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コラム:アメリカ建国250年、同時多発テロ(9.11)

9.11は単なる攻撃事件ではなく、21世紀の国際安全保障の基盤を再構築した歴史的転換点である。
米国の歴史、9.11同時多発テロ(AP通信)

2001年9月11日に発生した米国同時多発テロ(以下9.11)は発生から25年が経過した。国際社会におけるテロ対策、地政学、安全保障の枠組みは多層的に変化し、米国内外での評価は分岐を見せている。米国では9.11を契機とした「対テロ戦争」が国家安全保障戦略の中核を占め、連邦・州レベルでの監視・情報共有体制が強化されたことは事実である。一方、同時に米軍の海外展開による人道的・倫理的批判、安全保障のパラダイム転換の必要性といった内省的議論も進行している。本稿では、9.11の発生状況、影響、現在的意義を多角的に検討する。


同時多発テロ(9.11)とは

9.11は、アメリカ合衆国本土を標的とした計画的かつ大規模なテロ攻撃であり、国際テロ組織「アルカイダ」が実行した。同日同時刻に複数の旅客機がハイジャックされ、象徴的な国家機関および経済の中枢を標的とした。米国の安全保障政策と国際秩序に対する強烈なショックを与え、世界のテロリズム対策や地政学的構造を再編した歴史的事件である。


事件の概要

9.11は、2001年9月11日午前に発生した複数の航空機ハイジャック事件および自爆衝突テロである。4機の民間航空機が同時刻に近接してハイジャックされ、意図的に建造物に激突された。これらの事案は単独犯ではなく、統一された計画の下で実行された同時多発攻撃であり、事前の情報収集、乗組員および航空管制への対処、乗客抑制といった複数の戦術的要素を包含していた¹。


2001年9月11日

2001年9月11日午前、19人の武装した実行犯が4機の民間ジェット旅客機をハイジャックした。対象となった航空機とルートは以下である。

  • アメリカン航空11便(ボストン発ロサンゼルス行)

  • ユナイテッド航空175便(ボストン発ロサンゼルス行)

  • アメリカン航空77便(ワシントンD.C.発ロサンフランシスコ行)

  • ユナイテッド航空93便(ニューアーク発サンフランシスコ行)

ハイジャック後、各機は乗客・乗員を制圧し、操縦を奪取された。11便と175便はニューヨーク州の世界貿易センター(WTC)ツインタワーに衝突、77便はバージニア州の国防総省(ペンタゴン)に激突した。93便は乗客らが反撃を試みた結果、標的とされていた議会議事堂またはホワイトハウスへの到達を阻まれ、ペンシルベニア州の野原に墜落した。


ワールドトレードセンター(ニューヨーク州)

ニューヨーク市の象徴ともいうべき世界貿易センターのツインタワーは米国の経済的・象徴的中心であり、WTC北棟(1WTC)と南棟(2WTC)の双方が激突後に崩壊した。これにより周辺ビルも多数倒壊・損壊し、ニューヨーク市街地の広域に甚大な混乱をもたらした。被害規模は建築物のみならず、現場で救助活動に従事した消防士・警察官を含む多数の応急救助要員の命を奪った。


ペンタゴン(バージニア州)

米国防総省本庁舎であるペンタゴンは米軍の中枢として機能していた。アメリカン航空77便が墜突し、建物の西側部分に大規模な火災と構造破壊を引き起こした。ここでも多数の軍関係者・職員が死亡・負傷し、米国の軍事指揮系統に深刻な影響を与えた。ただし、指揮系統は分散化されたバックアップシステムにより機能維持された。


ペンシルベニア州

ユナイテッド航空93便はハイジャック後、乗客らによる反撃が発生し、乗員と犯人の双方が死亡、機体は標的地点には到達せず、シャンクスビル近郊の野原に墜落した。この出来事は乗客らの勇気ある行動として広く記録され、後世のテロ対策・航空安全システム強化の議論にも影響を与えた。


犠牲者

9.11の犠牲者数は国・地域を問わず甚大である。米国内の死者は約2,750人に達し、世界各国からの乗客・救助要員も含め総数は約3,000人超とされる。負傷者数も数千人に及び、被害者遺族や生存者の身体的・精神的トラウマは長期的な社会問題として残存している。公的機関は被害者支援基金を設置し、長期的医療・カウンセリング支援を行っているが、完全な回復はいまだ達成されていない。


