コラム:ビタミンDの重要性、意識して摂ろう
ビタミンDは骨・筋・免疫・精神領域にわたる多面的な役割を持ち、欠乏が生じると明確な臨床的影響が現れる。
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日本の現状(2025年11月時点)
日本では近年、ビタミンDに関する公衆衛生の関心が高まっている。2025年版の「日本人の食事摂取基準」では、成人(18歳以上)のビタミンDの目安量を9.0μg/日、耐容上限量(UL)を100μg/日と設定し、骨折関連疾患のリスクや紫外線曝露に伴う皮膚での合成量を考慮して目安量が策定された。また、血中25-ヒドロキシビタミンD(25(OH)D)濃度を骨折リスクの指標として位置づけ、一定の基準に基づき目標とする血中濃度維持のための食事・曝露量の考慮が行われている。これらの改訂は国内外の根拠を参照しており、公衆衛生対策と臨床ガイドラインの両面で影響を及ぼす。
全国レベルでの血中ビタミンD不足の有病率も注目される。日本のコホートや臨床データを解析した報告では、ビタミンD不足・不足ぎみ(insufficiency/deficiency)の割合が高いことが示されており、高齢者や屋内生活者、日照曝露が少ない冬季に特に欠乏が目立つ傾向がある。具体例として横断的・縦断的解析では、ビタミンD不足や低値の頻度が数十パーセントに上る報告がある。疫学的には地域差、年齢差、生活習慣差が大きく、個別評価が重要である。
さらに、臨床検査における25(OH)D測定はアッセイ間差や標準化の問題を抱えているため、検査値の比較や判定には注意を要する。検査法やラボ間のばらつきを補正する国際的な標準化プログラムが提唱されている点も留意すべき事項である。
ビタミンDの役割(概観)
ビタミンDは脂溶性ビタミンの一つで、主に皮膚での紫外線(UVB)照射によるプロビタミンDの変換、食品摂取、サプリメントから供給される。体内で肝臓にて25-ヒドロキシビタミンD(25(OH)D)に変換されることでストレージ指標となり、さらに腎臓で活性型1,25-ジヒドロキシビタミンD(1,25(OH)2D)に変換されることで生理作用を発揮する。ビタミンD受容体(VDR)は多くの組織に発現しており、骨・腸管でのカルシウムとリンの恒常性維持だけでなく、筋、免疫系、神経系、心血管系など多様な組織機能に影響を及ぼす「多面的(pleiotropic)」なホルモン様物質として位置づけられている。
骨と歯の健康維持
ビタミンDは腸管からのカルシウム吸収を促進し、血中カルシウム濃度の維持を通して骨ミネラル化を支える。小児での重度欠乏はくる病、成人での重度欠乏は骨軟化症を引き起こす。さらに、慢性的な不足は骨量の低下や骨折リスクの増加につながる可能性があるため、特に高齢者や閉経後女性にとって重要である。最新の公衆衛生指標では、血中25(OH)D濃度が低い集団で骨折リスクが上昇するとして、骨折関連疾患のリスクを抑えるための目安量設定が行われている。臨床試験・メタ解析では、ビタミンD単独での骨折予防効果は研究によってばらつきがあり、介護施設などの特定集団では補充が有益であるとの報告もある一方、地域在住高齢者の一次予防目的では一貫した効果が認められないとする分析もあるため、個別のリスク評価が必要である(後述のガイドライン参照)。
筋機能の維持と転倒予防
ビタミンDは骨だけでなく筋にも作用し、筋力・筋機能に寄与することが示唆されている。血中25(OH)Dが低値の個体では筋力低下や姿勢保持能力の低下が観察され、これが転倒リスクの増加に結びつく可能性がある。臨床介入試験では、ビタミンD補給が筋力や歩行速度、一部の転倒指標を改善する報告と、効果が限定的であった報告が混在している。最近の系統的レビューやUSPSTFの草案は、コミュニティ在住高齢者の一次予防(転倒・骨折予防)を目的としたビタミンD単独またはカルシウム併用の補給は、全体として明確な転倒・骨折予防効果を示していないと結論づけている点は臨床判断における重要な示唆である。だが、既に低ビタミンD状態にある人や栄養摂取が不十分な人、あるいは施設入所者では補給が有益となる場合があるため、汎用的な補助食品推奨ではなく個別化された判断が必要である。
免疫機能の調節
ビタミンDは自然免疫および獲得免疫の両方に影響し、抗菌ペプチドの発現を促進するなどして感染に対する初期応答を助ける一方、過剰な炎症を抑制する方向にも働くとされる。観察研究や基礎研究では、低ビタミンD状態と呼吸器感染症や自己免疫疾患の発症リスク上昇が示唆されているが、介入試験による因果の立証は条件依存的であり、例えば季節性や基礎の栄養状態、投与量によって結果が異なることがある。したがって、感染症予防や免疫調節目的での補給は一定の根拠があるが、万能薬としての期待は慎重に扱う必要がある。
