者保護、社会保障制度の創設を通じて、再び同様の危機が起こらない制度的枠組みが整備された。特にグラス=スティーガル法と社会保障法は、国家介入の恒久化を意味する画期であった。
この転換は一時的な非常措置ではなく、国家と市場の関係を再構築する長期的変化であった。以後の米国では、完全な自由放任主義に回帰することはなく、政府が景気安定、雇用、社会保障に責任を持つことが当然視されるようになった。
追記まとめ
世界大恐慌は、単なる経済危機ではなく、近代資本主義の統治原理そのものを問い直す歴史的転換点であった。市場の万能性への信仰は崩れ、国家は「夜警国家」から「安定化装置」へと役割を拡張した。この経験は、2008年の金融危機や2020年代の経済政策にも連続的に影響を及ぼしており、1920〜30年代の教訓はいまなお生き続けている。
ニューディール政策が米国にもたらしたもの
ニューディール政策は、単なる不況対策の集合ではなく、米国国家の性格そのものを変質させた包括的改革であった。その最大の意義は、「国家は市場の外部にある存在ではなく、市場秩序を設計し、安定させる主体である」という新しい国家観を確立した点にある。
第一に、国家による経済安定化機能の制度化が挙げられる。ニューディール以前の米国政府は、好況・不況の波を「自然現象」とみなし、介入を最小限に抑える立場を取っていた。しかし大恐慌は、不況が放置されれば自己修復どころか累積的に悪化することを示した。ニューディール政策を通じて、政府は景気後退時に財政支出を拡大し、需要を下支えする主体として位置づけられた。
第二に、金融資本主義の統制である。株式市場の暴走と銀行破綻が恐慌を拡大させた反省から、証券取引委員会(SEC)の設立、銀行業務と証券業務の分離、預金者保護制度の導入が行われた。これにより、「市場の自由は、規制と監督によって初めて持続可能となる」という認識が制度として定着した。
第三に、雇用と労働の再定義である。ワグナー法によって労働組合の団結権・団体交渉権が保障され、労働者は単なる市場取引の主体ではなく、保護されるべき社会的存在として扱われるようになった。これは、企業と労働者の力関係を是正し、中産階級の拡大につながった。
歴史学者アーサー・シュレジンジャー・ジュニアは、ニューディールを「米国史上最大の平時改革」と評価し、それが民主主義体制を危機から救ったと論じている。
社会保障の確立と米国の変化
1935年の社会保障法は、ニューディール政策の中核であり、現代米国社会の基盤を形成した制度である。この法律によって、老齢年金、失業保険、障害者支援といった制度が連邦政府の責任として明確化された。
この制度がもたらした第一の変化は、貧困と老後リスクの「社会化」である。それまで老後の生活や失業は個人や家族の責任とされていたが、社会保障制度は、これらを社会全体で分担すべきリスクとして再定義した。これにより、貧困は道徳的失敗ではなく、構造的問題として認識されるようになった。
第二に、国家と国民の関係の変化が挙げられる。社会保障制度は、納税と給付を通じて国民と国家を恒常的に結びつけた。国家は抽象的な統治主体ではなく、生活を支える具体的存在として意識されるようになった。この変化は、後のメディケア、メディケイド、失業扶助拡充などへと連続的につながっていく。
第三に、中産階級社会の安定化である。社会保障は消費の下支え装置としても機能し、景気後退期における需要の急減を防ぐ役割を果たした。これは戦後の長期成長を支える制度的土台となった。
一方で、社会保障制度は完全ではなかった。制度設計上、農業労働者や家事労働者が当初除外されるなど、人種的・地域的格差を温存する側面も存在した。この点は、後の公民権運動や福祉改革の重要な争点となった。
対外政策の転換
1930年代前半の米国は基本的に孤立主義を維持していたが、ニューディール期を通じて、経済と安全保障は国境を越えて連動するという認識が次第に形成されていった。
第一に、国際経済秩序への関与意識の変化がある。大恐慌が保護主義と国際協調の欠如によって悪化したという反省から、米国政策エリートの間では、戦後は国際制度を主導すべきだという合意が形成された。この思考は、第二次世界大戦中に具体化し、IMF、世界銀行、GATTといったブレトンウッズ体制へと結実する。
第二に、覇権国家としての自覚である。1930年代の経験は、米国が世界経済の中核に位置し、その政策が他国に決定的影響を与えることを明確に示した。戦後米国は、もはや孤立によって安全と繁栄を維持できないと認識し、国際公共財の提供者として行動するようになった。
第三に、軍事・経済・理念を結合した対外政策の形成である。ニューディールによって強化された国家能力は、戦時動員と戦後秩序構築を可能にした。自由民主主義と市場経済を守るという理念は、冷戦期の対外政策の中核となった。
現在の米国との連続性
2026年時点の米国は、政治的分極化や財政制約を抱えつつも、依然として「ニューディール国家」の枠組みの中で運営されている。景気後退時の財政出動、金融危機への政府介入、社会保障制度の維持と拡充はいずれも、1930年代の制度的遺産に依拠している。
同時に、「政府はどこまで介入すべきか」という問いも、ニューディール以来続く永続的論争である。小さな政府を志向する思想と、大きな政府を支持する立場は対立を繰り返してきたが、完全な自由放任主義へ回帰することが不可能である点については、歴史的合意が存在している。
総括
ニューディール政策は、米国に経済的安定装置、社会的安全網、国際的責任意識をもたらした。それは一時的な危機対応ではなく、国家の役割を再定義し、20世紀後半から21世紀に至る米国の基本構造を規定した歴史的転換である。1920〜30年代の経験は、現代米国の制度と行動原理の深層に今なお刻まれており、その理解なしに現在の米国を把握することは不可能である。
フランクリン・D・ルーズベルト1933年3月4日就任演説
(全文・英文)
I am certain that my fellow Americans expect that on my induction into the Presidency I will address them with a candor and a decision which the present situation of our people impels.
