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コラム:「力による平和」の限界、力を制御し、乗り越える知恵が必要

「力による平和」は短期的抑止として一定の効果を持つが、長期的安定を保証する万能策ではない。
米空軍のステルス戦略爆撃機B2(ロイター通信)
現状(2026年1月時点)

2026年1月時点の国際社会は、冷戦終結後に期待された「平和の配当」が完全に失われ、むしろ大国間競争と地域紛争が同時多発的に進行する「多極的不安定状態」にある。ロシア・ウクライナ戦争は長期化し、イスラエルと中東諸勢力の対立は断続的な武力衝突を繰り返している。インド太平洋では中国の軍事的影響力拡大に対抗する形で、米国、日本、オーストラリアなどが防衛協力を深化させ、台湾海峡や南シナ海をめぐる緊張は常態化している。

こうした状況の中で再び注目を集めている概念が「力による平和(Peace Through Strength)」である。これは強大な軍事力を背景に抑止を成立させ、戦争を未然に防ぐという思想であり、冷戦期の核抑止論から現代の防衛政策に至るまで、繰り返し用いられてきた。しかし現実には、軍事力の増強が必ずしも安定をもたらしていない事例が増加している。むしろ力の誇示が対抗的行動を誘発し、紛争の構造を複雑化させているとの批判が専門家の間で強まっている。

「力による平和(Peace Through Strength)」とは

「力による平和」とは、圧倒的または相対的に優位な軍事力を保有することで、潜在的敵対者に対し攻撃のコストを高く認識させ、戦争を思いとどまらせるという安全保障思想である。その起源は古代ローマの「汝、平和を欲するなら戦争に備えよ」にまで遡ることができ、20世紀には核抑止理論として理論化された。

冷戦期において、この思想は米ソ間の全面戦争を防いだという評価を受ける一方、代理戦争や軍拡競争を激化させた側面も併せ持つ。現代では通常戦力、ミサイル防衛、宇宙・サイバー能力を含む包括的軍事力が「抑止力」として再定義され、各国は競うように防衛費を増大させている。

しかし、この概念は「合理的な国家行動」「抑止の相互理解」「誤算の不在」を前提としており、その前提条件が崩れた場合、逆に不安定性を増幅させるという構造的弱点を内包している。

力による平和の限界(総論)

力による平和の最大の限界は、軍事力が本質的に「関係の悪化を前提とした安定」に依存している点にある。すなわち、相手を信頼せず、常に最悪の事態を想定する思考が制度化されるため、疑心暗鬼が常態化しやすい。

また、軍事力は脅威を「抑止」することはできても、対立の原因そのものを解消する機能を持たない。領土、歴史認識、民族問題、経済的不均衡といった根本的問題は、軍事力によって沈静化されても、解決されないまま残存する。その結果、緊張は形を変えて再燃しやすくなる。

「軍拡競争」の泥沼化と不安定化

軍事力による抑止は、相手国にとっては「脅威の増大」として認識されることが多い。この相互不信は安全保障のジレンマを生み、結果として軍拡競争が加速する。

現代の軍拡競争は冷戦期と異なり、核兵器だけでなく、精密誘導兵器、極超音速兵器、無人兵器、AI統合指揮システムなど多層的である。そのため、均衡点が見えにくく、技術革新が即座に不安定化を招く構造となっている。

専門家は、このような軍拡が偶発的衝突や誤認識によるエスカレーションのリスクを高めていると警告している。

「軍事力」で解決できない課題の増大

21世紀の国際問題の多くは、軍事力では対処できない性質を持つ。気候変動、感染症、食料安全保障、難民問題、経済危機などは、武力では解決不可能である。

軍事力偏重の政策は、これら非軍事的脅威への投資を圧迫し、結果として国家の総合的安全保障を弱体化させる可能性がある。軍事的優位が必ずしも国民の安全や生活の質の向上につながらない現実は、多くの国で顕在化している。

非対称な脅威、新領域の争い

現代の紛争は国家対国家の対称的戦争から、テロ組織、民兵、ハイブリッド戦争へと移行している。これら非対称な脅威に対し、従来型の軍事力は効果を発揮しにくい。

さらに、サイバー空間、宇宙空間、情報空間といった新領域では、抑止のルールが確立されておらず、軍事力の優位が必ずしも抑止として機能しない。むしろ攻撃の敷居が低下し、常時競争状態が生まれている。

「対話と信頼」の欠如による反発

力による平和は、対話よりも威圧を優先するため、相手国や周辺国の反発を招きやすい。軍事力の誇示は国内政治的には支持を集めやすいが、国際的には孤立を深める場合がある。

