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コラム:腸内細菌のチカラ、多面的に人の健康に関与

腸内細菌は消化吸収、栄養素合成、免疫調節、病原菌排除、さらには脳腸相関を通じたメンタルヘルスへの影響など多面的に人の健康に関与する。
腸内細菌のイメージ(Getty Images)
日本の現状(2025年11月時点)

近年、日本において「腸内細菌(腸内微生物叢)」への関心が高まっている。研究蓄積により日本人の腸内細菌叢には独自の特徴があることが示され、疫学研究やコホート研究が増加している。例えば、日本人健常者のメタゲノム解析を行った研究は、日本人集団特有の菌種構成や機能的特徴を報告しているほか、民間や学術の大規模コホート(Mykinsoなど)で日本人の参照範囲を作成する試みが進んでいる。公衆衛生の面では、厚生労働省の国民健康・栄養調査や「健康日本21」等を通じて食生活改善の重要性が繰り返し提示され、野菜(食物繊維)の摂取目標は1日350gとされているが、実際の平均摂取量は目標に届かない(成人平均約256g)という報告がある。このことは腸内細菌が好む栄養基盤である食物繊維や多様な植物性食品の摂取が不足しがちであることを示唆する。

腸内細菌とは

腸内細菌は主に消化管に定着する微生物群(細菌、古細菌、真菌、ウイルスなどを含む)であり、個々人の遺伝、食生活、環境、薬剤歴、年齢によって構成が左右される。通常、腸内には数百から数千種に相当する微生物が存在し、これらの集合(腸内細菌叢、microbiota / microbiome)は人の健康・疾病に深く関与する。腸内細菌は腸管表面に近接して生息し、宿主の消化・代謝・免疫・神経系に影響を与える化学物質(代謝物、短鎖脂肪酸、トリプトファン代謝物、二次胆汁酸など)を産生する。日本人集団に関するメタゲノム研究は、これらの機能的な特性と生活習慣との関連を明らかにしてきた。

主要な機能

腸内細菌は大きく分けて以下の主要な機能を担う。

  1. 消化・吸収の補助および栄養素合成
    腸内細菌は人が消化できない食物繊維や複雑な多糖類を分解し、エネルギー源や短鎖脂肪酸(SCFAs:酢酸、酪酸、プロピオン酸など)を産生する。これらの代謝物は大腸上皮細胞のエネルギー源となるだけでなく、宿主の代謝調節や血糖・脂質代謝にも影響する。また、一部の腸内菌はビタミン(ビタミンK、ビタミンB群)や一部アミノ酸の合成に寄与する。特に食物繊維を基にした発酵産物であるSCFAは、腸管の栄養環境を整え、腸管バリア機能や全身代謝に寄与する。

  2. 免疫系の調節
    腸内細菌は免疫系の教育者として機能する。腸管に常在する微生物からの信号は、腸管上皮細胞や樹状細胞に働きかけ、粘膜免疫の成熟や制御性T細胞(Treg)の誘導、炎症反応の抑制・活性化バランスの保持に寄与する。特にSCFAは免疫寛容を促進し、炎症性サイトカインの発現を抑える機能が示されている。腸内細菌による免疫調節は感染防御のみならず、アレルギー、自己免疫疾患、腸炎などとも関連する。

  3. 病原菌の排除(コロニーバンディング)
    定着している常在菌は栄養や定着部位を競合することにより、病原菌の増殖や宿主への侵入を抑える。常在菌が作る酸や抗菌ペプチド、代謝物は病原性微生物に対する第一の防御線を形成する。抗生物質投与や食事変化によりこのバランスが崩れると、Clostridioides difficileなどの病原性増殖を許すことがある。臨床研究では、抗生剤投与に伴う下痢の予防にプロバイオティクスの同時投与が有効であるとするメタ解析が存在する。

  4. 脳腸相関(Gut–Brain Axis)とメンタルヘルスへの影響
    腸内細菌は中枢神経系と双方向にコミュニケーションを行う。腸内細菌由来の代謝物、免疫シグナル、迷走神経を介した神経伝達などにより、気分、ストレス反応、認知機能へ影響を与える可能性が示されている。ヒトおよび動物モデルで、ある種のプロバイオティクスがストレス応答や不安症状を軽減する報告や、うつ病患者で腸内細菌叢に特徴的な変化が見られるという報告がある。ただし、メカニズムや臨床的有効性についてはさらなる大規模試験が必要である。

