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コラム:腎臓、大切にしてる?全身の恒常性を守る要

腎臓は単に“尿を作る臓器”というだけでなく、血圧・代謝・造血・骨代謝など全身の恒常性を守る要となる臓器であり、その機能を失うとQOLの大幅な低下と医療的負担が生じる。
おなかを抑える女性(Getty Images)

日本の現状(2025年11月時点)

日本における腎臓病(特に慢性腎臓病:CKD)と透析医療は国民保健上極めて重要な課題である。日本のCKDの潜在患者数は数百万人から千万人規模と推定されており、厚生労働省や研究機関の試算では1300万〜1480万人程度のCKD有病者が存在するとされている。さらに、末期腎不全に至り維持透析を受けている患者数は増加傾向にあったが、最近の統計では増加速度が鈍化しつつも多数の患者が透析を受けている。2023年末時点の日本の透析患者数は約34万3千人であり、糖尿病性腎症が透析導入の最も多い原因で、透析患者全体の約四割を占めている。これらの数字は保健医療資源の配分、予防政策、慢性疾患管理の強化を強く要請している。

腎臓の役割

腎臓は人体に左右一対存在する臓器で、血液を濾過して体内の恒常性(ホメオスタシス)を維持する中心的役割を担う。具体的には(1)老廃物や代謝産物の排泄、(2)体液量と電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウム、リンなど)の調節、(3)酸塩基平衡の維持、(4)血圧の調節、(5)赤血球産生を促すホルモンの分泌(エリスロポエチン)、(6)ビタミンDの活性化と骨代謝の調整、など多岐にわたる。腎機能が低下するとこれらの機能が障害され、全身の代謝・循環系・骨代謝・造血系に深刻な影響を及ぼす。

老廃物の排泄と尿の生成

腎臓の基本単位であるネフロンは血液から老廃物(尿素、クレアチニン、尿酸など)を濾過し、必要な物質を再吸収して不要な物質を尿として排泄する機構を有する。糸球体で血漿が濾過され、近位尿細管やヘンレ係蹄、遠位尿細管、集合管を経て尿が形成される。濾過量(糸球体濾過量:GFR)が低下すると老廃物が蓄積し、血中のクレアチニンや尿素窒素(BUN)が上昇して尿毒症を招く。GFRの推定(eGFR)はCKDの診断・重症度分類に不可欠であり、早期発見・早期介入が予後改善に直結する。

体液の量と成分の調節

腎臓は体内の水分量と電解質濃度を精密に調節する。ナトリウムの再吸収と排泄により血容量を調整し、これが血圧や組織灌流に直接影響する。カリウムの排泄が不十分になると高カリウム血症を起こし、重篤な不整脈を誘発する。さらに腎臓は酸塩基平衡を保つために重炭酸イオンの再吸収や酸の排泄を行い、代謝性アシドーシスを防ぐ。これらの機能は日常の塩分摂取・水分摂取・薬物などの影響を受けやすく、生活習慣病や加齢とともに脆弱化する。

血圧のコントロール

腎臓はレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)を介して血圧を調節する。腎血流やナトリウム量の変化を感知してレニンが分泌され、アンジオテンシンIIが生成されることで血管収縮とアルドステロン分泌が促され、結果的に血圧と体液量が調整される。長期にわたる高血圧は腎血管や糸球体に慢性的な負荷をかけ、腎機能低下を促進するため血圧管理はCKD予防と進行抑制の最重要事項である。RAAS阻害薬(ACE阻害薬、ARBs)は腎保護効果があり、糖尿病性腎症を含む多くのCKD治療で用いられる一方、腎機能やカリウムの監視が必要である。これらの治療方針は最新の診療ガイドラインにおいてエビデンスとともに示されている。

血液の生成を助ける

腎臓は腎間質細胞からエリスロポエチン(EPO)を分泌し、骨髄での赤血球産生を促進する。腎機能が低下するとEPO産生が減少し腎性貧血が生じる。腎性貧血は疲労感、運動耐容能の低下、心不全の悪化などを招くため、適切な鉄補充やEPO製剤の投与等の管理が重要になる。腎性貧血の管理はCKD患者の生活の質(QOL)改善に直結する。

骨の健康維持

腎臓は25-ヒドロキシビタミンDを活性型の1,25-ジヒドロキシビタミンD(カルシトリオール)に変換し、カルシウムの腸吸収を促進する。またリンの排泄も行うため、腎機能低下によりカルシウム・リン代謝の異常(CKD-MBD:CKD関連骨代謝異常)が生じ、骨折リスクや血管石灰化の増加を招く。したがって、腎機能が低下すると骨代謝の管理(血中カルシウム・リン・PTHの把握と是正)に問題が生じる。

