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コラム:高市政権の農業政策、「選択的維持」が必要不可欠

高市政権は農業・食料政策を従来の生産抑制から食料安全保障や成長戦略に転換する大胆なビジョンを掲げている。
自由民主党の高市総裁(ロイター通信)
現状(2025年12月時点)

日本は長年、食料の多くを輸入に依存している。政府統計によると、2024~2025年度(令和6年度)の総合食料自給率(カロリーベース)は約38%であり、ほぼ横ばいとなる一方、生産額ベースでは約64%に達したと公表されている。これは主に米や野菜、畜産物の国内生産額の上昇が寄与したものであるが、依然として国際水準と比較して低位にある深刻な構造が示されている。

カロリーベースの自給率が低い背景には、小麦・大豆など主要穀物の輸入依存度が高いこと、食生活の欧米化により輸入飼料を使う畜産物の消費が増えていること、耕作可能土地の制約があることなどが挙げられる。品目別では、米や鶏卵などはほぼ自給できるものの、小麦(11%)、大豆(4%)などは著しく低い。

このような食料自給率の低さは、国際情勢の不安定化や供給網の断絶など外的ショックへの脆弱性を高めると認識されており、2010年代以降、政府は2030年目標としてカロリーベース自給率の45%への引き上げを掲げてきた。しかし、2025年時点ではその達成は未だ遠い。

農業セクターは、日本のGDPに占める割合が小さく(約1.3%)、農業従事者の高齢化や後継者不足、耕地面積の縮小など構造的課題を抱えている。このため、国内農業の強靭化は政策の中核課題となっている。


高市政権(自民・維新)の農業政策(総論)

高市内閣(2025年現在)は、自民党と日本維新の会の連立政権であり、農業政策を「食料安全保障(Food Security)」の視点から抜本的に転換することを目標としている。高市政権は従来の「市場原理」と「生産抑制」に基づく農政から脱却し、国内食料生産の強化・安定供給体制の構築・耕地・労働力の活用を重視する戦略を打ち出している。

政策の中心には「食料自給率100%」という極めて大胆な目標設定があり、これは単なる農産物の生産拡大ではなく、国家安全保障戦略としての農業再構築を示すものとして提示されている。高市政権は食料を外交・防衛政策の一角として位置付け、外部ショックに強い自給体制を構築しようとしている。

この新方針では、国内農産物の量的拡大のみならず、農業の成長産業化・技術革新・輸出戦略の推進も重点課題としている。


食料安全保障の抜本的強化

高市政権は食料安全保障を単なる食料政策ではなく国家戦略として再定義している。これには、米や小麦、大豆など主要食料の輸入依存度低減を目指す政策が含まれ、外的リスク(国際情勢変動、気候変動、海上輸送路遮断など)への備えが強調されている。

具体的には、国内で生産・加工・流通までを統合した「国内食料確保体制」の構築、戦略的備蓄、重要作物の国内生産強化、危機対応組織の設置などが挙げられる。また、気候変動や国際金融市場の不安定化に備えて予備的生産能力を強化することが掲げられている。

この戦略は、食料安全保障を外交・防衛戦略と結びつけるという観点で先進的であるが、膨大な財政投入が必要とされるため財政負担と持続可能性の問題も指摘されている。


自給率100%への挑戦

政権は2025年以降、「食料自給率100%」の達成を長期的な目標として掲げる。これはカロリーベースの指標に基づくもので、現在の約38%から大幅な引き上げを目指すという極めて高い目標である。

この目標は、輸入依存を減らすだけでなく、国内の食料生産ポテンシャルを最大限に引き出す改革を示唆している。ただし、これは国内農業の構造的課題を解決しなければ実現が困難であり、労働力・農地・資本投下など多面的な改革が必要不可欠である。


