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コラム:世界のダイヤモンド市場における暴落の分析

一般的な天然ダイヤの価格下落とは別に、希少カラー(ピンク・ブルーなど)や特定の高品質天然石は依然として「資産」としての価値を維持・上昇している。
ダイヤのネックレス(Getty Images)
1. 現状(2026年1月時点)

2020年代初頭からダイヤモンド市場は大きな変貌を遂げている。天然ダイヤモンドの価格は2022年をピークとして下降傾向が続いており、2024年–2025年には小売・卸売価格ともに下落が確認されている。また、ラボグロウン(人工)ダイヤモンドは価格下落幅・市場拡大ともに天然を上回る勢いで進行している。多くの業界関係者は「これまでの価格神話が崩壊している」との見方を示している。天然・人工の双方で価格下落が観測され、特に人工ダイヤの価格は過去数年で急激に低下していることが報告されている。


2. ダイヤモンドとは

本節では、ダイヤモンドの定義と市場的な位置付けを整理する。ダイヤモンドは炭素が高温高圧環境で結晶化した天然鉱物であり、その希少性と物理的特性(硬度・屈折率の高さ)から宝飾品として長く高価値を維持してきた。近年では、同じく炭素構造を持つラボグロウンダイヤモンドが化学蒸着(CVD)や高圧高温(HPHT)といった技術によって製造され、品質面では天然と区別がつかないレベルに達している。ラボグロウンの登場は市場の希少性基盤を根本から揺るがしているため、価格動向に大きな影響を及ぼしている。


3. 歴史的な暴落局面に

ダイヤモンド市場の価格変動史を見ると、長期的な価格安定は主として供給調整によるものであった。過去はDe Beersなど主要企業が生産調整を行い価格を維持していたが、2000年代以降、供給側の分散化と新興市場の成長が価格調整機能を弱めた。21世紀初頭には経済危機や景気低迷にもかかわらず大きな価格崩壊は起きなかったが、2020年代に入り需要構造の変化・新技術の台頭・グローバル経済の停滞といった複合要因により、価格が顕著に下落する局面が生じている。


4. 主な要因

ダイヤモンド市場全体の価格下落には複数の要因が存在する。主要因を以下に整理する。


4.1 ラボグロウン(人工)ダイヤモンドの台頭

ラボグロウンダイヤモンドは技術進化によって高品質化・大量生産化が進み、かつては天然に比べて10–20%安い価格帯だったものが、近年では大幅に価格が低下している。2020–2025年にかけて、1カラット当たりの人工ダイヤモンド価格は70–80%超の大幅な下落を示している。これにより供給過剰と価格競争が激化している。


4.2 価格差の拡大

天然と人工の価格差は拡大傾向にある。2025年時点では、天然1カラットが約4,200–4,500ドル程度で取引される一方で、人工1カラットは1,000ドル以下まで下落しているとのデータがある。これによりラボグロウンの競争力が増し、天然ダイヤの価格維持を困難にしている。


4.3 市場シェアの奪取

ラボグロウンは特に婚約指輪市場で急速にシェアを伸ばしている。米国における婚約指輪の中心石としてラボグロウンを選ぶ割合は、2020年代前半に急増し、40%以上に達しているとの報告もある。それに伴い天然の需要は相対的に低下している。


4.4 世界的な需要の減退と在庫の積み上がり

世界的な景気の停滞、インフレ、消費者の節約志向、結婚件数の減少といった需要要因が天然ダイヤの需要を減退させている。同時に、主要企業の在庫積み上がりは価格の下押し圧力として機能している。De Beersは大量の在庫を抱えていると報じられ、価格調整の難しさを露呈している。


5. 中国経済の失速

中国は長年にわたり天然ダイヤ需要の主要市場だったが、近年の経済成長鈍化や消費構造の変化により、ダイヤ市場の需要が弱まっている。中国のダイヤモンド需要が伸び悩むことで、世界価格はさらに下方圧力を受けている。


