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コラム:スーダン内戦とダルフール紛争の実相

スーダンの危機は単なる軍事衝突ではなく、長年にわたる政治的周縁化、経済的不平等、地域間葛藤、そして外部勢力の利害が絡み合う複合的な危機である。
チャドとスーダンの国境近く、国連の避難民キャンプ(CARE International)

スーダンでは2023年4月15日以降、正規軍であるスーダン軍(SAF)と、準軍事組織で現在強大な軍事力を持つ即応支援部隊(RSF)との間で大規模な武力衝突が勃発し、以降全国的な内戦状態に陥っている。首都ハルツームやその周辺、ダルフール、コルドファン、東部地域などで激しい市街戦や砲撃、空爆が続き、民間人の被害やインフラ破壊、人道支援の途絶が深刻化している。国連人道問題調整事務所(OCHA)は紛争開始から1年程度で数千万規模の人々が人道支援を必要としていると報告しており、子どもを含む多数の避難民・国内避難民・難民が発生している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際機関は数百万の強制移動者を把握しており、周辺国への難民流出も続いている。

スーダンの歴史(近現代の概観)

スーダンは地理的にアラブ系・アフリカ系の混在、イスラム・非イスラム、北部と南部の経済格差など複合的な社会的対立を抱えてきた。1956年の独立以降、軍事政権と市民政権が交代し、複数回の内戦や反乱が発生した。2003年以降のダルフール紛争では、ダルフールの反政府武装勢力とそれに対抗するスーダン政府が力を行使し、政府は民兵(ジャンジャウィード)を利用して反乱を鎮圧する戦術を採ったとされる。2000年代のダルフール紛争では数十万~数十万人規模の死者、数百万の国内避難民・難民が発生し、国際刑事裁判所(ICC)が一部指導者を起訴するなど国際的関心が高まった。2019年には独裁者オマル・バシル (Omar al-Bashir)が軍部の圧力で失脚し、文民移行を目指す動きが出たが、軍部の実権は残り、政権移行は混乱を伴った。これらの歴史的経緯は、軍と準軍事組織、地域勢力の権力闘争の土台を形成している。

ダルフール紛争とは(2003年以降の主要点)

ダルフール紛争は2003年頃に本格化した。現地の非アラブ系住民を基盤とする反政府武装勢力が、長年の政治的・経済的周縁化を背景に武装蜂起した。スーダン政府はこれに対抗するためにアラブ系民兵(ジャンジャウィード)を支援・活用し、広範な人権侵害・戦争犯罪・民族浄化に相当する行為が行われたと国際社会は評価した。ジャンジャウィードの多くは後にRSFの前身となる勢力と結び付き、RSFはダルフールの地上部隊や略奪行為、民間人に対する暴力と結びついた歴史を持つと指摘されている。ダルフール紛争のピーク時には数十万から30万人前後の死者、約250万以上の国内外避難民が出たとされ、地域の社会構造は深刻に破壊された。これが以後の地域紛争の根深い構造を作った。

内戦が勃発した経緯(2023年4月の発火点と背景)

2023年4月の衝突は、軍内での改革と統合作業を巡る不和が直接の発火点になった。2019年のバシル失脚後、軍司令官であるブルハン将軍(現軍の主要指導者)と、RSFを率いるダガロ司令官との間で、RSFの軍内統合を巡る合意が進められた。RSFを正規軍に編入するスケジュールやRSFの扱い、将来の権力配分をめぐって両者の利害が対立していた。これが2023年4月に開戦する契機となり、双方が戦力を動員してハルツームや主要都市で激突するに至った。開戦時には一時的な停戦や交渉の試みが何度かあったが、互いに信頼が欠如していたことや第三者仲介の弱さにより長期化した。

