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コラム:日本における「性トラブル」の現状と課題

日本の「性トラブル」は法制度の改正、SNSの普及、若年層の被害増加、被害の可視化と潜在化といった複合的要因が絡み合う課題である。
セクハラのイメージ(Getty Images)

日本の現状(2025年11月時点)

日本では近年、性犯罪や性暴力に関する認知件数や相談件数の構造変化が観察されている。警察庁が公表する令和5年の犯罪情勢報告や関連資料では、不同意性交等・不同意わいせつなど性暴力に関連する重要犯罪の認知件数が増加していると報告されている。増加の背景には、2023年(令和5年)に施行された刑法改正による規定変更や、被害申告・相談環境の整備促進が影響していると分析されている。

同時に、若年層、特に16〜24歳の世代で何らかの性暴力被害を経験した比率が高いという調査結果が示されている。内閣府などがまとめた若年層の調査では、16〜24歳のうち約4人に1人が何らかの性暴力を経験しているとの推計が報告されている。被害の低年齢化やSNSを介した接触、撮影・画像の流布を伴う事案が増えている点が指摘される。

性感染症(STI)に関しては定点報告・年報に基づく監視が行われており、クラミジアや淋菌、梅毒などの報告数は一定の増減を繰り返している。特に若年層における性感染症の報告は保健・医療分野の重要課題となっている。


「性トラブル」とは

本稿でいう「性トラブル」は、性行為そのものにまつわる同意の有無を巡る刑事事件(性犯罪・性暴力)だけでなく、撮影・拡散、買春、児童ポルノ、セクシュアルハラスメント(職場・学校)、交際相手・配偶者からの性的暴力(DV)、性感染症に起因する健康問題、SNS上のトラブルなど、広義の性的問題を含む。被害者・加害者双方の関係性や社会的文脈、加害手口の巧妙化、被害の可視化・潜在化を同時に扱う概念である。


性トラブルの種類(概説)

概念を整理すると主に以下のようなカテゴリに細分できる。

  1. 性犯罪・性暴力(不同意性交等):暴行・脅迫を伴う性交等や、被害者の明確な不同意のもとで行われる性的行為。2023年の刑法改正で条文の見直しや用語の変更(「強制性交等罪」→「不同意性交等罪」など)が行われた。

  2. 不同意わいせつ:性交以外の性的な侵害行為を含む。暴行や薬物、アルコール等を用いた事案が含まれる。

  3. 撮影罪・画像提供・流布(リベンジポルノ含む):正当な理由のない性的撮影や、性的画像の送信要求・提供・拡散を指す。改正刑法で撮影や提供に関する処罰規定が強化された。

  4. 買春・児童ポルノ関係:児童買春や児童ポルノの製造・所持・提供等。SNSに起因する接触・勧誘や、対面の買春取引も依然発生している。

  5. セクシュアルハラスメント(職場・学校等):職場や教育現場で発生する性的嫌がらせ。近年、企業内調査や処分例が増えているが、被害申告が躊躇されるケースも多い。

  6. 性感染症(STI)問題:感染拡大予防、検査・治療の遅れ、若年層の検査受診率の課題など。公衆衛生上の対応が求められている。

  7. 交際相手や配偶者からの暴力(性的DV):親密な関係内での同意の欠如に基づく強制や監禁、性的虐待。家庭内のため相談に至りにくい傾向がある。

  8. SNS・オンラインを発端とするトラブル:出会い系やSNSを通じた接触から始まる性的搾取、なりすまし、画像の送信要求、集団での誹謗中傷や脅迫など。


性犯罪・性暴力(詳細)

不同意性交等・不同意わいせつ

2023年の刑法改正は、同意に基づく性交の不在をより明確に犯罪要件に取り込んだ点が重要である。これにより、暴行・脅迫だけでなく、同意の有無そのものが評価される流れが強化された。結果として、従来は立件されにくかった事案の認知が増えた側面と、被害の可視化が進んだ側面がある。警察庁の報告は、改正後に不同意性交等・不同意わいせつの認知件数が増加したことを示しているが、これは必ずしも実態の悪化だけを示すものではなく、報告・相談のしやすさの改善と関連するとされる。