信頼構築が欠如した状態では、小さな事件が過剰に解釈され、危機管理が困難になる。外交的対話のチャンネルが閉ざされることで、誤解が修正されないまま蓄積されていく。

信頼醸成の失敗、禍根を残す停戦

軍事力によって達成された停戦や抑止は、根本的和解を伴わないことが多い。そのため、表面的な平和の裏で不満や怨恨が蓄積され、次世代の紛争の火種となる。

歴史的に見ても、武力による秩序は長期的安定をもたらしにくく、むしろ周期的な暴力の再発を招いてきた。

経済的・政治的コストの増大

軍拡は莫大な経済的負担を伴う。防衛費の増大は社会保障、教育、インフラ投資を圧迫し、国内格差や政治的不満を拡大させる可能性がある。

また、軍事力を基盤とした外交は、価値観外交や国際協調との整合性を失いやすく、同盟関係にも亀裂を生むことがある。

「力による支配」は他国の反発を招く

軍事的優位を背景とした支配的行動は、他国に対抗連携を促す。結果として包囲網が形成され、当初意図した安全保障環境とは逆の状況が生まれることも少なくない。

この構造は国際関係理論において繰り返し指摘されており、覇権国の相対的衰退を早める要因ともされる。

今後の展望

今後の国際秩序においては、軍事力による抑止を完全に否定することは現実的ではないが、それを唯一の平和手段とみなすことはますます困難になる。軍事力はあくまで補完的手段と位置づけ、対話、信頼醸成、多国間協力を中核に据えた安全保障が求められる。

専門家は、軍備管理、危機管理メカニズム、透明性向上措置の再構築が不可欠であると指摘している。

まとめ

「力による平和」は短期的抑止として一定の効果を持つが、長期的安定を保証する万能策ではない。軍拡競争、非対称脅威、対話の欠如、経済的負担といった複合的問題を生み出しやすく、その限界は現代において一層明確になっている。

真の平和は、力の均衡ではなく、信頼の構築と問題解決能力の共有によってのみ持続可能となる。その視点を欠いた安全保障は、いずれ自らの不安定性を増幅させる結果となる。


参考・引用リスト

  • ハンス・モーゲンソー『国際政治』

  • ジョン・ミアシャイマー『大国政治の悲劇』

  • 国際戦略研究所(IISS)The Military Balance 各年版

  • ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)年次報告書

  • 国連安全保障理事会年次レビュー

  • フランシス・フクヤマ『政治の起源』

  • 米外交問題評議会(CFR)報告書

  • The Economist 国際安全保障特集

  • Foreign Affairs 誌 論文各種


追記分析:「力による平和」の限界が露呈した具体的事例

1. アフガニスタン紛争(2001年〜2021年)

――圧倒的軍事力が「平和」を定着させられなかった典型例

1-1. 軍事的勝利と政治的失敗の乖離

2001年のアフガニスタン侵攻は、「力による平和」が最も明確な形で実行された事例の一つである。米国を中心とする多国籍軍は、圧倒的な軍事力によってタリバン政権を短期間で崩壊させ、首都カブールを制圧した。この段階において、軍事的抑止と制圧は完全に成功したかに見えた。

しかし、その後20年にわたる駐留の末、2021年にタリバンが再び政権を掌握した事実は、「力による平和」が構造的に持続不可能であったことを示している。軍事的優位は一時的秩序を作り出すことはできたが、政治的正統性と社会的統合を生み出すことはできなかった。

1-2. 抑止が機能しなかった理由

アフガニスタンにおいて抑止が機能しなかった最大の理由は、相手が「国家」ではなく、宗教・部族・地域に根差した非国家主体であった点にある。タリバンは通常のコスト計算に基づく合理的抑止モデルに従わず、長期的消耗戦を受容する戦略を取った。

また、軍事力は治安維持や反政府勢力の掃討には有効であったが、腐敗した統治機構、部族間対立、経済的困窮といった根本問題を解決できなかった。結果として、抑止は「外国軍がいる間だけ成立する脆弱な均衡」にとどまり、撤退と同時に崩壊した。

1-3. 教訓

アフガニスタン紛争は、「力による平和」が国家建設や社会再編には適用できないこと、そして軍事力が政治的正統性の代替にはならないことを示した事例である。


2. 冷戦期の核軍拡競争

――「抑止が平和を保った」という神話の再検証

2-1. 核抑止の表面的成功

冷戦期の核軍拡競争は、「力による平和」が成功した代表例としてしばしば引用される。米ソ間で直接的な全面戦争が回避された事実は、相互確証破壊(MAD)による抑止が機能した証拠とされてきた。