精神的な健康の維持
近年、ビタミンDと精神健康(うつ症状、認知機能など)との関連を検討した介入試験やメタ解析が増えている。2025年にまとめられたメタ解析では、ビタミンD補充は抑うつ症状の改善に中等度の効果を示すとの報告があり、とくにベースラインでビタミンDが不足している被験者群で効果が顕著であった。このことから、うつ症状の補助療法としては一定の可能性が示唆されるが、標準治療の代替とするには追加の大規模ランダム化比較試験が望まれる。精神科領域での臨床応用は、血中25(OH)Dのスクリーニングとターゲットを絞った補給が現実的なアプローチである。
その他の健康効果(心血管、代謝、がん予防等)
観察研究では、低ビタミンD濃度が心血管疾患、糖代謝異常、特定のがんのリスクと関連するとの報告があるが、ランダム化比較試験の結果は一貫性に欠ける。大規模ランダム化試験のメタ解析では、ビタミンD補給が全死亡や主要心血管イベントのリスクを明確に低下させるという確固たる証拠は得られていない。したがって、現在のエビデンスは観察的関連を示すが、予防介入としての効果は限定的であるという解釈が妥当である。将来的には、個体の遺伝的背景や代謝型、ベースラインの栄養状態を考慮した精密栄養学的アプローチが有望である。
不足のリスク
ビタミンD不足のリスクが高い集団は以下である。
屋内中心の生活者(高齢者、寝たきり・介護施設入所者、長時間室内勤務者)
日照曝露が少ない冬季や高緯度地域在住者(日本国内でも北日本や冬季に低下)
日焼け止めや遮蔽物で日光曝露を極端に避ける人
肥満(脂溶性ビタミンは脂肪組織に貯留され血中での利用可能性が低下する可能性がある)
消化管吸収障害や胆汁分泌低下を有する疾患(脂溶性ビタミンの吸収低下)
一部の薬剤服用者(抗けいれん薬、ステロイド等で代謝を促進することがある)
妊婦・授乳婦や乳幼児(母体のビタミンD状態が子へ影響する)
これらの人々は血中25(OH)Dの測定や栄養指導、日照管理、食事・サプリメントによる介入を検討すべきである。
ビタミンDの取り方(総論)
ビタミンDは(1)皮膚での紫外線による合成、(2)食品摂取、(3)サプリメントで補うことが可能であり、個人のライフスタイル・リスクに応じて適切な組み合わせを選ぶことが望ましい。公衆衛生的には、過度な日光曝露は皮膚癌リスクを増やすため、日光と栄養摂取のバランスを取ることが重要である。血中25(OH)Dの値に応じた目標設定と、食事・生活指導、必要時の補給を行うことが推奨される。
日光浴(皮膚合成)のポイント
・短時間(地域・季節・時間帯によるが、手や顔、前腕などを週数回露出することで合成が期待できる)。ただし日焼け止めは紫外線吸収を阻害するため、皮膚癌リスクとのバランスを考慮する。
・夏季は皮膚合成が活発で、必要摂取量の一部を日光で賄える場合が多いが、過度の曝露は避ける。
・冬季や曇天、屋内中心の生活では皮膚での合成量が大幅に低下するため、食事や補助的サプリメントでの補給が重要である。
夏季
夏季は紫外線量が多く、短時間の屋外活動で皮膚合成が進む。ただし、紫外線対策(帽子、衣類、日焼け止め)によって合成が抑えられることがあり、個々のライフスタイルにより補給必要性は変わる。皮膚がんリスクや光老化を避けつつ、適度な短時間の曝露を確保する方が現実的である。
冬季
冬季は日照角度や屋内生活により合成が著しく低下する。日本の冬期は地域差があるものの、多くの人で血中25(OH)Dが低下する傾向があるため、補食(サプリメントやビタミンD強化食品)による補給を検討すべきである。定期的なモニタリングが望ましい。
食事(多く含む食品)
ビタミンDは天然食品だと限られた種類に多く含まれている。以下が代表的食品群である。
魚類
脂の多い魚(脂肪性魚)、特にサーモン(鮭)、マグロ(旬や種に依る)、サバ、イワシ、カツオなどに多く含まれる。魚油由来のビタミンDは比較的効率よく摂取できるため、魚中心の食事は有効である。加工形態(干物、缶詰、焼き物)によって含有量は変動する。
きのこ類
きのこ類(生しいたけ、干ししいたけ、まいたけ、エリンギなど)は、紫外線に当てることでビタミンD2(エルゴカルシフェロール)を増やす。市販の「天日干し」「UV照射処理」されたきのこはビタミンD含量が高めであり、植物由来のビタミンD源として重要である。ビタミンD2はビタミンD3と生理活性がやや異なるため、摂取源を理解しておく必要がある。
その他
卵黄、乳製品(特に強化されたもの)、一部のキノコ、脂肪性の乳製品やマーガリン、ビタミンD強化シリアルなどが補助的供給源となる。日本では食品強化の普及度は地域により異なるため、ラベルを確認することが重要である。
サプリメント(摂取のタイミング・摂取量・種類)
種類
・ビタミンD3(コレカルシフェロール): 動物由来で、一般に血中25(OH)Dを上昇させる効果が高いとされる。