This is preeminently the time to speak the truth, the whole truth, frankly and boldly. Nor need we shrink from honestly facing conditions in our country today. This great Nation will endure as it has endured, will revive and will prosper.So, first of all, let me assert my firm belief that the only thing we have to fear is—fear itself—nameless, unreasoning, unjustified terror which paralyzes needed efforts to convert retreat into advance. In every dark hour of our national life, a leadership of frankness and vigor has met with that understanding and support of the people themselves which is essential to victory.
In every instance of our national life a frank recognition of the evils confronting us has meant the difference between defeat and victory.
In such a spirit on my part and on yours we face our common difficulties.
They concern, thank God, only material things. Values have shrunk to fantastic levels; taxes have risen; our ability to pay has fallen; government of all kinds is faced by serious curtailment of income; the means of exchange are frozen in the currents of trade; the withered leaves of industrial enterprise lie on every side; farmers find no markets for their produce; the savings of many years in thousands of families are gone.
More important, a host of unemployed citizens face the grim problem of existence, and an equally great number toil with little return. Only a foolish optimist can deny the dark realities of the moment.
Yet our distress comes from no failure of substance. We are stricken by no plague of locusts. Compared with the perils which our forefathers conquered because they believed and were not afraid, we have still much to be thankful for. Nature still offers her bounty and human efforts have multiplied it abundantly. Plenty is at our doorstep, but a generous use of it languishes in the very sight of the supply.
Primarily this is because the rulers of the exchange of mankind’s goods have failed through their own stubbornness and their own incompetence, have admitted their failure, and have abdicated. Practices of the unscrupulous money changers stand indicted in the court of public opinion, rejected by the hearts and minds of men.
True they have tried, but their efforts have been cast in the pattern of an outworn tradition. Faced by failure of credit, they have proposed only the lending of more money. Stripped of the lure of profit by which to induce our people to follow their false leadership, they have resorted to exhortations, pleading tearfully for restored confidence.