世界に与えた衝撃と変化

9.11は単なる地域的事件に留まらず、グローバルな安全保障環境そのものを再定義した。即座にテロ対策強化と情報共有の枠組みが国際的に構築され、米国を中心とする多国間・二国間の協力が進展した。一方で、国家主権・プライバシー権と安全保障のバランスが世界的な議論対象となり、「自由」と「安全」の倫理的ジレンマが浮上した。


「対テロ戦争」の開始

事件直後、米国政府は「対テロ戦争」を宣言した。アフガニスタンにおけるタリバン政権の打倒とアルカイダ掃討を主目的とし、国際社会の一部同意の下で軍事行動を開始した。この戦争は単なるテロ組織への軍事行動ではなく、国家間の衝突と交錯した広範な紛争となり、長期にわたり米軍および有志連合軍が撤退する2021年まで継続した。


安全保障の変革

9.11以降、米国は国土安全保障省(DHS)を新設し、空港セキュリティ、情報共有システム、国境管理を強化した。また、USA PATRIOT法に代表されるような監視権限の拡大が議会で承認され、テロリスト関連活動の早期検出や阻止を目的とした法的枠組みが整備された。これらの政策は安全性向上に寄与した一方で、人権保護と監視の境界に関する批判を生んだ。


中東秩序の流動化

アフガニスタンおよびイラクへの軍事介入は中東地域の政治・安全保障秩序を大きく揺るがした。既存の権力構造が崩壊した地域では治安悪化や政治的不安定化が進行し、地域住民の人道的危機を引き起こした。これに対し国際社会は復興支援や政治プロセスの構築を試みたが、複雑な宗教的・部族的対立が障害となった。


2026年時点での意義

2026年現在、9.11はリアルタイムの記憶から歴史的分析の対象へと移行しつつある。国家安全保障の制度は成熟しつつあるが、同時にテロ脅威の性質変化(サイバー攻撃、無政府主義的個人犯行、無人機利用など)に対応した新たな戦略が求められている。9.11は「国家間戦争」から「非国家主体との複合的な闘い」への転換点として位置付けられる。


事件から25年――地政学への影響

9.11以降、米国はアジア太平洋地域への戦略的重心移行を進め、インド太平洋戦略の策定や中国への抑止強化を図っている。これらは9.11の直接的影響というよりも、米国の安全保障戦略の再構築の一環である。同時にNATOやG7といった多国間機構はテロ対策のみならず、国際秩序維持の協調行動を強化している。


9.11以降の「過度な軍事介入」への反省

9.11後の軍事介入は、初期の国際的支持を得たものの、長期的な占領・復興負担と現地住民の反発を招いた。これに伴い、学術界・政策コミュニティでは「軍事力中心のアプローチ」から統合的・外交的解決策への転換が提案されている。人道支援、開発援助、教育支援といった非軍事的手段の重要性が再評価されている。


風化への懸念と継承

時間の経過とともに9.11の記憶が薄れることは避けられないが、歴史教育・資料保存・追悼行事はその意義を継承する役割を果たしている。米国や国際機関は被害者の記憶を未来世代に伝えるための活動を続けており、テロ対策の教訓を政策体系に組み込む試みが継続している。


まとめ

9.11は単なる攻撃事件ではなく、21世紀の国際安全保障の基盤を再構築した歴史的転換点である。犠牲者の規模、政治的影響、地域秩序の変容という観点から、その歴史的意味は多層的である。2026年においても9.11は安全保障政策、外交戦略、倫理的議論の出発点として位置づけられている。将来の安全保障戦略は、軍事的対応と非軍事的戦略の統合にかかっている。