しかし、この評価は極めて限定的である。核抑止は「戦争が起きなかった理由」を説明する一方で、「なぜ世界が常に破滅寸前にあったのか」を説明しきれない。

2-2. 抑止の不安定性と偶発的リスク

冷戦期には、キューバ危機をはじめ、誤情報や誤判断によって核戦争寸前までエスカレーションした事例が複数存在した。核抑止は理論上は安定しているように見えるが、実際には人為的ミス、技術的誤作動、情報の誤解釈といった不確実性に常に晒されていた。

さらに、核軍拡競争は代理戦争を激化させ、アジア、アフリカ、中南米で多数の局地戦争を引き起こした。すなわち、核抑止は「中心の平和」と引き換えに「周縁の戦争」を常態化させたのである。

2-3. 軍拡競争の自己目的化

冷戦後期には、抑止に必要な水準を超えた過剰な核兵器が蓄積され、軍拡そのものが政治的・官僚的利益構造と結びついて自己目的化した。この段階では、「平和のための力」は「力のための力」へと転化していた。

2-4. 教訓

冷戦期の核抑止は、結果的に全面戦争を回避したが、それは極めて危険で偶発性に満ちた均衡であり、再現可能な成功モデルとは言い難い。


3. ロシア・ウクライナ戦争における「抑止の失敗」

3-1. 抑止が戦争を防げなかった現実

2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、21世紀における「力による平和」の限界を最も鮮明に示した事例である。NATOの軍事力、経済制裁の威嚇、国際的非難にもかかわらず、侵攻は抑止されなかった。

これは、抑止が「相手が現状維持を合理的に選好する」という前提に依存していることを露呈した。ロシア指導部は、短期決戦と政治的成果を期待し、抑止のコストを過小評価した。

3-2. 抑止失敗後のエスカレーション

侵攻後、NATO諸国はウクライナへの軍事支援を拡大し、結果として戦争は長期化・高強度化した。ここでは「力による平和」はもはや抑止ではなく、「戦争を管理する力」として機能しているに過ぎない。

核兵器の存在は、NATOの直接介入を抑止する一方で、通常戦争の拡大を許容するという逆説的効果を生んだ。この構造は、核抑止が現代戦争を「安全」にするどころか、持続可能な消耗戦へと変質させていることを示している。

3-3. 国際秩序への長期的影響

ロシア・ウクライナ戦争は、力による現状変更が完全には抑止されないという前例を作り、他地域への波及リスクを高めた。これは「力による平和」が国際秩序の安定装置として信頼を失いつつあることを意味する。


4. 三事例に共通する構造的限界

これら三つの事例に共通するのは、以下の点である。

第一に、軍事力は短期的制圧や威嚇には有効であるが、政治的正統性や社会的安定を生み出せない点である。
第二に、抑止は相手の合理性と共通理解を前提とするが、現実の国際政治ではその前提が容易に崩れる点である。
第三に、力による平和は、成功しているように見える期間においても、常に破局的失敗のリスクを内包している点である。


5. 総合的評価

アフガニスタン紛争は「軍事的勝利が平和に直結しない」ことを示し、冷戦期の核軍拡競争は「抑止が偶然に依存した危険な均衡であった」ことを示し、ロシア・ウクライナ戦争は「抑止が機能しない局面が現代でも現実的に存在する」ことを証明した。

これらの事例は、「力による平和」が普遍的原理ではなく、条件付き・暫定的・高リスクな手段に過ぎないことを明確にしている。


参考・引用リスト(追記分)

  • アフガニスタン復興特別監察官(SIGAR)最終報告書

  • 国連アフガニスタン支援団(UNAMA)年次報告

  • グレアム・アリソン『核戦争を回避する』

  • ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)核戦力データ

  • 米国防総省 冷戦史研究資料

  • 国際危機グループ(ICG)ロシア・ウクライナ分析レポート

  • NATO戦略概念(2022年版)

  • Foreign Affairs 誌 ロシア・ウクライナ戦争特集論文


「力による平和」の限界が現代の国際関係に及ぼす影響と代替的平和構築アプローチ

1. 現代国際関係における構造的影響

1-1. 国際秩序の「常態的不安定化」

「力による平和」の限界は、現代の国際秩序を恒常的な緊張状態へと変質させている。軍事力による抑止が前提となる国際関係では、平和とは戦争が起きていない状態に過ぎず、信頼や協調が制度化されにくい。

その結果、国際社会は「平時と戦時の中間状態」が常態化し、限定的武力行使、代理戦争、サイバー攻撃、経済制裁といった低強度の対立が継続的に発生する構造に陥っている。これは平和の質が低下していることを意味する。

