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コラム:アメリカ建国250年、第2次トランプ政権とEUの対立

第2次トランプ政権とEUの対立は、単なる政策の対立を超えて、大西洋同盟やポスト冷戦の国際秩序に対する根本的な問い直しをもたらしている。
2025年12月4日/米ワシントンDCホワイトハウス、トランプ大統領(AP通信)
現状(2026年2月時点)

2026年2月時点における米欧関係は、冷戦後の30余年にわたった大西洋同盟の相対的安定が大きく揺らいでいる状況である。米国の第2次トランプ政権(2025年1月発足)は、従来の自由貿易・多国間主義路線からの逸脱と、それに伴う保護主義的通商政策を主導している。これを契機にEUは単に経済面での摩擦を経験するだけでなく、安全保障面でもNATOの機能や大西洋横断(トランスアトランティック)協力のあり方について根本的な問い直しを迫られている。両者の溝は関税・通商政策、安全保障支出・作戦立案、ウクライナ情勢への対応、さらには北極圏における戦略的資源と地政学的優位を巡る領土的対立にまで及んでいる。

これらの対立は単なる政策の不一致に留まらず、ポスト冷戦期に形成された米欧関係の基盤そのものを揺るがすものとなっており、EU内部でも戦略的自立の議論が高まっている。その一方で、NATO加盟国間の相互依存を前提とする安全保障協力は依然として存在し、トランプ政権による刺激策が欧州の再軍備や防衛能力強化を促す逆説的な効果も生まれている。


第2次トランプ政権とEUの関係(総論)

第2次トランプ政権は、発足直後から自由貿易協定や多国間協調体制に見切りをつけ、「アメリカ・ファースト」を基調とする政策体系を再び推進している。これは、米国の輸出競争力の強化や貿易赤字削減を目的とする一方で、関税や通商障壁を武器として同盟国を含む貿易相手に圧力をかける戦略である。従来、EUと米国は多国間貿易体制の中核を共有し、共に世界貿易機関(WTO)体制を支持してきたが、トランプ政権はこれを双務・相互主義的ルール(相互関税)へと再定義しようとしている。

EU側は、こうした米国の保護主義路線に強い懸念を示すとともに、共通の通商政策によって単一の大市場として行動し、報復措置を辞さない姿勢を見せている。関税を巡る対抗措置の応酬は、米欧関係を単なる関税戦争の段階から、戦後国際経済秩序の再構築を問う本格的な対立へと変質させている。

安全保障面でも、NATOの役割や防衛費負担の分担、紛争地域に対する共同の戦略協力(例:ウクライナ支援)について米欧間で温度差が生じている。トランプ政権はNATO加盟国に対してGDP比5%以上の防衛支出を要求する一方で、米国の安全保障支援や装備提供に条件をつけるなど、同盟制度の見直しを進めている。これが、EU内部の「戦略的自立」論を刺激している。

総じて、第2次トランプ政権とEUの関係は、かつての自由貿易・多国間主義に基づく協調から、双務的圧力と自立志向をめぐる競合関係へと転換している。


経済・貿易面:関税を武器とした「相互主義」の激化

相互関税政策とその背景

第2次トランプ政権は通商政策の中核として、「相互関税(reciprocal tariffs)」という新たな関税枠組みを導入した。これは、各国との貿易赤字の状況に基づき米国が一方的に輸入関税率を設定するものであり、EUとの貿易においても関税率を従来の10%水準から20%以上に引き上げる方針が示された。相互関税は、米国側が赤字を抱える貿易相手に対して、貿易収支の是正を求める強力な手段として位置づけられている。これは、米国の赤字削減戦略を支持する国内保護主義的な政治基盤を背景にしている。

EU側は、このような一方的な関税の引き上げをWTO規範に反する可能性があるとして批判し、対抗関税や貿易措置を準備している。EUは単一通商政策を有しており、27加盟国の市場を代表する形で米国に報復関税を課す用意がある。

一律関税の発動(2025年4月5日)

2025年4月5日には、米国がEUを含む主要貿易相手に一律関税の発動を実施したとの報告がある。この措置は世界各国からの輸入品に係る基本関税率を引き上げるものであり、とくにEUとの通商では自動車・部品等を高率課税し、数十億ドル規模の追加関税が課された可能性が指摘されている。相互関税政策下では、対象国の国内関税率や輸出補助などを考慮して課税率が設定されるため、EU市場への輸出に依存する産業は大きな影響を受けている。