消化吸収と栄養素合成

腸内細菌の代謝は人の消化能を補完する。ヒトはセルロースなどの多くの植物性多糖を自ら分解できないが、腸内細菌はこれを分解して低分子に変換し、宿主に吸収可能な形にする。代表的な産物であるSCFAは結腸上皮で消費されるほか、門脈を通じて肝臓や末梢へ運ばれ、エネルギー代謝や糖代謝に影響を与える。SCFAの一つである酪酸は結腸上皮の主要なエネルギー源であり、上皮のバリア機能維持や炎症抑制効果があるとされる。さらに、腸内細菌はビタミンB群やビタミンKなどの合成に関与し、欠乏を予防する役割を果たす場合がある。

免疫系の調節

腸内細菌には免疫系の発達と恒常性維持に不可欠な役割がある。生後早期に腸内環境が適切に形成されることは免疫耐性の確立に重要であり、分娩方法、母乳栄養、早期抗生物質使用は生涯にわたる免疫応答に影響を与える可能性がある。成人でも腸内細菌は自然免疫および獲得免疫に影響を与え、炎症性サイトカインの制御、粘膜免疫グロブリンA(IgA)の誘導、制御性T細胞の維持などを通じて過剰な炎症や自己免疫を抑える。SCFAに代表される代謝物は免疫細胞の代謝を変化させ、制御的な方向へシフトさせることが示されている。

病原菌の排除

定着菌は病原性微生物に対して物理的・化学的に干渉する。定着菌が腸腔内で占有することで病原菌が定着しにくくなり、また短鎖脂肪酸や低pH、抗菌物質の産生により病原性の増殖を直接抑制する。臨床的には、抗生物質により常在菌叢が破壊されるとC. difficile感染などが発生しやすくなることが示されており、その予防策として特定のプロバイオティクスの有用性が複数のメタ解析で示されている。

脳腸相関とメンタルヘルス

腸内細菌は神経伝達物質の前駆体(例:トリプトファン代謝を介するセロトニン合成関連物質)や代謝物を通じて中枢に影響を及ぼす。動物実験や小規模ヒト試験では特定の微生物や発酵食品の摂取がストレスや不安、睡眠の質に影響する示唆が得られている一方、ヒトの臨床エビデンスはまだ確定的ではない。今後の臨床試験とメカニズム解明が期待される分野である。

なぜ多様性が重要か

多様でバランスの取れた腸内細菌叢」は堅牢性(レジリエンス)を高める。多様性が高いほど、食事や薬剤、ストレスなどの外的ショックに対して機能が維持されやすく、病原菌の侵入を防ぎやすい。逆に多様性が低下すると特定の有害菌が優勢になりやすく、代謝や免疫の異常を引き起こしやすい。多くの研究で、肥満、2型糖尿病、炎症性腸疾患、アレルギー、老化関連の機能低下などで腸内細菌のアルファ多様性が低下していることが示されているが、因果関係は疾患ごとに異なり、単純な「多様性が低い=悪い」という一義的結論は慎重に扱う必要がある。

腸内細菌叢のバランスが崩れるとどうなる?

バランスの崩れ(ディスバイオーシス)は以下のような影響をもたらす可能性がある。消化不良、便秘・下痢などの機能性消化管障害、感染症のリスク増加、慢性炎症状態の誘発、代謝疾患(肥満、糖尿病)への関与、アレルギーや自己免疫疾患の増悪、さらには精神的健康(気分障害、認知機能)への影響などが報告されている。臨床的には抗生物質による急性のバランス破壊や、長期的な西洋化食(高脂肪・低食物繊維)の影響が問題視されている。