軍事政権と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の関係

RSFは当初ジャンジャウィード系の民兵の系譜を引き、ダルフールでの活動を通じて力を増した勢力である。政府との協力関係を通じて武装・組織化され、後に準軍事組織として国家に組み込まれる形で力を保有してきた。RSFの指導者ダガロは湾岸諸国や一部の地域権力と経済的・政治的結び付きも持ち、石油・鉱業など経済ルートに強い影響力を持つとされている。一方でスーダン軍(SAF)は伝統的な正規軍であり、装備や指揮系統でもRSFとは別個に運用されてきた。文民移行期における権力分配の不透明さは、両者の競合を激化させ、最終的に武力衝突へと発展した。RSFとSAFの関係は単に「政府と民兵」というよりは、国家の権力構造そのものを巡るライバル関係であり、これは内戦の激化と長期化を招く重要な構造的要因である。

被害状況(死傷者、避難民、人道危機、インフラ被害)

紛争開始以降の被害は甚大で、多面的である。国連機関や非政府組織のまとめによると、数万人規模の死者が出ていると推定され(公式集計は難しいが現地報告は多数)、数百万の国内避難民(IDP)と難民が発生している。OCHAの「One Year」等のまとめでは、紛争1年目で約1400万人(あるいはそれ以上)の人々が人道支援を必要としていると報告されており、飢餓のリスク、医療・水・衛生サービスの崩壊、教育の停止、病院や学校の損壊・閉鎖が広範に起きている。UNHCRやIOMのデータも大量の国境越え難民や周辺国での避難民流入を記録しており、資金不足のため支援は需要に到底追いついていない。さらにダルフール地域では民族的動機を伴う暴力が再燃し、特定コミュニティに対する追放や「民族浄化」に相当する行為が行われているとの人権団体の指摘もある。

国際社会の対応(外交、制裁、人道支援、司法的措置)

国際社会の対応は多層的であるが、効果や一貫性に課題がある。国連、アフリカ連合(AU)、欧州連合(EU)、米国や湾岸諸国などが停戦仲介や人道支援の呼びかけを行い、特定の個人や団体に対する制裁や資産凍結、入国禁止などを実施している。国連安保理や地域機構は度々停戦決議・呼びかけを出したが、現場での停戦順守は難しかった。人道面ではOCHAやUNHCR、WFP(世界食糧計画)などが支援を試みるが、アクセス阻害、資金不足、物資の略奪や港・空港の機能不全などが大きな障害になっている。人権・国際法の観点では、RSFやその他の関係者に対して国際機関や人権団体が戦争犯罪・人道に対する罪の疑いを指摘しており、過去のダルフール事件についてICCが捜査・起訴を進めてきた歴史がある(近年も一部有罪判決や手続きが進展している事例がある)。国際的な避難・退避措置も行われ、多国籍企業や外交団の撤退・一時閉鎖が相次いだ。

問題点(停戦履行の難しさ、人道アクセス、責任追及の困難)

本紛争における主な問題点は以下のとおりである。第一に、戦争当事者間での信頼欠如と権力分配を巡る根深い利害対立により、停戦や文民への配慮が脆弱である点。第二に、人道支援の現場でのアクセスが軍事行動や治安悪化で阻まれ、支援が届かない地域が多い点。第三に、民間人が標的化される事例やエスニック・ターゲティングが報告されており、国際人道法や人権法違反の疑いが強いにもかかわらず、公正で効果的な責任追及が困難である点。第四に、周辺国や大国の地政学的関与・利害が紛争の外延的な影響と停戦努力の調整を複雑化している点である。これらが複合して、被害の長期化と地域不安定化を招いている。

対策(短期的・中長期的アプローチ)