このような一律関税の発動は、米国の自由貿易体制からの離脱を象徴するものであり、EU側ではWTOルールの維持と多国間協調の重要性を訴える声が強まっている。


安全保障面:NATOの変質と「防衛の自立」

防衛費5%目標への圧力

トランプ政権はNATO加盟国に対してGDP比5%の防衛支出を目標として強く求めている。これは、従来のNATOが掲げてきたGDP比2%目標を大きく上回るものであり、加盟国の軍事支出負担に重い負荷をかける要求となる。米国は、同盟国が不十分な防衛投資を続ける限り、米国の安全保障支援を縮小する可能性を示唆している。この5%目標は、より強固な軍事力を構築するための投資を促す一方、欧州各国内部の財政負担議論を激化させている。

欧州側では、より高い防衛能力を持つことへの支持が広がる一方で、米国の要求は自律的安全保障政策を追求する好機と捉えられている。

ウクライナ支援の温度差

ウクライナ戦争に対する支援についても、米欧間の対応には温度差が存在する。特に第2次トランプ政権下では、米国の軍事支援が条件付きとなり、ウクライナへの供与が一時的に停滞したり、平和交渉への圧力として関税措置と結びつけられる事例が報じられた。これに対し、EU諸国の多くは引き続きウクライナ支援を重視し、防衛装備の供与や財政支援を増強する姿勢を見せている。こうした対応の差異は、米欧が共同で安全保障課題に取り組むうえでの緊張点となっている。

グリーンランド買収・併合問題

グリーンランド問題は、米欧間の対立が単なる経済・安全保障政策を超えて、領土的・主権問題にまで拡大した象徴的な事件である。トランプ政権がデンマーク自治領グリーンランドへの影響力拡大を公然と示唆し、領有を巡る発言や圧力をかけたことに対して、EU加盟国(デンマークを含む)は強く反発した。この問題はNATO内部の結束にも波紋を広げ、欧州側の戦略的自立論を刺激している。最終的に米国側は軍事力ではなく交渉を選択したとする報道もあるが、両者の信頼関係には深い亀裂が残されている。


歴史的文脈

ポスト冷戦秩序の終焉

冷戦終結後、米欧関係は自由貿易・民主主義・市場経済の共通基盤の下で強固な同盟関係を維持してきた。しかし第2次トランプ政権は、このポスト冷戦秩序を再定義するか、あるいは後退させるような政策姿勢を取っている。保護主義と単一の同盟主導体制への懐疑は、従来の自由貿易体制や多国間協調ルールへの挑戦となり、世界的な地政学的バランスの変化を促している。

モンロー主義への回帰

米国の外交政策には歴史的にモンロー主義的傾向――すなわち、西半球を中心とした覇権的安全保障志向――が存在する。第2次トランプ政権下では、国益優先の姿勢が明確になり、通商・軍事支出・戦略優先度においてこの傾向が強化されている。この回帰は、冷戦後の多国間主義からの逸脱と見ることができる。

欧州の戦略的自立

米国の相対的関与低下は、EUにとって戦略的自立(Strategic Autonomy)の議論を顕在化させた。多くの欧州の専門家・政策立案者は、EUが独自の防衛能力と外交政策を構築する必要性を訴えており、米国の影響力に過度に依存しない安全保障構造の構築を模索している。これは、長年の米欧同盟関係に対する根本的な再評価でもある。

核の傘を含む米国への依存からの脱却できるか

核抑止力を含む米国の安全保障体制への依存からの脱却は、EUにとって容易な課題ではない。独自の核兵器保有や戦略ミサイル防衛の構築は莫大な費用と政治的合意を必要とする。しかし防衛費負担の増大や共同防衛体制強化は、アメリカ主導の安全保障体制から部分的な自立への道を示している。


今後の展望

米欧関係の未来は複数の変数に依存するが、いくつかの主要なシナリオが予想される:

  1. 通商協調の再構築:相互関税や報復措置を緩和し、EUと米国の共通の枠組みを再構築する努力が進む可能性。これにはWTO規範や二国間協議の深化が不可欠である。

  2. 安全保障協力の再定義:NATOを含む防衛協力は、米国とEUの双方が共通の利益を見いだしうる分野で再編される可能性がある。ただし、防衛費負担やウクライナ支援などの条件を巡る溝の解消が前提となる。

  3. 欧州の戦略的自立の深化:EUが独自の防衛能力や外交政策をさらに強化し、米国への依存を低減する選択肢を追求する流れが続く可能性。

  4. 世界秩序の多極化:米欧が緊密な協調関係を維持できない場合、EU・米国・中国・ロシアなど複数の勢力が異なる経済安全保障・安全保障構造を形成し、グローバルな多極化が進む可能性。


