コラム:社会保険の現状、課題山積「見直し待ったなし」
日本の社会保険料は、少子高齢化という構造的な人口動態の変化に直面し、現役世代の保険料負担増や給付・財源の見直しを避けられない段階にある。
.jpg)
現状(2025年11月時点)
日本の人口構造は少子化と高齢化が進行し、65歳以上の人口比率(高齢化率)は引き続き高水準にある。内閣府・総務省の推計などを総合すると、2024〜2025年時点で65歳以上は人口の約29%前後を占め、75歳以上人口も増加傾向にある。労働力人口の減少と高齢者の増加は、年金・医療・介護を中心とする社会保障支出の拡大圧力になっている。こうした人口動態の変化は、「社会保険料」の負担構造と制度の持続可能性に直接影響を与える。
社会保険料とは
社会保険料とは、国民の医療、年金、介護、雇用、労災などの社会保障給付を賄うために被保険者(労働者やその世帯)と事業主が支払う保険料を指す。給与や賞与、標準報酬月額などを基礎に算定され、法定の保険制度ごとに料率や負担割合が定められている。社会保険料は社会保険制度の財源であり、税とは区別されるが、実質的に国民の負担である点は同じである。
社会保険の種類と概要(総覧)
代表的な制度は次のとおりである。
健康保険(医療保険)── 医療給付、傷病手当金、出産育児一時金などを含む。企業勤務者は協会けんぽや健康保険組合に加入する。都道府県単位で保険料率が異なることがある。
厚生年金保険── 老齢厚生年金、障害厚生年金、遺族厚生年金を支給する公的年金の一部。被用者が加入し、標準報酬に対し所定の料率が適用される。厚生年金の保険料率は段階的引上げを経て固定されており、合計で18.3%(事業主と被保険者で折半)である。標準報酬月額の上限が設定されている点に留意する必要がある。
介護保険── 65歳以上の第1号被保険者向けサービスと、40〜64歳の疾病に起因する介護を補う第2号被保険者の保険料負担がある。第2号被保険者は給与等に基づく料率で保険料を負担する。高齢化に伴い介護保険の給付負担が増加している。
雇用保険── 失業給付や育児休業給付などを担う。料率は年度ごとに見直される。財政状況に応じて料率が上下するため、2025年度の料率変更などが実施されることがある(後述)。
労災保険(労働者災害補償保険)── 業務上の災害に対する医療・休業・障害・遺族補償を事業主が負担する制度で、保険料は事業主が全額負担する。
以下で主要制度を個別に説明する。
健康保険(医療保険)
健康保険は被用者保険と国民健康保険に大別されるが、ここでは会社員が加入する被用者保険(協会けんぽや健康保険組合等)を中心に説明する。被用者保険の保険料は標準報酬月額に保険料率をかけて算出し、事業主と従業員で折半するのが原則である。保険料率は都道府県や保険者(協会けんぽ支部、組合)ごとに異なり、医療費構造や年齢構成を反映して毎年見直される。医療給付の自己負担割合(原則1〜3割)と保険料負担を合わせた実質負担が家計に影響する。近年は高齢者医療費の増加が地方支部の保険料率に反映されるため、地域差が拡大する懸念がある。
厚生年金保険(被用者年金)
厚生年金は被用者が加入する年金制度で、標準報酬(給与+賞与)に厚生年金保険料率を乗じて保険料が算出される。保険料率は合計18.3%で、事業主と従業員がほぼ折半して負担する(各9.15%)。厚生年金は受給時の年金額を確保するための重要な柱であるが、少子高齢化により現役世代の保険料負担で給付を支える構造は長期的に持続可能性の課題を抱える。標準報酬月額の上限(現行65万円)や等級制度の存在があり、高所得者の保険料負担や給付との関係が一定の歪みを生む点に留意する必要がある。
介護保険(40〜64歳、第2号被保険者など)
介護保険の保険料は第1号(65歳以上)向けのサービス費用を広く支える一方で、40〜64歳の第2号被保険者は特定の疾病に起因する介護が生じた場合に限り給付対象となるが、その保険料は給与に応じて課される。保険料率は年度・保険者により変動し、近年は被保険者あたりの給付増加を受けて料率上昇圧力がかかっている。介護現場の人手不足や単価上昇も給付費の増加要因であり、将来の保険料引上げや給付抑制、税的財源の投入といった選択を政府が迫られる状況にある。