腎臓を痛める行為

腎臓を長期的に損なうリスクがある行為は多岐にわたる。食習慣(塩分過多、糖質過多、加工肉の頻回摂取、極端な高タンパク食など)、喫煙、過度の飲酒、水分不足(慢性的な脱水)、運動不足や肥満、不適切な自己流ダイエット、睡眠不足や慢性ストレス、市販薬(特にNSAIDs:非ステロイド性抗炎症薬)の乱用、基礎疾患(高血圧、糖尿病、脂質異常症、心血管疾患)の放置などが挙げられる。これらは単独でも、相互に作用して腎臓に負荷をかける。以下に主要な行為とその機序を詳述する。

塩分の過剰摂取

日本人の平均的な食塩摂取量は依然として高く、国民健康・栄養調査では成人の平均が約9.7g/日程度と報告されている。WHOの推奨(5g未満/日)を上回っており、高塩分食は高血圧を招き、腎臓に負担をかける。塩分削減は血圧低下のみならずCKDの進行抑制・心血管疾患リスク低減に有効で、食品製造工程での減塩や家庭での調味方法の改善が重要である。

糖質の過剰摂取

過剰な糖質摂取は肥満やインスリン抵抗性、2型糖尿病の発症・増悪を通じて糖尿病性腎症のリスクを高める。糖尿病は日本で透析導入の最大の原因であり、血糖コントロールの不良は腎機能悪化を加速するため、適切な栄養指導と血糖管理が必須である。

加工肉の頻繁な摂取

加工肉には塩分やリン化合物、保存料が多く含まれることがあり、これらが慢性的に摂取されると高血圧やリン負荷、炎症反応を通じて腎機能に悪影響を及ぼす可能性がある。疫学的に加工肉摂取と慢性疾患リスクの関連が指摘されており、頻度を減らすことが望ましい。

極端な高タンパク質ダイエット

高タンパク食は短期的には体重減少に寄与する場合があるが、慢性的な高負荷は糸球体の過剰負荷(高濾過状態)を招き得る。腎障害の既往がある人やCKDハイリスク者は医師・栄養士と相談のうえ適正なタンパク摂取を守るべきである。最新のガイドラインでは個々の腎機能や栄養状態を踏まえた蛋白摂取量の調整が推奨されている。

生活習慣

肥満、運動不足、不規則な食生活は高血圧や糖尿病を誘発または悪化させ、CKDリスクを高める。減量、適度な運動、バランスの良い食事はCKD予防に有効である。

喫煙

喫煙は血管障害と炎症を促し、腎血管障害を悪化させる。喫煙者は非喫煙者と比較して腎機能低下や透析導入リスクが高いとされるため禁煙は腎保護のためにも重要である。

過度の飲酒

大量飲酒は高血圧、心疾患、肝障害のみならず脱水や電解質異常を介して腎機能に悪影響を与える。節度ある飲酒が望ましい。

水分不足(脱水)

慢性的あるいは反復する脱水は腎血流低下を招き、急性腎障害(AKI)や慢性化を促す。高齢者や激しい運動時、発熱時には特に注意が必要である。

睡眠不足・過労・ストレス

慢性ストレスや睡眠不足は交感神経過活動やホルモンバランスの乱れを通じて血圧や代謝を悪化させ、間接的に腎機能に負荷をかける。

医療・健康管理に関する行為

定期的な健康診断、尿検査(尿蛋白・尿潜血)、血圧測定、血液検査(クレアチニン・eGFR)を受けることがCKDの早期発見に直結する。プライマリケアでのスクリーニングと専門医への適時紹介、多職種連携(かかりつけ医、腎臓専門医、管理栄養士、薬剤師、看護師)はCKD重症化予防の要である。厚生労働省の研究事業やガイドラインでも多職種連携の重要性が示されている。

市販薬(痛み止め)の乱用

NSAIDs(イブプロフェン、ロキソプロフェンなど)や一部の鎮痛薬は腎血流を低下させる作用があり、特に脱水や心不全、既存の腎障害がある場合に急性腎障害を引き起こす危険がある。慢性的なNSAIDs使用はCKDの悪化につながるため、使用は医師の指示に従い最小限にとどめるべきである。

持病の放置

高血圧や糖尿病、脂質異常症、自己免疫疾患(例:ループス腎炎)などの基礎疾患を適切に治療・管理しないことがCKD進展の主要因となる。特に糖尿病は日本の透析導入原因の第一位であり、血糖管理の改善は透析導入抑制に直結する。

腎臓を大切にするために(実践的な指針)

  1. 定期検診を受ける:尿検査(尿蛋白、尿潜血)と血液検査(eGFR、クレアチニン)を定期的に行い、異常があれば早期に専門医へ。

  2. 血圧管理:家庭血圧を含めて血圧を目標範囲に保ち、必要ならば薬物治療を適切に行う。RAAS阻害薬の使用は腎保護に有効だが、腎機能とカリウムを定期的にチェックする。

