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コラム:乳がんで死なないための「切り札」

乳がんによる死亡率低減の切り札は、多層的なアプローチの組み合わせである。
乳がん検診のイメージ(Getty Images)
現状(2026年2月時点)

乳がん」は世界中の女性において最も多い悪性腫瘍であり、死亡原因としても主要な位置を占める疾患である。世界保健機関(WHO)によると、2022年の時点で乳がんによる死亡者は約67万人と推定されており、世界184か国以上で女性のがんの中で最も発生頻度が高いとされる。乳がんは性別(女性)および年齢(40歳以上)以外の特異的な危険因子を有しないケースでも発生する割合が多く、全世界での乳がん対策は依然として大きな公衆衛生課題となっている。さらに、国や地域によっては死亡率が依然として増加傾向にあり、とくに低中所得国では死亡割合が高い現状が報告されている(WHO, 2025)。検診受診率や早期発見、治療へのアクセスなどの格差が、乳がん死亡率の地域差を拡大している点も重要であり、死亡率低減のための切り札が求められている。
また、乳がんは治療技術の進歩にもかかわらず、診断の遅延や受診率の低迷が死亡率を抑制するうえで大きな障壁となっている。

乳がんとは

乳がん(breast cancer)は乳腺組織から発生する悪性腫瘍である。原発部位は主に乳管(ductal)や小葉(lobular)であり、進行すると局所浸潤や遠隔転移をきたす可能性がある。病理学的にはホルモン受容体陽性、HER2増幅型、トリプルネガティブなどサブタイプに分類され、それぞれ治療戦略や予後が異なる。乳がんの予後は発見時のステージに強く依存し、ステージ0/Iでの5年生存率は極めて高く、ステージIVでは生存率が大幅に低下する(5年生存率:ステージIで99.8%、ステージIVで約23%程度)というデータが示されている。
乳がんは中年以降の女性に多く発生し、45〜69歳でピークを迎える傾向があるが、若年層でも発生しうる。また、乳がんの罹患率と死亡率は地域や人間開発指数(HDI)によって大きく異なり、高HDI国でも死亡率低下が必ずしも均等には進展していないとの指摘がある。

死亡率を下げる最大の切り札:検診と早期発見

乳がんの死亡率を低減するために最も確立された戦略は、検診による早期発見である。多くの疫学データが示すように、早期段階で発見された乳がんは治療が奏功する確率が高く、生存期間が延長する傾向にある。例えば、定期的なマンモグラフィ検診を受けている女性は診断時のステージが早期であり、それに伴い乳がん特異的死亡率が低いという報告がある。また、初回の検診を受診しない女性はその後の検診受診率も低く、25年にわたる追跡研究で乳がん死亡リスクが約40%高くなるというデータもある。これは検診非参加が早期発見機会の喪失につながり、進行がんの診断および治療の遅延をもたらすことが原因であるとされる。
世界の多くの乳がん対策ガイドラインでは、定期的なマンモグラフィ検診の推奨がなされており、年齢やリスクに応じた検診間隔が設計されている。検診による効果は、偽陽性・偽陰性といった限界を有するものの、ステージ0〜Iでの診断率を高め、結果として死亡率を低減するエビデンスが積み重ねられている。

マンモグラフィ検診

マンモグラフィは乳がん検診の中心的手段である。X線を用いた乳房撮影により、触診で感じられない微小な病変も検出可能である。オランダやスウェーデンでの大規模試験では、長期のマンモグラフィ検診プログラムにより乳がん死亡率が低下したという報告もある。検診受診率が70〜80%に達した集団では、死亡率の低下効果が観察されている。しかし、日本においては欧米と比較して検診受診率が低いという課題があり、死亡率低減効果が限定的であるとの指摘もある。
また、乳房密度が高い女性ではマンモグラフィ単独での検出感度が低くなるため、超音波検査(US)やデジタルボリュームマンモグラフィ(DBT)との併用、多変量AI支援解析の導入など、検出精度を高める技術的進展が求められている。

個別受診勧奨

集団検診に加えて、個別受診(クリニックや医療機関での乳房外来受診)を勧奨することも、早期発見戦略の一部である。症状のないうちに乳房チェックや専門医による評価を受けることで、検診だけでは検出困難な病変の診断に至る可能性がある。また、家族歴、高リスク遺伝子変異(BRCA1/2など)、既往歴を有する女性には、検診開始年齢や頻度の個別化が推奨される。

