コラム:日本におけるセックスワーカーの現状
現状は法制度、行政運用、支援体制、社会的意識のすべてにおいてギャップがある状態だ。
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現状(2025年11月時点)
日本の性産業は店舗型(ソープランド、デリヘル、ファッションヘルス、キャバクラ等)と無店舗型(出会い系やSNS経由の個人取引、個室待合所を介するものなど)に大別され、地域差や業態差が大きい。統計的に産業全体の正確な規模を把握することは困難だが、警察・行政の監督対象となる「風俗営業」登録事業と、法律上の直接処罰対象となる「売春」関連の取り締まりは別個に運用されているため、実態と法制度が一致していない部分が多い。直近では、売春防止法における「買う側」規制の在り方について政府内で検討する旨の報道がなされ、制度運用の見直しが議論になっている。
法的枠組みの曖昧さ
日本の現行法制は、性行為そのものを広く刑罰で禁止する体系ではなく、以下のように「行為・主体・業態」を分けて規律している点が特徴的である。売春行為の定義やそれに対する処罰対象、風俗営業規制、在留資格や労働法の適用範囲が交差し、性産業に従事する個人の法的地位は曖昧になりやすい。この曖昧さが、労働権の確立、人身搾取の発見・救済、差別撤廃といった政策的対応を難しくしている。法的枠組みの基礎となる法令や行政解釈は変化しつつあるが、実務は地域・時期・業態で大きく差がある。
売春防止法(概要)
売春防止法は、売春の周辺行為(客待ち、勧誘、場所提供、業としてのあっせんなど)を禁止・処罰することを主眼とする法律である。法条文は施設運営や勧誘等を処罰対象としている一方、伝統的には「売る側」「買う側」それぞれをどのように扱うかについて構造的な問題がある。具体的には、業として他人に売春させる行為や場所提供を行った者に重い罰則が科されるほか、勧誘や客待ち行為に対する処罰規定がある。だが、長年問題視されているのは、個人間の(暗黙の)対価を伴う性交そのものに対する罰則の適用範囲と限界である。
「売春」の定義と罰則
売春は一般的に「対償を受け、もしくは受ける約束をして性交を行うこと」と定義されることが多い(判例・学説や実務上の運用での扱い)。しかし、売春防止法では売春そのものが個々の当事者に対して直ちに罰則が及ぶか否かは限定的であり、むしろ周辺的な事業的行為(他人を売春させる、場所を提供する、あっせんする等)に対する処罰が中心である。結果として、個人の自己決定に基づく一回限りの取引や、SNS/個人アレンジでの取引などはいわゆる「法の盲点(法的空白領域)」に入りやすい。
処罰の対象
現行法の運用では、主に以下の主体・行為が処罰の対象となる。
売春を業としてさせる者(ブローカーや業者)、つまり「場所提供」や「経営」などを行う者。懲役や罰金が科される規定がある。
勧誘や客待ち、未成年の関与、組織的なあっせんなど周辺行為。
ただし、買春(購入者)に対する罰則は従来は明確に整備されていない点があり、これを巡る是非が近年の政治・行政の検討課題になっている。直近の閣内発言や報道では「買う側」の規制の在り方を検討する方針が示された。
「法的空白領域」
現代の情報通信環境では、SNSやマッチングアプリを介した個人間取引が拡大しており、店舗を介在させない「個人営業」や出会い系を通じた取引は、従来の風営法や売春防止法の想定外である場合がある。これが「法的空白領域」と呼ばれる部分で、被害発見(搾取や人身取引の可能性の見落とし)、性病検査や労働条件の保障の対象外化、社会的孤立の増加といったリスクを生じさせる。また、在留資格を持たない外国人や非法的なブローカーに依存する者は、公的支援を受けにくいという問題もある。
最近の動向(法改正検討と政策の変化)
2024年以降、性暴力・搾取・人身取引対策の強化や、性産業に関わる支援制度の整備をめぐる議論が続いている。具体的には、政府や法務当局が「買う側」に対する規制の在り方を検討したり、売春防止法運用の見直しや風営法(風俗営業等の規制・許可に関わる法制度)改正の議論が続いていると報じられている。風営法周辺では2024–2025年にかけて遵守事項の強化や業態分類の見直しが進んでおり、地域警察・自治体レベルでの運用の再検討が行われている。
産業の規模と労働環境
正確な産業規模については統一された公的統計が乏しく、推計に幅がある。風俗営業として登録される事業所の数や、風営法に基づく許認可の統計はある一方で、個人で行う無店舗型サービスやインターネット上の取引は把握が難しい。労働者の労働環境は業態ごとに大きく異なり、勤務時間・報酬決定の仕組み・衛生管理や健康保障の有無・社会保険加入の可否などにばらつきがある。労働者の多くは短期・非正規的な働き方を強いられ、健康管理やメンタルヘルス、妊娠・出産時の支援が脆弱になりやすい。専門家は、労働者保護の面では労働法や社会保障の適用拡大が必要だと指摘している。
労働者としての権利とその課題
