コラム:ストーカー被害の現状、手口の多様化と新たなリスク
ストーカー被害は個人の尊厳と生活の平穏を侵害する重大な人権問題であり、被害の低減には法的措置と並行して支援体制の強化、技術的リスクに対する対策、加害者への治療的対応が不可欠である。
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現状(2025年11月時点)
日本におけるストーカー被害は依然として深刻な社会問題であり、相談件数は高水準で推移している。警察庁の集計では、令和6年におけるストーカー事案の相談等件数は19,567件で、前年とほぼ同水準で推移している。被害者の大部分は女性であり、特に20〜30歳代の割合が高い点が継続している。都道府県警レベルでも相談・警告・禁止命令・検挙が行われており、都市部を中心に面会要求やつきまとい、無言電話・SNSを用いた嫌がらせといった事案が目立っている。
ストーカーとは
ストーカーは、特定の相手に対して執拗に接触・追跡・監視・嫌がらせを行い、相手の生活の平穏や人格的自由を侵害する行為を指す。面識がある相手からのものに限らず、面識のない第三者による突発的な付きまといも含まれる場合がある。ストーカー行為は被害者に強い恐怖感・不安感を与え、精神的・身体的被害や日常生活の制約を招く。
ストーカー規制法の概要
ストーカー行為等の規制に関する法律(以下、ストーカー規制法)は、ストーカー行為を予防・抑止し、被害者の保護を図るための法的枠組みである。近年の改正で、GPS等を用いた位置情報の無承諾取得や、禁止命令等の方法に関する整備がなされ、インターネットや位置情報技術を悪用した行為への対応が強化された。警察は通報に基づき警告を発し、必要に応じて禁止命令の申し立てを行い、違反があれば検挙に至る。罰則としてはストーカー行為自体や禁止命令違反に対して刑罰が規定されている。
ストーカー行為の定義と具体例
ストーカー規制法は具体的な行為類型を列挙している。代表的な類型と例を以下に示す。法は抽象的な「生活の平穏を侵害する行為」も含めつつ、具体的行為を明記している。
つきまとい・待ち伏せ・進路妨害:通勤・通学路で繰り返し付きまとう、目的地付近で待ち伏せする、歩行や自転車・車の進路を塞ぐ行為。
面会・交際等の要求:面会や交際を強要するメッセージや直接行為を繰り返す行為。
著しく粗野または乱暴な言動:大声で罵倒する、暴力行為に及ぶ、物を投げる等の乱暴な言動。
無言電話・連続した電話・メール・SNSメッセージ:着信履歴を繰り返し残す、断続的に大量のメッセージを送る、匿名で嫌がらせの投稿を繰り返す。
汚物等の送付:糞尿や腐敗物、汚物を送り付ける行為。
名誉を傷つける行為:デマの流布・中傷文書の配布やSNSでの誹謗中傷。
性的羞恥心を害する行為:性的な写真や文言を送り付ける、裸の写真を撮影・拡散する等。
GPS等による位置情報の無承諾取得:追跡用の端末やアプリで被害者の現在地を取得・監視する行為。
「つきまとい・待ち伏せ・進路妨害」の実例と影響
つきまとい・待ち伏せは被害者の移動の自由と日常行動を直接的に侵害するため、被害者は外出を控えたり通勤路を変えざるを得なくなる。進路妨害は物理的危険を伴い、エスカレートすれば暴力・殺人事件に発展するリスクがある。都道府県警の統計でも実際にこうした事案が多数報告されており、警察は早期介入の必要性を強調している。
「面会・交際等の要求」の特徴
加害者はしつこく面会や交際を迫る行為を繰り返すことで被害者に心理的負担を与える。元交際相手からの要求だけでなく、SNSや出会い系をきっかけに接触した「面識なき加害者」からの要求も増加している点が近年の特徴である。面会要求が執拗な場合、被害者は友人関係や職場にも影響が及び、社会的孤立を招く。
「著しく粗野または乱暴な言動」の問題点
乱暴な言動は被害者の精神的安定を直接脅かす。公共の場で大声で罵る、暴力的な行為に及ぶ、あるいは他者を通じて嫌がらせを行わせる「代理嫌がらせ」など多様な形態がある。乱暴さは被害者の安全を脅かすだけでなく、周囲の第三者にも二次被害や恐怖感を与える。
「無言電話・連続した電話・メール・SNSメッセージ」の増加と特徴
スマートフォンやSNSの普及に伴い、直接対面せずとも接触が可能になった。無言電話や着信の多発、SNSでの執拗なメッセージ送信、匿名アカウントを用いた誹謗中傷や監視的投稿などが典型例である。デジタル記録が残る一方で、匿名性やアカウントの使い捨てにより発信者特定が難しいケースも多い。
汚物等の送付・名誉を傷つける行為・性的羞恥心を害する行為
汚物送付は物理的・心理的に強い侮辱を与える行為であり、名誉毀損や侮辱罪、器物損壊等の問題と重なる。名誉を傷つけるためのデマや個人情報流布はSNS上で急速に拡散し、被害者の社会生活や就業に重大な影響を与える。性的羞恥心を害する行為は被害者の尊厳を直接侵害し、精神的後遺症を残すことがある。これらは刑事責任のみならず民事上の損害賠償請求の対象にもなり得る。
GPS等による位置情報の無承諾取得
