コラム:防災の重要性、「備え」と「連携」によって実効性を高める
防災は「備え」と「連携」によって実効性を高めることが可能であり、日常からの意識と行動が将来の大きな差を生む。
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日本の現状(2025年12月時点)
日本は地理的・社会的条件から自然災害リスクが高い国である。地震、津波、台風、大雨(集中豪雨)、土砂災害、火山噴火、寒波・豪雪など多様な災害が全国で常に発生し得る。また高齢化・都市集中・老朽化した住宅ストックやインフラ、人口減少地域の社会的脆弱性も災害リスクを増幅している。2025年にかけて政府は防災基本計画の改定や地域対策の強化を進めており、2025年7月の防災基本計画改訂では予防・事前準備、応急対策、復旧・復興の各段階での責務をより明確化している。これにより国と地方、企業、住民それぞれの役割が再確認された点は重要である。
近年の火災統計を見ると、住宅火災や高齢者を中心とした火災による死亡が依然として社会問題である。消防庁の確定統計や報道まとめによると、2024年の火災による総死者数は1451人、うち住宅火災の被害や高齢者の占める比率の大きさは注視すべきである。こうした数値は防災対策(火災予防・逃げ遅れ防止・住宅の安全確保等)の必要性を示している。
インフラ・住宅面では耐震化が進展しているが、依然として耐震性が不足する戸数・建物が残っている。国土交通省や関連調査の推計では、過去の推計で耐震性が不足する住宅がおおむね数百万戸単位で存在した旨が示され、耐震化率が向上している一方で空き家や非居住建物を含めた評価では注意が必要である。耐震化の努力は継続的に必要である。
企業側の備え(BCP=事業継続計画)に関しては徐々に策定率が上昇しているものの、全体としてはまだ十分ではない。2025年の調査では企業のBCP策定率が初めて2割台を超えるなどの前進は見られるが、大企業と中小企業の差が大きく、中小企業側の策定・実行支援が課題である。帝国データバンクなどの企業調査では2025年にBCP策定率が20.4%という結果が示され、大企業に比べて中小企業の策定率が低い点は社会経済の脆弱性を高める要因である。
以上の現状をふまえると、日本の防災対策は制度面・技術面・地域協働・個人の備えを同時に強化する必要がある。一部の指標は改善傾向にあるが、被害の性質(人的被害の集中、社会的脆弱性)を考慮すると、防災は単なるインフラ投資だけで解決する問題ではない。
防災の重要性(総論)
防災の目的は単純明快である。人命の保護、生活の継続、社会経済活動の維持、そして迅速かつ効果的な復旧を可能にすることである。自然災害は「いつ」「どこで」「どのような規模で」発生するかが不確実であるため、事前の備えと組織的対応が被害を大きく左右する。防災は政府や自治体だけの責任ではなく、企業・自治会・学校・家庭など社会のあらゆる主体が連携して取り組むべき共通課題である。防災が不十分なままであると、被害は累積的かつ連鎖的に拡大し、社会資本や経済活動、地域の存続そのものが危機に瀕する。
生命と安全の確保
防災の最優先は生命の保護である。地震や津波、火災、土砂災害の局面では、初動の避難や適切な情報伝達が生死を分ける。避難では「早めの判断」「安全な避難ルート」「高齢者・障害者への支援」が鍵となる。自治体はハザードマップ作成や防災無線、SNSを使った情報発信、避難所運営訓練を行うべきであり、個人は自身と家族の避難方法を日常的に確認しておく必要がある。特に高齢者の単身世帯や在宅療養者への支援策は、避難の現実的障壁を下げるために不可欠である。
迅速な避難
災害時の初動で重要なのは「躊躇しないこと」である。津波や土砂災害の際は時間が短く、ためらいが致命的な結果につながる。避難情報は複数の経路(自治体通知、ラジオ、テレビ、スマホアプリ、地域の町内放送)で受け取り、事前に決めた避難場所と経路に従い迅速に行動することが必要である。高齢者や支援を要する人の避難には地域の共助が重要であり、避難支援リストの作成や避難要支援者名簿の整備・共有が望まれる。
建物の耐震化・安全対策