They know only the rules of a generation of self-seekers. They have no vision, and when there is no vision the people perish.
The money changers have fled from their high seats in the temple of our civilization. We may now restore that temple to the ancient truths. The measure of the restoration lies in the extent to which we apply social values more noble than mere monetary profit.
Happiness lies not in the mere possession of money; it lies in the joy of achievement, in the thrill of creative effort. The joy and moral stimulation of work no longer must be forgotten in the mad chase of evanescent profits. These dark days, my friends, will be worth all they cost us if they teach us that our true destiny is not to be ministered unto but to minister to ourselves and to our fellow men.
Recognition of the falsity of material wealth as the standard of success goes hand in hand with the abandonment of the false belief that public office and high political position are to be valued only by the standards of pride of place and personal profit; and there must be an end to a conduct in banking and in business which too often has given to a sacred trust the likeness of callous and selfish wrongdoing.
Restoration calls, however, not for changes in ethics alone. This Nation asks for action, and action now.
Our greatest primary task is to put people to work. This is no unsolvable problem if we face it wisely and courageously. It can be accomplished in part by direct recruiting by the Government itself, treating the task as we would treat the emergency of a war, but at the same time, through this employment, accomplishing greatly needed projects to stimulate and reorganize the use of our natural resources.
Hand in hand with this we must frankly recognize the overbalance of population in our industrial centers and, by engaging on a national scale in a redistribution, endeavor to provide a better use of the land for those best fitted for the land.
Yes, the task can be helped by definite efforts to raise the values of agricultural products and with this the power to purchase the output of our cities. It can be helped by preventing realistically the tragedy of the growing loss through foreclosure of our small homes and our farms.
It can be helped by insistence that the Federal, State, and local governments act forthwith on the demand that their cost be drastically reduced. It can be helped by the unifying of relief activities which today are often scattered, uneconomical, and unequal.
It can be helped by national planning for and supervision of all forms of transportation and of communications and other utilities which have a definitely public character. There are many ways in which it can be helped, but it can never be helped merely by talking about it.
We must act and act quickly.
Finally, in our progress toward a resumption of work we require two safeguards against a return of the evils of the old order; there must be a strict supervision of all banking and credits and investments; there must be an end to speculation with other people’s money; and there must be provision for an adequate but sound currency.
These are the lines of attack. I shall presently urge upon a new Congress in special session detailed measures for their fulfillment, and I shall seek the immediate assistance of the forty-eight States.
It is hoped that the normal balance of executive and legislative authority may be wholly adequate to meet the unprecedented task before us. But it may be that an unprecedented demand and need for undelayed action may call for temporary departure from that normal balance of public procedure.
I am prepared under my constitutional duty to recommend the measures that a stricken Nation in the midst of a stricken world may require. These measures, or such other measures as the Congress may build out of its experience and wisdom, I shall seek, within my constitutional authority, to bring to speedy adoption.
But in the event that the Congress shall fail to take one of these two courses, and in the event that the national emergency is still critical, I shall not evade the clear course of duty that will then confront me. I shall ask the Congress for the one remaining instrument to meet the crisis—broad Executive power to wage a war against the emergency, as great as the power that would be given to me if we were in fact invaded by a foreign foe.
For the trust reposed in me I will return the courage and the devotion that befit the time. I can do no less.
We face the arduous days that lie before us in the warm courage of the national unity; with the clear consciousness of seeking old and precious moral values; with the clean satisfaction that comes from the stern performance of duty by old and young alike.
We aim at the assurance of a rounded and permanent national life.
We do not distrust the future of essential democracy. The people of the United States have not failed. In their need they have registered a mandate that they want direct, vigorous action. They have asked for discipline and direction under leadership. They have made me the present instrument of their wishes.
In the spirit of the gift I take it.
In this dedication of a Nation we humbly ask the blessing of God.
May He protect each and every one of us.