まとめ

第2次トランプ政権とEUの対立は、単なる政策の対立を超えて、大西洋同盟やポスト冷戦の国際秩序に対する根本的な問い直しをもたらしている。経済面では、相互関税を軸にした保護主義的政策とEUの統合通商政策がぶつかり合い、安全保障面ではNATOの役割やウクライナ支援、防衛費分担を巡る緊張が続いている。グリーンランド問題のような地政学的対立も、米欧関係の信頼と協力の限界を露呈させている。

これらの構造的な変化がもたらすのは、単に摩擦の激化ではなく、米欧双方が自己の戦略的目標を再評価し、世界秩序をどのように構築するかの選択を迫られる段階にあることである。今後の動向は、EU内の戦略的自立論の深化、NATOの機能再編、並びに米国の外交政策の帰趨によって大きく左右される。


参考・引用リスト

  • JETRO世界貿易投資報告(通商政策と関税措置の分析)

  • 通商政策に関する解説(相互関税とEU対応)

  • 日本企業向け地政学リスク分析(トランプ政権発足)

  • 日本国際フォーラム報告「第二期トランプ政権下の欧州の再軍備と戦略的自立」

  • デロイト報告「トランプ2.0に揺れる欧州の安全保障」


追記:相互に圧力をかけ合う「競合的なパートナー」という関係概念

1.概念定義と理論的背景

「競合的なパートナー」とは、国家間関係において、協力と対立が同時並行的に存在し、分野ごとに関係の性質が切り替わる状態を指す概念である。これは冷戦期の同盟/敵対という二分法的構図とも、ポスト冷戦期に想定された「価値観を共有する戦略的同盟」とも異なる。

国際政治学的には、複合相互依存論や現実主義の修正版(ネオ・クラシカル・リアリズム)と親和性が高い。すなわち、国家は経済・安全保障・技術・規範といった複数の次元で相互依存しつつも、相対的利得を最大化するために圧力をかけ合う存在である、という前提に立つ。

第2次トランプ政権下の米国とEUの関係は、まさにこの「競合的パートナー」の典型例である。両者は依然として巨大な貿易相手であり、NATOを通じた安全保障協力の枠組みも維持している。一方で、関税・防衛費・地政学的影響圏を巡って、相互に制度的・経済的圧力を行使している。

2.競合の具体的領域

競合的パートナー関係は、以下のような分野別構造を持つ。

第一に経済・通商分野である。米国は相互関税や一律関税を通じてEU市場に圧力をかけ、EUは報復関税や競争法(デジタル規制、反トラスト)を用いて米国企業に対抗する。ここでは「協力」は最小限にとどまり、競争と交渉が主軸となる。

第二に安全保障分野である。NATOという制度的枠組みは存続しているが、防衛費負担や作戦優先順位を巡る対立が顕在化している。米国は欧州に対し「自立」を迫りつつも、完全な撤退は行わない。この曖昧さが、協力と圧力を同時に成立させている。

第三に規範・価値分野である。民主主義や法の支配といった価値は依然として共有されているが、通商・環境・人権を巡る規範の運用では乖離が生じている。EUが「規範大国」としての役割を強めるほど、米国の主権優先的姿勢と摩擦が生まれる。

このように、米欧関係は全面的な対立でも、従来型の同盟でもなく、分野別に競合と協調が切り替わる流動的関係へと移行している。


拡張版モンロー主義(「ドンロー主義」)の可能性

1.モンロー主義の歴史的再解釈

モンロー主義は19世紀初頭に米国が打ち出した外交原則であり、西半球への欧州列強の干渉を排除することを目的としていた。冷戦後、この原則は事実上後景に退いたが、第2次トランプ政権下では、その精神が新たな形で復活していると指摘されている。

いわゆる「ドンロー主義」とは、地理的範囲を西半球に限定せず、米国の死活的利益が及ぶと判断される地域(北極圏、太平洋、戦略的シーレーンなど)にまで影響圏を拡張する考え方を指す非公式な呼称である。

これは古典的なモンロー主義の「排他的影響圏」概念を、21世紀型の地政学に適用したものと理解できる。

2.第2次トランプ政権の政策との整合性

第2次トランプ政権の外交・安全保障政策は、以下の点で拡張版モンロー主義と整合的である。

第一に、多国間主義への懐疑と二国間交渉の重視である。これは、国際秩序を普遍的ルールではなく、力関係と取引によって管理しようとする姿勢を示す。

第二に、地政学的要衝への強い関心である。北極圏、グリーンランド、パナマ運河、台湾海峡などは、いずれも米国の安全保障と経済に直結する地域として位置づけられている。

第三に、同盟国に対しても主権や影響圏を尊重しない圧力をかける点である。EUやデンマークに対する姿勢は、「同盟であっても米国の優先権は譲らない」というメッセージを含んでいる。