短期的対策としては、即時停戦の実現と人道アクセスの確保が最優先である。停戦は国際的な圧力と地域仲介(AU、IGAD、湾岸諸国など)の調整で推進できるが、停戦履行の監視メカニズム(国際または地域の監視団)を伴う必要がある。人道面では、国連機関やNGOが中立的に迅速に支援を届けられる安全回廊の確保、医療・食料・水の供給チェーンの復旧、避難民・国内避難民の保護強化を進めるべきである。中長期的には、軍とRSFの統合や解体、武装解除・非武装化・社会復帰(DDR)プログラムの設計、司法による責任追及と和解プロセス、地域開発とインクルーシブな政治プロセスによる周縁化解消が必要である。国際社会は資金支援だけでなく、司法支援、人権モニタリング、復興計画や経済復活プログラムを長期にわたり支えるべきである。さらに食糧安全保障や医療・教育の再建、女性や子どもに対する保護強化、コミュニティレベルの対話支援が復興の鍵になる。

国際司法と責任追及の役割

ダルフールを巡る過去の事件ではICCが起訴を進めた歴史があり、2020年代以降も人権団体や国際検察機関がRSFなどの行為に対する捜査・追及の必要性を強調している。責任追及は、被害者の救済と再発防止に不可欠であり、国際司法(ICC等)と国内司法の連携、証拠収集の保護、証人保護制度の強化が求められる。ただし、政治的な障害(当事国の協力欠如や地政学的対立)があるため、国際社会による一貫した圧力と支援が必要になる。

問題点の深掘り(資金、アクセス、政治的意志)

人道支援は深刻な資金不足に直面している。国連やパートナーが提示するアピール額に対し実際の拠出は不足し、多くの基本サービスが提供できない状況が続いている。加えて、軍事的混乱のため港湾・空港・道路が機能不全に陥ると援助物資の輸送が物理的に止まり、現地での略奪や武装勢力による徴発も起きる。政治的には、停戦や責任追及に向けた国際的な意志が断続的で、地域や大国の利害調整が難しい。これが長期的な解決を困難にしている。

今後の展望(シナリオとキードライバー)

今後の展望は複数のシナリオが想定される。楽観的には、地域仲介と国際的圧力により限定的な停戦が成立し、人道回復と局地的な復興が進むシナリオがあるが、これは双方の妥協と第三者監視、かつ持続的資金支援が前提になる。現実的には、断続的な戦闘が数年続き、地域分断と武装化が恒常化する「長期低強度紛争」化が危惧される。最悪のシナリオは、民族的対立の激化による大量虐殺・強制移動の再燃と周辺国への大規模難民波及、地域的不安定化である。キードライバーは(1)停戦履行の意思と監視メカニズム、(2)人道アクセスの確保と資金、(3)司法的説明責任の実現、(4)周辺国・大国の関与のコントロール、(5)地域コミュニティの復興とインクルーシブな政治プロセスの構築である。

提言(現実的・実行可能なアクション)
  1. 国際的な停戦監視団の早急派遣:AUまたは国連の監視・検証団を中立的に置き、停戦違反の公開報告を行う。

  2. 人道回廊の合意と保護:主要ルートの安全保障を約束し、国連機関による物資移送を確保する。

  3. 継続的資金支援と透明な配分:国際資金を早急に動員し、支援は透明かつニーズに基づいて配分する。

  4. 証拠保全と国際司法支援:人権侵害の証拠を保全し、ICC等による捜査に協力する体制を整える。

  5. 地域と国民を巻き込む政治的プロセス:軍事的解決ではなく、包括的な政治合意と復興計画に地域社会、女性、若者を参加させる。

まとめ

スーダンの危機は単なる軍事衝突ではなく、長年にわたる政治的周縁化、経済的不平等、地域間葛藤、そして外部勢力の利害が絡み合う複合的な危機である。2023年4月の内戦はこれら構造的問題を表面化させ、特にダルフールにおける過去の暴力の影を再び浮かび上がらせた。従って、短期的な停戦と人道支援に加え、中長期の政治的和解、司法的説明責任、地域復興が不可欠である。国際社会は人道と法の尊重を基軸に、地域主体の仲介を支援しつつ、持続的な関与を維持する責務がある。さもなければ、スーダンと周辺地域の不安定化はさらに深刻化するだろう。

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