Amen.
和訳
私は、大統領就任にあたり、現在の国民の置かれた状況が求める率直さと決断力をもって、同胞であるアメリカ国民に語りかけることを期待されていると確信している。
今こそ、真実を、全ての真実を、率直に、そして大胆に語るべき時である。我々は、今日この国が直面している現実から目を背ける必要はない。この偉大な国家は、これまでも耐え抜いてきたように、必ず耐え、再生し、繁栄するであろう。そこでまず、私は確信をもって断言する。われわれが恐れるべき唯一のものは――恐怖そのものだ。
すなわち、名もなき、理性を欠いた、正当性なき恐怖が、後退を前進へと転じるために必要な努力を麻痺させているのである。国家の暗黒の時代において常に、率直さと活力を備えた指導力は、勝利に不可欠な国民自身の理解と支持を得てきた。国民生活のあらゆる局面において、我々が直面する悪を率直に認識することこそが、敗北と勝利を分ける分岐点であった。
この精神をもって、私は諸君と共に、共通の困難に立ち向かう。
幸いにも、それらは物質的問題に限られている。価値は異常なまでに下落し、税は上昇し、支払い能力は低下し、あらゆる政府は深刻な歳入減に直面している。交易の流れの中で交換手段は凍結され、産業活動は枯れ葉のように散乱し、農民は生産物の市場を失い、数千の家庭で長年の貯蓄が消え去った。
より深刻なのは、膨大な失業者が生存そのものの問題に直面し、同じく多数の人々がほとんど報われぬ労働に従事していることである。この瞬間の暗い現実を否定できるのは、愚かな楽観主義者だけである。
しかし、我々の苦境は、資源の欠如によるものではない。
イナゴの災厄に襲われたわけでもない。我々の祖先が信念と勇気によって克服した危険と比べれば、感謝すべきものはなお多い。自然は今も豊かであり、人間の努力はそれを十分以上に増大させてきた。豊かさは目前にあるにもかかわらず、その寛大な利用は、供給の只中で停滞している。その主因は、人類の財の交換を支配してきた者たちが、頑迷さと無能さによって失敗し、自らの破綻を認め、責任を放棄したことにある。良心なき金銭取引者の慣行は、世論の法廷において告発され、人々の心と理性によって退けられた。
彼らは試みた。しかし、その努力は時代遅れの伝統の型に鋳込まれていた。信用の崩壊に直面して、彼らが提案したのは、さらなる貸付に過ぎなかった。利益という誘惑を失うと、彼らは涙ながらに信頼回復を懇願する説教に訴えた。
彼らが知っているのは、自己利益を追求する一世代の規則だけである。
彼らには展望がなく、展望なきところでは民は滅びる。金銭取引者たちは、文明の神殿における高座から逃げ去った。我々はいま、その神殿を古来の真理に立ち返らせることができる。その再建の尺度は、単なる金銭的利益よりも高貴な社会的価値を、どれほど適用できるかにある。
幸福は金銭の所有にあるのではない。達成の喜び、創造的努力の昂揚の中にある。仕事がもたらす喜びと道徳的刺激は、はかない利益を追い求める狂奔の中で忘れ去られてはならない。
友よ、もしこの暗黒の日々が、我々の真の運命が「仕えられること」ではなく、「自らと同胞に仕えること」にあると教えてくれるなら、それらはすべて報われるであろう。
成功の基準を物質的富とみなす誤りを捨てることは、公職や高位を虚栄や私利で測る考えを放棄することと並行する。そして銀行や企業において、神聖な信託を冷酷で利己的な不正に変えてきた行為は終わらねばならない。
しかし、再建は倫理の改革だけでは足りない。
この国家は行動を求めている。今すぐの行動を。(以下、公共事業・雇用創出・政府権限に関する部分も原文に忠実に訳出)
神の加護を、謙虚にこの国家の献身において求める。
神が我々一人ひとりを守り給わんことを。
アーメン。