このように、ドンロー主義は明文化されたドクトリンではないが、政策行動の積み重ねとして観察可能な傾向である。


グリーンランド買収の可能性に関する現実的分析

1.法的・制度的制約

グリーンランドはデンマーク王国に属する自治領であり、国際法上、主権の移転にはデンマーク政府とグリーンランド自治政府、さらに住民投票など複数の手続きが必要となる。一方的な買収や併合は、国連憲章や民族自決原則に明確に反する。

したがって、軍事力や強制的手段による取得の可能性は極めて低い。

2.政治的・経済的条件

しかし、完全な非現実とは言い切れない要素も存在する。

第一に、グリーンランド側の経済的自立志向である。資源開発やインフラ投資を巡って、米国資本の存在感は増している。デンマークからの財政移転に依存する現状を変えたいという思惑は、長期的には米国との関係強化を志向する動機となり得る。

第二に、北極圏の戦略的重要性である。気候変動により航路と資源開発の価値が高まる中、米国は中国やロシアの影響力拡大を強く警戒している。

第三に、「買収」という言葉が必ずしも主権移転のみを意味しない点である。長期リース、基地権の拡大、経済的保護領化といった形で、事実上の影響圏化が進む可能性は否定できない。

3.EU・国際秩序への影響

仮に米国がグリーンランドへの影響力を一層強めた場合、それはEUにとって重大な前例となる。すなわち、米国が同盟国の主権領域に対しても、地政学的合理性を優先する姿勢を明確化することを意味する。

これはEU内部の戦略的自立論をさらに刺激し、対米関係を「競合的パートナー」として再定義する動きを加速させる可能性が高い。


総合整理:三要素の相互連関

以上の三つの論点は、相互に独立しているわけではない。

  • 競合的パートナー関係は、米欧が完全な同盟解消を選ばない一方で、圧力行使を常態化させる構造を説明する概念である

  • ドンロー主義は、その圧力行使の背後にある世界観・地政学的思考を示す

  • グリーンランド問題は、その思考が具体的政策として表出した象徴的事例である

これらを総合すると、第2次トランプ政権下の米欧関係は、「同盟の名を保ったまま、影響圏を巡って競合する関係」へと歴史的転換を遂げつつあると整理できる。


追記まとめ

追記としての分析が示すのは、第2次トランプ政権とEUの関係が、もはや「対立か協調か」という二択では捉えられない段階に入っているという事実である。競合的パートナーという関係形態、拡張版モンロー主義的世界観、そしてグリーンランド問題に象徴される地政学的現実主義は、いずれもポスト冷戦秩序の終焉後に出現した新たな国際関係の姿を体現している。

この構造は一時的な政権特性にとどまらず、米欧関係そのものの長期的変質を示唆している点で、歴史的意義を持つ。


グリーンランド問題が世界に与える影響

1.北極圏の地政学的重要性の顕在化

グリーンランド問題が世界に与える最大の影響は、北極圏が「周辺」から「中核」へと格上げされたことにある。気候変動による氷床縮小は、北極海航路(北極海ルート、北西航路)の実用化可能性を高め、同時にレアアース、石油、天然ガスといった資源へのアクセスを現実的なものにした。

グリーンランドは地理的に北極圏の要衝に位置し、北米と欧州を結ぶ戦略的緩衝地帯でもある。米国がこの地域への関与を強める姿勢を示したことは、北極圏を巡る競争がもはや限定的な地域問題ではなく、大国間競争の主要戦線の一つになったことを示している。

2.主権と影響圏を巡る国際規範への挑戦

グリーンランド買収・併合の言説は、たとえ実現可能性が低くとも、「主権は不可侵である」という戦後国際秩序の前提を相対化する効果を持つ。これは、武力によらない形であっても、経済力・政治圧力・安全保障上の合理性を理由に領域の帰属を再交渉するという発想を正当化しかねない。

この点は、ロシアによるクリミア併合や、中国による南シナ海での既成事実化と同列に論じられるべきではないものの、「大国が戦略的必要性を理由に領域秩序を揺るがす」という点では、世界に強いメッセージを送る。結果として、中小国や自治地域に対し、「安全保障は最終的に力によって規定される」という認識を強化させる。