・ビタミンD2(エルゴカルシフェロール): きのこ由来で、D3に比べて持続性がやや劣ると報告されることがあるが、ベジタリアンやヴィーガンに適した供給源となる。
摂取量
日本の2025年版基準は成人で目安量9.0μg/日(約360IU/日に相当)であり、耐容上限量は100μg/日とされる。臨床的に不足が確認された場合は、医師の管理下でより高用量の補給が行われることがあるが、過剰摂取は高カルシウム血症や腎障害のリスクがあるため注意が必要である。サプリメントの用量は個々のベースライン値、年齢、合併症、併用薬を考慮して決めるべきである。
摂取のタイミング
ビタミンDは脂溶性であるため、食事(特に脂質を含む食事)とともに摂取すると吸収が良くなる。朝食や昼食の脂質を含む食事に合わせて摂ることが一般的に推奨される。毎日少量を継続して摂取する方法と、週1回あるいは月1回の高用量投与(医師管理下)はどちらも使われるが、投与頻度や用量によって生理反応や安全性が変わりうるため医療者との相談が必要である。
今後の展望
ビタミンD研究は基礎・臨床・公衆衛生の各領域で活発であり、今後の重点は以下の点にあると考える。
個別化(precision nutrition):遺伝的多型、代謝状態、ライフスタイルに基づくターゲット化された補給戦略の確立。
標準化された検査法:25(OH)D測定のアッセイ間差を小さくするための国際的標準化の普及。臨床判断の一貫性向上が期待される。
ランダム化比較試験(RCT)の充実:心血管疾患、がん、神経精神疾患など多領域での有効性評価を目的とした高品質RCTの追加。
公衆衛生施策の実装:強化食品の導入、冬季対策、脆弱集団(高齢者、妊産婦、乳幼児)を対象としたスクリーニングと介入の最適化。日本国内でも地域差を考慮した政策設計が重要である。
専門家データ・研究の要点(まとめ)
・日本人の食事摂取基準(2025年版)が成人の目安量を9.0μg/日、耐容上限量100μg/日と設定した事実は臨床・公衆衛生の基準点である。
・日本における疫学データでは、ビタミンD不足や不足ぎみの割合が引き続き高いことが報告されており、高リスク群の特定と個別対応が必要である。
・臨床検査の25(OH)D測定にはアッセイ間差があるため、数値解釈には標準化の観点から注意が必要である。
・転倒・骨折の一次予防を目的としたコミュニティ在住高齢者へのビタミンD単独補給は、最近のレビューや米国予防医療タスクフォース(USPSTF)の草案で有効性が限定的であると結論づけられている。したがって、全員への一律の補給よりもリスク評価に基づく個別化が重要である。
・精神的健康(うつ症状など)に対しては、ビタミンD補給がベースラインで不足がある場合に改善をもたらす可能性が示されており、補助療法としての期待があるが標準治療の代替ではない。
臨床・公衆衛生での実践的提言(概略)
ハイリスク群(高齢者、屋内生活者、吸収障害患者など)は血中25(OH)D測定を検討する。
日光曝露・食事指導を基本とし、必要時にサプリメントで補完する。食事では脂肪性魚やUV照射きのこ、強化食品を活用する。
サプリメントはD3が一般的に有効であり、食事と一緒に摂ることで吸収が良くなる。用量は基準(日本:成人9.0μg/日目安、UL100 μg/日)と血中値を参照して個別に決定する。
転倒・骨折予防の目的での普遍的な高用量補給は、現在のエビデンスでは支持されないため、個別リスクを検討する。
まとめ
ビタミンDは骨・筋・免疫・精神領域にわたる多面的な役割を持ち、欠乏が生じると明確な臨床的影響が現れる。日本では2025年版の食事摂取基準で成人目安量が提示され、また疫学的にも不足が一定割合で存在することが示されている。臨床的には血中25(OH)Dの測定と標準化、個別化された補給戦略、季節差を考慮した生活指導が重要である。サプリメントは有用な手段であるが、万能薬ではなく、目的(不足是正、治療補助、一次予防等)とエビデンスに基づき慎重に用いるべきである。今後は検査の標準化と個別化栄養学に基づく介入の確立が期待される。
主要参考文献(本文中で参照した代表的資料)
「日本人の食事摂取基準(2025年版)」関連資料(厚生労働省)等(目安量、耐容上限、策定方針)。
日本国内のコホート・疫学研究(血中25(OH)Dの動向・有病率に関する報告)。
E-JIM(医薬品・栄養情報提供サイト)による25(OH)D測定の解説(測定の課題、標準化の必要性)。
USPSTFのドラフト勧告とエビデンスレビュー(2024−2025年) — コミュニティ在住高齢者に対するビタミンD(±カルシウム)補給は転倒・骨折一次予防に対して有効性が示されなかったとの結論(ドラフト)。
ビタミンD補充と抑うつ症状に関するメタ解析(2025年)などの総説・レビュー。
