コラム:介護職員不足、崩壊を防ぐために必要なこと
日本の介護人材問題は人口構造という大きな外部要因に起因するため、単一の施策で解決することは難しい。
.jpg)
現状(2025年12月時点)
日本は世界に類を見ない速さで高齢化が進み、介護サービス需要が増大している。厚生労働省が第9期介護保険事業計画に基づきまとめた推計では、介護職員の必要数は2026年度に約240万人、2040年度に約272万人と見込まれている(2022年度の約215万人と比較して大幅な増加である)。この結果、直近の数年間で数十万単位の追加確保が必要になると見積もられている。加えて、介護関連職種の有効求人倍率は全産業平均を大きく上回る高水準で推移しており、求人の多さと就業者の確保難が同時に進行している。
介護士とは
介護士(介護職員)は高齢者や障害者など、日常生活に支援を要する人々に対して食事・排泄・入浴などの身体介護、生活援助、レクリエーション支援、生活相談やケアプランに基づくサービス提供、医療機関や家族との連携などを行う専門職である。国家資格として介護福祉士があるほか、無資格でも就業できる介護職(無資格者や初任者研修修了者など)も多く存在する。介護職は身体的ケアだけでなく利用者の尊厳を守る倫理的判断やコミュニケーション能力、チームでの業務調整力が強く求められる。
深刻な現状と将来予測
現状では地域・施設種別によって差はあるものの、多くの事業所で慢性的な人手不足が生じている。厚生労働省と都道府県の推計を合わせると、短期的にも中長期的にも介護人材の需給ギャップは拡大する見込みであり、2040年にかけて必要人数は増え続けるとされる。需給ギャップの背景には人口構造の変化(高齢者増、若年人口減)、介護サービス量の増加、介護労働の定着率の低さなど複合的要因がある。
慢性的な人手不足
介護業界では「求人はあるが人が来ない」状態が続いている。地方や小規模事業所では採用の目途が立たず、サービスの縮小や利用者待機、受け入れ停止に至るケースもある。介護人材需給推計のワークシートや都道府県別の分析でも、需要の増加に供給が追いつかないことが示され、各自治体で中長期的な対策検討が行われている。
有効求人倍率の高さ
介護関連職種の有効求人倍率は全体を上回る高止まりが続く。例えば、2025年時点の月次データでは介護関連の有効求人倍率は3倍台近辺と報告され、一般職種と比較して招聘ニーズが非常に強いことを示している。有効求人倍率が高いことは事業者の採用苦戦を裏付ける指標であり、即戦力確保の困難性を示している。
将来の不足数(推計)
公的推計では、2026年度に約240万人、2040年度には約272万人の介護職員が必要と見込まれているが、これはサービス見込み量に基づく必要数であり、実際の不足数は地域の供給状況や施策の効果によって変動する。これらの推計から差し引いて考えると、短期的に十万〜数十万単位の不足が見込まれるとの見方が一般的であり、各種報道や民間分析でも2020年代中盤に数十万人規模の不足が生じる可能性が指摘されている。
離職率
介護職は離職率が高い業種の一つであり、事業所調査や労働者調査では年度によって差はあるものの、離職率は他産業と比べて高い傾向が確認されている。離職率の高さは経験・技能の蓄積を阻み、人材の定着を難しくするため長期的な供給力低下に繋がる。直近の実態調査では年間の離職率が一桁台から十パーセント台と報告されることが多く、離職防止は喫緊の課題である。
主な原因
介護職の人手不足・離職の主因は多岐にわたる。主要因を整理すると次の通りである。
賃金の低さと待遇の不均衡
介護職は賃金水準が全産業平均を下回る長年の構造があり、若年層や転職候補者にとって魅力が低い。処遇改善加算や各種手当の導入で一定の改善は進んでいるが、生活の安定性やキャリアの見通しという点で十分だとは言えない。身体的・精神的負担の大きさ