6. 消費行動の変化

ミレニアル世代・Z世代を中心に、倫理的・持続可能性を重視する消費行動が広がっている。この傾向はラボグロウンの支持を強め、ステータスシンボルとしての天然ダイヤ需要を相対的に弱めている。また、若年層の結婚率低下や結婚文化の変容も需要減の要因である。


7. 供給側の苦境

主要ダイヤモンド採掘企業は価格下落・需要減退の影響を受けている。生産コストの高騰、環境規制の強化、採掘プロジェクトの採算性悪化などが進んでおり、供給側の収益性は圧迫されている。


8. 地政学的リスクと市場の二極化

8.1 ロシア産への制裁

ロシアは世界有数のダイヤモンド生産国であるが、政治的制裁がその輸出・取引に影響を及ぼしている。これにより市場の供給構造は不安定化し、価格形成に複雑な影響を与えている。

8.2 価値の二極化

一般的な天然ダイヤの価格下落とは別に、希少カラー(ピンク・ブルーなど)や特定の高品質天然石は依然として「資産」としての価値を維持・上昇している。こうしたセグメントは投資対象として根強い需要を持つため、市場全体の価格低下と乖離した動きを示している。


9. 2026年の予測

2026年に向けた価格・需要動向については以下のように予測される:

  • 天然ダイヤ:依然として価格の柔らかい推移を予想。需給バランス調整には時間がかかる可能性。特に一般的な小粒・中粒市場では価格圧力が継続する見込み。

  • ラボグロウン:生産技術の成熟とさらなるコスト低減が進む一方で、価格下落は鈍化する可能性もある。ただし短期的には価格競争が続くと予想。

  • 市場セグメント:高級・希少石セグメントは相対的に価格を維持するが、大衆市場では価格低迷が継続する。


10. 今後の展望

将来のダイヤモンド市場は以下の方向性が示唆される:

  • 市場構造の変革:ラボグロウンを含む多様な価値提供モデルが主流化する。

  • ブランド戦略の重要性:天然・人工双方でブランド信頼性や差別化戦略が競争優位性として浮上する。

  • 消費者教育:透明性のあるラベリングや鑑定情報が市場の信頼醸成に不可欠である。


まとめ

本稿では、ダイヤモンド市場における価格暴落を総合的に分析した。主因としては以下が挙げられる:

  1. ラボグロウンダイヤモンドの価格急落による供給過多と競争激化

  2. 天然ダイヤの需要減退と在庫積み上がり

  3. 消費行動の変化と市場価値観の変容

  4. 地政学的・経済的リスクに伴う市場不透明感

これらが複合的に作用し、2020年代中盤における価格暴落という歴史的局面を形成している。


参考・引用リスト

  • “Diamonds lose their sparkle as prices come crashing down”, The Guardian(2025年1月) — 天然・人工価格下落データと市場動向を報告。

  • “Lab Grown Diamonds Price Trend 2025: Latest Data & Market Forecasts”, Accio.com — ラボグロウン価格動向と卸売価格分析。

  • “Diamond Price Trend 2025: Natural Crash vs Lab-Grown Boom”, Accio.com — 天然/人工価格比較。

  • “The Lab-Grown Vs Natural Diamond Report”, BriteCo — 市場シェアと価格差データ。

  • “BIS mandates clear labelling for lab-grown diamonds”, Times of India — 明確なラベリング規制。


追記:人工ダイヤモンド台頭の経緯と天然ダイヤモンドとの本質的差異

1. 人工ダイヤモンドがここまで台頭した経緯

人工ダイヤモンド(ラボグロウンダイヤモンド)の台頭は、単なる宝飾トレンドの変化ではなく、材料科学・工業技術・消費者価値観の変容が同時進行で起きた結果である。

1.1 工業用途としての起源

人工ダイヤの歴史は宝飾ではなく工業用途から始まる。1950年代、GE(ゼネラル・エレクトリック)が高圧高温(HPHT)法による人工ダイヤの合成に成功し、切削工具や研磨材として利用された。
この段階では「装飾品としての価値」は想定されておらず、品質も宝石基準には達していなかった。

1.2 宝飾品質への技術的転換(2000年代)