セックスワーカーの権利擁護の観点からは、労働基準法・契約自由の観点・セーフティネット(医療、保険、住居保護等)の適用可能性が重要である。しかし、事業形態が「個人事業主」や「フリーランス」とされる場合、労働法上の労働者性の認定が争点となり、労働基準や労災・雇用保険の適用範囲が不明確になる。これにより、労働紛争や搾取が発生しても救済に至らない事例が生じやすい。支援者や弁護士は、実態に基づく法理の解釈や、行政手続きの柔軟化による保護拡大を提言している。
差別とスティグマ
社会的スティグマ(汚名・差別)は、当事者が公的支援や医療、司法サービスにアクセスする際の大きな障壁である。メディアや地域社会によるスティグマが根強い場合、当事者は支援を求めにくくなり、結果として搾取や暴力の温床となる。専門家や支援団体は、スティグマ軽減のための公的広報、当事者参加型の支援政策、匿名で利用可能な相談窓口の整備を重視している。これらの取り組みは、法改正や行政施策と並行して進められる必要がある。
多様な背景(当事者の事情)
セックスワーカーは一様ではなく、経済的理由、家庭事情、学歴や職歴の制約、DVやホームレス経験、LGBTQ+の状況、移民としての生活・在留問題など、多様な背景を持つ。外国人の中には合法的な在留資格で働く者もいるが、在留資格の制限や就労可否の規定により、不安定雇用に追いやられる者も多い。外国人が風俗業で働く際の在留資格に関する制約は厳格で、就労可能な在留資格が限定されるため、在留資格のない者や、資格外活動が制限される留学生等は非正規な働き方に依存しやすい。
主な課題(総括)
法制度と実態の不一致(風営法・売春防止法・労働法の接点が弱い)
無店舗・デジタル化による法の狭間(法的空白領域)
人身取引・搾取と被害の発見困難性
外国人当事者の在留・労働の問題
社会的スティグマと支援アクセスの障壁
統計・調査の不足による政策立案の難しさ
これらは相互に関連しており、複合的なアプローチ(法改正、行政支援、草の根の相談・支援体制、国際協力)が必要である。
人身取引・搾取の状況
国際的な報告や国内の公的記録は、日本でも人身取引(trafficking)が発生していることを示している。性的搾取を伴う人身取引の事犯は、国内外の被害者を含み、摘発や保護の数字は年ごとに変動するが、報告書は継続的な監視と多機関連携の重要性を指摘している。被害者の保護に際しては、匿名性の確保、通訳・在留資格の扱い、医療・心理ケア、法的保護の整備が不可欠である。
外国人労働者の問題
外国人が性産業に関わる場合、在留資格の制約が非常に大きい。就労を認められる在留資格(永住者、日本人配偶者等、定住者など)に限定されるケースが多く、その他の在留資格(留学、家族滞在など)では原則として風俗営業等での就労が禁止される規定がある。結果として、在留資格が不安定な外国人は非正規の就労に追い込まれ、ブローカーや仲介業者に依存しやすく、搾取に遭いやすい。行政は在留管理と人身取引対策を分離して考えがちだが、実務的には両者をつなげた保護策が必要である。
支援の難しさ(実務的障壁)
支援団体や行政窓口が抱える課題は多い。匿名での相談受け付け、言語支援(外国人支援)、医療・精神保健・住居支援の連携、法的支援(弁護士、行政手続)、救済措置(在留資格の保護、収入補償等)の実現が難しい。さらに、警察・検察と支援団体の信頼関係構築、当事者の安全確保、報復リスクへの対応も大きな課題である。被害者でなく「加害行為の当事者(売春行為を行った者)」として取り扱われる恐れがある場合、当事者が支援を避ける傾向もある。
政府・行政による対策
政府は人身取引対策や女性支援の充実を掲げており、被害者保護のための多機関連携や相談窓口整備、外国人被害者への配慮等を進めている。令和6年(西暦2024年)4月1日に施行された「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」は、困難を抱える女性一人一人に寄り添う包括的支援を法的に位置付けるもので、性産業に関わる女性への支援の法的根拠を整備する方向を示している。
売春防止法に基づく対応
売春防止法に基づく取り締まりは依然継続しているが、処罰対象の焦点が「業としてのあっせん等」にあるため、個人間取引やインターネットを媒介とした取引の抑止には限界がある。これを補うために自治体・警察は出入国管理、風営法運用、衛生基準や届出制度などを組み合わせて対応しているが、法制度上の限界から被害者保護と犯罪抑止のバランス確保が難しい事例が多い。
人身取引対策(政府と国際的枠組み)
人身取引対策は警察・法務・入国管理・保健・福祉・外国人支援団体が連携して行う分野であり、国際条約や外交ルートとの協調も必要である。米国大使館などが公表する「人身取引報告書」等は、国内の対応状況の外部評価として機能し、政府はこれを踏まえて対策強化を行っているが、摘発件数と保護者数は年によって変動している。被害者の保護・自立支援に資する予算と人員の確保が継続的な課題である。
「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」の制定と意義
