コラム:中国のレアアース輸出規制が日本経済に与える影響
中国のレアアース輸出規制は、日本経済に対して多層的・構造的な影響を与える可能性がある。
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現状(2026年1月時点)
レアアースとは、希土類元素(17種)の総称であり、ネオジム(Nd)、ジスプロシウム(Dy)などが代表例である。これらは、磁石・電気自動車(EV)モーター・半導体・防衛関連装備など幅広い先端産業で不可欠な資源である。そのため、サプライチェーン上の支配力は国家戦略に直結する。中国は長年にわたり世界のレアアース供給の中心を担い、加工・精製・製品化までのバリューチェーン支配を強化してきた。実際に中国は世界のレアアース精製の約90%を掌握しており、原鉱の生産割合も圧倒的であることが確認されている。
このような構造は、過去にも中国が輸出規制を戦略的に活用した事例に見ることができる。たとえば、2010年には日中間でレアアースの輸出が停止されたことがあり、これは外交摩擦を背景としたものであった。
2026年1月時点では、中国が日本向けの軍民両用輸出規制を強化し、特定品目の輸出を制限する動きが表面化している。日本政府及び企業界ではこの動きに強い関心と懸念が広がっている。
中国による日本向けのレアアース輸出規制強化
2026年1月6日付で、中国商務省は軍事転用可能な「軍民両用品」について、日本向けの輸出禁止措置を発表した。軍民両用品とは、民間と軍事で共通に使用可能なハイテク部品・素材を指し、レアアース関連素材もその対象に含まれると指摘されている。
これに伴い、レアアース及び関連製品の日本向け輸出ライセンス審査が事実上停止・遅延しているとの報道もある。中国側は規制対象が日本の防衛産業向け企業を標的とするものであると主張しつつ、一般民間向けにも影響が波及しているとの分析が出ている。
最新動向
この規制措置に対する日本政府の反応として、赤沢 経済産業相は「事実関係の把握と分析を進め、臨機応変に対応する」との声明を発表している。
政府高官も中国の措置を「不明瞭な点が多い」としつつ、遺憾の意を表明している。
一部外信では、この動きは日中関係の緊張が高まる中で、中国がサプライチェーン支配力を外交カードにしようとしているとの見方が示されている。
背景:高市首相の台湾有事を巡る発言など
中国側が輸出規制を強化した背景には、日本国内の政治動向や安全保障政策の強化があると分析されている。特に高市首相が台湾有事を巡る発言を行った後、中国がこれを「挑発的」と非難し、対日圧力を強めているとの見方が強い。
中国側は「日本の再軍事化を阻止するため」と主張
中国政府はこの規制措置について、日本が自国の安全保障政策を強化し、中国の戦略的利益に反すると訴えている。軍民両用品はその両用途性から、単なる軍事利用だけでなく民需にも波及する可能性があるため、この主張に批判が集中している。
日本経済への主な影響
基幹産業への打撃
日本はレアアースのほぼ全量を海外からの輸入に依存しており、その大部分を中国から調達してきた。中国の輸出規制は、自動車・電子機器・防衛装備品など多岐にわたる基幹産業にリスクをもたらす可能性がある。特に、ネオジム磁石の原材料供給が滞る可能性は注視されている。ネオジム磁石はEVモーターや高度なセンサー類に不可欠であり、供給不足が製造停止につながる懸念がある。
経済損失の試算
経済研究機関の試算によれば、中国からのレアアース輸入が3か月間完全に停止した場合、日本経済への損失は約6600億円に上る可能性が指摘されている。これは、自動車生産・電機産業の遅延や部品調達コストの増加を反映した試算である。
物価高の加速
供給制約は中間財価格を押し上げ、最終製品価格の上昇を通じて消費者物価の上昇圧力を強める。特にEVや家電製品の価格上昇は、消費者行動に影響を与え、デフレ脱却を目指す日本経済の政策運営に逆風を吹き込む可能性がある。
GDPへの影響
一部の経済モデルによれば、輸入依存の高まりが継続する状況下では、日本の実質GDPを1.3〜3.2%押し下げる可能性が指摘されている。これは、製造業の生産能力低下と投資抑制、さらには国際競争力の低下を考慮した結果である。