2000年代に入り、以下の技術進歩が転換点となった。

  • HPHT技術の精度向上

  • 化学気相成長法(CVD)の実用化

  • 不純物制御・結晶欠陥低減技術の進展

これにより、鑑定機関でなければ天然と区別できない品質のダイヤが安定的に製造可能となった。ここで初めて宝飾市場への本格参入が可能となった。

1.3 2010年代後半以降の量産化と価格崩壊

2015年以降、中国・インド・米国を中心にCVD設備が急増し、人工ダイヤの事実上の量産体制が完成した。
量産は必然的に以下を招いた。

  • 供給量の急増

  • コモディティ化

  • 価格競争の激化

結果として、人工ダイヤは「希少品」ではなく「工業製品的宝石」へと性格を変え、市場支配力を急速に高めることとなった。


2. 人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドの違い

人工と天然の違いは、単なる「人造か自然か」という二分法では不十分である。物理的・経済的・文化的次元で整理する必要がある

2.1 物理・化学的性質の違い

結論から言えば、両者は同一物質である。

  • 組成:炭素(C)100%

  • 結晶構造:立方晶(ダイヤモンド構造)

  • 硬度・屈折率・熱伝導率:同等

鑑定機関(GIA等)であっても、専用機器なしには判別できない。

2.2 生成プロセスの違い
項目天然ダイヤ人工ダイヤ
生成環境地下150km以上、数億〜数十億年実験室、数週間〜数か月
生成制御不可
供給量地質的制約あり理論上無制限

この「生成時間」と「供給制御可能性」が、価格と価値形成の決定的差異を生む。

2.3 経済的価値の違い
  • 天然ダイヤ:希少性を前提としたストック型資産的性格

  • 人工ダイヤ:生産コスト依存のフロー型工業製品

人工ダイヤは技術進歩とともに必ず価格が下がる構造を持つ。一方、天然ダイヤは希少性の物語が維持される限り、一定の価値を保つ余地がある。

2.4 文化・象徴性の違い

天然ダイヤは「地球が生んだ奇跡」「永遠」「唯一性」といった物語と結びついてきた。一方、人工ダイヤは合理性・透明性・倫理性を象徴する存在として位置づけられている。


3. 人工ダイヤモンドが人気を集める理由

人工ダイヤの急速な普及は、単に「安いから」では説明できない。以下の複合要因が存在する。

3.1 圧倒的な価格優位性

最大の要因は価格である。

  • 天然の10〜20%程度の価格

  • 同予算でより大きく高品質な石が購入可能

特に婚約指輪市場では、「見た目の満足度」が意思決定を強く左右するため、この価格差は致命的に大きい。


3.2 倫理性・ESG意識の高まり

若年層を中心に以下の懸念が共有されている。

  • 紛争ダイヤモンド問題

  • 採掘現場の労働・環境問題

  • サプライチェーンの不透明性

人工ダイヤはこれらの問題を原理的に回避でき、「倫理的消費」に合致する選択肢として支持されている。


3.3 結婚・消費文化の変化
  • 結婚の象徴性の希薄化

  • 「一生モノ」より「合理的選択」

  • 見栄より納得感

婚約指輪に「将来の資産価値」を求めない層にとって、人工ダイヤは極めて合理的である。


3.4 ブランドと情報開示の進展

近年は以下が進んでいる。

  • 明確な「ラボグロウン」表記

  • 鑑定書の標準化

  • D2C(直販)モデルの拡大

これにより消費者の心理的抵抗が大きく低下した。


4. 総合的整理

人工ダイヤの台頭は以下の公式で整理できる。

技術進歩 × 量産化 × 価値観変化 = 市場構造転換

人工ダイヤは天然ダイヤを「偽物として置き換えた」のではなく、宝石市場を二分化する新しい軸を作った存在である。

  • 天然ダイヤ:希少性・資産性・物語

  • 人工ダイヤ:合理性・倫理性・コストパフォーマンス

この二極化は一時的現象ではなく、今後も不可逆的に進行すると考えられる。

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