雇用保険(失業給付等)
雇用保険は失業給付を中心に、育児・介護休業給付などを含む。保険料率は失業等給付と二事業(雇用保険二事業、雇用保険三事業等)部分に分かれ、事業主と労働者で負担する構造である。経済状況と財政の健全性に応じて料率は変更されるため、2025年度には失業等給付関連の料率が見直され、一般事業で料率が引き下げられるなどの変更が行われている。このような見直しは、景気・雇用情勢の改善や財政状況の改善を反映する。
労災保険(労働者災害補償保険)
労災保険は業務上・通勤途上の災害に対して給付する制度であり、原則として事業主が全額負担する。業種や危険度に応じて事業主の負担する保険料率が異なる点が特徴である。企業側の安全配慮義務や労働災害対策と一体に考えるべき制度であり、保険料は事業主のリスク負担を価格化する役割を果たしている。
保険料の負担と計算方法(制度横断的な説明)
社会保険料は原則として「標準報酬月額」や「標準賞与額」を基礎に計算される。標準報酬は給与水準を一定等級に整理したものであり、年に一度の定時決定や随時改定によって見直される。各制度の料率を当該標準報酬に乗じることで月次の保険料額が算出され、事業主は給与から被保険者負担分を天引きして事業主負担分と合わせて納付する。労使折半は健康保険・厚生年金が代表的で、雇用保険は労使双方で一定割合を負担するが、労災保険は事業主が全額負担する。雇用形態や短時間労働者の扱い、一定の非正規労働者に対する適用除外など、被保険者範囲の問題があり、これが負担の公平性と給付の適切性に影響する。
健康保険(負担・計算の具体例)
協会けんぽの場合、都道府県ごとの保険料率表が公表されており、標準報酬月額の等級ごとに保険料額が決まる。被保険者の給与から労働者負担分が天引きされ、事業主が同額を負担する。医療費の増加や高齢化を背景に、保険料率が見直されるため、同じ給与水準でも地域差が生じる。
厚生年金保険(負担・計算の具体例)
厚生年金は標準報酬月額等級に応じて月次保険料が決定され、賞与にも標準賞与額に基づいて保険料が課される(賞与の標準賞与額にも上限がある)。保険料率は合計18.3%で折半負担のため、被保険者負担分は標準報酬に対して約9.15%になる。年金給付は加入期間や報酬実績を基に計算されるので、保険料を多く払った者は将来受け取る年金も相対的に増える仕組みだが、上限の存在や給付要件の細部が給付と負担の関係に影響する。
介護保険(負担・計算の具体例)
第2号被保険者(40〜64歳)は給与や賞与に介護保険料率をかけて保険料を納める。例えば、協会けんぽの料率例を用いると、年度ごとに公表される料率に基づき標準報酬を乗じて計算される。介護保険は市町村単位の給付設計も関与するため、地域差や世代間負担の在り方が問題となる。
労使折半、事業主負担等の原則
前述の通り、健康保険・厚生年金は原則労使折半、雇用保険は労使双方で負担、労災保険は事業主が全額負担という構成になっている。労使折半の趣旨は被保険者の経済的負担の軽減と事業主の社会的責任の共有にあるが、現実には賃金交渉や雇用慣行、非正規雇用の増加が実効的負担の在り方を複雑化させる。
主な問題点と課題
ここでは現在直面している主要な課題を列挙・解説する。
1)少子高齢化による現役世代の負担増大
高齢者比率の上昇により年金・医療・介護へ支出が拡大し、給付の大半を現役世代の保険料と税で賄う構図が強まる。将来的に現役人口が減少する中で、1人当たりの負担が増加することが不可避であり、制度の持続可能性が懸念材料となる。OECDなど国際機関も人口構造の変化が社会保障財政に与える圧力を指摘している。
2)高齢者中心の給付と現役世代の負担の不均衡
年金や医療、介護の給付は高齢者中心である一方、保険料負担は現役世代が担う割合が高い。これが世代間の不公平感を生み、若年層の制度に対する納得感を損なう要因となっている。給付側の高齢者と負担側の現役世代との間に利益の非対称があることが問題視される。
3)財政の持続可能性への懸念