夜勤や早朝の対応、移乗・入浴介助などの身体負荷、利用者の認知症に伴う行動への対応、介護ネガティブなイメージ、心理的ストレスなどが高く評価される。これが長期継続の障壁になる。採用難とマッチング不良
求人は出しても応募が限定的であり、非正規比率の高さやシフト対応可能性の問題で採用に至らないケースが多い。加えて新卒や未経験者の定着支援が不十分な場合、早期退職が増える。職場の人間関係・管理課題
人間関係やハラスメント、管理職の育成不足など職場環境が悪い場合、離職率が上がりやすい。職員一人ひとりの負荷偏在が生じると燃え尽きにつながる。
賃金の低さ
賃金構造基本統計調査や介護労働関連の分析では、介護職の賞与込みの給与が全産業平均を下回る長期傾向が示されている。政府は処遇改善や一時金支給、介護職員への加算制度で賃金底上げを進めているが、管理職や経験者と若手の間で賃金格差や昇給の見通しが不十分との指摘がある。実際、近年の報酬改定で平均賃金は上昇しているが、物価や生活費を踏まえた実質的な魅力回復にはさらなる改善が必要である。
身体的・精神的負担の大きさ
介護業務は利用者の身体的ケアで腰や膝への負担が大きく、夜勤や交代勤務、精神的な緊張を強いられる場面も多い。加えてコロナ禍以降の感染対策負担、認知症利用者への対応負担、家族対応や多職種連携に係るコミュニケーション負荷などが積み重なっている。これらは労働時間だけでなく「回復時間」「心の余裕」を奪い、慢性的ストレスを引き起こす要因となっている。
採用難
求人件数は多いため採用広告は出されるが、応募の質・量が十分でないため採用に至らない事業所が多い。特に地方は人口減少の影響で応募母体が小さい。また募集条件(夜勤あり、週末勤務、低賃金)が原因で応募者が限られ、採用してもミスマッチによる早期離職が発生しやすい。人材確保には採用プロセスの工夫や働き方の柔軟化が求められている。
職場の人間関係
介護の現場はチームワークが重要であるが、小規模施設や人手不足の職場では十分なコミュニケーションや教育時間が確保できないことがある。指導層の育成不足や連続した業務負荷があると職場の雰囲気が悪化し、離職を誘発する。職場内の相談体制、メンタルヘルス対策、ハラスメント対策が不可欠である。
対策と取り組み(全体像)
政府・自治体・事業所レベルで多面的な取組が進められている。主要な柱は「処遇改善」「多様な人材の確保・育成」「離職防止・定着促進」「生産性向上(ICT等導入)」「外国人材の受入れ促進」である。これらを同時並行で進め、地域特性に応じた施策を設計することが重要となる。
処遇改善
国は賃金引上げや処遇改善加算の充実、夜勤手当や特殊業務手当の整備を進めている。報酬改定や一時金支給などにより平均給与は上昇傾向にあるが、地域間・事業所間の差が残る。処遇改善は単なる賃金引き上げだけでなく、キャリアパス整備、研修支援、資格取得支援などを含めた包括的施策であるべきだ。
多様な人材の確保・育成
人材確保の観点からは、女性の就業促進、若年層の採用・育成、シニアの再雇用、障がい者の活用、在宅勤務や短時間就労など柔軟な働き方の導入が重要である。さらに介護分野における専門性を明確化し、段階的な研修・教育制度を整備することで、中長期的に魅力的な職業にする必要がある。各都道府県は地域の実情に合わせた需給推計を行い、重点的な確保策を設計している。
ICT・ロボット技術の導入
業務の効率化・負担軽減のためにICT(記録の電子化、ケアプラン共有、見守りセンサー等)や介護ロボット(移乗支援ロボット、自動入浴支援機器、排泄支援機)の導入が進んでいる。これにより人手不足の緩和や身体的負担の軽減、業務の標準化が期待される。ただし導入コスト、運用教育、現場の受容性が課題であり、中小事業所への支援が重要である。
職場環境の改善
シフトの適正化、休暇取得の促進、夜勤回数の見直し、業務の見直しによる残業削減、メンタルヘルス支援、管理職教育などの施策が求められる。職場環境が改善されれば離職率は低下し、採用もしやすくなる。利用者の質を落とさずに職員の負担を下げる働き方改革が鍵となる。