良い状態(多様でバランスの取れた状態)を保つためには

良好な腸内環境を維持するための基本方針は「食生活の改善を最優先に、生活習慣も調整する」ことである。以下に具体的な戦略を示す。

  1. 食生活の改善(最も重要)
    食事は腸内細菌の構成と機能を決定づける最大の要因である。多様な植物性食品(野菜、果物、全粒穀物、豆類、海藻、きのこ)を中心にし、加工食品や過剰な糖質・飽和脂肪酸の摂取を控えることが基本である。前述したように、日本の平均野菜摂取量は目標に届いておらず、野菜・食物繊維の摂取増加は腸内細菌の多様性と有益代謝物(SCFA)産生の向上に直結する。厚生労働省は野菜350g/日を推奨しているが、実績は低い(成人平均約256g)。このギャップを埋めることが公衆衛生上重要である。

  2. 積極的に摂りたいもの:プレバイオティクス、食物繊維、オリゴ糖
    プレバイオティクスは腸内の有益な細菌を選択的に増やす食品成分で、食物繊維(難消化性で大腸に到達する多糖類)やオリゴ糖(フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖など)が代表である。これらは腸内で発酵され、SCFAを増やし、機能的に有益な菌群(ビフィズス菌、酪酸産生菌など)を増やす。疫学的にも食物繊維の摂取は心血管疾患や糖尿病リスクを低下させる関連が示されている。

  3. 積極的に摂りたいもの:プロバイオティクス、発酵食品
    プロバイオティクスは適切な量を摂取したときに宿主に健康効果を与える生きた微生物であり、ヨーグルト、納豆、キムチ、味噌、漬物、発酵乳製品などの発酵食品がその供給源となることが多い。特定の状況(抗生物質使用時の下痢予防など)では効果が示されるが、効果は菌株依存的であり、万人に対する普遍的な効果を主張することはできない。臨床メタ解析では、抗生物質関連下痢の予防や一部の感染リスク低下にプロバイオティクスが有用であると報告されている。

  4. バランスと組み合わせが重要
    単一のサプリメントや食品に頼るのではなく、食物繊維(プレバイオティクス)と発酵食品(プロバイオティクス)を組み合わせ、日々の食事で多様な基質を腸内細菌に供給することが望ましい。例えば、和食中心の食事パターン(多様な野菜、海藻、発酵食品の組み合わせ)は腸内微生物多様性の維持に有益である可能性がある。

  5. 生活習慣の改善(ストレス管理、適度な運動、良質な睡眠、水分補給)
    ストレスは腸管運動、分泌、免疫を介して腸内細菌叢に影響を与える。慢性的な心理社会的ストレスはディスバイオーシスを誘導する可能性があるため、ストレス管理(認知行動的対処、リラクセーション、社会的支援)は重要である。さらに、適度な有酸素運動は腸内細菌の多様性を高めるという報告があり、睡眠不足や不規則な生活は腸内環境に悪影響を与える。十分な水分摂取も腸管内容物の通過と便通維持に寄与する。これらの要因は相互に影響し合うため、総合的な生活習慣改善が有効である。

食生活改善:具体的実践例

・毎食野菜を必ず1品以上増やし、1日350gを目標にする(スープや具沢山味噌汁を活用すると摂取しやすい)。
・全粒穀物(玄米、全粒パン)を取り入れる。
・豆類・海藻・きのこを週数回以上摂取する。
・発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌、漬物)を定期的に摂る。菌株や塩分量には注意する。
・加工食品・高脂肪・高糖質の食品の頻度を下げる。
・プレバイオティクス(フラクトオリゴ糖、イヌリンなど)を含む食品を取り入れるか、食物繊維を増やす。

プロバイオティクス使用時の注意

プロバイオティクスは一般的に安全性は高いが、免疫抑制状態や重篤な基礎疾患がある人では感染リスクや合併症の報告があるため、医療機関と相談の上で使用することが重要である。製品によって含まれる菌株、投与量(CFU)、保存条件が異なるため、科学的根拠のある菌株を選ぶこと、信頼できる製造・品質管理のある製品を選ぶことが重要である。臨床的エビデンスは菌株と目的(下痢予防、IBS改善など)ごとに異なる。