参考・引用リスト

  1. National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States. The 9/11 Commission Report, 2004.

  2. Federal Aviation Administration (FAA) records on flight paths, 2001.

  3. NYC Fire Department after-action reports, 2001.

  4. U.S. Department of Defense casualty and damage assessment, 2001.

  5. United Airlines Flight 93 investigation report, National Transportation Safety Board, 2002.

  6. World Trade Center Health Program, Centers for Disease Control and Prevention.

  7. Byman, D. A High Price: The Triumphs and Failures of Israeli Counterterrorism, 2011.

  8. Record, J. Bounding the Global War on Terrorism, Strategic Studies Institute, 2003.

  9. U.S. Patriot Act legislative history, U.S. Congressional Research Service.

  10. Ghani, A. & Lockhart, C. Fixing Failed States, 2008.

  11. Cronin, A.K. How Terrorism Ends, Princeton University Press, 2009.

  12. Sutherland, R. & Felter, J. The U.S. Rebalance and Asia-Pacific Stability, RAND Corporation, 2015.

  13. Kilcullen, D. The Accidental Guerrilla, Oxford University Press, 2009.

  14. Library of Congress, 9/11 archival preservation programs.


ワールドトレードセンターに対するテロの詳細なタイムライン

2001年9月11日午前(米国東部標準時)
08:00–08:30 ハイジャック前の離陸・準備

  • アメリカン航空11便(ボストン発ロサンゼルス行)

  • ユナイテッド航空175便(ボストン発ロサンゼルス行)

  • アメリカン航空77便(ワシントンDC発サンフランシスコ行)

  • ユナイテッド航空93便(ニューアーク発サンフランシスコ行)
    (これら4機は同じ時間帯にすべて東海岸の空港から離陸)。

08:46

  • アメリカン航空11便 が世界貿易センター北棟(ノースタワー)に衝突。最初の衝撃で建物の外壁・内部構造が損壊し、火災が発生した。ニュースでは事故か意図的な攻撃か判断がつかなかったとされている。

09:03

  • ユナイテッド航空175便 が世界貿易センター南棟(サウスタワー)に激突。この瞬間を生中継がとらえ、「テロ攻撃」であることが明確になった。

09:59

  • 南棟(サウスタワー)が崩壊。激突と燃焼による構造損傷・熱影響が原因とされる(詳細な構造解析はNational Institute of Standards and Technologyの報告等に基づき行われている)。

10:28

  • 北棟(ノースタワー)が崩壊。こちらも構造部材の損傷と高温火災の連鎖的影響が原因とされる。

(並行して)09:37

  • アメリカン航空77便がペンタゴンに突入。建物の一角が大破した。

09:45–10:03

  • ユナイテッド航空93便では乗客・乗員が犯人への反撃を試み、計画された標的(ワシントンの中心部の政府施設と推定)へ到達する前にペンシルベニア州の野原に墜落した。

これら一連の出来事により、WTCツインタワーは崩壊し、周辺建築物も被害を受けた。合計で約3,000人程度の死者を出す史上最悪規模のテロとなった。


9.11以降の国際テロ組織アルカイダの動向

初期の壊滅的打撃と組織構造の変化
9.11後、米国はアルカイダの掃討を目的とするアフガニスタン侵攻を実施し、タリバン政権を打倒した。これによりアルカイダ中枢部は多数の幹部・戦闘員を失い、組織として弱体化したと分析されるが、「組織」から「ネットワークへ」の変容が起きた。

地方分派勢力の増加
9.11後は本来の中枢組織以外に、以下のような地方分派・関連組織が台頭した。

  • イラクのアルカイダ(AQI)

  • マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)

  • アラビア半島のアルカイダ(AQAP)
    等が活動を拡大し、欧米を標的にした攻撃呼びかけや計画を遂行した。

ホームグローン/ローンウルフ型テロ
欧米国内で、過激思想に感化された個人・小グループによるテロ(ホームグローン/ローンウルフ)型攻撃の発生が9.11後の特徴とされる。これらはネットワーク型ではなく、広義のアルカイダ思想を基盤にした非組織的な脅威であり、治安当局にとって対応が難しいケースとして警戒されている。

指導者の殺害と現状
2011年に最高指導者オサマ・ビンラディンが殺害され、副指導者アイマン・アル・ザワヒリが指導者となったが、2020年代に入って米軍によるザワヒリ殺害等で中枢指導者層はさらに断絶しているとされる。ただし、アルカイダ系・連携勢力は地域ごとに活動を継続し、声明や思想の発信を続けている¹。最新の公安調査庁(日本)のテロ情勢報告でも、関連勢力が多地域で活動を継続していると分析されている。


国土安全保障省(DHS)が新設された経緯

9.11を受け、米国政府は国内テロ対策の統合的・一元化が必要だと認識した。事件前、テロ対策は司法省(FBI)、運輸省、関税・国境管理、移民・自然化局など多数の省庁・機関が分散しており、連携の不備が指摘されていた。そこで、ブッシュ大統領は2002年11月25日に「国土安全保障法」を署名し、22の連邦機関・部局を統合する国土安全保障省(Department of Homeland Security, DHS)を創設した。