近年の法改正では、GPSや位置情報を利用した監視行為が明確に禁止類型に加えられた。スマートフォンの追跡アプリや小型の追跡端末を被害者の車両や持ち物に取り付けて無断で位置情報を取得する手口が確認されており、これにより被害者の行動範囲や習慣が把握され、犯行計画の精度が高まる危険がある。位置情報の悪用は検挙対象となるほか、こうした手口への対策(端末検査・監視アプリの検出・端末管理の注意喚起等)が重要になっている。
被害の現状と傾向
被害の現状を整理すると、(1)相談件数は高水準で推移、(2)被害者は女性が約8〜9割を占め、20〜30歳代に集中、(3)加害者は元交際相手や知人が多いが、面識のない加害者も増えている、(4)手口のデジタル化・多様化(SNS、位置情報利用、匿名掲示板等)が進行している、という特徴が挙げられる。警察庁や都道府県警の統計や関係省庁の総合対策報告はこれらの傾向を指摘している。
相談件数・被害者属性・加害者との関係(データ)
警察庁の令和6年報告では相談等件数19,567件、被害者の約86%が女性であり、年齢では20歳代が約35%、30歳代が約21%を占める。被害者と加害者の関係では、元配偶者や元交際相手、勤務先関係者、面識のない者など多様であり、特に若年層が被害に遭う割合が高い。都道府県別では都市部での相談が多い傾向があり、地域差や生活形態によるリスクの差が示唆される。
手口の多様化と新たなリスク
従来の対面・電話中心の手口に加え、SNSアカウント作成・匿名メッセージ・位置情報悪用・デジタル写真・動画の不正取得と拡散などデジタル技術を用いた新たな手口が増加している。さらにIoT機器や紛失タグ(BLEビーコン等)を悪用する事例がメディアで指摘され、法改正や運用ルールの見直しが進められている。専門家は技術進展に伴う「追跡の容易化」と「証拠隠滅の巧妙化」を警戒しており、被害防止には個人のデジタルリテラシー向上と事業者側の安全設計が求められると指摘している。
法的措置と支援の現状
被害者がとる法的措置としては、(1)警察への通報と警告の依頼、(2)弁護士を通じた民事上の接近禁止仮処分や損害賠償請求、(3)禁止命令の申立て、(4)被害届や告訴による刑事手続きがある。警察は初期対応としての警告を行い、重大な危険がある場合や禁止命令違反があれば検挙に至る。支援体制としては、地方自治体やNPOが被害者支援窓口を設け、避難支援、心理相談、弁護支援、職場調整支援などを実施している。国は総合対策を策定し、相談窓口拡充や加害者プログラムの試行、調査研究の推進を進めている。
警告・禁止命令・検挙の状況
都道府県警の報告によると、警告発令件数、禁止命令の付与件数、違反による検挙等が一定数発生している。例えば東京都のまとめでは、令和6年中に警告が数百件、禁止命令も数百件、ストーカー規制法による検挙も複数百件にのぼると報告されており、禁止命令違反による検挙も発生している。これらは警察の介入が一定の抑止力を持っていることを示す一方、違反や再犯のリスクが残っていることを示している。
支援現場の課題
支援現場では、被害者が警察や行政、支援団体のどこへ相談すべきか分からない、相談しても証拠が不十分で対応が進まないと感じる、職場や家族に相談できず孤立する、といった課題がある。加えて支援資源の地域差、加害者への治療的介入(更生プログラム)の不足、被害の証拠保存やデジタル痕跡の扱いに関する専門性の不足が指摘されている。専門家は一次予防(教育・啓発)、二次予防(早期発見・介入)、三次予防(加害者対策・再発防止)の全段階での強化を提言している。
今後の展望
今後の対応では、(1)デジタル技術を悪用した手口に対する法整備と技術的対策の継続、(2)被害者支援ネットワークの地域間格差是正と相談窓口の周知徹底、(3)加害者への治療・更生プログラムの拡充と費用負担の検討、(4)企業やプラットフォーム事業者による匿名投稿や位置情報商品の安全設計義務の導入検討、(5)教育現場での若年層への予防教育強化、が重要である。メディア報道や専門機関の分析は、面識なき加害者や技術悪用という新たなリスクに社会全体が対応する必要性を指摘している。
まとめ
ストーカー被害は個人の尊厳と生活の平穏を侵害する重大な人権問題であり、被害の低減には法的措置と並行して支援体制の強化、技術的リスクに対する対策、加害者への治療的対応が不可欠である。被害に遭った場合は一人で抱え込まず、証拠となるメッセージや録音、位置情報のスクリーンショット等を保存し、速やかに警察・自治体・支援団体に相談することが重要である。国・自治体・事業者・市民が連携して予防と被害回復のための仕組みを強化することが今後の喫緊の課題である。
参考資料(主な出典)
・警察庁「令和6年におけるストーカー事案」報告書。
・警視庁「ストーカー事案の概況」ページ。
・警察庁・警視庁のストーカー規制法関連説明ページおよび改正情報。
・政府の総合対策・関係省庁会議資料。
・地方自治体・研究機関・支援団体の報告・報道(事例分析や専門家コメント)。
