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コラム:中台戦争が起きた場合に想定しうる主なシナリオ

現時点で最も現実味が高いのは「グレーゾーン圧力拡大型」と「封鎖型/ハイブリッド紛争型」の組み合わせである。
中国と台湾の国旗(Getty Images)

中台戦争(中国と台湾の武力紛争)が起きた場合に想定しうる主なシナリオを多角的に整理する。時間的な段階、軍事・非軍事の手段、当事者の戦略・目的、国際関係の影響、成功・失敗の要因などを含めて考察する。


前提条件と留意点
  • 中国(中華人民共和国)の目的・動機:台湾併合(統一)を国家戦略の一部として位置づけているが、「いつ」「どのように」に関しては様々な制約がある。軍事能力、国内政治の引き締め、国際的コスト、米国その他との関係性など。

  • 台湾(中華民国)の立場:現在は「現状維持」を望む声が強いが、独立志向の動きも無視できない。また、自衛のための軍備・同盟関係強化、国際世論・支援をどう確保するかが鍵。

  • 米国・日本・その他地域諸国・国際機関の関与が、紛争の形態を大きく変える。特に米国の政策(戦略的あいまいさ戦略 (“strategic ambiguity”)/明確な対応の誓約など)、日本の対応、豪・東南アジア諸国の立ち位置など。

  • 軍事技術の進展:ミサイル技術、無人機・ドローン、サイバー戦、電子戦、宇宙領域、情報戦などの活用度が高まっており、伝統的な軍事戦略だけでない複合戦が想定される。

  • 時間のウィンドウ:「能力」が十分に整う時期や、「好機」が訪れるタイミング(国内政治、国際情勢の変化、米国の選挙や政策転換など)が非常に重要。


特定シナリオの時間軸例
  1. 準備段階
     中国は軍事演習・海空軍力の増強・ミサイル配備・艦隊の近海配備など「能力」の積み上げを行う。同時に、台湾側も防衛強化・ミサイル防衛・非対称兵器の導入・同盟国との情報共有を深める。外交・情報・ハイブリッド戦の準備(偽情報、サイバー戦、プロパガンダ)が進む。

  2. 警告・緊張の高まり
     台湾や国際社会で中国の圧力が明確になる。空域侵犯・海域侵犯・軍艦・軍用機の活動頻発。台湾による国際舞台へのアピール・軍事ドクトリン強化。米国・日本等による抑止声明や兵力の展開。

  3. 圧力の段階的強化
     封鎖の試み、海上交通の阻害、重要インフラへのサイバー攻撃、通信遮断など。これに対して台湾は緊急対策、自国民の準備、米国・同盟国との連携強化。国際的非難・制裁の警告。

  4. 臨界点・トリガー事象
     台湾側の政治的独立宣言、他国との軍事条約や協力の強化、あるいは中国国内での指導部の焦り、あるいは何らかの偶発事件(台湾海峡での軍用機衝突、意図せぬ事故など)が戦闘の引き金となる。

  5. 軍事衝突フェーズ
     限定的攻撃 → 海上封鎖 → 上陸・航空攻撃の段階的拡大。台湾側の防衛・抵抗。米国・同盟国の介入(外交・経済・軍事支援または直接介入)検討・実行。戦域拡大の可能性。

  6. 結末または膠着
     中国が台湾全島を占領できるか否か。あるいは台湾が抵抗を続け、国際支援で戦線を維持。戦闘が膠着状態になる可能性も。戦後、国際的制裁・復興・住民の処遇などが大きな課題となる。


成功・失敗の鍵となる要素

シナリオがどのような方向に進むかを決める主なファクターを以下に挙げる。

  • 中国の軍事能力の整備状況
     空軍・海軍・陸軍・水陸両用部隊・ミサイル戦力・補給・輸送力・偵察・電子戦等の能力。特に台湾海峡を渡る上陸部隊の輸送・殲滅防止能力、そして空母・潜水艦など海軍力の質と量。

  • 台湾側の防衛力と非対称戦術の効果
     ミサイル防衛、地下施設、無人機/ドローン、水中阻止/地雷、電子戦・サイバー防御など。台湾が「高コストで中国にダメージを与えうる」戦術を持っていれば、抑止力が増す。

  • 国際支援および関与
     米国の対応(戦略的あいまいさをどれだけ具体化するか、軍事介入の意志・能力)、日本の立場、オーストラリア・韓国・東南アジア諸国・欧州の対応。兵器・情報・外交・経済制裁など。