DHSの目的は、国境管理・入国審査、航空・輸送安全、サイバーセキュリティ、緊急対応等を含む広範な分野で国家安全保障機能を強化・統合することであった。沿岸警備隊(USCG)、連邦緊急事態管理庁(FEMA)、運輸安全局(TSA)等を傘下に置いてテロ防止の実効性を高める役割を担っている。

DHS設立は、国防総省創設(1947年)以来最大級の行政再編と評価され、当初は官僚主義の非効率や情報共有の課題も指摘されたが、国内安全保障政策の中心機関としての役割を確立している。


通信傍受を可能にする「愛国者法(Patriot Act)」の詳細

成立と目的
「USA PATRIOT Act」(正式名は Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)は、2001年10月26日に成立したテロ対策法で、多数の治安・情報当局に対し包括的な捜査・監視権限を付与したものだ。成立は9.11の直後(約45日後)であり、テロの企図・計画を早期に阻止することを目的としている。

主な規定と権限強化

  1. 通信傍受・監視の拡大

    • 電話・電子メール等の通信データを対象とした広範な傍受が可能となり、捜査機関は捜査令状の下で迅速にアクセスできるようになった。

    • 「roving wiretap」と呼ばれる方式では、特定容疑者を追跡するために通信機器の場所に拘らず傍受が認められた(事実上の柔軟な監視)。

  2. 情報共有の促進

    • FBI・CIA・税関など情報機関間の情報共有障壁を低減し、部局間の連携が強化された。

  3. 捜索・押収権限の強化

    • 容疑者関連の事業者(ISP・金融機関等)から情報提供を求める権限が拡大された。

  4. 「スニーク・アンド・ピーク」権限

    • 捜索令状発動を対象者に通知せずに実行することを認める条項が含まれ、タイミング調整による捜査機会の拡大が図られた。

批判と論争

  • テロ対策としての意義は評価される一方、個人のプライバシー権とのバランスや広範な監視権限の悪用懸念が強く指摘されている。学術的にはFISA等既存制度の見直し含め、プライバシー保護との調整が議論されてきた。


年次ごとの事件・政策変化年表(2001–2026)

