コラム:日本のクマ対策、現状と今後求められる取り組み
国と地方が役割分担を明確にして、持続可能で倫理的なクマ管理の仕組みを早急に整備することが喫緊の課題である。
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1. 現状(2025年11月時点)
全国的な人とクマの衝突が大幅に増加している。2025年は春以降、熊による致命的な襲撃や負傷事案が例年以上に多発し、10月単月での致命事案や負傷事案の急増が報じられている。これに伴い自治体の通報件数や捕獲数の増加、観光施設や市街地への出没事案が確認されている。特に東北・北海道を中心に深刻な事案が相次いでいる。
クマの生息分布や個体数については種と地域で差が大きい。日本には主にツキノワグマ(アジアブラックベア)とヒグマ(北海道のブラウンベア)が生息する。全国規模の概数としてはツキノワグマ数万頭規模、ヒグマは北海道に集中して数千〜万頭規模という推定が示されているが、地域ごとの推定精度には大きな差がある。北海道では地域個体群ごとの推定調査が継続されており、最新の道の受託研究報告書等で個体数推定の更新が行われている。
原因としては複合的要因がある。代表的な要因は(A)山地の餌資源の年次変動(ブナ・ミズナラの木の実などの不作)、(B)人口減少・過疎化による人の常時存在感の低下で人里近接空間が拡大すること、(C)生息域の拡大や個体数増加(地域による)、(D)人間側の誘引物(家庭ゴミ、野外廃棄物、農畜産物の管理不備)などが重なっており、これらが人里でのクマ活動を促していると分析されている。
法制度・計画面では、環境省は「特定鳥獣保護・管理計画」の枠組み(クマ類編)や各種ガイドライン、出没対応構築事業の成果公表を行っており、ゾーニングや誘引物管理、侵入防止、個体群管理の科学的基盤強化などを含む方針が提示されている。ただし、現場の実務(人員・予算・人材育成・広域連携)は自治体によって差が大きく、実効性の確保が課題になっている。
2. 今後求められる主な取り組み(総論)
総括すると、短期的緊急対策と中長期的な生態系管理・社会的対応の二本立てが必要である。短期的には被害防止と人命保護が最優先であり、迅速な情報共有・捕獲・避難・閉鎖措置が求められる。中長期的には(A)科学的・標準化された個体数把握、(B)ゾーニングに基づく土地利用管理と緩衝帯整備、(C)誘引物の徹底除去と生活排水・残飯管理、(D)侵入防止対策(電気柵等)の普及、(E)持続的な個体群管理(遺伝学的配慮を含む)と適切な捕獲方針の運用、(F)住民・観光客の教育と理解促進、(G)地域間・府県間の広域連携と専門人材配置、(H)予算と法制度の整備が必要である。これらを同時並行で進める必要がある。
3. 「人とクマのすみ分け」の徹底
ゾーニング理念の実施
環境省ガイドラインが示すように、生活圏(人間優先ゾーン)、緩衝ゾーン(出没抑止措置)および生息域(保全ゾーン)というゾーン分けを自治体レベルで具体化する。具体的には人の居住地周辺の“クマ立ち入り禁止帯”や、農地周辺に植生緩衝帯や柵を設置する等を政策的に支援することが有効である。ゾーニングは地形、植生、クマの通行路、集落の配置をGISで解析し、科学的根拠に基づいて策定する必要がある。緩衝帯と人為的障壁の整備
緩衝帯は単に柵を張るだけでなく、餌となる樹種の管理、残渣を残さない土地管理、定期的なパトロールなど複合的措置を組むべきである。緩衝帯の幅や管理頻度は、地域ごとのクマの行動域データに基づいて設定する。自治体の支援や国の補助金で緩衝帯整備を明確に位置づける必要がある。
4. クマを人里に近づけない(誘引要因の排除)
誘引物の特定と除去・管理
家庭ゴミ、果樹園の放置果実、畜舎の飼料、屋外に放置されたBBQ後の残飯、コンビニ・スーパーの生ゴミなどが主要な誘引源である。これらは短期的にクマの「学習」を促進するため、自治体は(A)有蓋式ゴミ収集容器の標準導入、(B)事業者に対する生ゴミ管理基準の強化、(C)野外イベントに対する残飯管理指導、(D)果樹園・農地に対する補助付き収穫支援や柵設置補助を実施すべきである。現場の実例では、誘引物管理を徹底した地域で出没件数が減少した報告があるため、費用対効果は高い。商業施設・都市部対策
都市近郊での出没に備えて、スーパー・コンビニに対して生ゴミの密閉管理や夜間の搬出制限を要請するほか、公園や遊歩道の分散的な果実樹管理(果実の剪定や未収穫果の除去)を行うことで都市部での誘因を抑止する。外国人観光客への注意喚起や掲示物の多言語化も重要である。
5. ゾーニング管理の具体化と運用
標準化されたゾーニング手法の導入
ゾーニングは各自治体が独自に行っているが、環境省が示すガイドラインに基づき、全国的に共通の評価指標(出没頻度、被害件数、土地利用の類型、人口密度、移動経路の危険度)を整備し、都道府県横断で比較可能なゾーニング地図を作成することが重要である。GISとAIを活用した「出没予測マップ」作成が有効であり、既に研究グループが開発に着手している事例もある。ゾーニングに連動した対策メニューの整備