資材の国内確保、有事の優先供給

高市政権は、肥料・飼料・燃料など農業生産に欠かせない主要資材の国内確保や優先供給体制の整備を重視している。これは国際市場の価格変動や輸送網の混乱が国内農業に与える影響を最小限にすることを目的としている。

具体的には、国内肥料生産の振興支援、飼料用穀物の国内供給拡大、燃料供給の優先順位付け、エネルギー安全保障との連携が検討されている。これにより、外的ショックに対するレジリエンス(回復力)を高める戦略を描いている。


コメ政策の転換(石破路線の見直し)

コメ政策は日本農政の中核であるが、政権交代後に方針が大きく揺れている。前政権(石破茂)は、需給逼迫と価格高騰への対応として一時増産方針を掲げたものの、高市政権下では再び需給調整重視の方向に戻す動きが見られる。

この方針変更は、生産者と消費者双方に混乱をもたらしており、需給調整の枠組み(減反政策的要素)の維持・法定化が議論されているが、農家の増産意欲や流通・価格安定への影響が不透明であるとの指摘もある。


生産抑制への回帰、生産量の抑制

高市政権は表向きには生産拡大を掲げる一方、需給調整と価格安定のために実質的な生産抑制策が継続される可能性についても議論されている。この矛盾は「自給率100%」と「価格安定・農家所得維持」という二つの政策目標の間で生じている。


多様な増産

農業の増産戦略は単一作物に依存せず、小麦・大豆・雑穀・野菜・果樹・乳製品・水産物の包括的な増産を志向するものとなる。これには、農地利用の最適化、作物ローテーション、生産技術の革新など多層的戦略が含まれている。


先端技術による成長産業化

政権は農業を単なる一次産業ではなく、先端技術を駆使した成長産業に転換することを標榜している。これはスマート農業、AI・ロボティクス、遺伝子編集、施設園芸などを積極的に導入し、生産性向上と新市場創出を促進する方向である。


植物工場・陸上養殖

高市政権は植物工場など閉鎖型・施設型農業の活用による食料生産の安定化を強調しているが、専門家からはランニングコスト・エネルギーコストの高さや採算性の課題が指摘される。これらの技術は補完的には有力だが、現段階で大量食料生産の基盤になるかは不確実性が高いとの分析もある。


スマート農業の拡大

スマート農業技術(ICT・センサー・ドローン・ロボット・AI)は、人手不足対策と生産性向上の鍵と位置付けられている。これら技術は高齢化・後継者不足という日本農業の構造的課題に対し、労働力削減と品質管理の高度化をもたらす可能性がある。しかし、高額な導入コストと中小農家への普及のハードルが課題である。


輸出拡大と販路開拓

高市政権は農産物の輸出拡大と国際的な販路開拓を政策として掲げている。日本の優れた農産物(和牛、果物、高品質米など)を海外に展開し、輸出額の倍増を目指す戦略が提示されている。

輸出戦略はFTA/EPAの活用、ブランド化、輸出インフラ整備、海外市場開拓支援など多角的アプローチが必要であり、外部リスク(為替・貿易摩擦・規制)への対応も不可欠である。


ノングルテン米粉戦略

特に、ノングルテン米粉や健康志向製品を軸とした付加価値型農産物の輸出促進が注目されている。これらは国際市場での市場ニーズに合致する商品として評価され、農業の国際競争力向上に寄与する可能性がある。


鳥獣被害対策・未利用資源の活用

農業は鳥獣被害や未利用資源の有効活用という非伝統的な課題にも直面している。高市政権はこれを産業化の機会として位置付け、被害農産物の加工・販売、ジビエ等の新産業としての活用を進める構想を提示している。


主な課題:コメ政策の矛盾(米価維持と増産目標)

コメ政策は「自給率100%」と「需給調整による価格維持」という二重の目標の間で矛盾が生じている。需給調整は市場価格の安定を図る一方で、自給率向上には量的な生産拡大が必要であり、この両立が政策設計上の大きな課題である。