1-2. 安全保障のジレンマの拡散と多層化

軍事力重視の安全保障は、従来の大国間関係だけでなく、中堅国・小国にも安全保障のジレンマを拡散させている。防衛力強化は自国にとって防御的であっても、周辺国にとっては攻撃的意図として解釈されやすい。

さらに、サイバー空間や宇宙空間といった新領域では、抑止のルールが確立されていないため、疑心暗鬼が増幅しやすく、危機管理の難易度が飛躍的に高まっている。

1-3. 国際制度への信頼低下

「力による平和」が前面に出るほど、国連をはじめとする国際制度の調停機能は相対的に弱体化する。武力や経済制裁が事実上の紛争解決手段となることで、国際法や多国間ルールの拘束力が低下し、国際秩序は規範から力へと回帰する。

この傾向は、国際社会における合意形成を困難にし、長期的には協調的問題解決能力そのものを損なう。


2. 地域紛争・大国関係への具体的影響

2-1. 紛争の長期化と凍結化

抑止が破綻しない限り全面戦争は回避される一方、紛争は「解決されないまま固定化」されやすくなる。朝鮮半島、台湾海峡、中東、旧ソ連圏などでは、軍事力の均衡が不安定な停滞を生み、政治的妥協が先送りされている。

この凍結状態は、偶発的衝突や政権交代を契機として急激に崩壊するリスクを常に孕んでいる。

2-2. 国内政治の軍事化

外部脅威を前提とする「力による平和」は、国内政治においても軍事的思考を強化する。安全保障が政治動員の手段として利用され、妥協や対話が「弱さ」と見なされやすくなる。

その結果、外交的柔軟性が失われ、自己強化的に対立が再生産される構造が生まれる。


3. 代替的平和構築アプローチの必要性

こうした限界と影響を踏まえ、現代国際関係では「力による平和」を補完・代替するアプローチが模索されている。それらは軍事力を完全に否定するものではなく、平和を多次元的に捉える発想の転換を基盤としている。


4. 代替的平和構築アプローチ①

対話と信頼醸成を中心とした「協調的安全保障」

協調的安全保障は、相互不信を前提とせず、対話、透明性、予測可能性を通じて脅威認識を管理するアプローチである。具体的には以下の手段が含まれる。

  • 軍事演習の事前通告

  • ホットラインや危機管理メカニズムの整備

  • 軍備管理・軍縮合意

  • 定期的な安全保障対話

これは短期的抑止力を弱めるものではなく、誤算や偶発的衝突のリスクを低減する現実的手法である。


5. 代替的平和構築アプローチ②

「人間の安全保障」の重視

人間の安全保障は、国家の安全ではなく、個人の生存・尊厳・生活基盤を中心に据える考え方である。貧困、教育、医療、環境といった分野への投資は、長期的に紛争要因を緩和し、武力対立の温床を減少させる。

アフガニスタンの事例が示したように、軍事的安定だけでは社会は持続しない。平和は「銃声が止まっている状態」ではなく、「暴力に訴える必要がない社会構造」として構築される必要がある。


6. 代替的平和構築アプローチ③

経済的相互依存と制度的結びつき

経済的相互依存は、戦争のコストを可視化し、抑止を軍事力以外の次元で補強する。貿易、投資、サプライチェーンの結合は、紛争の選択肢を政治的に取りにくくする効果を持つ。

ただし、相互依存は万能ではなく、政治化されると逆に対立の道具となるため、多国間制度とルールに基づく管理が不可欠である。


7. 代替的平和構築アプローチ④

多国間主義と国際規範の再構築

力による平和の限界が顕在化する中で、多国間主義の再評価が進んでいる。国際法、国連、地域機構は即効性に欠けるが、長期的安定の基盤を提供する。

重要なのは、これら制度を理想論として放置するのではなく、現実のパワーバランスと調和させつつ、実効性を高める改革を進めることである。


8. 総合的評価

「力による平和」は現代国際関係において依然として重要な役割を果たしているが、それはもはや単独で機能しうる原理ではない。その限界は、国際秩序の不安定化、紛争の長期化、制度への不信といった形で明確に現れている。

持続可能な平和は、軍事力による抑止を最低限の安全網として位置づけつつ、対話、信頼、制度、社会的安定を重層的に組み合わせることでのみ実現可能である。


最後に

現代国際関係は、「力か、理想か」という二項対立を超え、「力を制御し、乗り越える知恵」を必要としている。平和とは力の欠如ではなく、力に頼らずとも秩序が維持される状態である。その到達には時間と忍耐を要するが、他に持続可能な選択肢は存在しない。

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