生活習慣の改善

・ストレス管理:慢性ストレスは腸管バリアや免疫を破壊し、腸内微生物構成を変える。マインドフルネス、十分な休息、社会的支援、カウンセリングは有用である。
・運動:週に数回の中等度有酸素運動は多様性を高める効果があるとする報告がある。無理のない範囲で継続することが重要である。
・睡眠:良質で規則的な睡眠は腸内環境の維持に寄与する。睡眠不足や夜勤などの不規則な生活は悪影響を及ぼす可能性がある。
・水分補給:適切な水分は便通を促し、腸管内の物理的環境を整える。特に高食物繊維摂取時は充分な水分が必要である。

今後の展望

腸内細菌研究は急速に進展しており、個人の腸内微生物プロファイルに基づく「精密栄養学(personalized nutrition)」や「マイクロバイオーム医療」が期待されている。将来的には以下が現実味を帯びる可能性がある。
・個別化された食事処方やサプリメント提案:個人の菌叢特性と代謝反応を解析し、最も効果的な食事やプレ/プロバイオティクスを提案する。
・腸内細菌を標的とした治療:特定の菌株を投与する、あるいは有害菌を抑制する治療(菌交代療法、精密抗菌薬など)の進化。すでに一部の疾患(C. difficile感染など)で糞便微生物移植(FMT)が効果を示しているが、安全性・標準化の課題がある。
・代謝産物(SCFA、トリプトファン代謝物など)を操作することで免疫や代謝、脳機能を調節する治療戦略。
・大規模コホートと多層オミクス解析による因果関係の解明と予防的介入の確立。日本では民族的、食文化的特性を踏まえた研究が進行しており、地域特性を反映した施策立案が期待される。

専門家データ・研究の要点まとめ(エビデンス)

・日本人の腸内メタゲノム研究は日本人特有の構成や機能を示し、参照データベース作成や疾病関連研究に貢献している。
・SCFA(短鎖脂肪酸)は腸上皮の健康、免疫調節、代謝調整に重要であるとのレビューが複数存在する。
・腸内細菌叢のディスバイオーシスは肥満、糖尿病、炎症性疾患などと関連する報告が増えている。
・抗生物質関連下痢や一部の感染症予防にプロバイオティクスが有効であることを示すメタ解析がある。ただし、菌株依存性や個体差、長期安全性については留意が必要である。
・公衆衛生レベルでは、食物繊維・野菜摂取量の不足が続いており、これは腸内細菌の健康における改善余地を示す。厚生労働省の国民健康・栄養調査は野菜摂取目標(350g/日)と実績の差(平均256g)を示しており、食生活改善が政策課題である。

実践上の注意点と限界

・個々人の腸内細菌は多様であり、同じ介入が万人に同じ効果をもたらすわけではない。個別差(遺伝、既往歴、薬剤服用、生活様式)を考慮する必要がある。
・市販のプロバイオティクス製品の品質やラベリングは製品により差があり、必ずしも臨床試験で用いられた菌株・用量と一致しない場合がある。医療目的での使用は医師と相談する。
・腸内細菌研究は関連性を示す研究が多く、完全な因果関係が確立されている領域は限られる。臨床応用にはさらなる大規模ランダム化比較試験が必要である。

結論

腸内細菌は消化吸収、栄養素合成、免疫調節、病原菌排除、さらには脳腸相関を通じたメンタルヘルスへの影響など多面的に人の健康に関与する。日本においては食生活(特に野菜・食物繊維の摂取)が目標に届いていない現状があり、これは腸内環境改善の重要な介入点である。日々の食事で多様な植物性食品と発酵食品を摂り、適度な運動、良質な睡眠、ストレス管理を行うことが最も実行可能かつ効果的なアプローチである。将来的には個々人に最適化された栄養処方や微生物ベースの治療が臨床に導入される可能性が高く、今後も日本発の大規模コホートやオミクス解析がその基盤を支えると期待される。


参考(抜粋)
・Nishijima S. et al., The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness. (メタゲノム研究の例).
・Parada Venegas D. et al., Short Chain Fatty Acids (SCFAs)-Mediated Gut Epithelial and Immune Regulation. Front Immunol (2019).
・Liu X. et al., Regulation of short-chain fatty acids in the immune system (2023).
・Cochraneおよび複数のメタ解析(抗生物質関連下痢とプロバイオティクスの効果).
厚生労働省『国民健康・栄養調査』関連(野菜350g/日目標と実績)。

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