2024年4月施行の本法(いわゆる「女性支援新法」)は、DV、性被害、貧困、ホームレス、性産業従事など複数の困難に直面する女性を包括的に支援することを目的とする。個別施策の縦割りを乗り越えるため、相談窓口の一本化、自治体と関係機関の連携強化、支援計画の策定といった仕組みを整備する点で意義がある。しかし、実効性を確保するには地方自治体の財源・人材の確保、地域特性に応じた運用が不可欠である。
法改正の検討(現在進行形)
報道によると、政府内で売春にかかる規制の在り方、特に「買う側」の扱いについて検討を行う意向が示されている。これは国際的な潮流(買春購入側に罰則を設ける国や、逆に労働者保護に主眼を置く国など多様な対応がある)を踏まえたものであり、立法あるいは運用の変更が将来的に予想される。検討の範囲やスケジュールは公表されていないが、議論は短期的に終わらない可能性が高い。
民間支援団体による取り組み
民間の支援団体は、当事者に寄り添う支援(電話・チャットの相談、緊急避難先の手配、医療・法律相談の仲介、就労支援、住居支援など)を行っている。活動は多様で、当事者の人権擁護・労働権確立を目指す団体、被害者の救済に特化する団体、外国人支援に強いNGOなどが存在する。支援団体は情報発信、被害報告の収集、政策提言、法的支援の斡旋を行い、行政との連携窓口にもなっているが、財政基盤が脆弱であり、継続的な資金・人材確保が課題である。
SWASH (Sex Work And Sexual Health) 等の活動内容(例示)
国際的・国内の活動のなかには、セックスワーカーの健康と権利に焦点を当てる団体がある。例えば「SWASH(Sex Work And Sexual Health)」のような名前で活動する場合、活動は次のようなものを含むことが多い。性労働者向けのHIV/STD予防・検査の支援、セルフケア情報の提供、労働環境改善のための教育、法的権利に関する情報提供、当事者ネットワークの形成、政策提言。日本国内でも同様の領域で活動する団体があり、医療機関や大学、外国人支援団体と協働してプログラムを実施している。
権利擁護とその他の支援団体
法律相談、性暴力被害者支援、外国人支援、健康支援、職業訓練等を行う多様な団体がセックスワーカー支援に関わっている。実務上はワンストップ支援を目指したネットワーク構築が重要で、自治体・県警・保健所・NPO・医療機関の連携事例が増えている。だが、支援の受け皿は地域によって差があり、過疎地や小都市では支援が届きにくい問題が残る。
課題(総括)
法律と実態の乖離により、被害の見えにくさ・救済の困難さが続いている。
デジタル化と無店舗化への法整備が追いついていない。
外国人と国内当事者の複合問題(在留資格・言語・文化的壁)が支援のハードルを高めている。
支援体制の不均衡(都市部に集中、地方に乏しい)と団体資源の脆弱性。
スティグマの根強さにより、当事者が支援へ到達しにくい構造が残る。
今後の展望
短〜中期的には次のような動きが予想される。
売春防止法や関連法の運用見直し、特に買春に対する規制の在り方についての検討が進む可能性が高い(政府内の検討表明に基づく)。これにより立法か運用上の変更が生じる可能性がある。
「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」を起点に、自治体レベルでのワンストップ支援や多機関連携の整備が進むことが期待される。ただし、実効性確保には予算と人材配備が必要である。
デジタル時代に対応したモニタリングと被害発見の手法(オンライン監視とプライバシー保護の両立)、労働法の適用範囲明確化、外国人支援の強化が重要課題となる。
長期的には、セックスワークの現実を踏まえた「当事者の権利保護」と「強制・搾取の排除」を両立させる政策設計が必要であり、法改正・行政制度改廃・支援体制拡充・社会的スティグマ軽減の同時並行的な取り組みが不可欠である。国際的な基準・事例も参照しつつ、当事者の声を反映した政策立案が求められる。
参考・出典
売春防止法(法令テキスト)。
「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(法令)および厚労省の解説。
在日米国大使館「2024年人身取引報告書(日本に関する部分)」。
報道:売春防止法における「買う側」規制の在り方についての検討表明(テレビ朝日、FNN等の報道)。
警視庁・風俗営業に関する解説(業種分類等)。
在留資格と風俗業就労に関する解説(民間解説)。
最後に
現状は法制度、行政運用、支援体制、社会的意識のすべてにおいてギャップがある状態だ。被害防止と権利保護は対立するものではなく、むしろ両者を同時に進めることが最も効果的だ。具体的には(1)無店舗化・デジタル化を踏まえた法・監督の見直し、(2)労働法・社会保障の適用明確化、(3)外国人被害者への包括的な保護、(4)スティグマ対策と匿名相談窓口の普及、(5)支援団体の安定的資金確保の五点を重点政策として検討すべきである。政策を作る際は当事者の声を直接取り入れることが必要であり、それが実効ある解決への近道となる。