外国人材の活用
外国人材の受入れは重要な補完策である。特定技能や技能実習などの在留制度を通じて外国人介護職員の受入れが進んでいるが、言語・文化の壁や資格制度との調整、定着支援、家族帯同・住居支援などの課題がある。都道府県別に受入れ状況は偏在しており、大都市圏に集中する傾向がある。国は受入環境整備や日本語・介護教育の支援を進めている。
今後の展望(総合的見通し)
短中期的には人口構造の変化により介護需要は増え続けるため、人手不足は継続する可能性が高い。だが、処遇改善やICT・ロボット導入、外国人材受入れ、働き方改革などの政策が効果を上げれば需給ギャップは小さくなる可能性もある。重要なのは単発の対策に終わらせず、「賃金・処遇」「職場環境」「教育・キャリア」「テクノロジー」「国際人材」の5本柱を地域ごとに最適化して一体的に進めることである。公的推計は政策効果を前提に更新されるため、今後数年で見通しが変化する余地は残る。
政策評価と課題
既に政府は処遇改善や受入れ支援、ICT補助金などを進めているが、現場負担の軽減や中小事業者支援、長期的なキャリア形成が不十分との指摘がある。特に地方圏では人口減少に伴う採用母体の縮小という構造的問題があり、テレワークでは代替できない現場業務の性質上、地域に応じたきめ細かな施策が必要だ。政策評価では「短期的に有効な金銭的インセンティブ」と「中長期的に効果を発揮する制度改革・文化変革」の両輪が重要とされている。
事業者側の取り組み(具体例)
現場では次のような取り組みが行われている。
・短時間勤務や夜勤の回数調整、有給取得促進など柔軟な働き方の導入。
・新人教育の仕組み化(プリセプター制度、eラーニング)。
・介護ロボットや見守りセンサーの試験導入と運用手順の整備。
・地域の大学や福祉専門学校との連携による採用パイプライン形成。
・外国人職員の受入体制整備(日本語教育、生活支援)。
これらの施策は単独では効果限定的だが、組み合わせることで定着率向上につながる。
市場・社会への影響
介護人材不足は利用者サービスの質低下や待機、介護事業所の事業縮小につながり、結果として地域包括ケアの脆弱化を招く。家族の介護負担が増えれば労働市場の供給にも影響を及ぼすため、社会全体の生産性にも波及する。高齢者の在宅生活を支えるための介護サービスが不足すると医療側への負担も増加するため、医療・介護の連携強化も重要課題となる。
推奨される中長期的戦略(筆者的提言)
処遇改善の恒常化と成果連動型報酬制度の導入
地域別需給推計に基づくターゲティング施策と中小事業所支援の強化
ICT・ロボットを前提とした業務再設計と人材の再教育投資
外国人材受入れの質保証と地域定着支援(生活支援、日本語・介護教育)
キャリアパスの明確化と専門職としての社会的地位向上(専門職認定制度の整備等)
これらを政府・自治体・事業者・教育機関が役割分担して持続的に実施することが必要である。
まとめ
日本の介護人材問題は人口構造という大きな外部要因に起因するため、単一の施策で解決することは難しい。だが、賃金と待遇の改善、職場環境の改革、技術導入、そして多様な人材の受け入れと育成を並行して行えば、需給ギャップは縮小可能である。地域ごとに異なる課題を踏まえた柔軟で持続可能な対策を早急に深化させることが、安心して高齢期を過ごせる社会の実現につながる。
参考(本文で特に参照した主要公的・専門資料)
厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(2024/07 公表).
厚生労働省「介護人材確保の現状について」資料(2025年版等).
厚生労働省/関係会議配布資料(処遇改善、賃金動向など).
厚生労働省資料「外国人介護人材の受入れの現状と今後の方向性」.
公益財団法人 介護労働安定センター「介護労働実態調査」報告(令和5年度等).