需給調整の難しさ

需給予測の困難性と消費変動への対応は、農産物市場の変動リスクを高める要因である。米の生産量調整は、気候不順や消費傾向変化に弱い構造となっている。


増産目標との乖離

高市政権の増産目標は大胆であるが、現実の農業生産力とリソースの制約との乖離が大きい。この乖離は生産効率の低さ、土地利用の制約、資材コストの増加など複合的な要因による。


構造的課題の深刻化(2025年問題)

農業の2025年問題は、農業従事者の高齢化と後継者不足の深刻化を指す。これにより農業労働力は減少し、生産基盤の弱体化が進行している。


担い手の激減

農業従事者の減少と高齢化は、農家戸数の減少だけでなく、規模拡大や産業化を阻害する要因となっている。


支援制度のミスマッチ

政府の支援制度は従来の価格支持・補助金型が中心であり、先進技術導入支援や新規参入支援との整合性が低いと指摘されている。


コスト増への対応

輸入資材価格の高騰や燃料・肥料コストは、円安基調や国際情勢に伴い増加しており、農業生産コストの上昇圧力を強めている。


輸出戦略の不確実性

輸出拡大戦略は魅力的であるが、国際規制・為替リスク・競合国の存在など多くの不確実性が伴う。


外部環境のリスク

世界的な気候変動、地政学的リスク、物流の不安定化は、農業政策の安定的実行を脅かす不確実性である。


財政負担と持続可能性

政策実行には巨額の財政支出が必要であり、積極財政への依存と長期持続性に対する懸念が存在する。


今後の展望

高市政権の農業政策は、従来の農政から安全保障・成長戦略としての新たな枠組みへの転換を目指す点で評価できる。しかし、目標設定の高い理想と現実的制約とのギャップは依然として大きい。今後、政策の実行可能性を高めるためには、資源配分の最適化、テクノロジーの実装、国際協調と貿易戦略の調整、財政面での持続可能性の確保が不可欠である。


結論

高市政権は農業・食料政策を従来の生産抑制から食料安全保障や成長戦略に転換する大胆なビジョンを掲げている。この中核には「自給率100%」という象徴的な目標があるが、その達成には国内農業の構造改革、技術革新、国際戦略、財政支援の全方位的な強化が必要であり、現実の課題は依然として複雑かつ深刻である。


参考文献

  1. 農林水産省「令和6年度食料自給率」資料(2025年発表)。

  2. Reuters「Japan’s food self-sufficiency stuck at 38%」2025年。

  3. 農林水産省 自給率統計解説(農業政策資料)。

  4. ノウキナビブログ「高市政権と食料自給率100%」2025年。

  5. そだてる-株式会社唐沢農機サービス「高市早苗氏の農業政策解説」2025年。

  6. 文春新書関連コメ政策批評(高市路線の課題)。


追記:超高齢化社会における日本の農業の未来

1.超高齢化社会の進展と農業への影響

日本社会は2025年時点で、65歳以上人口比率が約30%に達する「超高齢化社会」に突入している。この人口動態の変化は、農業分野において他産業以上に深刻な影響を及ぼしている。農業就業人口の平均年齢は約68歳前後とされ、70代以上の比率も急増している。若年層の新規就農者は一定数存在するものの、全体の減少トレンドを反転させるには至っていない。

超高齢化は、単に労働力不足を意味するだけではない。技術継承の断絶、農地管理能力の低下、地域農業コミュニティの崩壊、農村インフラの維持困難化といった複合的な問題を引き起こしている。これにより、耕作放棄地は拡大し、農業生産の潜在能力が十分に活用されない状況が常態化している。


2.「人手不足」を前提とした農業モデルへの転換

超高齢化社会における日本農業の未来を考える上で重要なのは、「人手不足を解消する」という発想から、「人手不足を前提とした農業構造を構築する」という発想への転換である。