撮影罪・提供罪

性的部位の隠し撮りや、同意なく撮影した画像の要求・送信・保管に対する刑事責任が強化された。未成年をターゲットにした「わいせつ目的での面会要求」や画像送信の強要も明確に違法化された。こうした規定は、SNSを通じた接触・交換が増えた現状に対応したものだ。


買春・児童ポルノ

児童買春や児童ポルノ事犯はオンライン接触の増加と共に深刻化している。国や研究機関の分析では、SNS発端の被害件数の増加や、児童ポルノ関連の被害児童数が増加傾向にあることが示されている。加害者側の手口は多様化しており、誘引や金銭的交換、詐欺的な手法が使われる。


セクシュアルハラスメント(職場・学校)

企業や教育機関内のセクハラは、内部告発や被害申告が相対的に少ない領域である。だが近年は企業の人事処分や外部告発がメディアで報じられるケースが増え、コンプライアンス強化の動きがある。一方で、被害者が職場での不利益を恐れて声を上げにくい構造は依然残存する。


性感染症(STI)

性感染症は公衆衛生の問題と個人の健康問題の二面性を持つ。厚生労働省・定点報告ではクラミジア、淋菌、梅毒などの報告数が公表されている。若年層での報告が目立つ疾患もあり、性教育や検査受診の促進が課題である。報告は定点医療機関からのデータに基づいており、年毎の変動がある。


交際相手や配偶者からの暴力(DV)

性的暴力は親密な関係内でも発生する。被害は身体的暴行だけでなく、性的強制、監視、撮影の強要、経済的支配など複合的であるため、ワンストップ支援や医療・カウンセリングの連携が重要である。ワンストップ支援センターはこうした被害者支援の拠点として機能しており、全国共通の窓口が整備されている。


SNSが性トラブルに及ぼす影響

SNS・メッセージアプリの普及に伴い、加害者が若年被害者と接触しやすくなっている。匿名性や即時性、画像送信機能は誘引や強要、画像拡散のリスクを高める。研究や報告は、SNS発端の被害件数が増加していること、SNSが加害手口を多様化させていることを示している。加えて、SNSは被害の拡散や二次被害(拡散による被害の長期化)を生む面がある一方で、告発や支援情報の共有、啓発ツールとして作用する両面性を持つ。


被害の温床となる側面

性トラブルが生まれる背景には、性教育の遅れやジェンダー観の固定化、相談体制の不足、被害を報告しにくい社会的風土がある。学校での包括的な性教育の遅れが被害予防の観点から問題視される。さらに、被害者の名誉や就業上の不利益を懸念して事件が潜在化する構造も、被害の継続や再発の要因となる。


若年層への性被害の増加

内閣府や関係機関の調査は、若年層での性暴力遭遇率が高いこと、身体接触を伴う被害や性交を伴う被害が一定割合で発生していることを示している。特に10代以下や20代前半の被害が目立ち、0〜12歳の被害認知件数が増加しているとの指摘もある。こうした若年被害の背景にはSNSの普及、出会い方の変化、監督不在の時間・空間の存在がある。


加害者の巧妙な手口・多様な犯罪形態

加害者はオンライン・オフラインを組み合わせ、信用を形成してから要求や強要に至る「grooming(グルーミング)」的手口を用いることがある。偽の身分や地位を用いる、金銭やプレゼントで接近する、既存の人間関係を利用するなど、手口は巧妙化している。また、集団での共有や取引、匿名掲示板での誘導といった多様な形態が見られる。


被害の低年齢化と年齢層別の特徴

報告・研究は被害者の低年齢化を示している。児童や未成年が被害に遭う事例では、家庭外での接触(ネットを介した出会い)が目立ち、保護者や学校の監督のあり方が課題となる。被害者の年齢層別では若年層(16〜24歳)が高い遭遇率を示す一方で、高齢者や障害を持つ人々も被害に脆弱である点に注意が必要である。


支援や告発のツールとなる側面

SNSやデジタル技術は被害を拡散させるリスクを持つ一方で、告発や支援のツールとして機能する。#MeToo運動は日本でも被害告発の契機となり、個別案件を通じて公共の議論や法制度改正を喚起した。伊藤 詩織氏らの活動が国内外で注目され、被害者支援や法改正の動きを促進したことが報道されている。