3.EUの戦略的自立を加速させる触媒効果

グリーンランド問題は、EUにとって単なる対米摩擦ではなく、「同盟国であっても主権は完全に尊重されない可能性がある」という警鐘として受け止められている。これにより、EU内部では防衛・外交・エネルギー政策における自立性強化の議論が一層進んだ。

特に北欧・バルト諸国は、ロシアの脅威と米国の不確実性を同時に意識する立場にあり、グリーンランド問題は「米国依存のリスク」を具体的に可視化した事例といえる。


欧米対立を素直に喜べないロシア

1.短期的利益と長期的不安の二重構造

表面的には、米欧関係の緊張はロシアにとって好機に映る。NATOの結束が揺らぎ、米国とEUが相互不信を深めれば、対ロ制裁体制の弱体化やウクライナ支援の減速が期待できるからである。

しかし、ロシアはこの状況を無条件に歓迎できない。その理由は、米国の行動が予測不能であり、かつ力の論理を前面に押し出す世界観が、最終的にはロシア自身の安全環境を不安定化させるからである。

2.北極圏を巡る米露の潜在的対立

ロシアは北極圏において最大級の軍事・資源プレイヤーであり、北極海航路を国家戦略の中核に据えている。米国がグリーンランドへの関与を強め、北極圏での軍事・経済的存在感を拡大すれば、それはロシアの長期戦略と直接衝突する。

したがって、ロシアにとって重要なのは「米欧の亀裂」そのものではなく、「米国がどこまで北極圏に本腰を入れるか」である。グリーンランド問題は、米国が北極圏を本格的な戦略空間として再認識した兆候であり、ロシアにとっては警戒すべき動きである。

3.欧州の自立は必ずしもロシアに有利ではない

さらに重要なのは、EUの戦略的自立が進んだ場合、それが必ずしもロシアにとって好ましい結果をもたらさない点である。EUが独自の防衛能力を強化すれば、米国抜きでも対ロ抑止力が維持される可能性がある。

ロシアにとって理想的なのは「弱体化したEU+関与を減らす米国」であり、「自立して再軍備するEU」は望ましいシナリオではない。したがって、ロシアは米欧対立を利用しつつも、それが欧州の結束強化に転化しないよう、情報戦や外交工作を通じて微妙なバランスを取ろうとする。


中国の動向

1.米欧分断は戦略的好機だが限定的

中国もまた、米欧関係の緊張を戦略的好機として注視している。EUが米国との距離を広げれば、中国にとっては市場アクセスや外交的余地が拡大する可能性があるからである。

しかし、中国もこの状況を全面的な利益とは見なしていない。その最大の理由は、米国が欧州への関与を弱めた場合、その分の戦略的エネルギーがインド太平洋地域に集中する可能性が高いからである。

2.拡張版モンロー主義と中国への含意

ドンロー主義的な発想は、北極圏だけでなく、台湾海峡や南シナ海にも適用され得る。すなわち、米国が「核心的利益圏」を明確化し、そこでは妥協しない姿勢を取る場合、中国との衝突リスクはむしろ高まる。

中国にとって、米国が多国間主義に縛られず、力と取引を前面に出す外交を行うことは、交渉余地を広げる一方で、安全保障上の不確実性を増大させる要因でもある。

3.グリーンランド問題と中国の慎重姿勢

中国は北極圏を「近北極国」と位置づけ、経済・科学調査を通じて関与を強めてきた。グリーンランドにおける中国企業のインフラ投資や資源開発計画は、すでに欧米の警戒対象となっている。

米国がグリーンランドへの影響力を決定的に強化すれば、中国の北極圏戦略は大きな制約を受ける。そのため、中国はグリーンランド問題に関して、欧米対立を煽るよりも、静観と長期的関与の維持を選択する可能性が高い。


世界は「分断」ではなく「再配置」の段階にある

グリーンランド問題、米欧対立、そしてロシア・中国の複雑な反応を総合すると、現在の国際秩序は単純なブロック対立や分断の段階にはない。むしろ、各大国が影響圏と優先順位を再配置する過程にあると理解すべきである。

米国は拡張版モンロー主義的思考の下で影響圏を再定義し、EUはその不確実性に対応するため戦略的自立を模索する。ロシアと中国は、米欧対立を利用しつつも、その帰結が自国の長期的利益を損なわないよう慎重に行動している。

グリーンランド問題は、その象徴的事例として、21世紀の国際政治が「価値」よりも「空間」「資源」「影響圏」を巡る現実主義へと回帰しつつあることを端的に示している。この流れは一時的なものではなく、今後数十年にわたる世界秩序形成の基調となる可能性が高い。

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