高齢化に伴う社会保障費の増加は国債依存や増税を招く恐れがある。政府の財政健全化方針と社会保障の維持の両立という難題が存在し、どの程度税や保険料で賄うか、給付の見直しをどの範囲で行うかが政治的にも技術的にも難しい判断になっている。国際機関も日本の財政的脆弱性を指摘している。
4)負担の世代間・所得間の不公平感
保険料は所得に比例する形で徴収されるが、標準報酬の上限や給付設計のために高所得者が相対的に“得”をする面や、低所得者層で保険料の負担感が重くなる逆進性が問題となる。年金や医療の給付水準と保険料負担が必ずしも直接連動していないため、「払い損」の懸念や納得感の低下を招く。
5)制度の複雑さと国民の納得感の欠如
健康保険(被用者保険・国民健康保険)、年金(国民年金・厚生年金)、介護保険、雇用保険、労災と制度が分散しており、被保険者が自身の負担と将来給付を正確に把握するのが難しい。情報が不十分だと「隠れた増税」や給付と負担の関係が曖昧だとの批判につながる。
6)労働市場の二極化と適用拡大の課題
非正規雇用や短時間労働の増加により、社会保険の適用や被保険者範囲の問題が生じている。適用拡大は負担の増加を招く一方で、働く者のセーフティネット確保という観点からは不可欠である。企業側のコストと社会的保護のバランスをどう取るかが課題である。
専門家・メディアが指摘する具体的データ(抜粋)
・厚生年金の保険料率は合計18.3%で、事業主と被保険者で折半されているという制度上の基礎データ。標準報酬の等級や上限のルールがある。
・協会けんぽ等の健康保険料率は都道府県別に決まり、毎年度改定されるため地域差が存在する。
・雇用保険料率は景気や財政の状況に応じて見直され、2025年度には失業等給付の料率が見直されるなどの動きがあった。
・人口・高齢化に関する政府・統計機関とOECDの分析は、現役人口の減少と高齢化による長期的な財政圧力を示している。
「どうなる社会保険」── 今後の展望と選択肢
社会保険制度が直面する選択肢は大きく分けて「負担の引上げ」「給付の抑制・見直し」「税財源の投入拡大」「制度設計の効率化(適用拡大・予防・働き方改革)」の4領域である。具体的な可能性を列挙する。
保険料率の段階的引上げや負担幅の見直し(世代間で公平な配分を伴う形での再設計)
給付水準の見直し(支給開始年齢の上昇、給付計算の見直し、支給要件の厳格化など)
一部給付の税財源化(負担の広がりと安定性を確保する目的で税を活用)
働き方改革や高齢者雇用の促進により現役世代の人数・労働供給を増やし、保険料負担率の上昇を緩和する政策の推進
医療・介護の効率化、予防投資の強化、デジタル化・ロボティクス導入で給付単価を抑制する取り組み
非正規労働者の保険適用の拡大と同時に負担調整の方策を講じて、セーフティネットを充実させる
これらの選択肢はいずれも政治的コストと分配上の影響を伴う。専門家は複数の方策を組み合わせ、段階的かつ透明性のある制度変更を行うことを提言している一方、メディアでも増税や給付カットの「見える化」が議論されている。
政策提言(論点整理)
長期的視点に立った財政・制度設計:人口推計に基づいた中長期の給付・負担計画を明示することが重要だ。透明性がないと国民の納得は得られない。
世代間の負担配分の明確化:若年層の納得を得るため、世代間公平性の指標と調整メカニズムを制度内に組み込む必要がある。
働き方と雇用の構造改革:高齢者・女性・外国人材の活用や短時間労働者の待遇改善を図り、保険料ベースの拡大を目指す。
予防・効率化投資:医療・介護の需給面で費用上昇を抑えるため、健康寿命延伸やICT・ロボットの導入を強化する。
税と保険料の組合せ最適化:財源安定化のため、どの給付を税で支えるか、どの負担を保険料で賄うかの整理を行う。
まとめ
日本の社会保険料は、少子高齢化という構造的な人口動態の変化に直面し、現役世代の保険料負担増や給付・財源の見直しを避けられない段階にある。厚生年金の固定保険料率や地域差のある健康保険料、雇用保険の年度ごとの見直しなどが実務面で重要な要素となる。制度の持続可能性を確保するためには、単一の手段ではなく、負担の配分見直し、給付設計の再考、税財源の活用、労働市場改革、医療介護の効率化を組み合わせる必要がある。政策決定には透明性と世代間公平性を示すことが不可欠であり、国民的な合意形成が求められる。