ブレスト・アウェアネス

乳がん検診の受診率向上には、乳房自己検診(Breast Self-Awareness)や認知度の向上が重要となる。乳房の変化を日常的に把握することは、検診と治療介入のタイミングを早める要因となる。教育・啓発キャンペーンは社会的に乳がんに対する意識を高め、検診受診率の向上につながる可能性がある。

進行・再発時における治療の切り札

検診による早期発見のほか、進行・再発乳がんに対しては先進的な治療法が切り札として期待されている。代表的なものとして精密医療(プレシジョン・メディシン)、抗体薬物複合体(ADC)、免疫チェックポイント阻害薬、ゲノム医療がある。

精密医療(プレシジョン・メディシン)

精密医療は個々の腫瘍生物学的特徴に基づいて最適な治療を選択する戦略であり、従来の一律的な治療から進化したアプローチである。乳がんの腫瘍組織に存在する分子標的や遺伝子変異を解析することで、標的治療薬やホルモン療法、分子標的治療の最適化を図る。精密医療は治療効果の向上と副作用低減を両立する可能性がある。

抗体薬物複合体(ADC)

抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate, ADC)は、がん細胞に特異的に結合する抗体に毒性の強い抗がん薬を結合させた薬剤である。ADCはがん細胞内へ選択的に薬物を運搬するため、正常組織への影響を抑えつつ治療効果を発揮する。乳がんの一部サブタイプではHER2を標的としたADCが承認されており、再発・進行乳がん治療において奏功している。さらに、ADCの標的の同定や効果予測のための腫瘍分子プロファイル解析が進んでいる。

免疫チェックポイント阻害薬

免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫系の攻撃を回避する仕組みを阻害する薬剤である。PD-1/PD-L1やCTLA-4を標的とする薬剤が乳がん治療においても臨床的な効果を示している。特にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)では免疫チェックポイント阻害薬の併用療法が標準治療として採用されることがある。

ゲノム医療

ゲノム医療は腫瘍や患者の全ゲノム情報を解析し、最適な治療選択や予後予測に用いる戦略である。血液中の循環腫瘍DNA(ctDNA)やリキッドバイオプシーの技術により、非侵襲的に腫瘍変異を検出し、再発リスクや治療効果をモニタリングする取り組みが進展している。また、がんゲノムパネル検査により標的治療薬の適応が判断され、個別化治療が加速している。

検証と分析

なぜ「切り札」が必要なのか

乳がんによる死亡率低減には、単なる治療法の発展だけでなく早期発見と治療の組み合わせが不可欠である。早期発見は治療成功の可能性を高めるが、検診受診率の低迷や技術的限界がその効果を制約している。さらに先進医療の恩恵がすべての患者に行き渡っていない現状が、死亡率低減効果の地域格差を生んでいる。

受診率の壁

検診受診率は乳がん死亡率低減の鍵であり、多くの国・地域で依然として目標水準に達していない。受診率向上には、教育・啓発の推進、アクセスの改善、経済的・社会的障壁の低減が必要である。乳がん検診を受けない女性は検診後のフォローアップも受けにくく、結果として進行例での診断が増え、死亡率が上昇する傾向が観察される。

ステージ別の生存率

乳がんのステージ別5年生存率は診断時のステージに強く依存している。特に局所病変(ステージ0/I)での生存率は極めて高く、局所進行・遠隔転移例では生存率が著しく低下する。このため、ステージ0/Iでの検出を増やすことが死亡率低減に直結することが疫学的に示されている。

今後の展望

乳がん死亡率をさらに削減するためには、検診技術の高度化(AI支援を含む)、個別医療の深化、ゲノム医療とバイオマーカー解析の普及が必要である。AIを用いたマンモグラフィ解析は、読影支援と検出精度向上の可能性を示唆しており、これらの技術統合が検診の効果を最大化する可能性がある。また、リキッドバイオプシーや血液マーカーを利用した非侵襲的検査の実装も将来的に早期発見を支えるツールとなる可能性がある。

さらに、治療面では分子標的治療、免疫療法、ADCなどの個別化治療薬の開発と適応拡大が進行中であり、これらの技術進展が進行・再発乳がんのアウトカム改善につながることが期待される。

まとめ

乳がんによる死亡率低減の切り札は、多層的なアプローチの組み合わせである。早期発見を推進する検診戦略と検診受診率の向上、先進的な治療法の導入と個別化医療の展開が死亡率削減の鍵である。乳がん対策は単なる医療技術の発展に留まらず、公衆衛生戦略、教育・啓発、医療制度改革の連携により初めて真の効果を発揮する。


参考・引用リスト

  • WHO, Breast cancer fact sheet, 2025.

  • WHO Japan, 乳がんによる死亡者数と乳がんの概要, 2025.