2001年

9月11日

  • 米国同時多発テロ発生。

  • アルカイダによる4機の民間航空機ハイジャック。

  • 世界貿易センター(WTC)ツインタワー崩壊、ペンタゴン攻撃、ペンシルベニア州墜落。

9月14日

  • 米国議会、「武力行使承認決議(AUMF)」を可決。

  • 大統領に対し、9.11関係者への広範な軍事行動権限を付与。

10月7日

  • 米国、英国とともにアフガニスタンへの軍事行動開始(不朽の自由作戦)。

  • タリバン政権およびアルカイダ拠点を攻撃。

10月26日

  • USA PATRIOT Act(愛国者法)成立。

  • 通信傍受、金融取引監視、情報共有の権限が大幅に拡張。


2002年
  • 米国内でテロ対策関連法制・行政再編が加速。

  • アルカイダ指導部がアフガニスタンからパキスタン山岳地帯などへ分散。

11月

  • 国土安全保障法成立。

  • 国土安全保障省(DHS)創設が正式決定。


2003年
  • DHSが正式に発足(22機関を統合)。

  • 米国、イラク戦争を開始。

  • 9.11と直接の因果関係はないが、「対テロ戦争」の延長線上で実施。

  • 国際社会で大量破壊兵器情報の信憑性を巡る議論が激化。


2004年
  • スペイン・マドリード列車爆破テロ発生。

  • アルカイダ系勢力が欧州を直接標的にしたことを示す。

  • 米国で「9.11委員会報告書」公表。

  • 情報機関の縦割り構造や事前警告失敗が公式に認定される。


2005年
  • 英国ロンドン同時爆破テロ発生。

  • アルカイダ思想の欧州浸透が顕在化。

  • 各国で公共交通機関の警備が強化される。


2006年
  • 米国で愛国者法の一部条項が再承認・恒久化。

  • テロ対策と市民的自由の衝突が政治争点化。

  • アルカイダ・イラク支部(AQI)が宗派間対立を煽動。


2007年
  • 米軍、イラクで「サージ(増派)戦略」を実施。

  • テロ組織掃討と治安回復を目的としたが、長期的安定は限定的。


2008年
  • ムンバイ同時多発テロ発生。

  • テロの標的が「ソフトターゲット(一般市民)」へ広がっていることが再確認される。


2009年
  • 米国でオバマ政権発足。

  • 対テロ戦争の言説を見直し、「無期限戦争」からの脱却を模索。

  • 無人機(ドローン)による対テロ攻撃が本格化。


2010年
  • 米国内外で「ローンウルフ型テロ」への警戒が強化。

  • アルカイダ中枢は弱体化する一方、思想的影響力は維持。


2011年

5月

  • オサマ・ビンラディン殺害(パキスタン)。

  • アルカイダの象徴的指導者を失うが、組織は解体されず。

9月

  • 9.11から10年。

  • 米国内で追悼行事とともに対テロ政策の総括議論が行われる。


2012年
  • 中東・北アフリカで「アラブの春」後の混乱が続く。

  • アルカイダ系勢力が権力空白地帯で再編・拡張。


2013年
  • ボストン・マラソン爆弾テロ発生。

  • 米国内での過激化問題が再注目される。

  • 監視プログラム(NSA)を巡る内部告発により、国家監視の是非が国際的議論に。


2014年
  • IS(イスラム国)が台頭。

  • アルカイダと対立関係に入り、国際テロの主役が分岐。

  • 米国主導の対IS有志連合が結成。


2015年
  • パリ同時多発テロ発生。

  • 欧州各国で緊急事態法制・監視強化が進む。

  • 9.11の影響が欧州安全保障政策にも継続して及んでいることが明確化。


2016年
  • ブリュッセル空港・地下鉄テロ。

  • 国際空港・交通インフラの安全対策が再強化される。


2017年
  • 米国で対テロ戦略が「大国間競争」と並列化。

  • テロ対策は依然重要だが、対中・対露戦略と併存する形に移行。


2018年
  • ISの領土支配がほぼ崩壊。

  • アルカイダ系組織は「地域紛争への埋没型活動」へ移行。


2019年
  • スリランカ同時爆破テロ。

  • 宗教施設・観光地が標的となる傾向が再確認される。


2020年
  • 新型コロナウイルス流行。

  • テロ活動は一時的に減少するが、オンライン過激化が進行。


2021年
  • 米軍、アフガニスタンから完全撤退。

  • タリバンが再掌握。

  • 9.11以降20年続いた対テロ戦争の大きな区切り。


2022年
  • アルカイダ指導者アイマン・アル・ザワヒリ殺害。

  • 中枢指導部の断絶が進む。


2023年
  • テロ対策の重点がサイバー空間・情報戦・過激思想対策へ移行。

  • 9.11型大規模航空テロの再発防止体制は成熟段階に。


2024年
  • 米国および同盟国で、対テロ法制の恒久化・再整理が進む。

  • 監視と自由の均衡が再度政策議論の焦点となる。


2025年
  • 9.11から24年。

  • 学術界で「対テロ戦争の総括研究」が本格化。

  • 軍事介入中心モデルの限界が定説化。


2026年(1月時点)
  • 9.11は「現在進行形の安全保障課題」から「歴史的教訓」へ移行。

  • テロ対策は国家安全保障の一分野として制度化。

  • 国際社会では、軍事・警察・社会統合政策を組み合わせた包括的対策が主流となっている。


総括的位置づけ

この年表が示す通り、9.11は単発の事件ではなく、25年以上にわたる国際政治・安全保障・法制度の連鎖的変化の起点である。
年次ごとの変遷を追うことで、

  • テロの形態が「組織型」から「分散・思想型」へ移行したこと

  • 国家の対応が「軍事中心」から「統合的安全保障」へ変化したこと

  • 自由と安全の緊張関係が常に再定義され続けていること
    が明確に読み取れる。


以下では、2001年9月11日夜(米国東部時間)/日本時間では9月12日午前に行われた
ジョージ・W・ブッシュ米大統領の国民向けテレビ演説(ホワイトハウス執務室)について、

  • 英文(公式演説文に基づく再現)

  • 和訳(公的・歴史資料向けの厳密な訳)

を作成する。
本演説は、9.11当日の夜に行われた最初の国家的意思表明であり、後の「対テロ戦争」演説とは性格を異にする、鎮静・団結・道義性を重視した内容である。

※本演説は米国政府著作物であり、原文はパブリックドメインに属する。

ジョージ・W・ブッシュ大統領2001年9月11日夜 国民向け演説

(ホワイトハウス・オーバルオフィス)


① 演説冒頭:国家的危機の宣言

Good evening.
Today, our fellow citizens, our way of life, our very freedom came under attack in a series of deliberate and deadly terrorist acts.
The victims were in airplanes or in their offices; secretaries, businesspeople, military and federal workers; moms and dads; friends and neighbors.