従来の農政は、担い手確保や新規就農支援を通じて労働力の量的確保を重視してきた。しかし、人口構造が不可逆的に変化する中で、このアプローチには限界がある。今後の農業は、少人数・高齢者でも維持可能な生産体系を前提に設計される必要がある。

この文脈で、スマート農業、ロボット農機、自動走行トラクター、遠隔管理システムなどは不可欠な基盤技術となる。重要なのは、これらの技術を「若者向けの先端分野」として位置づけるのではなく、高齢農業者が身体的負担を軽減しながら継続的に生産できる補助装置として普及させる点である。


3.農業の「縮小均衡」から「選択的維持」へ

超高齢化の進展は、日本農業がこれまで暗黙的に受け入れてきた「全国一律の農業維持」という前提を揺るがしている。今後は、すべての地域で同水準の農業生産を維持することは現実的ではなく、地域特性に応じた選択的維持・集約化が不可避となる。

すなわち、

  • 生産性が高く、集約が可能な地域では規模拡大・法人化を進める

  • 中山間地域では環境保全型農業や最低限の食料供給機能に重点を置く

  • 人口減少が著しい地域では、農地の再編や用途転換を含めた戦略的撤退を認める

といった、現実に即した農地・農業政策が求められる。

超高齢化社会においては、「すべてを守る農政」ではなく、「守るべき機能を明確化する農政」への転換が、日本農業の持続性を左右する。


4.高齢農業者の知識・経験の制度的継承

日本農業の強みの一つは、長年にわたって蓄積されてきた高齢農業者の経験知・暗黙知にある。しかし、超高齢化の進行により、これらの知識が個人とともに失われるリスクが高まっている。

今後は、

  • 栽培ノウハウのデータ化

  • 地域ごとの気象・土壌・作業暦の記録

  • AIやデジタルツールを用いた知識の形式知化

を通じて、「人に依存しない農業知識体系」を構築することが不可欠となる。これは単なる効率化ではなく、農業の世代間継承を社会システムとして成立させる試みである。


5.超高齢化社会における外国人労働力と移民政策の位置付け

労働力不足への対策として、外国人技能実習生や特定技能制度は今後も重要な役割を果たすと考えられる。しかし、超高齢化社会における農業の未来を、外国人労働力の大量導入に全面的に依存することには慎重な議論が必要である。

理由として、

  • 農業地域そのものの人口基盤が脆弱化している点

  • 季節変動が大きく、定住型雇用に適さない作業構造

  • 地域社会との摩擦や生活インフラ負担

などが挙げられる。

したがって、外国人労働力は補完的手段として位置付け、長期的には自動化・省力化を中核とする農業構造を志向することが合理的である。


6.食料安全保障と超高齢化の交差点

超高齢化社会において、日本農業は単なる産業ではなく、国家の基盤機能としての性格を強めていく。高齢化による生産力低下は、そのまま食料安全保障の脆弱化につながるためである。

このため、

  • 高齢者でも継続可能な生産体制

  • 有事に対応できる最低限の国内生産能力

  • 農地・水利・種子といった基盤資源の国家的管理

が、今後の農業政策の核心となる。

超高齢化は日本農業にとって危機であると同時に、農業を「市場任せ」から「公共性を持つ戦略分野」へ再定義する契機でもある。


7.結語:超高齢化社会における日本農業の将来像

超高齢化社会における日本農業の未来は、「成長」か「衰退」かという単純な二項対立では捉えられない。現実的には、

  • 一部は高度化・集約化し

  • 一部は機能維持に特化し

  • 一部は役割を終える

という再編と選択の過程を経ることになる。

重要なのは、この変化を「自然減」として放置するのではなく、国家戦略として設計し、管理することである。超高齢化という制約条件の下でも、日本農業は形を変えながら存続し得る。その鍵は、人の数ではなく、制度・技術・思想の更新にある。

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