  • Huang et al., Screening History, Stage at Diagnosis, and Mortality in Breast Cancer, 2025.

  • Wilkinson et al., Impact of Breast Cancer Screening on Stage-specific Survival, 2023.

  • 森本忠興, 日本の乳癌検診の歴史と課題, 2009.

  • Guardian ニュース:AI支援マンモグラフィが後期診断を減らす、大規模スウェーデン試験(2026).

  • 国立がん研究センター, 臨床ゲノムプログラムとADC標的研究.

  • Japanese Breast Oncology Group: 免疫チェックポイント阻害薬試験など.


追記:日本と世界の乳がん事情

世界的に乳がんは女性に最も多く診断されるがんであり、世界保健機関(WHO)や国際機関による統計では、2022年の時点で乳がんの新規症例は約2.3百万件と推計され、全がん種の中で最も多い割合を占める。乳がんによる死亡者数は約67万人と見積もられているが、今後も新規患者数・死亡者数ともに増加傾向が予測されている(IARC推計では2050年までに新規症例3.2百万・死亡者1.1百万に達する可能性があると報告されている)。
地域別では、乳がん罹患率は高所得国(北米、ヨーロッパ、オセアニアなど)で高く、検診と診断リソースが普及しているほど新規診断数は多くなる点が指摘されている一方で、死亡率は低中所得国や医療格差の大きい地域(アフリカ、西太平洋地域一部など)で相対的に高いことも報告されている。この背景には、早期発見・治療アクセスの格差が存在する。

日本における乳がん事情をみると、乳がんは女性のがん罹患率で最も高い部位であり、年々罹患数が増加している。国立がん研究センターによると、日本国内では毎年約9万人前後が乳がんと診断され、乳がんは女性がんの約22%を占めることが示されている。また、日本の年齢調整罹患率は欧米と比較するとおよそ“半分程度”とのデータも示されているが、国内では40〜50代でピークを迎えるケースが多い傾向があり、若年・中年女性の罹患も増加傾向にあるとされる。死亡率は欧米に比べて低い水準にあるものの、増加傾向が続いている。

日本では乳がんが女性の罹患数で最も多い一方で、検診受診率が欧米と比べて低いという課題がある。日本の乳がん検診受診率は対象年齢の女性で約半数に満たないことが報告されており、検診率向上の必要性が示されている点は重要である。


「早期発見の仕組み(検診)」の重要性と実際

乳がん死亡率低減のためには早期発見が極めて重要であり、検診はその中心的な仕組みである。マンモグラフィ検診は、その高い早期発見効果により、乳がん死亡率減少に寄与することが複数の疫学・臨床データで示されている。乳がんの早期段階(ステージ0〜I)で発見されれば、治療効果は極めて高く、生存率も大きく向上する点が広く報告されている。精密検査ではマンモグラフィや超音波、針生検などの診断プロセスを通じてがんの確定診断が行われ、検診で異常が疑われた場合には速やかにこれらの検査に進むことが重要である。
先進的な診断技術として、血液中の腫瘍由来DNA(循環腫瘍DNA:ctDNA)を解析する「リキッドバイオプシー」などが非侵襲的な早期発見手段として注目されている。この技術は腫瘍特異的な遺伝子や分子情報を血液中から検出し、従来の画像診断を補完する形で将来的に乳がん検診の精度向上に寄与する可能性が示されている。
また、AIを用いた解析はマンモグラフィなどの画像診断の読影精度を高め、微細な病変の検出力の向上や読影負担軽減に貢献すると期待されている。この種の技術は全世界で研究・実装が進んでいる。

日本の検診体制においては、40歳以上を対象とした2年ごとのマンモグラフィ検診が基本となっているが、検診受診率が必ずしも高くないことが死亡率低減の切迫した課題となっている。また、健診受診後にも精密検査への適切な移行が重要であり、受診者フォローアップの仕組み強化が必要である。


「個々の特性に合わせた精密医療(個別化医療)」の実装と意義

乳がん治療における個別化医療(精密医療)は、腫瘍の遺伝子プロファイルや分子特性に基づき、最適な治療戦略を選択することを指す。このアプローチは、乳がんを単一の疾病として扱う従来型の治療から脱却し、個々の患者の腫瘍生物学的特徴に応じた治療を実践するものである。