日本側の対応:政府の抗議
日本政府は中国の輸出規制を強く非難し、「受け入れ難い」との立場を明示している。政府高官は外交ルートや国際機関を通じて、透明性の確保とルールに基づく貿易秩序の尊重を求める意向を示している。
供給網の多角化(脱中国)
日本企業・政府はサプライチェーンの多角化を急いでいる。具体的には、オーストラリア・米国などのレアアース鉱山・精製事業との連携強化や、アフリカや東南アジアの資源国とのパートナーシップ構築を進めている。
オーストラリアのLynas社との提携強化や、米国山岳パス鉱山の再稼動支援などがその一例として挙げられる。
代替調達先
欧米諸国や豪州、インドなどもレアアース資源の開発・精製能力強化に動いており、日本企業もこれらの市場に参画している。これにより中国依存のリスクを低減する方策が進展しつつある。
国産資源の開発
日本国内でも深海資源調査や海底熱水鉱床の研究開発が進んでいるが、商業的採算ラインに乗るには時間と投資が必要であるため、中長期的な対応になると見られている。
今後の展望
今後の展望として、レアアースサプライチェーンの再構築と戦略的資源政策の強化が重要となる。中国依存からの脱却は一朝一夕には達成できないが、同盟国との連携や国内技術の高度化が進めば、ミクロ経済的には供給安定化が期待できる。
一方で、地政学的緊張が高まる状況が続く限り、資源を外交・安全保障のレ버として使うリスクは残る。したがって、国際協調による資源管理体制の構築が不可欠である。
まとめ
中国のレアアース輸出規制は、日本経済に対して多層的・構造的な影響を与える可能性がある。政策的対応として、日本政府は多角化戦略と国際連携を強化しているが、依存構造の転換には時間を要する。2026年時点では、規制措置の具体的影響は未確定要素を含むものの、基幹産業への潜在的打撃と経済成長率への下押しリスクが顕在化しつつある。レアアースを巡る国際競争は今後の国際経済秩序の形成において重要な論点となる。
参考・引用リスト
中国政府の対日輸出規制強化に関する報道(ロイター/Reuters)
中国政府の軍民両用品輸出禁止報道(フジテレビ/FNN)
日中間のレアアース供給早期影響についての報道(Wall Street Journal via Reuters)
日本政府の反応(Reuters)
日本企業が中国依存からの脱却を進める動き(Japan Forward)
経済的損失試算(FNNプライムオンライン)
以下では、①中国がレアアース市場で圧倒的な強さを誇る理由②代替供給先の確保が難しい理由③中国のレアアース加工(精錬)の凄さと問題点
について説明する。
中国がレアアース市場で圧倒的な強さを誇る理由
中国がレアアース市場において他国を圧倒する理由は、単なる「資源量の多さ」にとどまらず、資源・政策・産業構造・環境規制・国家戦略が複合的に作用した結果である。
第一に、中国はレアアースの鉱床分布に恵まれている。特に内モンゴル自治区の包頭(バオトウ)地域は世界最大級の軽希土類鉱床を有し、南部江西省などにはイオン吸着型鉱床と呼ばれる中・重希土類が豊富に存在する。この組み合わせは極めて戦略的であり、EVモーターや精密兵器に不可欠なジスプロシウム、テルビウムといった重希土類まで国内で賄える点が中国の大きな優位性となっている。
第二に、中国は1990年代以降、国家主導でレアアース産業を育成してきた。鄧小平の「中東に石油あり、中国にレアアースあり」という発言に象徴されるように、レアアースは早い段階から戦略物資として位置づけられてきた。政府は輸出還付、補助金、低利融資、外資規制などを通じて国内企業を保護・育成し、価格競争力を徹底的に高めた。この結果、欧米や日本の鉱山・精錬事業は採算が取れず撤退を余儀なくされた。
第三に、中国は採掘から製品化までを国内で完結できる垂直統合型サプライチェーンを構築している。多くの資源国は「掘るだけ」であり、精錬・分離・磁石製造といった高付加価値工程を中国に依存している。一方、中国は鉱石→分離→金属→磁石→最終部品までを一気通貫で行えるため、供給の主導権を握ることができる。