住宅や公共建築の耐震化は人的被害を減らす最も確実な手段の一つである。建築基準法の改定以降、新耐震基準を満たす建物は増加しているが、旧耐震基準時代に建てられた住宅や空き家の存在、商業施設やインフラの老朽化は依然としてリスクである。耐震補強工事、家具の転倒防止、避難経路の確保、火災警報器・消火器の設置など、個人でも実施できる対策は多い。行政は耐震改修助成や補助制度を通じて、費用面の障壁を下げる支援を継続する必要がある。公的データでは耐震化率は上昇傾向にあるが、完全解消には至っていない点に留意する必要がある。
財産と生活の保護
災害は命だけでなく財産や生活基盤にも大きな打撃を与える。家屋の損壊、家財の喪失、通勤・物流の断絶による収入減少などが連鎖し、生活再建が長期化することがある。保険(地震保険、火災保険など)の加入や重要書類のデジタル化・耐火金庫保管、現金と生活必需品の備蓄は被害軽減に寄与する。地域単位での物資の備蓄や物流の早期回復計画も生活維持に重要である。
被害の軽減
被害軽減は「予防」と「減災」の両輪で進める必要がある。予防はハード面(堤防・治山・耐震化)を指し、減災はソフト面(避難計画・教育・コミュニティの連携)を指す。ハザードアセスメントによる危険箇所の特定、早期警報システムの整備、学校・職場での防災教育、地域リスクの共有化などが効果的である。被害の軽減は一朝一夕に得られるものではなく、継続的な投資と住民参加が必要である。
生活の維持
避難生活や被災後の数週間〜数ヶ月は日常生活が大きく乱れる。食料・水・医薬品・暖房手段・トイレなど生活インフラの確保が重要であり、自治体・地域は避難所運営マニュアルの整備や長期避難を想定した物資配分計画を整備することが求められる。個人レベルでも最低3日〜1週間分の備蓄が推奨されるが、実情に合わせて1ヶ月程度の備蓄を考える家庭も増えている。家庭での備蓄は食品・水・常備薬・携帯ラジオ・モバイル充電器・現金などの確保を含む。
社会経済活動の継続
災害はサプライチェーンを断絶し、事業活動を停止させる。企業のBCPは事業の継続と雇用・地域経済の維持に直結する。国家レベルでもライフライン(電力・通信・ガス・水道)や交通網の早期復旧は経済損失を抑える鍵となる。企業は優先復旧のための資材・代替サプライヤーの確保、人員の分散配置、テレワークや代替拠点の準備などを検討すべきである。調査ではBCPの策定率は上昇傾向にあるものの(2025年調査で全体20.4%等)、中小企業の策定率が低く、支援強化が必要である。
事業継続計画(BCP)
BCPは企業が災害時に重要業務を継続・早期復旧するための計画であり、人的資源・資産・情報・取引先のリスク管理を含む。BCPは単に文書を作ることに止まらず、定期的な訓練、代替手段の確認、サプライチェーン管理、保険の適用範囲確認が必要である。特に中小企業は人的・資金的制約で実行が難しいため、行政や金融機関による支援、業界団体による共通プラットフォームの整備が有効である。公的調査はBCPの普及が進む一方で、規模間格差が存在することを示している。
迅速な復旧
復旧段階では被災地のニーズに即した段階的支援が重要である。ライフライン復旧、仮設住宅の供給、医療・福祉サービスの確保、事業再開支援(金銭的支援・税制優遇・低利融資等)が復旧のスピードと質を左右する。国や自治体は復旧資金の即時供給や手続き簡素化、インフラの優先復旧スキームを整備する必要がある。復旧はまた心理的ケアを含めた被災者支援を伴うべきであり、精神保健・相談サービスの早期提供が必要である。
地域コミュニティの連携強化
地域コミュニティは災害対応の基礎単位である。自治会、防災士、NPO、ボランティアの連携が迅速な初動支援と被災者支援を支える。日常からの顔の見える関係づくり、避難訓練の実施、避難要支援者の把握、地域備蓄の共有は実効性の高い対策である。地域内で助け合う「共助」は公的支援(公助)や自助と車の両輪で機能する。地域コミュニティが強いほど初動被害は抑えられ、生活再建もスムーズになる。
共助の精神
災害時における共助は、弱者・高齢者・障害者を含む全住民の安全を確保するために不可欠である。事前の役割分担、避難支援チームの編成、要支援者の名簿作成、近隣での物資融通ルール作りなど実務的な準備が共助を機能させる。学校や職場、地域での互助体制構築は防災教育と結びつけることで持続的効果が期待できる。
災害への心構えの醸成