  • 時間と速さ
     奇襲性・先制攻撃の要素、作戦の開始から主要目標達成までの時間。速攻で主要防衛設備を叩けるかどうか。台湾側・同盟側の反応時間をいかに短縮できるか。

  • 補給線・海上輸送路の制御
     中国が上陸・占領を行うには、補給・物資・燃料・弾薬などを継続的に運ぶ必要。台湾・米国・同盟国がこれを妨げる能力があるか。

  • 情報戦・偵察・電子妨害
     台湾海峡の海上・空中の状況をどれだけ把握できるか、サイバー攻撃で通信を妨げられるか、偽情報による混乱を狙われるかなど。

  • 外交的コスト・国際世論
     経済制裁、国家の評判、投資・貿易への影響、国際金融システムへのアクセスの制限等。中国がこうしたコストをどこまで負えるか。

  • 国内政治・指導部の安定性
     中国国内でのナショナリズム・共産党の求心力・内部の反対勢力・経済成長の鈍化・社会不満などが、戦争の実行を左右する。


各シナリオの具体的な可能性と見通し

シナリオごとに「どの程度現実性があるか」「どの時期に起きやすいか」「各国に与える影響」などを見てみる。


シナリオ 1:グレーゾーン圧力拡大型
  • 現実性:最も高いシナリオ。既にこの段階に近い行動(空軍機の台湾防空識別圏逸脱、海軍演習、軍事パトロール、ミサイル試射など)が見受けられている。

  • 時期:現在~次の5年程度。中国が力を試しつつ、台湾や米国・同盟国がどこまで許すかを探る期間。

  • 影響:台湾国内の緊張・不安定化。投資・観光などの経済影響。国際社会の対応強化。台湾側の防衛予算・同盟関係の見直し。


シナリオ 2:ブロック/封鎖型
  • 現実性:中~高。完全な侵攻よりもコストが低く、リスクも比較的制御しやすいため、中国がまず試す戦略として有りうる。

  • 時期:グレーゾーン圧力が効力をもたない/台湾支持が強まる/米国が対応に慎重な期間など。6~10年以内にも可能。

  • 影響:台湾経済の混乱、国際海上交通への波及。日本・他国へのエネルギー・物資輸送への影響。米国・日本が海軍力を近海に展開して封鎖を破ろうとする可能性。


シナリオ 3:限定的軍事侵入/島嶼占拠型
  • 現実性:中程度。離島や小規模な地域でなら中国にとって比較的ハードルが低い。だが台湾の防衛力・地理的条件・国際的反応によってはリスクが非常に高い。

  • 時期:台湾の防衛体制がやや弱い時期、あるいは米国が内政的・外交的に対応困難な時期。あるいは偶発的事件を口実に。

  • 影響:台湾側の軍民の被害、国際世論の喚起。中国にとっては「勝利」と見なしやすいが、持続的支配/補給維持が課題。米国・日本の対応次第で衝突拡大の可能性。


シナリオ 4:全面的な着上陸侵攻型/全面戦争型
  • 現実性:低から中。中国が見込む軍事・外交・経済コストが非常に大きいため、最後の手段。だが、習近平体制が求心力を保ちたい・民族主義的圧力が強まる・米国の対応が弱まるなどの条件が重なれば可能性は否定できない。

  • 時期:20年代後半~30年代、あるいは中国が海軍・空軍・輸送力をさらに充実させた後。米国の焦点が他地域に向いている・国内経済がある程度安定している時期が好機。

  • 影響:兆円規模の経済被害、膨大な人的被害、国際的非難と制裁。世界のサプライチェーンの混乱。日本・韓国・フィリピンなどインド太平洋地域の安全保障体制に重大な影響。核抑止力の問題も浮上。


シナリオ 5:ハイブリッド紛争型
  • 現実性:中~高。全面戦争を回避しつつも、紛争化を進めたい側には魅力的。コストを抑えながらも圧力をかける手段。既に部分的に見られる動き。

  • 時期:比較的近い将来(数年以内)にも発生しやすい。特に米国が政策の不確実さを見せたり、台湾側の独立派の発言が明確になる局面など。

  • 影響:国際法・規範の揺らぎ、灰色地帯での摩擦が常態化。民間インフラへのサイバー及び情報攻撃。台湾市民の不安と国外移住など。抑止のための外交・国防政策の見直し強化。