ゲノム医療はその中心的な位置を占め、遺伝子診断や次世代シークエンシングを用いて腫瘍内の変異情報を取得し、標的治療薬の適応を判断する役割を果たす。英国国民保健サービス(NHS)などでは、乳がん患者に対して血液検査による迅速なゲノム解析(リキッドバイオプシー)を導入する取り組みが進んでおり、治療方針を迅速に個別化する実例も報告されている。
日本でも国立がん研究センターを中心にゲノム医療開発プラットフォームが推進され、乳がんを含む様々ながんでゲノム情報に基づく治療選択と新規薬剤評価が行われている。例えば、日本初の乳がんプラットフォーム試験(S-FACT試験)は、日本人乳がん患者における新規薬剤の評価と迅速な導入を目指して進行中であり、サブタイプごとの標準治療と比較して効果を科学的に検証する試みとして注目されている。

個別化医療の意義は、単に効果の高い治療を選択するだけでなく、副作用の低減や治療効果予測の改善にもある。患者一人ひとりの腫瘍特性を詳細に解析することで、従来では見逃されがちな標的や薬剤耐性機構を捉え、最適な治療戦略を構築することが可能となる。これは、転移性・再発乳がんに対する治療効果を最大化するうえでも極めて重要である。


「最新の薬物療法」が強力な治療武器である理由

近年、乳がん治療の分野では抗体薬物複合体(ADC)、免疫チェックポイント阻害薬、その他の分子標的薬が薬物療法の中核として進展している。これらの治療薬は標的特異性と治療効果の両立を図る新たなアプローチであり、従来の化学療法に比べて副作用軽減を図りながら高い効果を示す研究報告が増えている。

ADCはがん細胞に特異的に結合する抗体に強力な抗がん薬を結合させる薬剤であり、がん細胞内部に効率的に薬物を送り込むため、正常組織への影響を抑えつつ治療効果を発揮する。その代表例として、GileadのTrodelvy(sacituzumab govitecan)は再発・進行のトリプルネガティブ乳がん(TNBC)において標準化学療法と比較して病勢進行リスクを38%低減するという臨床試験結果が報告されている。Enhertu(trastuzumab deruxtecan)など他のADCもHER2陽性乳がんにおいて治療効果を示し、さらに初期治療としての適応拡大が期待されている例もある。

免疫チェックポイント阻害薬はがん細胞が免疫系の攻撃を回避する仕組みを阻害し、患者自身の免疫システムでがんを攻撃させる治療であり、特に悪性度の高い症例や従来治療に反応しにくい症例に対しても効果が報告されている。乳がん領域においては、PD-1/PD-L1阻害薬などが特定のサブタイプで標準治療に組み込まれつつある点が示されている。

さらには、分子標的薬やホルモン受容体阻害薬など、多様な分子特性に応じた薬物療法が個別化医療と融合しつつ普及している。これらの薬剤はがん細胞の生物学的脆弱性を標的とし、治療効果を向上させることで、進行・再発乳がんに対する治療成績を大幅に改善する可能性を秘めている。


追記まとめ

乳がん対策の最新動向において、日本と世界の事情を比較すると、乳がんは依然として主要な健康課題であり、罹患率・死亡率の増加傾向が続いている。死亡率低減のためには、「検診による早期発見」と「個々の特性に合わせた精密医療(個別化医療)」という2段構えの戦略が不可欠である。検診は早期段階のがんを発見し治療成功率を高める基盤であり、精密医療は患者一人ひとりの生物学的特性に応じた最適治療を実現する。加えて、抗体薬物複合体や免疫チェックポイント阻害薬などの最新薬物療法が、従来の治療と比較して高い効果と治療選択肢の拡大を実現する強力な武器として機能している。これらの戦略の統合は、乳がんによる死亡率をさらに低減するための現代的かつ実用的なアプローチである。


参考・引用リスト(追記分)

  • WHO/IARC global breast cancer statistics; breast cancer incidence ~2.3 million and deaths ~670,000 in 2022, projected to rise by 2050.

  • 日本の乳がん罹患率・死亡統計(女性の主要ながんとして増加傾向).

  • 日本人女性の乳がん罹患率は欧米より低いが増加傾向(年齢調整罹患率は欧米の約50%程度).

  • 日本の乳がん検診制度と受診率の現状.

  • リキッドバイオプシーを用いた乳がん検診の開発.

  • 日本におけるゲノム医療・SCRUM-Japanプロジェクトの状況.

  • 日本初の乳がんプラットフォーム試験(S-FACT)について.

  • NHSでのDNA血液検査を用いた個別化治療の導入事例.

  • Trodelvy(抗体薬物複合体)がTNBCで病勢進行リスクを低減.

  • Enhertu(抗体薬物複合体)の臨床効果と将来の適応拡大.

  • 免疫チェックポイント阻害薬の乳がんへの応用.

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