  3. 糖尿病管理:適正な血糖コントロールを行い、SGLT2阻害薬などの新しいエビデンスに基づく治療を適応に応じて検討する(ガイドライン参照)。

  4. 減塩:塩分はWHO推奨5g未満を目指し、日本人の平均(約9.7g/日)を下回るよう調理法や加工食品の選択を工夫する。

  5. 禁煙・節酒・適度な運動:喫煙の中止、節度ある飲酒、週に適度な有酸素運動を行う。

  6. 水分管理:脱水を避け、発汗時や発熱時には適切に水分を補給するが、心不全等の合併症がある場合は医師の指示に従う。

  7. 薬の自己判断での連用を避ける:市販の鎮痛薬やサプリメントも腎臓に影響を及ぼすことがあるため、医師・薬剤師に確認する。

  8. 栄養管理:極端な高タンパク食は避け、腎機能や年齢、栄養状態に応じた蛋白質・塩分・カリウム管理を行う。管理栄養士との連携が有益である。

専門家のデータとエビデンスの紹介

・CKD有病推定数:複数の研究・行政データから我が国のCKD推定有病者は千万人台であり、保健政策上のハイリスク集団を形成していると報告されている。厚生労働省の研究班や公的研究からも同様の推計が示され、CKD重症化予防には一次予防・二次予防双方の強化が必要である。
・透析患者数と傾向:日本透析医学会の年次報告(JRDR)によると、2023年末の透析患者数は343,508人であり、透析導入の主要原因は糖尿病性腎症であった。近年は透析患者の増加速度が鈍化しているが、患者数は依然高水準であり、透析導入抑制のための介入が継続的に求められている。
・ガイドラインの更新:日本腎臓学会は2023年にエビデンスに基づくCKD診療ガイドラインを改訂し、CKDの診断、血圧管理、糖尿病性腎症の治療、栄養管理、透析導入時期・基準、腎移植など幅広い項目で最新知見に基づく推奨を出している。臨床現場での早期発見と多職種連携が強調されている。

今後の展望

日本の人口構造(高齢化)や生活習慣の変化、糖尿病・高血圧といった慢性疾患の管理状況を勘案すると、CKD対策は今後も保健医療政策の重要課題であり続ける。具体的な展望は以下のとおりである。

  1. 早期スクリーニングと地域医療連携の強化:一次医療(かかりつけ医)での尿検査・eGFR測定による早期発見と、異常時の迅速な専門医連携を進めるべきである。厚生労働省研究や現場の報告は、多職種連携がCKD重症化予防に有効であると指摘している。

  2. 生活習慣改善の社会的支援:食塩摂取の削減や運動習慣の定着、禁煙支援などを社会的に促進することが求められる。食品業界との連携による減塩製品の普及や地域コミュニティでの健康教育が重要である。

  3. 治療選択肢の拡充と個別化医療:SGLT2阻害薬、非ステロイド性ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬など、腎保護や心血管保護に資する新規薬剤の臨床応用が進展しており、個々の患者のリスクに応じた治療最適化がより重要になる。ガイドライン改訂はこうしたエビデンスの蓄積を反映している。

  4. 医療資源の最適化:透析中心の医療からCKDの早期介入による透析導入抑制、腎移植の促進、在宅透析の支援など、医療資源を持続可能にする方策が必要である。統計は透析患者数が高水準である現実を示しており、予防と治療のバランスが問われている。

まとめ(腎臓を大切に)

腎臓は単に“尿を作る臓器”というだけでなく、血圧・代謝・造血・骨代謝など全身の恒常性を守る要となる臓器であり、その機能を失うとQOLの大幅な低下と医療的負担が生じる。日本ではCKDの潜在患者が多数存在し、透析患者も依然多い現状であるため、個人と社会が協力して腎臓を守る取り組みを強化する必要がある。日常的には定期検診、減塩、適切な糖・脂質管理、禁煙、薬の適切な使用、水分管理、睡眠・ストレス対策といった基本が最も重要である。早期発見と多職種連携、エビデンスに基づく治療の普及により、CKDの進行を抑え、透析導入を減らし、患者の生活の質を守ることが可能である。個人としてできることから始め、地域・医療の仕組みも含めた包括的な対策を進めるべきである。


参考・主要出典(抜粋)

  • 厚生労働省関連研究・報告(CKD推計・患者動向)など。

  • 日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(JRDR)」年次報告(2023年末集計)。

  • 日本腎臓学会「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」。

  • 厚生労働省「国民健康・栄養調査」(食塩摂取量等の統計)。

  • WHO/日本WHOや公衆衛生領域の減塩に関する資料。

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