#MeToo運動の広がりと情報拡散・啓発

#MeTooは日本でも一定の広がりを見せ、職場やメディア、学術界などでセクハラ・性暴力の告発と議論を促した。メディア報道やドキュメンタリーは社会的関心を喚起し、被害者支援や制度改善の議論を後押しした。ただし、告発者への反発や名誉毀損のリスク、法的措置の困難さなどの副作用も報告されている。


課題

  1. 被害の潜在化:被害届や相談に繋がらない事例が多く、統計が実態を十分に表していない。被害者が声を上げにくい文化や報復の恐れが背景にある。

  2. 加害者と被害者の関係性:親しい関係・職場・学校などで発生するため、被害が複雑化しやすい。

  3. 性教育の遅れ:包括的性教育やデジタルリテラシー教育の遅れが被害予防の障壁となる。

  4. 相談・支援体制の地域差:ワンストップセンター等の整備は進むが、地域によるサービス差が残る。


対策と支援(現状の取り組み)

  1. 刑法改正:2023年の改正により、不同意を明確に扱う規定や撮影・提供に絡む処罰が強化された。これは法的な抑止と被害者保護の観点で重要な前進である。

  2. ワンストップ支援センター:被害後の医療・カウンセリング・法律支援をワンストップで提供する施設が整備され、全国共通の連絡先も設けられている。

  3. SNS相談・オンライン相談:SNSやウェブを通じた相談窓口が増え、若年層が利用しやすいチャネルが整備されている。オンライン相談は地域差を補う一手段になっている。

  4. 刑事・民事の手続き支援:被害者支援団体や弁護士による法的支援、被害届の手続き支援が拡充されつつある。警察も性暴力被害の取扱い改善に取り組んでいる。


今後の展望

  1. 包括的性教育の推進:学校教育における同意教育、オンラインでの安全な関わり方、デジタルリテラシーを含む包括的な性教育を強化する必要がある。若年層の被害予防には教育が重要な役割を果たす。

  2. 相談窓口とワンストップ支援の充実:地域差を解消するための資源配分や、医療・心理支援の人材確保が重要である。24時間対応やオンラインの併用が求められる。

  3. SNSやプラットフォーム事業者との連携:被害の早期発見と発信抑止のため、プラットフォーム事業者と行政・警察が連携して通報体制・削除対応を迅速化する必要がある。

  4. 被害者の法的支援の拡充:刑事手続きでの被害者支援、民事での救済(損害賠償等)を得やすくする制度設計が求められる。

  5. 公衆衛生対策の強化:STI検査・治療へのアクセス向上、若年層向けの検査啓発、ワクチンによる予防(適用がある場合)の普及促進が必要である。


最後に

日本の「性トラブル」は法制度の改正、SNSの普及、若年層の被害増加、被害の可視化と潜在化といった複合的要因が絡み合う課題である。2023年の刑法改正やワンストップ支援センターの整備、#MeTooの影響など前進もある一方で、被害の低年齢化、相談しにくい社会風土、性教育の遅れ、SNSを介した巧妙な手口など未解決の問題が多い。今後は法的・行政的対応に加え、教育、プラットフォームとの協働、医療・心理的支援体制の強化を通じて、予防と救済の両面で一層の取り組みが必要である。


参考・出典(主要参照資料)

  • 警察庁「令和5年の犯罪情勢」報告(性犯罪関連の認知件数等)。

  • 警察庁「性犯罪の規定が2023年(令和5年)7月13日から変わります」解説資料(不同意性交等、撮影罪等の整理)。

  • 男女共同参画局/内閣府「こども・若者の性被害に関する状況等について」(若年層の被害実態)。

  • 厚生労働省・性感染症関連年報・報告(性感染症の発生動向)。

  • ワンストップ支援センターに関する政府案内(性犯罪・性暴力被害者支援)。

  • 国立国会図書館・研究資料やメディア報道(SNS発端の児童性被害、#MeToo関連報道等)。

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