防災知識や訓練は心構えの醸成に直結する。災害は想定外を起こすことが多いため、「完璧な備え」は存在しないという現実を踏まえつつ、リスクを受容し最悪を想定した行動計画を持つリジリエンス(回復力)を高めることが重要である。教育現場や企業研修での実践的訓練、避難所運営訓練、心理教育は心構え形成に資する。
具体的な「備え」の例
以下は家庭・地域・企業で実行可能な具体例である。
家庭での備蓄
飲料水、保存食(レトルト・缶詰等)、常備薬、紙製トイレ用品、簡易毛布、携帯用充電器、現金(小銭含む)、携帯ラジオ等を少なくとも3日〜1週間分以上備蓄する。長期化を見越して1か月分を目標にする家庭もある。
重要書類(保険証、住民票、通帳、印鑑など)は電子化のほか耐火金庫や防水容器で保管する。
家具の固定、ガラス飛散防止フィルム、ガスの緊急遮断方法確認、消火器や火災報知器の点検を行う。
ハザードマップの確認
自治体が公開しているハザードマップで自宅・職場・学校の洪水・津波・土砂災害危険度を確認し、避難場所・避難経路を複数設定する。ハザードマップは行政サイトや自治体で入手できるため定期的に最新版を確認すること。
避難訓練への参加
学校・職場・地域の避難訓練に積極的に参加し、実際の避難行動を身体で覚える。訓練は想定外を含めたシナリオで実施することが望ましい。
家族との連絡方法の確認
災害時は電話回線が混雑するため、事前に集合場所と連絡手段(SNSグループ、災害用伝言板、集合ポイント)を決める。家族で「集合・安否確認の手順」を共有しておく。
企業・事業所の備え
BCPの策定、重要データのバックアップ、代替サプライヤーの確保、従業員の安全確保計画、在宅勤務体制の整備、被災時の優先業務の明確化を行う。中小企業は外部支援を活用してBCPを段階的に整備するのが現実的である。調査ではBCP策定は増加しているが普及は段階的である点に留意する。
今後の展望
今後の防災は技術革新と社会構造の変化を踏まえた多層的な取り組みが必要である。具体的には次の点が重要である。
デジタル技術の活用:IoTセンサーによる河川・斜面のリアルタイム監視、AIによる被害予測モデル、情報伝達の多様化(携帯・SNS・防災アプリ・衛星通信の併用)。これにより早期避難指示の精度とスピードを上げることが可能である。
インフラのレジリエンス向上:電力・通信・水道などの分散化と冗長化、重要拠点の耐震化・耐水化によって社会機能の停止を最小化する。
コミュニティ主導の防災:地域防災力を高めるための住民参画型の計画づくり、共助の制度化、地域備蓄の共有化や多世代交流による支援ネットワーク構築を進める。
中小企業支援の強化:BCP普及のための補助金・税制優遇、専門家派遣、共通テンプレートの提供、業界連携によるバックアップ体制の構築が不可欠である。公的調査は策定率上昇を示す一方で中小企業の遅れを指摘しており、ターゲットを絞った施策が必要である。
高齢化社会への対応:避難所のバリアフリー化、在宅高齢者支援の強化、医療・介護と防災の連携強化が急務である。災害は高齢者に対する影響が大きく、具体的な支援計画と訓練が求められる。
気候変動への適応:豪雨・台風の強化や海面上昇を見据えた長期的な土地利用計画と防災投資が必要である。
まとめ
防災の重要性は単に「災害時に困らないように備える」ことにとどまらない。防災は社会の安全網を支え、命を守り、生活と経済の基盤を保全するための包括的な社会政策である。現時点での統計や公的計画は一定の前進を示しているが、依然として人的被害の要因や中小企業の脆弱性、耐震化の残課題など改善点は多い。個人・家庭・地域・企業・行政がそれぞれの役割を果たしつつ相互に補完することで、被害を最小化し迅速に復旧・再建できる社会をつくることが喫緊の課題である。防災は「備え」と「連携」によって実効性を高めることが可能であり、日常からの意識と行動が将来の大きな差を生む。
参考(主要出典)
内閣府:防災基本計画(令和7年改訂/2025年7月改訂など)。
消防庁・火災統計(2024年確定値のまとめ、火災による死者数等)。
国土交通省・関連調査(住宅の耐震性に関する推計資料)。
帝国データバンク「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2025年)」。
中小企業庁・中小企業白書(BCP関連の章、2024年版)。