各ゾーンにおける必須対策(例:生活圏=侵入防止柵・住民教育、緩衝ゾーン=誘引物管理・追払い、保全ゾーン=生息地保全・モニタリング)を明文化し、自治体が実施計画を策定して国の補助と連動させる。これにより資源配分の優先順位が明確になる。
6. 誘引物の除去・管理(運用面の強化)
地域単位の「誘引物管理プログラム」
自治体や地域住民が共通で実行するプログラムを運用する。具体的には収集日を固定化し有蓋容器を導入、果樹の早期回収支援、畜舎の夜間飼料管理、キャンプ場・観光地の廃棄物管理基準の徹底などを行う。国の補助制度で設備投資(堅牢なゴミ箱、電気柵等)を支援することで普及を早める。事業者への規範化とインセンティブ
宿泊業・飲食業・観光事業者に対して「クマ対策認証制度」を設け、認証を得た事業者には広報支援や補助金での優遇を与える仕組みを作れば、自発的な対策強化が期待できる。実務的には公的なチェックリストと年次監査が必要である。
7. 侵入防止策(設備・技術)
電気柵の適正配置と維持管理
電気柵は最も実効性の高い物理的対策の一つだが、設置だけでなく定期点検・電源確保・設置高さと間隔の地域条件に応じた最適化が必要である。国や都道府県は設置コストの一部補助やメンテナンス支援を行うべきである。非致死的な追払い・忌避技術の導入
超音波・光・匂いを用いた忌避装置、ドローンによる監視、AIカメラでの早期発見など先端技術を試験導入し、有効性が確認された機器は現場へ展開する。これらは被害軽減だけでなく、捕獲に至る前の選択肢として重要である。
8. 個体群管理の科学的強化
正確な個体数把握の必要性
個体数の推定は個体群管理の基礎であり、モニタリングの方法論(トラッキング、カメラトラップ、遺伝子解析、痕跡調査、市民通報の統合)を標準化する必要がある。北海道のように地域ごとに専門的な個体群推定調査を行う例があるが、全国的に同等水準の調査体制を整備することが求められる。遺伝的多様性と生息域連結性の考慮
捕獲や移送の判断は単に個体数だけでなく遺伝的多様性や生息域の分断化を踏まえて行うべきである。小さな孤立個体群で過度な捕獲を行うと局所絶滅を招き、生態系的な問題が生じるため、遺伝子解析データを取り入れた管理計画が必要である。
9. 適切な捕獲(許可・基準・倫理)
標準化された許可基準の設定
捕獲は最後の手段であり、許可基準を全国的に標準化して、被害の深刻度、再発防止策の実施状況、個体の行動履歴(反復出没)、地域個体群の状態を基準化して判断する必要がある。安易な捕獲や個体識別なしの処分は科学的管理を阻害する。人道的措置と報告義務の徹底
捕獲・駆除事案に関しては記録と公開が必須で、解剖やサンプル採取(年齢・性別・胃内容物・遺伝子)は管理判断に資するため標準手順を定める。自治体間でデータを共有することで学習が蓄積される。
10. 体制・人材の強化と地域連携
捕獲・対応組織の常設化
専門的にクマ対応を行う「捕獲チーム」「出没対応チーム」「誘引物管理チーム」を都道府県ごとまたは広域ブロックごとに設置する。短期的には緊急出動できる機動チーム、長期的にはモニタリングや住民対応を行う常設部隊が必要である。地域連携の強化(広域共同)
クマは県境を越えて行動するため、複数自治体の横断的連携が不可欠である。被害発生時の情報共有ルール、捕獲実行の責任分担、補助金の広域配分などを事前に取り決める必要がある。環境省のガイドラインでは広域連携の重要性が強調されている。
11. 専門人材の育成・配置
専門職の必要性
野生動物管理には獣医、野生動物生態学者、フィールド技術者(わな設置・点検、追払い技術者)、社会学・リスクコミュニケーション専門家が必要である。大学や公的研究機関と連携した育成プログラム、自治体向けの研修カリキュラム整備が求められる。実務経験の蓄積と資格化
捕獲作業や電気柵の設置など実務スキルに関しては資格制度や認定制度を導入し、安全・倫理基準を満たす人材を公的に認証することが望ましい。これにより即応力と現場の安全性が向上する。
12. 関係機関の連携強化
官民学の三者連携
国(環境省・内閣府関係部署)、都道府県、大学・研究機関、NPO、地元自治会、農業協同組合(JA)などが連携する枠組みを整備する。情報プラットフォームを通じて出没情報、捕獲ログ、生息域マップをリアルタイム共有することが有用である。国際的な知見導入
欧米や北米、カナダなどクマ管理の経験がある地域の知見を導入することも有効であり、国際共同研究や技術交流を進めることで有効な対応策を取り入れる。特に個体群モデリングや非致死的管理技術は海外事例を学ぶ余地が大きい。
13. 住民の理解促進(リスクコミュニケーション)
被害リスクの透明化と参加型対策