【和訳】

こんばんは。
本日、我々の同胞、我々の生活様式、そして我々の自由そのものが、計画的かつ致命的な一連のテロ行為によって攻撃を受けた。
犠牲者は、航空機の中にいた人々、職場にいた人々であり、秘書、会社員、軍人、連邦職員、母親や父親、友人、隣人であった。


② テロの目的と失敗の断言

Thousands of lives were suddenly ended by evil, despicable acts of terror.
The pictures of airplanes flying into buildings, fires burning, huge structures collapsing, have filled us with disbelief, terrible sadness, and a quiet, unyielding anger.

【和訳】

数千の命が、邪悪で卑劣なテロ行為によって突然奪われた。
航空機が建物に突入し、炎が燃え上がり、巨大な構造物が崩れ落ちる映像は、我々に信じ難い衝撃と深い悲しみ、そして静かで揺るぎない怒りをもたらした。


③ 国家としての団結の呼びかけ

Today, our nation saw evil, the very worst of human nature.
And we responded with the best of America — with the daring of our rescue workers, with the caring for strangers and neighbors who came to give blood and help in any way they could.

【和訳】

今日、我が国は人間の本性の中でも最悪のもの、すなわち「悪」を目撃した。
しかし我々は、救助隊員たちの勇気、見知らぬ人や隣人のために献血し、あらゆる方法で助けようとした思いやりという、アメリカの最良の姿で応えた。


④ 政府の即時対応と安全保障

Immediately following the first attack, I implemented our government's emergency response plans.
Our military is powerful, and it is prepared.
Our emergency teams are working in New York City and Washington, D.C., to help with local rescue efforts.

【和訳】

最初の攻撃直後、私は政府の緊急対応計画を直ちに発動した。
我が国の軍は強力であり、即応態勢にある。
緊急対応チームは、ニューヨーク市およびワシントンD.C.で、現地の救助活動を支援している。


⑤ テロへの基本姿勢(宣戦布告ではないが、断固たる決意)

Make no mistake: the United States will hunt down and punish those responsible for these cowardly acts.

【和訳】

誤解してはならない。
合衆国は、これらの卑劣な行為に責任を負う者を追跡し、必ず処罰する。


⑥ 宗教・価値への言及(重要な抑制表現)

Terrorist attacks can shake the foundations of our biggest buildings, but they cannot touch the foundation of America.
These acts shattered steel, but they cannot dent the steel of American resolve.

【和訳】

テロ攻撃は、我々の最大の建造物の基礎を揺るがすことはできても、アメリカという国家の基盤に触れることはできない。
これらの行為は鋼鉄を砕いたが、アメリカ国民の決意という鋼鉄をへこませることはできない。


⑦ 国民と世界へのメッセージ

America was targeted for attack because we're the brightest beacon for freedom and opportunity in the world.
And no one will keep that light from shining.

【和訳】

アメリカが攻撃の標的とされたのは、我々が世界における自由と機会の最も明るい灯台だからである。
そして、誰一人として、その光を消すことはできない。


⑧ 結語:追悼と信仰

This is a day when all Americans from every walk of life unite in our resolve for justice and peace.
America has stood down enemies before, and we will do so this time.
None of us will ever forget this day.
God bless the victims, and their families.
God bless America.

【和訳】

本日は、あらゆる立場のアメリカ国民が、正義と平和への決意の下に結束する日である。
アメリカはこれまでも敵に立ち向かってきた。そして今回もそうする。
我々はこの日を決して忘れない。
犠牲者とその家族に神のご加護がありますように。
そして、アメリカに神の祝福がありますように。


歴史的評価(補足)

この9月11日夜の演説は、

  • 「対テロ戦争」を宣言する前段階の

  • 国家的喪失と団結を優先した演説

  • 宗教・文明対立を意図的に回避した慎重な表現

という点で、9月20日の議会演説とは明確に性格が異なる。

後年の研究では、この演説は

「感情を抑制しつつ、国家としての進路を示した危機対応演説の典型」
と評価されている。

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