第四に、環境コストを長年にわたり事実上内部化しなかった点も無視できない。後述するように、レアアース精錬は環境負荷が極めて高いが、中国では長期間にわたり環境規制が緩く、結果として生産コストを大幅に引き下げることが可能であった。
これらの要因が相互に補強し合い、中国は「量」「質」「価格」「加工能力」の全てで他国を凌駕する体制を確立したのである。
代替供給先の確保が難しい理由
中国依存からの脱却が叫ばれる一方で、代替供給先の確保が極めて困難である理由は、レアアースという資源の特性と国際産業構造に起因する。
第一に、レアアースは地質的には希少ではないが、経済的に採掘可能な鉱床が限られている。多くの国に微量に存在していても、濃度が低ければ採算が取れない。中国のイオン吸着型鉱床は低コストで重希土類を回収できる特殊な存在であり、同等の鉱床は世界的にも稀である。
第二に、精錬・分離技術の参入障壁が極めて高い。レアアースは元素同士の化学的性質が非常に似ており、分離工程には高度な溶媒抽出技術と膨大な経験知が必要となる。この分野で中国は数十年分のノウハウを蓄積しており、新規参入国が短期間で追いつくことは困難である。
第三に、環境規制と社会的合意の壁がある。レアアース精錬では放射性廃棄物や有毒廃液が発生するため、先進国では住民反対や環境基準によって操業が難しい。オーストラリアや米国で精錬事業が停滞してきた背景には、経済性だけでなく社会的受容性の問題がある。
第四に、市場規模の不確実性が投資を阻む。中国が供給を緩めれば価格が急落し、締めれば急騰するという不安定な市場では、巨額の初期投資を回収できる保証がない。この「中国リスク」そのものが代替供給先の育成を妨げている。
その結果、代替供給先は存在しても「量が足りない」「加工できない」「コストが合わない」という三重の制約に直面している。
中国のレアアース加工(精錬)の凄さ
中国のレアアース加工能力の凄さは、単なる生産量ではなく、技術集積・規模の経済・産業生態系にある。
第一に、中国は世界のレアアース分離・精錬能力の約9割を占めるとされ、特に重希土類分離ではほぼ独占状態にある。単一元素を高純度で分離する技術は極めて難度が高く、試行錯誤の蓄積が不可欠である。中国は数千段階に及ぶ溶媒抽出プロセスを実用化し、工業規模で安定運用している。
第二に、巨大な内需が技術革新を支えている。EV、風力発電、スマートフォン、防衛装備といった需要が国内に存在するため、研究開発と量産のフィードバックが高速で回る。これは研究室レベルに留まりがちな他国との差を決定的にしている。
第三に、人材と企業集積も強みである。包頭などの産業集積地では、鉱山・化学・磁石・部品メーカーが密集し、技術者が横断的に移動することで暗黙知が共有されている。これは単純な技術移転では模倣できない。
中国のレアアース加工の問題点
一方で、中国のレアアース加工には深刻な問題点も存在する。
第一に、深刻な環境汚染である。精錬過程では大量の硫酸、硝酸、有機溶媒が使用され、重金属や放射性物質を含む廃棄物が発生する。内モンゴル自治区では土壌汚染や地下水汚染が長年問題となり、住民の健康被害も報告されてきた。
第二に、違法採掘・過剰生産の問題である。地方政府の経済成長圧力と結びつき、中央政府の規制を無視した違法操業が横行してきた。これにより市場価格が歪められ、国際的な不信感を招いている。
第三に、地政学的リスクの増幅である。加工能力が中国に集中していること自体が、世界経済にとって脆弱性となる。供給が政治的判断で左右される構造は、自由貿易体制の根幹を揺るがす。
第四に、中国自身にとっても、環境修復コストや国際摩擦の増大という長期的な負担を抱えることになる。近年、中国が環境規制を強化している背景には、こうした内部コストの顕在化がある。
まとめ
中国がレアアース市場で圧倒的地位を占めるのは、資源量だけでなく、国家戦略に基づく産業育成と加工能力の集中によるものである。一方、代替供給先の確保は、地質・技術・環境・経済の壁によって極めて困難である。中国の精錬技術は世界最高水準にあるが、その裏には環境破壊と地政学的リスクという重大な問題が存在する。
この構造を理解することは、前述した日本経済への影響分析をより立体的に捉える上で不可欠であり、今後の資源安全保障政策を考える基礎となる。