住民に対してリスクを正確に伝えるとともに、地域の対策計画に住民が参画できる仕組みを設けることで合意形成が進む。避難訓練、出没時の連絡フロー、緊急避難場所の周知等、実効的な教育を行う。学校教育・観光客への周知
小中学校の教育カリキュラムに地域の野生動物管理を取り入れ、観光客向けには入域前の注意喚起と現地でのルール提示を義務化する。多言語情報の充実も必要である。
14. 政府の対応(2025年11月時点の動きと必要対応)
緊急対策の導入状況(2025年11月時点)
政府は一部地域で自衛隊や警察の支援を要請し、緊急的な捕獲・封じ込め措置を行っている。また外務省や在日公館が在留外国人・渡航者に注意喚起を出す事例が増えている。これらは短期的な人命保護措置として理解できるが、恒久的解決策にはつながらない。財政支援と制度の充実
政府は都道府県や市町村への財政支援、ゾーニング事業や誘引物管理事業への補助を拡充すべきである。さらに、捕獲に関わる人員の確保や専門研修、機材支援を恒常的に行うための予算枠を確立する必要がある。
15. 緊急的な対応(短期アクション)
ハイリスク期間の集中対策
木の実の不作などで餌不足が予想される年はハイリスク期間として、出没情報の強化、観光施設の閉鎖判断、飲食店の生ゴミ管理強化、夜間外出自粛要請などを事前に実施する。出没の兆候が出たら即時に公的な出没注意情報を発信するシステムを運用する。捕獲人材の確保(短期措置)
臨時の捕獲専門家派遣、警察・自衛隊との連携、または全国からのボランティア技術者を迅速に投入できる枠組みを用意する。ただし、安全基準と法令に基づく運用は厳守する必要がある。
16. 中長期的な取り組み(制度化・標準化)
ゾーニング推進と土地利用政策の連携
国土計画、林地管理、農地政策と連携してゾーニングを恒常化し、地域の再生(過疎対策とセット)を推進する。人の常在を回復させる地域振興策とリンクさせることが重要である。個体数管理の標準化とデータベース化
全国規模の個体数・出没・捕獲データベースを構築し、公開・共有する。これにより科学的な管理判断が可能になり、研究と現場の距離が縮まる。広域連携と専門家配置の恒常化
ブロック単位での専門チーム(生態学、獣医、現場技術)を配置し、定期的な合同訓練と情報交換の場を設けることで即応力と学習の蓄積を図る。
17. 捕獲と個体数管理の倫理的・科学的均衡
捕獲は被害防止の重要な手段である一方で、生態系・遺伝的多様性に与える影響を慎重に評価する必要がある。個体を安易に減らすのではなく、標的化された捕獲(問題個体の識別)と生息域の保全を組み合わせた管理が必要である。研究機関によるモニタリングと、捕獲後の解剖・データ収集を必須化して次の管理に反映させる仕組みを確立する。
18. 今後の展望
当面(1〜3年)
・ハイリスク地域への機動的な出動体制を整備し、人命保護を最優先に対応する。
・誘引物管理、電気柵、ゴミ管理の補助を拡充して短期的な出没抑止を図る。
・自治体間・府県間の情報共有と共同対策を強化する。中期(3〜7年)
・全国共通のゾーニング基準・個体数推定手法を整備し、データベースを構築する。
・専門人材の育成プログラム、資格制度、捕獲チームの常設化を図る。長期(7年以上)
・生息地保全と土地利用の調和を図り、地域振興とセットで人の存在感を回復することで恒久的な「すみ分け」を実現する。
・遺伝学や生態学にもとづく個体群管理を運用し、持続可能なクマ管理モデルを確立する。
19. 実施上の優先事項
被害多発地帯の即時支援(財政・人員)を確保する。
誘引物管理(ゴミ・果実・飼料)を地域ルール化し、設備補助を行う。
電気柵等の侵入防止設備を普及させ、保守点検体制を整備する。
個体群モニタリングとデータベース整備を進め、標準化する。
広域連携と専門人材育成を制度化する。
20. まとめ
2025年11月時点の情勢は、短期的な人命保護と中長期的な生態系管理を同時に強化することを強く求めている。単発的な捕獲や臨時の人員投入だけでは根本解決につながらない。誘引物の排除、ゾーニングの実行、個体群管理の科学的強化、専門人材の育成と広域連携、そして住民の理解と参加をセットで進めることが不可欠である。国と地方が役割分担を明確にして、持続可能で倫理的なクマ管理の仕組みを早急に整備することが喫緊の課題である。
主な出典(抜粋)
"Deadly bear attacks set Japan on edge, prompt military action", The Washington Post(2025).
環境省「クマ類の特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ類編)」.
環境省「クマに関する各種情報・取組(出没情報・人身被害件数・捕獲数)」.
北海道によるヒグマ地域個体群生息数推定調査報告(道立総合研究機構等、2024–2025報告).
環境省「クマ類の出没対応構築事業の成果報告集」.