抑止と回避の要因

戦争が発生するかどうか、また発生したとしてどのような形になるかは、抑止要因と回避のための条件がどう整うかに大きく依存する。以下、抑止/回避のために重要な因子を列挙する。

  1. 明確な対中戦略と責任の所在
    米国が台湾防衛についてどこまで踏み込むかのコミットメントを明示または強めること。戦略的あいまいさ (“strategic ambiguity”) をどこまで維持するか、それともある程度明確化するか。その信頼性。

  2. 台湾の防衛力強化と非対称戦力の整備
    地形・離島などの防衛、ミサイル/防空システム、無人機(ドローン)・監視・早期警戒・情報収集網の強化。民間インフラの耐性強化。サイバー・電子戦能力。

  3. 同盟関係・国際支援の確保
    日米同盟を中心に、オーストラリア、韓国、東南アジア諸国、EU諸国、インドなどとの軍事協力・外交協調。経済制裁の協調、軍事支援体制、後方補給基地の提供など。

  4. 外交的・経済的コストの強化
    戦争や侵攻が起きた際の国際制裁・経済的ペナルティを明確にする。中国にとって「侵攻=許容できないコスト」の構造を強めること。

  5. 早期警戒・情報の透明性
    衛星・無人偵察機・海空監視網の強化。台湾海峡近辺での中国軍の動きを早期に把握し、国際社会も共有できる体制を整える。

  6. 国内政治の安定
    中国・台湾双方で指導者の正統性・国民の支持・社会の安定が抑止的要因となる。特に中国側で経済や社会に不満が高まっていると、冒険主義が出る恐れもある。

  7. 国際法・規範の活用
    台湾海峡での海上交通の自由、国連海洋法条約など、国際的なルールを利用して中国の封鎖・侵攻を国際社会が合法的に非難できる枠組みを強化する。


リスク・不確実性と軽視されがちな点

どのシナリオでも見落とされがちだが、実際には決定的な影響を持ちうる要素がいくつかある。

  • 誤算・誤認・偶発事故:緊張状態での軍用機の接近、誤爆、通信ミスなどが戦争の引き金になる可能性がある。

  • ロジスティックス/補給の困難さ:上陸作戦などでは補給線確保が非常に困難。陸軍・海軍の輸送力や補給能力が想定通りに機能しないリスク。

  • 戦争の長期化:どちらかが迅速に勝利できない場合、消耗戦・人的・物的コストが膨大になる。国内の世論・経済的負荷が高まる。

  • 国際社会の反応の予測困難性:どの国がどの程度関与するか、世論の動き、経済制裁の効果、避難民問題、国連の立場など不透明な要素が多い。

  • 技術または新戦術の予想外の活用:ドローン・ミサイル防衛システム・サイバー戦・AI・無人兵器などが予想以上のインパクトを持つかもしれない。逆にこれらを中国側が制圧または妨害できるかも不明。


流動的な要因:変化しうる外的条件

戦争の可能性が高まる/低まる要因として、以下のような外部条件が挙げられる。

  • 米国の国内政治動向(選挙、予算、戦略の優先順位)

  • 他地域での国際危機(中東・ウクライナ等)の継続・波及

  • 中国の経済状況(成長率低下、輸出減、供給網の制約等)

  • 台湾国内の政治構造(与党・野党の動き、独立志向/現状維持志向の強弱)

  • 技術・軍事装備の革新(無人機・長射程ミサイル・防空システム等)

  • 日本など近隣国の防衛政策・同盟の強化・外交姿勢の変化


結び:もっとも可能性が高いシナリオと警戒すべき展開

以上を総合すると、現時点で最も現実味が高いのは「グレーゾーン圧力拡大型」と「封鎖型/ハイブリッド紛争型」の組み合わせである。これらはコスト・リスクが比較的コントロールしやすく、中国にとって利益を見込める戦略だからである。

ただし、将来の情勢次第では限定的軍事侵入や全面戦争型へエスカレートする可能性も無視できない。特に以下のような展開に対しては警戒が必要である:

  • 台湾の国際的な承認に近い動き、あるいは他国との軍事協力を強める動きが顕著になること

  • 中国内部でナショナリズムが一段と強まり、指導部が外交・経済での成功が乏しい中で「統一」を掲げて支持を得ようとする動き

  • 米国・日本などの対応が後手に回る、あるいは戦略的あいまいさが混乱を生む状況

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